一獣一妻 ~異世界へ嫁候補として連れてこられたけど、どうやら人間は憎悪の対象のようです

珠羅

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21 開け放たれた部屋

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 マティアスの手が世奈の肩に触れて、ぐっと力が籠められる。
 この手は、このまま世奈を抱き寄せるのか、はたまた、突き放されるのか。そんなことを考えながら、世奈はマティアスの唇をもう一度舐めた。


 肩にあった手が背中に回り、力強い腕に抱き寄せられる。
 世奈の胸が苦しくなるくらい、彼の胸に抱きしめられて、大きな手が世奈の頭の後ろに回される。
 まるで、先ほど自分がしたように、しっかりと固定されて、彼の唇が迫る。

 ぺろりと、唇を舐められた。

 獣人はキスはしない。
 そう、G●●gleには書かれていた。愛情表現の方法として、口元を舐めると書かれていたが、人間のように、キスはしない。
 わかっている、これは彼らなりのキスだ。

 マティアスの分厚い舌が何度も世奈の唇を舐める。

「あっ」
 思わず声が出る。

 マティアスが世奈の首元を舐めて、顔をうずめて耳の後ろで鼻をスンスンいわせる。
「はぁ・・・・いい匂い・・・」

「愛情表現って言ったよね・・・・愛情・・・俺を愛してるってことだよね?」
 顔をうずめたまま、耳元でマティアスが呟く。
 それは、たぶん世奈に言っているのではなくて、マティアスが自問自答しているのだろうと思う。

「本当に?俺を??」
 マティアスの一人称が私から俺になっている。
 こっちが素なんだろうか。


「ちょっとマティアス!!貴方、病気の子に何押し倒してるの!!」
 突然の叫び声に、世奈よりも、マティアスが驚き、ぱっと唇も背中に触れた手も離れてベッドから飛びのいた。

 扉の前には、中年期を迎えても若々しい、銀色の髪をぴっちりと結い上げた女性が立っていた。
 彼女はまっすぐベッドの方へ歩いてくると、マティアスを呆れた顔で睨みつけながら、世奈とマティアスの間に割って入る。

「・・・・あの・・・?」
 突然の乱入者に世奈はぽかんと口を開けて、二人を見た。
 どことなく、目がマティアスに似ている。そんなことを思いながら、女性の水色の瞳を見つめる。女性の頭の上には髪と同じ色の三角の耳がある。

「良かった。意識が戻ったのね。熱は下がったの?」
 こちらを振り返り、思いのほか柔らかい目で笑いかけられて、世奈は戸惑った。
 獣人からすれば、人間は憎悪の対象だ。マティアス以外の獣人の反応はどんなのだろうかと、考えなかったことは無い。それでも、資料に書かれていることを鑑みれば、決して好意的に受け入れられる立場ではない事は、予想できていた。
 けれど、彼女は、戸惑っている世奈をよそに、何のためらいもなく額に触れてきた。

「昨晩に比べれば、熱も下がったけれど、まだ熱いわね」

 ベッドに横になるように促されて、マティアスが整えてくれた枕に背中を預けて半坐位になると、女性は世奈の前に腰かけた。

「マティアスが血相変えて、飛び込んできたときは何事かと思ったけれど。こんな、かわいらしい花なら大事にしたいと思うのは当然ね」
 マティアスの方をさぞ楽しそうに見てから、女性は世奈の方を見るが、相変わらず笑顔が絶えない。
 世奈は意味が解らなくて、女性とマティアスを交互に見る。

「あら、覚えてないの?まぁ、高熱だったし、仕方がないわね。貴女熱を出して、丸二日寝ていたのよ?」
 一晩経って夕方ではなくて、丸二日たった夕方と言うことに、驚愕する。

「私たち獣人なんて、体力勝負だから、食べて寝ていれば病気なんて治るし、多少の熱でも寝込むことなんてないし・・・・。まぁ、マティアスが狼狽えるのは解らないでもないけれど」

 お母さんなんて言われて、すり寄られると、母性本能が疼いて看病するのも楽しくて仕方が無かったわ!
 と、目をキラキラさせて、とても嬉しそうに語られて、看病してくれていたであろう、この女性に甘えていたのだと言う事を知った。

「母上・・・・」
 マティアスは半ば呆れた顔で女性を見るが、口答えは許されないようだった。

 優しく頭を撫で、汗をぬぐってくれたのが、夢ではなく、この女性、マティアスの母だと知り、衝撃を受ける。
 だって、まさか、人間の病気の世話までさせて、しかも、好意的に笑いかけてくれるなんて、想像もしていなかったのだから。というか、初対面がきちんとした挨拶でもなく、病気の看病なんて、どう考えても不味いだろう。常識的に考えて、印象が悪すぎる。

 食事を取らず部屋に戻った世奈を気にして、夜、様子を見に来たマティアスは、ベッドの中に蹲り荒い息を吐いて、具合悪そうにしている世奈を見つけて、慌てて本館に飛び込んで来たらしい。

「ずっと貴女に付いているって、聞かなくて、部屋からたたき出すのに苦労したわよ。結局出て行かなかったけどね?」
 まぁ、マティアスなんて、付いているって本当に、ベッドの横にへばりついているだけで、汗をぬぐうわけでもないし、水分を摂取させるわけでもないし、オロオロとするだけで、本当に役立たずだったのよ~。なんて、コロコロと笑いながら話してくれる。

 マティアスを一瞥した後、直ぐに世奈に視線をむけて、ニコリと笑う。
 二人が交代で、世奈の側についていてくれたと言う、事実に、世奈は心がじんわりと温かくなり、目の前がウルッと湿ったように霞む。

「あ・・・あの、御迷惑をお掛けして、すみませんでした。ありがとうございました」
 ぺこりと、頭を下げて、涙が落ちるのを誤魔化すと、アリーナは目を瞬かせた。

「ふふふ・・・。大丈夫よ?だって、あんなふうに甘えられたら、無下になんて出来ないじゃない?狼族は戦闘民族だから、娘であっても、少々の事で寝込むことなんてないし、甘えてくることもないもの」

 布団の上に置かれた手に、そっと触れられて、世奈は顔をあげると、ぽたぽたと、目から涙が落ちて、頬を伝った。

「あら・・・あら、あら。ほら、マティアス、朴念仁でも貴方にしか出来ない事よ」
 アリーナはさっと立ち上がると、後ろに立たせていたマティアスを世奈の側に座らせた。
 ちらりとマティアスが母を振り返ると、母は顎をしゃくり何事か指示をだす。マティアスは背中にひしひしと母の無言の視線を感じながら、世奈に向き合い、そっと握られた手に触れてきた。

「・・・すまない、俺は・・・貴女がこのアウェイな環境に飛び込み、そして、俺を選んでくれたという事実に甘んじていた。もっと、貴女に向き合い、貴女の・・・セナの事をもっと良く知るべきだった・・・・」


 繰り返される譫言。謝罪や助けを求める言葉。伸ばされた手。
 熱に浮かされて、弱った心に、過去の幸せな日々、つらい記憶が波のように寄せては引いていった。

 それを、ただ見つめ聞いていたのは、きっと彼だったのだろう。

 マティアスの片手が世奈の手を離れ、そっと頬の涙を拭う。
 優しく触れる手は、少し戸惑っているようにも感じるけれど、大切に扱われているのが解り、嫌な気はしない。
 身体を引き寄せられ、マティアスの胸に頭を寄せさせられると、彼はそのまま、世奈の肩を抱き、頭をゆっくりと撫でた。
 その優しさに、落ちた涙がまた溢れて落ちる。

「もう、一人にはしないし・・・部屋に閉じ込めたりしない」
 彼の言葉に、世奈は受け入れられた気がして、更に涙が溢れて落ちた。



 マティアスの紺色のシャツの胸元が涙で濡れたのを目の当たりにして、世奈は気まずそうに視線を泳がす。

 涙が止まったのを見計らってか、再び声がかかる。
「それで、マティアス、ちゃんと紹介してくれるのよね?」

 言わずともかな、この女性はマティアスの母で間違いはなかった。
 世奈の事も、自己紹介をするまでもなく、寝込んでいる間に、マティアスから根掘り葉掘り、情報収集は済ませていたようだ。
 それでも、紹介という態を取ってくれたのは、世奈を迎え入れるという意思表示なのだと、解って嬉しかった。

 けれど、なんだか、思っていたのとずいぶん違う。
 こう、憎っくき人間の女を大事な息子の嫁になんて許せない!!認めない!!と、牙をむいて威嚇されて、虐げられるんじゃないかと思っていたのに、目の前のマティアスの母は、嬉しそうに、ニコニコ顔でしかも、大歓迎の様相だ。

「ふふふ。こうなっては、もう本館の使用人や義妹たちにも隠し立ては出来ないわよ?ちゃんと紹介して、護らなければ。それと、貴方、一人称がに戻ってるわよ」
 そもそも、マティアスが血相変えて本館の部屋に飛び込んできた時点で、何時もかぶっていた仮面などとっくに剥がれて、色々とモロバレだったけれど、と、アリーナは息子を揶揄って笑った。

「紹介は熱が下がって元気になってからでいいわよ。色々と言いたいことはあるけれど・・・食欲が無くても・・・・、野菜たっぷりのスープを作ったから、それを食べさて頂戴。後は・・・そうね、マティアスはセナちゃん・・・・・の側に居てあげなさい。じゃぁ、セナちゃん、また明日ね」
 アリーナはワゴンに乗せたスープを運んでくると、マティアスにタオルと着替えを渡して部屋を出て行った。

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