魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~

紫仙

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第八章 ダンジョンに種付けおじさん ~特別の損害~

急転

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 これまでの経緯をルロイは
 頭の中で整理する。
 種付けおじさんの本名、
 ゾーシャと種付けおじさんの関係、
 ミツダケの繁殖成功の実態と因果関係、
 種付けおじさんが知りえたであろう
 特別な事情の数々。
 後は、種付けおじさんを見つけて
 捕らえることができれば、ことは収まる。
 リーゼの工房を出てそのままルロイは、
 本能的に深淵の鉱床へ向かう。
 証拠がある訳ではなかった。
 しかし、これまでの情報収集で
 種付けおじさんが
 レッジョの官憲にも見つからず、
 レッジョ市内において種付けに
 精を出せる隠れ家があるとする。
 ディエゴの言う通り、
 種付けおじさんがゾーシャと旧知の仲で
 ミツダケの繁殖につきグルだとすれば
 全て一本の筋道として繋がる。
 つまり、あの場所しかない
 ということになる。
 既に日は暮れつつあり、
 工房に面した通りをルロイは、
 北へ向かって駆け抜ける。

「きゃ!」

 そんな中、甲高い悲鳴が耳に入った。
 恐ろしく良く見知った声だった。
 そして、黒づくめの男二人に抱えられ、
 猿ぐつわを噛まされ抵抗する後ろ姿。
 瞬くに縄で手足を縛られ
 麻袋を被せられている。

「アナ!!」

 工房でアナがモリーの仕事を手伝う中、
 おそらく店への買い付けの
 帰りを見計らった待ち伏せ。
 今このタイミングで目の前で
 アナが狙われた。
 見せしめにしても、
 あからさまに出来すぎている。
 だとしたら、これまでの調査が
 すべて筒抜けになっていたことになる。
 関係ないものを巻き込んだやり口に
 ルロイは激昂しつつも、
 頭を高速で回転させ今の状況を整理する。

「クソっ、明らかに罠!しかし……」

 怒りの形相のルロイと脇で震えている
 アナを見て取ったか、
 黒ずくめの男の一人が頭巾を外し、
 わざとらしく挑発するように、
 視線をルロイたちに向ける。
 恐ろしく鮮やかな手際、
 この時点で、既に二人組は完全に
 視界も体の自由も奪い麻袋に
 包まった荷物を
 二人で担ぐような体勢を取り、
 いつでも闇に溶け込んで
 逃げ出せるつもりでいる。

「こん野郎ぉ!白昼堂々と」

「ヒャハ、今度は人攫いってっか!」

 アナの悲鳴を聞き付け、
 アシュリーとギャリックも、
 ルロイの元へ駆け付ける。
 アシュリーは義憤を、
 ギャリックは刃傷沙汰の気配を
 感じてか獰猛に笑っていた。
 そんな一同の反応を見てか、
 主犯の男は褐色の肌をした
 見事に禿げ上がった顔に、
 口元に狂的な笑みを張りつかせていた。
 そして、どういう訳か懐から親指大
 ほどの赤い果実を取り出し、
 舌先でレロレロと弄んだかと思うや
 犬歯で無残にも果肉を引き裂き
 それを飲み下した。

「あ、あいつ!」

 アシュリーが驚きと共に
 怒りで手が震える。

「どうしました?」

「あいつだ、『種付けおじさん』
 舐めたマネしやがって!」

 裏路地の薄暗がりのせいで顔は
 はっきりとは分からなかったが、
 あの動作アシュリーは
 見覚えがあるらしい。
 今度は正体までバラしアシュリーの
 神経を逆なでにかかっている。
 目の前の全てを嘲笑うがごとき狂態。

「ついに女の子にまで手を出しやがって!
 もう容赦しねぇぜ!」

 アシュリーが種付きおじさんに
 飛び掛かる前に、
 もう茶番は十分とばかりに
 アナを抱えた二人組は走り出す。
 必死に食らいつこうと路地裏を
 駆け抜けるもよほどこの入り組んだ
 裏路地の土地勘に敏いのか、
 すぐにルロイたちはあっという間に
 撒かれてしまう。
 そう、これは明らかに罠。
 しかし、このまま見過ごす訳
 にはいかない。

「クッソ、見失った……」

「大丈夫、行き先は分かっています」

 苛立つアシュリーに、
 ルロイがこう切り返したのは
 確信があったからである。
 アナを連れ去った二人組の踏みしだいた
 地面の泥濘に残った足跡だった。
 暗がりで足にまで注意が及ばなかったが、
 地下足袋の跡があった。
 泥濘に穿たれたその足跡は、
 裏路地を抜けた表通りの石畳上にまで
 こびりつきレッジョ霊園の
 街の北へと伸びていった。
 あれから足跡をたどり深淵の鉱床に
 繋がる土手の下の目立たぬ用水路へと、
 ルロイたちはたどり着いた。
 見張り小屋のある玄関が表口なら、
 これはいわゆる裏口というものだろう。
 ダンジョン規模が巨大だとこうした
 裏口がいくつか存在する。
 そう、追い詰めているのはこっちだ。
 それを相手のペースに乗って
 自分たちが追い詰められては
 元も子もない。
 それを忘れるなと、
 ルロイは自らに言い聞かせる。

「おやおや、折角だが無断で入場料も
 支払わずに入って来られるのは
 困るねぇ……」

 裏口を進み待ち構えていたかのような
 ゾーシャの声。気が付けば、
 開けた広間のような場所にゾーシャが
 仁王立ちでルロイたちを睨んでいた。
 こちらもルロイたち同様に武装し
 手には戦斧が握られていた。
 そして、ゾーシャの背後には
 十数人からなる
 複数の冒険者たちが控える。
 恐らくはこうしたダンジョンの
 裏口からのアイテム盗掘を
 防ぐための用心棒。
 だが、今はルロイたちへの伏兵として
 招集されているのであろう。

「人が攫われて、
 ここへ連れ込まれたんです」

「へぇ、なるほど……」

 ゾーシャが顎を親指の腹で擦りながら
 下卑た笑みを浮かべる。
 後ろの冒険者たちは既に武器を構え
 一斉にルロイたち睨みつける。
 張りつめた殺気、まさに一触即発。
 ギャリックだけが、やけに嬉しそうに
 ギトギトと獰猛な笑顔をゾーシャと
 冒険者たちへ向けていた。
 それを表向きは穏便に済ませようと、
 ゾーシャはいきり立つ
 背後の冒険者たちを
 手で制し老獪な笑みを浮かべる。

「しかしまぁ、ここはわしの土地であり
 テリトリーじゃけぇのう。
 その件につきゃ、
 わしから街の官憲に知らせておく。
 じゃから、ここは穏便に
 引いてはくれんか?」

 あれほど露骨な挑発をしておきながら、
 あくまでもシラを切るつもりらしい。
 ならば、こちらも遠慮なく
 そちらの悪事を暴露させてもらう。

「種付けおじさんとは、
 古くから仲が良いそうですね。
 おそらく、人攫いをした彼を
 ここに匿う程度には……」

「なっ!」

 ゾーシャの余裕が初めて崩れ去る。

「あなたが、
 どこまでグルか知りませんがね……
 彼については捕まえれば
 余罪も明らかになるでしょう。
 関係のない少女を拉致してまで
 守りたい秘密があるそうですからね」

 ゾーシャは、瞳の奥から怒りの色を
 隠しきることはできずルロイを
 ドスの効いた目線で睨みつける。

「青二才!わしを侮辱するかぁ?」

「侮辱とは何のことでしょう?
 何か心に疚しいことがないのなら
『種付けおじさん』を連れてきてください。
 もちろん拉致した少女は無事に返すこと。
 卑劣な犯罪者の共犯者には
 なりたくはないでしょう。
 それとも、やはりできませんかね……?」

 ルロイは、思い切り慇懃無礼な笑顔と
 辛らつな言葉をゾーシャに叩きつける。
 ゾーシャはこめかみの辺りを
 痙攣させると短く。

「やれ!」

「ギャルルビャー!!」

 敵方の冒険者が鬨の声をあげる前に、
 ギャリックが怒声とも奇声とも
 つかぬ声を上げ突貫する。
 右手には勝手知ったる長剣。
 左手には斬撃を防ぐ
 マインゴーシュの二刀流。
 そのままギャリックを防ごうと
 ゾーシャを庇った数人の敵の
 群れを力技でぶっ飛ばし、
 そのままゾーシャに肉薄する。

「ピャルッホー!雑魚に興味ねぇえ!!
 ドワーフ戦士ぶっ殺しぃいい!!!」

「狂戦士めが……」

 地下足袋でしっかり石床を踏みしめ、
 ゾーシャは戦斧でギャリックの
 突撃を防ぎきる。

「せりゃああ!」

 アシュリーもそれに続き
 自分と同じく得物として槍を構えた
 冒険者の顔に向かって突きを入れる。
 槍使いはすかさず槍の柄で
 上に向かって受け流す。
 アシュリーはその隙を逃さず
 更に踏み込み、
 槍の持ち手を返して
 相手の槍の下へ回り込み
 そのまま槍の柄を押し上げ
 石突きの部分で、
 槍使いの頭を叩き昏倒させる。

「こん、アマぁ!」

 別の冒険者が長剣を持って突貫してくる。
 アシュリーは素早く槍の柄を頭上で
 旋回させその遠心力で右手に槍を持ち、
 突貫してくる敵の膝の後ろを薙ぎ払う。
 敵がくぐもった悲鳴を上げ転倒する隙に、
 アシュリーはそのままの勢いを止めず、
 左肩を上げ左手で槍の柄をつかみ、
 そのまま転倒した敵の顔面へと
 突きを叩き入れる。

「やりやがったな!」

 今度は背後から襲い来る敵に対し、
 体を右へと捻り振り返りざまに
 勢いよく体を回転させ、
 そのまま背後から襲い来る敵を他に
 二人ほど巻き込みながら
 強い一撃を叩きこむ。
 ギャリックがタイマンに重きを置く
 戦士ならば、
 アシュリーは常に大勢との闘いを
 想定して戦う戦術を伸ばしていた。

「おうおう、腕は鈍ってねぇみてぇだな!」

「ったりめーだろが」

 両手の得物でゾーシャの戦斧を
 受け止めながら、
 ギャリックは未だ冒険者としての流儀を
 守っているアシュリーに喜んでいた。
 ルロイもまたチンクエデアと
 ケープ術によって敵の攻撃をいなし
 ギャリックの援護に回る。

「ケャハ、ロイ!種付け野郎は
 おめえにくれてやる!」

「こいつらはアタシらでどうにかする。
 ロイは先に行け!」

 敵味方入り乱れての混戦。

「ええい、これ以上中に入れんじゃないよ!」

 ゾーシャもルロイを行かせまいと
 増援に駆け付けた冒険者に指示を下す。

「みんな、済まない……」

 ルロイもまたチンクエデアとケープを
 構え行く手を阻む冒険者の斬撃を
 流れるようにいなし蹴散らしてゆく。

「クソっ、お前たち行かせるな!」

「ビャアァ!よそ見してんな!」

「アタシらを倒してからにしな!」

 仲間達と敵方の怒号、
 攻防を背にルロイは一心不乱に
 ダンジョンの奥へと駆け抜ける。
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