一獣一妻 ~異世界へ嫁候補として連れてこられたけど、どうやら人間は憎悪の対象のようです

珠羅

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5 アウロの花

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「私は、貴方の事もっとよく知りたいと思うし、その耳も尻尾も可愛いと思います」


 目の前の人間の言葉に、マティアスは驚きと戸惑いに硬直した。


つい数時間前に、自分の番になることが決まった、黒い髪と黒い瞳の小柄な女性、アカバ セナと名乗った人間の女は、獣人族に全く恐怖を感じていない顔で、マティアスに笑いかけたのだ。


   ◇◆◇◆◇


 人族と亜人は相容れない関係だ。
 その昔長く虐待されていた記憶は魂に組み込まれ、獣人は人間を憎んでいるし、そして、虐待から抜け出すために対抗し暴挙を尽くした獣人を、人間は恐怖している。

 だから、人は獣人を見れば恐怖に絶叫しながら、矜持の為か畜生を見る目で蔑む。
 
 けして、すべての人と獣人が虐待と暴挙を尽くしたわけではない。
 しかし、その光景は凄惨だったと、その時の事を記した文献には残されている。
 牙や爪をもたない人は、獣人たちの屈強な肉体や牙の前になすすべもなかったのだろう。


 ゆっくりと衰退の運命を辿っていた獣人族だ。
 それに憂いたのは女神だ。

 虐待されていた知性の低い獣人に知性と力、進化を与えたばかりに、人と争うことになった種族だ。
 知性と言う進化の過程で繁殖力が低下したのなら、初めから衰退する運命だったのだろう。

 滅ぶなら滅べばいいと、マティアスは思っている。

 獣人の種族の絶滅危惧種が増え、その後、二年に一度の繁殖率などの調査が入るようになったのは、数十年ほど前の話だ。
 同種族でなければ、番っても子孫を残せない獣人だが、人族と番う場合はこれに当てはまらない。人族と交われば、必ず獣人の雄の遺伝子を色濃く継いだ子が生まれるのだ。
 その結果、人族から定期的に、お見合いや、嫁とりなどと称して、人間の娘が送られてくる。もちろん無償ではないのだが。
 その娘のほとんどが、所謂、人間社会で厄介払いされた娘だ。
 花の色にたとえられている花嫁は上の位から青、黄、赤の三種類。
 青い花は、生まれた時あるいは、ある一定の期間を経て、獣人への生贄と決まっていた娘。
 黄色は、寡婦や嫁の貰い手のなかった娘たち。
 赤い花は社会への更生を望めない罪人だ。

 人族の住む大陸では人口密度が増えすぎて、時に食料難に陥ることが多々あるのだとか。そうなれば、弱い立場の女や罪人は口減らしとばかりに、花嫁候補に入れられる。
 アウロの花を受け取った時に、お礼として、多くの食料や、ジェントの特産物などが、アウロに運び込まれるのだ。
 そして、商品のように、送られてきた娘には拒否権などなく、泣き叫び、発狂で精神に異常をきたしても、亜人の嫁となるべく、そこに送られていく。

 嫁をもらう者も様々だ。
 本当に絶滅危惧の淵にあり、一縷の望みに縋り、人族を迎える者もいるが、統括する一族の継承者を作る為の者もいる。そして、それでもなお、人族に対する憎悪を抑えることも出来ずに、結局は悲惨な結末を迎える娘が多い。


 そうなるはずの、そんな運命を背負っている娘が目の前で、獣人である自分に向けて笑いかけていることが、どうにも、現実に想えなかった。


      ◇◆◇◆


 マティアスのところに、お見合いの招待状が届いたのは数週間前だ。
 白い封筒に女神の名前が記された封筒に首をかしげながら、封を切った。
 嫁とりや、お見合いの話は聞いたことがあったが、まさか自分がそれに招待されるとは思いもよらなかった。
 しかも、自分は白い花だと言われて、更に首を傾げた。
 今まで白い花嫁が居た記録はないし、白い花嫁など聞いたこともなかった。あっても青い花嫁だ。その青ですら、数は少なく、その相手に選ばれることは稀有だ。
 ただ、白い花嫁というのが、どのような人間を指す娘なのか、興味は沸いた。



 青い花は憎悪や恐怖に歪んだ目はしているが、かろうじて、叫んだり、罵ったりしてこないだけ、上等だと言われている。それは、生贄になるために長年叫んではいけないと、教育されてきたからだと、聞き及んでいる。実際は、精神作用のある薬で、朦朧とした状態なのだと、聞いていた。
 そもそも、亜人は番を大事にする。それはやはり人族のそれより、同族の女に対してだ。そこに、ねじ込むように嫁として差し出された人間の娘に、多少の同情の念を抱き、大事にしてやろうと思う者もいた。ただ、無思慮に憎悪を向けられて、如何に弱い女が相手でも、こちらが心を砕いて接しても、響かない心に、獣人たちも疲弊して、結局種族を残すためだけに、心も何も伴わない交わりをして、その後は、幽閉して、捨てるのだ。

 そういう女たちを、マティアスは見てきた。
 憐れと思う気持ちもあるが、やはり心の根底には人間に対する嫌忌の気持ちを拭い去ることは出来なかった。

 守られていることを知らずに、ただ無知に無思慮にすべての獣人に嫌悪を抱いている、人族に苛立ちを覚えた。自分たちの過ちを棚に上げて、懺悔する気持ちすら持たない彼らに。



 だから、マティアスのところに招待状が届いた時は、人間の娘の行く末が解っているのに、嫁に迎えられるわけがないと、拒否さえしたのだ。
 気の毒だと思いつつ、自分の中に燻る人間への嫌悪を否定できず、何度も見てきた彼女たちの結末と同じことを自分も仕出かすかもしれないと思えば、吐き気さえしてくる。
 
 否、番が居ない自分だからこそ、人間の女と婚姻をと、招待状が届いたということは、理解していた。

 狼の番は生涯一人だ。それ故に、個体の減少は顕著だった。しかも、同族に対しての、仲間意識が高い。
 獣人は成長が速いゆえに、成人も十六歳だ。成人して十年たつマティアスにも何度も縁談の話はあったが、そのどれもが実現はしなかった。
 当主としては早く結婚をして世継ぎをと望むものの声があるなか、マティアスが当主であることに意義を申し立てる者も、一定数いた。

 そんな状況の中、嫁を取るのは難しい状況に陥ったマティアスは、それならば、生涯一人でいいと思っていた。

 ところが今回、マティアスは白い花だから、拒否権はないのだと、強制参加となったのだ。

 それならば、忌み嫌う人間の女だ。名前だけの妻の座においておけば、同族からは文句も出ないだろう。もともと、子の出来にくい種族だ。出来ずともなんらおかしくもないだろう。人間の女とそんなことをする気にもならないが、どうせ、他の花同様、屋敷の奥か、地下牢に引きこもって一生を終えるだろう。
 そもそも、人間の女が亜人である獣人とまともな神経で会話やコミュニケーションが取れるとは、到底思えなかった。
 そんな思いから、重い腰をあげたのだが。

 会場に着くや否や、案内されたのは、庭に面したバルコニーのテーブルだった。

 そこにはすでに先客がいて、よく知っている顔ぶれに驚きを隠せなった。

「あれ?マティアス、君にも、招待状が届いたのかい?」
 真っ赤な柔らかい髪を緩く横に流してリボンで結わえた、男は優雅に腰掛けながら、微笑みかける。

「何故レオバルト様が?」
 人間の女など獣人の中では蔑みの対象で、まさか高貴な身分の者にさえあてがわれることになるとは思ってもみなかったので、驚きだ。

「まぁ、王族にも衰退の波は襲ってきているってことさ。兄上たちに多くの女性が嫁いできても、結局今生まれてきた王子はいない。そうなれば、人間の女を娶らなければなるまい。問題はそれ・・を誰が抱くか、だよ。そこで白羽の矢が立ったのが、母上の身分が低かった僕ってわけ」

 前王の寵姫が最後に産んだ子、兄たちとは親ほどの年の差で生まれ落ちた男児が、彼だ。三人の兄と王位継承権を争う事もなく、長兄は現在王位について長い。前王の子でありながら、王族としての位は末席にあるレオバルトは、お飾りのような存在だ。
 兄たちから与えられた嫁を迎え入れ、城で暮らす彼には、王族としての、ライオンの勇猛な雰囲気は皆無で、ただただ優男という言葉が似あう。
 髪の色だけは、目も見張るような真っ赤な色で、誰よりも王族にふさわしい色だというのに、その態度に、兄たちはどこか、安心したような態度だったのは、記憶に久しい。

「で、ファーバル殿はレオバルト殿下の護衛ですか?」

 そして、そのレオバルトの隣に座る、一番体格の良い男に問いかけると、男はニヤリと口角をあげた。
「それがよ、俺にも招待状が届いたんだよ。まったく奇特な話だぜ。俺みたいな男に、人間の嫁とりに参加せよだなんてな。だから、今日は殿下の護衛は休みってわけだ」
 笑った口元から覗く真っ白い歯がつるりと光る頭部と同じように光り輝く。
 そうはいうものの、彼の服装は軍服の仕事着のそれだ。頭部に毛はないものの、目元は優しいが、きりりと上がった太い眉に、鍛え抜かれた筋肉は大きく逞しく、大柄な体格は、見たものを恐れおののかせるには十分の迫力だ。この国でも三本の指に入る力の持ち主で騎士団の団長をしているだけある。
「仕事にかまけて、独り身を満喫してたら、爺さんの雷がおちてな。優秀な俺の子を残せと、命令が下ったんだが、若くて健康なめぼしい雌は皆、他の若い雄に囲われてる状態でよ。そんな時に、招待状が届いたわけだ。同族の雌に気を遣う事を考えたら、人族の雌をもらっておいた方が、気が楽かと思ってな」
 

彼らの胸元に視線を向ければ、白い花が飾られている。

「マティアスの一族も面倒だね。君の実力は誰よりも上だってわかっているのに、純血種じゃないからって、認めないなんて」
 レオバルトの言葉に、マティアスは苦笑いを浮かべたまま、彼らの対極に、テーブルから少し椅子を離して、腰かける。

 マティアスが何も言わない事をはじめから知っていたかのように、レオバルトは話題を変えた。
「ところで、ぼく達は白い花の招待状をもらったが、白い花の事は知っている?」

赤く長い睫毛の奥の金色に光る眼を向けながら、レオバルトがカップを傾けながら、マティアスとファーバルを交互にみた。

「いいえ。私も白い花は初めて聞きました。花嫁には、青、黄、赤と、聞き及んでいましたので」
「そうだよなぁ。俺も白なんて初めて聞いたよ」

 そもそも、花の選定は今まで五年に一度、女神を通して勝手に送ってこられていた。それを受け取るも受け取らないも、こちらの勝手で、誰もその娘たちを管理する者はいなかった。
 花嫁として扱わず、慰み者や、虐待など、人族への恨みを彼女たちにぶつける者も数多くいた。それ故に、彼女たちの扱いは非常に劣悪で、誰も知られずに、死んでいった人間の女の数は数えられないほどいるはずだ。

 ところが、絶滅に瀕している種族が多くなってきて、国が管理することにやっと腰をあげたのだ。それまでは、嫌悪の象徴だった人族に対して、それでも一縷の望みを託して、種族の命を繋ぐことを優先したからだ。
 事実、生まれた子に対して、複雑な思いはあるものの、人族の象徴を持たず、亜人の容姿を持って生まれた子供に対して、喜びを感じずにはいられなかった。
 ・・・・だからと言って、決して人族を大切にしようと、思わなかったわけでもないのが、事実だったが。
 一人子が生れれば、その一族の男たちは目の色を変えた。
 二人目三人目と、無理やり犯して孕ませて産ませて、彼女たちの精神が壊れていくことも厭わず、次々に生ませるような行為を繰り返した。その結果、獣人族と比べて、身体も小さく弱い人族の女の命はあっという間に散っていく。

 国が関わることにより、そんな人族の女を助けるために動く機密機関も出来たが、彼らも、自分たちの種を残すために必死で、巧妙に隠された彼女たちを、見つけた時にはすでに手遅れの状態が多い。

 書類を片手に、花の管理をしている神殿の関係者がやってきて、見合いと白い花の説明を受ける。

『白い花は本来のアウロの花とは違います。彼女は女神の愛し子。くれぐれも、手荒い扱いはなさらぬようにお気を付けください』

 説明の後、お見合い会場だと、連れていかれた場所は、大きな窓のある部屋で、神官が窓から覗いて、花を確認して、誰にするか決めろと指示された。

「へぇ、花とのお見合いって、ずいぶん乱暴なんだね。僕達の婚約者を決めるのとずいぶん違うんだから、ビックリだよ」
レオバルトが皮肉気味に笑うと、神官は肩をすくめて、頭を下げた。
「申し訳ありません。殿下は、花に会ったことはございますでしょうか?」
「いや、ごめんね。知ってるよ。だって、白の花は、彼女たちとは違うんだろう?だから、ちょっと期待してただけなんだよ」
彼女たちと普通に会って会話など、望めるはずもない。たとえ、女神の愛し子といわれても・・・・。

窓から覗いた先には、赤や青、黄のテーブルクロスに分類されて、それぞれ女性が腰かけている。どの娘も俯いて、顔色は悪い。
 当然だ。この後、獣人の相手に引き渡されるのだ。人族の希望が優先されると、言われているが、彼女たちがこちらを指名することは無い。けれど、拒否権のない、娘たちは泣いても叫んでも、望まれた獣人の元へ引き渡されるのだ。
 これは、見合いと言う名の、花の品定めをするための時間だ。

 ふと、手前の白いテーブルに目が行く。
 背中を向けて腰かけている、プラチナブロンドの女性は、神殿関係者だ。その向いに座る二人の女性。

 まず目を見張ったのは、アウロの者とは違う、象牙色の肌。
 そして、黒い髪の女性は、嬉しそうに、顔をほころばせて、ケーキを口に運んでいる。紫のドレスは、あまり見ないデザインだが、彼女に似合っている。
 彼女の隣に座る、茶色の髪の女性は不機嫌そうに、彼女に話しかけながら、紅茶を飲んでいる。それに相槌をうちながら、笑顔を絶やさない、そんな娘に目を奪われてしまった。

「へぇ、マティアスはあの黒髪の花が気になるのか」
レオバルトがマティアスの首に手をまわし抱え込む。一瞬首が締まるが、しなやかに躱して逃れると、彼はニヤリと笑った。

「・・・・女は、同族も、人間も嫌いです」








   ◇◆◇◆◇◆◇◆あとがき (補足)

 花とのお見合いは、男性、女性、別々の部屋へ通されます。
 男性が先に女性の顔を確認して、希望の相手を決めます。
 その後、女性が男性の顔を確認して相手を決めますが、女性にとっては男性(獣人)は恐怖の対象ですので、こ の時点で、三話のような女性達の状況におちいります。
 一番暴れるのは、黄の花で、彼女たちは、夫を亡くした者達や、行き遅れた女性達、それぞれ、理由があったりします。それは、理不尽な理由もあると思います、そんな中、まるで厄介払いされるかのように、獣人への嫁入りを告げられたのですから、ショックや絶望も大きいでしょう。
 マッチングが済めば、それぞれ、相手の獣人に、花は引き渡されて、見合いは終了となります。
 当然ながら、花より、男性の方が毎回参加者は多いです。花が残ることはありません。
 ちなみに、相手は女性優先で決められる、とありますが、女性の方が誰が良いと、意思表示することは、ほぼありません。だって彼女たちからすれば、恐怖の対象でしかないし、顏なんて見てませんからね。一応、建前として、女性優先です。

 
 ちなみに、青の生贄となる娘は、王族や貴族などの娘で、世間の表舞台に出せない娘を指します。血筋を明かせない子供とかね。
あとは、獣人信仰で生贄をささげないと、再びアウロの大陸が獣人に占領されるとか、人身御供です。
黄の娘の中には、離婚された子も入っています。相手が愛人をこさえた挙句に離縁されたとか、そんな子もいます。変な噂を立てられる前に、神殿に持ち掛けて、花の候補にしてしまえば口封じされますね。
赤も、えん罪とか、罠にはめられた令嬢も中にはいたり、居なかったり。



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