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第八章 ダンジョンに種付けおじさん ~特別の損害~
プロバティオVSプログレッシオ
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『深淵の鉱床』
その最奥にようやくルロイは
息を切らせながら到達する。
カンテラを壁面に近づけるとそこには、
朱色の塗料で太古の人々が
種から植物を栽培する様を描いた
壁画が描かれていた。
この奥まった場所にある通路は
下水や廃坑といった薄汚れ
下卑た雰囲気がなくむしろ
古代の聖域の面影を偲ばせていた。
恐らくは太古の神々を祭る場所の
成れの果てであろう。
ルロイがダンジョン学でも学んでいれば、
悠久の時に思いを馳せるロマンを
感じることもあったろう。
あるいは、普段のルロイであれば
その鱗片ほどの余裕があったはずである。
目の前のふざけた変質者が
目に入らなければ。
「ようやく追い詰めましたよ」
「ようきたな。魔法法証人の兄ちゃん」
男は祭壇のような石造の台で、
煌々と光る燭台の光に照らされながら
堂々と直立しルロイを迎えていた。
地下足袋一丁の他は、
下半身を覆うタイツのみを
身に着けている――――
あの時の不敵な笑みを
見せつけた顔のまま、
男は芝居がかかったように
右腕を高らかに掲げルロイを迎い入れる。
もう片方の左手には、気を失ったアナが
縄で体を拘束され力なくだらりと
首を垂れたまま腕の中で
静かに抱かれていた。
ついに追い詰められ、
人質を取って保身に走る卑劣な変質者。
には見えず、種付けおじさんの顔には
悪事を暴かれた焦りなど微塵もみせない。
むしろ、ようやく自分の練ったシナリオが
最終段階へきたという
満足さえ顔に浮かべていた。
不気味に燃え盛る燭台の赤い火、
祭壇の石床には果たして塗料か血か
判別できない赤いしみが広がり
こびり付いていた。
そこに在る種付けおじさんと
アナの存在とは、
太古の人身御供の儀式に臨む
シャーマンとその生贄を思わせ、
思わずルロイは
おぞましさに背筋を震わせた。
「彼女を解放しろ」
「ああ、勘違いしてもらいたくないんやが、
わしはこの娘に何もしてへんで。
種付けするならやっぱダンジョンやで」
「では何故!」
「まぁまぁ、積もる話もあるやろ、
わしの事色々調べ取ったようやないけ。
まずは兄ちゃんの話を聞こうやないか」
種付けおじさんは
鷹揚にそう言い切ると、
別段元より人質など必要ではない
とばかり気絶したアナを優しく
そっと石床へ横たえた。
その余裕がどこから来るものなのか、
ルロイは考えたがすぐに諦めた。
相手は狂人だ。
わざとらしい挑発や思わせぶりの態度に
心乱されることがあれば、
相手の思う壺である。
こちらはいつも通り、
粛々と真実を提示し相手を
確実に追い詰めればよい。
「僕があなたをここまで追ってきた理由は、
朽木の園のダンジョン主
アシュリーさんとの
種付け契約反故の件ですよ」
「朽木の園……ああ、思い出したわ。
なかなかええとこやったで。
けど、それについてはわし、
あのねーちゃんに違約金を払ろたし
プラマイゼロやで」
「ええ通常であれば……しかし、
ここ深淵の鉱床でのあなたの
種付け行為によるミツダケの高騰。
この高騰には何か特別な事情があり、
あなたはそれを予期したからこそ、
アシュリーさんとの
契約反故に踏み切った。
僕はそう睨んでいます」
「ほうほう……」
種付けおじさんは未だたじろがない。
ルロイは言葉を継ぐ。
「ミツダケの大量発生の要件。
それは寄生主たるシルキースライム
の発生要件が前提となり、
それは豪雨や洪水のような大量の水が
流し込まれることで生じます。
そのことをあなたが知ったのは三か月前
ここレッジョに戻った直後。
それも、アシュリーさんとの
種付け契約締結後です。
おそらく旧知の仲であるゾーシャから、
ミツダケの大量発生の要件を
その時にでも聞きだしたのでは?
元々知っていればアシュリーさんとの
契約自体がなかったはず。それで、
違約金を払うことで慌ててこちらの
種付け契約へ移行した。違いますか?」
「なるほどのう、なかなか大した推理やで」
否定も肯定もしないような曖昧な笑み、
それでいて未だ高みからルロイを
見下ろすかのような意味深な目線。
ルロイは懐から出した証書に羽ペンで
必要な文言を高速で著す。
「真実を司りしウェルスの御名のもとに
汝、マルティン・フリードマンに問う。
アシュリーとの契約を反故にした理由は
ミツダケ高騰の特別の事情を
予期できたからであるか?」
もはや、ウェルス証書の前において
逃げることはできない。
種付けおじさんは無言のまま
無表情に口をつぐんでいた。
ようやく観念した様にも思えた
刹那――――
「はっ、言わぬが華やで!」
嘲笑うという言葉以外の
何物でもない歪んだ表情。
「なっ、沈黙は肯定と見な……」
否、もっと早くに
気付かなければならなかった。
「プロバティオが……発動しない!」
ここまで、
自分たちの動きを察知されていたのだ。
加えて事実を突きつけられても
この男は飄々としている。
ルロイのプロバティオの能力も
また知られているなら、
そしてその逆手を相手が取っているなら、
更にはそれを可能とした
ルロイが預かり知らぬ要因が
まだあるとしたら。
「コボルトの兄ちゃん。
本当ご苦労様やで」
種付けおじさんが地下足袋の中から
臭そうなミツダケを取り出すや
祭壇の後ろへそれを
ぞんざいに放り投げる。
今まで燭台の明かりの陰影に
隠れ見えなかったが、
どうやら共にアナを拉致した
もう一人の黒づくめの男らしい。
「びゃーマツタケ!マツタケ!
うんめぇ~ミツダケ!!」
悪い予感というものは
往々にして当たるが、
それを上回ることもある。
言ってみれば悪夢であるが、
その元凶は夢見心地で
キノコを貪っているのだった。
「ディエゴ!あなたって奴は!」
「すまんだヤァ……ルロイ。
アナの姉ちゃんにもホント
悪いことしただヤァ……でも、
オイラの体がそのマツタケを
欲しちゃうワンワンオ!!」
少しばかり後ろめたい声色が次の瞬間に、
恍惚たる表情でミツダケを貪り食う
快楽に負けた裏切り者。
アナを拉致されたこと同様、
ルロイの頭が怒りで沸騰しかかる。
しかし、これで何もかも合点が行く。
フィオーレが種付けおじさんを
危険視する理由も、
ゾーシャと種付けおじさんらが
ルロイたちの動向にやけに詳しいこと。
そして、極めつけは示し合わせたように
目の前でアナを拉致してみせた。
レッジョでも屈指の情報屋である
ディエゴが内通しており、
そのディエゴを陥落せしめた
ミツダケの性質がもし
あれならば、全て辻褄が合う。
「まさか、ミツダケは中毒性が強い麻薬!」
「その通ぉおりぃいい!!」
種付けおじさんが心底愉快に絶叫する。
「だからこそ、ここへ案内したんや。
兄ちゃんもきっとわしのマツタケの
素晴らしさを堪能してもらえるはずやで」
種付けおじさんは、
舌なめずりしながら祭壇から
ゆっくりと段差を降り
ルロイへにじり寄る。
それまでの鷹揚な余裕とは別の
すべてが計算通りに獲物を追い込み
ようやく最後の狩り取る瞬間を迎えた
狩人の表情。
「わしの種から出でしマツタケが
このレッジョを支配する日が来たんや!」
怖気すら凍てつく殺気。
ルロイは咄嗟にチンクエデアを構えた。
眼前の種付けおじさんは
大きく跳躍するか
と思うや姿を中空で消した。
あり得ない光景に思えたが、
頭が瞬時に状況を理解する。
これは――――
「瞬間移動!」
反射的にルロイは後ろを振り返る。
「膝カックン」
悪魔の囁きのように、
種付けおじさんがルロイに甘く囁く。
「このっ!」
体勢を崩され、
危うく羽交い絞めにされそうになり、
剣の一撃で追い払う。
種付けおじさんは素早くバク転しながら、
今度は石壁を蜘蛛の様に駆け上がり、
壁と天井の隅へと張り付き
奇怪な笑みを浮かべていた。
「生命と種付けを司りし神
『スペルマ』の御名のもとに命ずる。
汝ら種菌よ、
速やかに成長し我の命に従え!」
厳かな詠唱とともにダンジョンの地面、
水路の水底から爆ぜるように蔦や
茨が恐ろしい早さで伸び壁面を
覆ってゆく。
「これは……」
「そっちが証明ならわしは成長や」
蔦と茨が壁面と通路を覆い尽くし
一面緑のカーテンが萌えいずる。
赤い塗料で彩られた遺跡は
神秘的な緑に覆われていった。
「逃げ道を塞がせてもろたで」
「しまった……」
緑のカーテンに覆われた壁を伝って、
種付けおじさんは再び
祭壇中央へ颯爽と舞い戻る。
ルロイが来た道はすっかり
太く生えた蔓と茨、
否すでに枝状に太く硬く
成長しきっている箇所もありバリケード
となって塞がれてしまっていた。
「この聖域に足を踏み入れた時点で、
兄ちゃんは詰んでまったんや」
種付けおじさんが、
両手を何かを持ち上げる動作をする。
幾つかの土くれの中から人と同じ
大きさの塊が爆ぜるように誕生する。
「これぞプログレッシオの奇跡が一つ。
わしの種菌から生まれし戦士
スパルトイや。
あの兄ちゃんを殺さず拘束するんや!」
冒険者の慣れ果てと思われる白骨死体に
植物が寄生した緑色の戦士が武器を構え、
ルロイに襲い来る。スパルトイは
自身の緑の手を剣や鎌に変形させる。
「遅い!」
いっぱしの戦士の姿をしてはいるが、
剣や鎌の攻撃が何より
スパルトイ自身の動きは
鈍くルロイはスパルトイの得物を
持った手や首をチンクエデアの斬撃で
容赦なく斬り落してゆく。
かつて植物ゾンビを相手に戦ったときの
要領と同じに動けばよかった。
後はスパルトイを操る
種付けおじさんを仕留めるのみ。
ルロイが種付けおじさんへ
突貫しようとしたとき、
仕留めたはずのスパルトイ二体に
後ろから腕をつかまれ、
わき腹を刺された。
直後、燃えるような激痛が襲う。
「うごぉ!」
「あー言い忘れとったけど、
この空間は既にスペルマの加護のもと
わしが種付けしまくった聖域なんやで。
つまり、成長を司る聖域なわけで
そいつらスパルトイもここの植物も
何度でも再生可能なんや」
種付けおじさんの言葉通り、
切り落としたはずのスパルトイの
手首や首が既に再生しつつある。
力任せに組み伏されそうになる前に、
ルロイの目に先ほど切り落とした
鎌状に変化した
スパルトイの手首が目に入る。
それを躊躇いなく種付けおじさんのいる
祭壇へと勢いよく投げつける。
「ほぅ……」
種付けおじさんはスパルトイの
手をさける素振りさえ見せず、
不敵に口元で笑っていた。
狙いは、種付けおじさんの後ろで
揺らめく燭台。そして――――
「あーっ火いいぃ!」
スパルトイの手が火を灯していた
燭台の一つに当たり、
ガチャリと盛大な音を立てる。
燭台は倒れ中の油ごと隅で戦いを
傍観していたディエゴに降りかかる。
油を伝って燃え広がる火は瞬く間に
毛むくじゃらの裏切り者を包み込み、
ディエゴはルロイがいる向かい側の
水路へ向かって脱兎のごとく
飛び出していった。
ルロイは自身を拘束している
二体のスパルトイの足首を蹴り上げ、
咄嗟に背を向け突っ込んでくる
ディエゴに二体のスパルトイを
押し付ける。
賭けに近い行為だったが、
ディエゴが体をよじって必死に
もがいてくれたおかげで
引っ掛かった油ごと火を
スパルトイの体に
擦り付けることができた。
「ルロイ!オメーなんちゅー事すんヤァ!」
「裏切った対価ですよ。
これでチャラにしてあげますから」
死ぬほど焦っている表情のディエゴに、
ルロイは満面の笑みで微笑むと
そのまま勢いよくディエゴを
水路の中へ突き飛ばしてあげた。
延焼したスパルトイは我を失ったように
手足をばたつかせて、
壁に張り付いた蔓や
茨のカーテンに絡まりそこから
更に火が広まってゆく。
この場所が種付けおじさんの聖域ならば、
それゆえルロイに勝ち目がないならば、
もはやその聖域を徹底的に破壊するのみ。
足元にあった手ごろな石を他の燭台にも
投げつけ燭台を転倒させ、
自らが持ってきたカンテラの中の
ランプまで中身をぶちまける。
紅蓮の炎がダンジョンの最奥に広がり、
植物の聖域を焦がし始める。
「おい、何してくれるぅ!」
初めて種付けおじさんの表情から
余裕が消え、顔が憤怒の色に染まる。
何度でも再生するとはいえ、
やはり植物。火に弱いことは
種付けおじさんの反応を見るまでもなく
動かしがたい弱点だった。
もっともこれで種付けおじさんの能力を
無効化できるほど甘くはないだろう。
それでも一時的な弱体化と
時間稼ぎにはなるはずだ。
祭壇からは横にそれた
幾つもの細い通路が目に入る。
最奥の間とは言え、
それなりの広さがあるようだ。
ルロイは、火の点いた枝を
チンクエデアで切り取り
他の場所にも放火するため、
脇にそれた小さな通路に飛び込む。
その最奥にようやくルロイは
息を切らせながら到達する。
カンテラを壁面に近づけるとそこには、
朱色の塗料で太古の人々が
種から植物を栽培する様を描いた
壁画が描かれていた。
この奥まった場所にある通路は
下水や廃坑といった薄汚れ
下卑た雰囲気がなくむしろ
古代の聖域の面影を偲ばせていた。
恐らくは太古の神々を祭る場所の
成れの果てであろう。
ルロイがダンジョン学でも学んでいれば、
悠久の時に思いを馳せるロマンを
感じることもあったろう。
あるいは、普段のルロイであれば
その鱗片ほどの余裕があったはずである。
目の前のふざけた変質者が
目に入らなければ。
「ようやく追い詰めましたよ」
「ようきたな。魔法法証人の兄ちゃん」
男は祭壇のような石造の台で、
煌々と光る燭台の光に照らされながら
堂々と直立しルロイを迎えていた。
地下足袋一丁の他は、
下半身を覆うタイツのみを
身に着けている――――
あの時の不敵な笑みを
見せつけた顔のまま、
男は芝居がかかったように
右腕を高らかに掲げルロイを迎い入れる。
もう片方の左手には、気を失ったアナが
縄で体を拘束され力なくだらりと
首を垂れたまま腕の中で
静かに抱かれていた。
ついに追い詰められ、
人質を取って保身に走る卑劣な変質者。
には見えず、種付けおじさんの顔には
悪事を暴かれた焦りなど微塵もみせない。
むしろ、ようやく自分の練ったシナリオが
最終段階へきたという
満足さえ顔に浮かべていた。
不気味に燃え盛る燭台の赤い火、
祭壇の石床には果たして塗料か血か
判別できない赤いしみが広がり
こびり付いていた。
そこに在る種付けおじさんと
アナの存在とは、
太古の人身御供の儀式に臨む
シャーマンとその生贄を思わせ、
思わずルロイは
おぞましさに背筋を震わせた。
「彼女を解放しろ」
「ああ、勘違いしてもらいたくないんやが、
わしはこの娘に何もしてへんで。
種付けするならやっぱダンジョンやで」
「では何故!」
「まぁまぁ、積もる話もあるやろ、
わしの事色々調べ取ったようやないけ。
まずは兄ちゃんの話を聞こうやないか」
種付けおじさんは
鷹揚にそう言い切ると、
別段元より人質など必要ではない
とばかり気絶したアナを優しく
そっと石床へ横たえた。
その余裕がどこから来るものなのか、
ルロイは考えたがすぐに諦めた。
相手は狂人だ。
わざとらしい挑発や思わせぶりの態度に
心乱されることがあれば、
相手の思う壺である。
こちらはいつも通り、
粛々と真実を提示し相手を
確実に追い詰めればよい。
「僕があなたをここまで追ってきた理由は、
朽木の園のダンジョン主
アシュリーさんとの
種付け契約反故の件ですよ」
「朽木の園……ああ、思い出したわ。
なかなかええとこやったで。
けど、それについてはわし、
あのねーちゃんに違約金を払ろたし
プラマイゼロやで」
「ええ通常であれば……しかし、
ここ深淵の鉱床でのあなたの
種付け行為によるミツダケの高騰。
この高騰には何か特別な事情があり、
あなたはそれを予期したからこそ、
アシュリーさんとの
契約反故に踏み切った。
僕はそう睨んでいます」
「ほうほう……」
種付けおじさんは未だたじろがない。
ルロイは言葉を継ぐ。
「ミツダケの大量発生の要件。
それは寄生主たるシルキースライム
の発生要件が前提となり、
それは豪雨や洪水のような大量の水が
流し込まれることで生じます。
そのことをあなたが知ったのは三か月前
ここレッジョに戻った直後。
それも、アシュリーさんとの
種付け契約締結後です。
おそらく旧知の仲であるゾーシャから、
ミツダケの大量発生の要件を
その時にでも聞きだしたのでは?
元々知っていればアシュリーさんとの
契約自体がなかったはず。それで、
違約金を払うことで慌ててこちらの
種付け契約へ移行した。違いますか?」
「なるほどのう、なかなか大した推理やで」
否定も肯定もしないような曖昧な笑み、
それでいて未だ高みからルロイを
見下ろすかのような意味深な目線。
ルロイは懐から出した証書に羽ペンで
必要な文言を高速で著す。
「真実を司りしウェルスの御名のもとに
汝、マルティン・フリードマンに問う。
アシュリーとの契約を反故にした理由は
ミツダケ高騰の特別の事情を
予期できたからであるか?」
もはや、ウェルス証書の前において
逃げることはできない。
種付けおじさんは無言のまま
無表情に口をつぐんでいた。
ようやく観念した様にも思えた
刹那――――
「はっ、言わぬが華やで!」
嘲笑うという言葉以外の
何物でもない歪んだ表情。
「なっ、沈黙は肯定と見な……」
否、もっと早くに
気付かなければならなかった。
「プロバティオが……発動しない!」
ここまで、
自分たちの動きを察知されていたのだ。
加えて事実を突きつけられても
この男は飄々としている。
ルロイのプロバティオの能力も
また知られているなら、
そしてその逆手を相手が取っているなら、
更にはそれを可能とした
ルロイが預かり知らぬ要因が
まだあるとしたら。
「コボルトの兄ちゃん。
本当ご苦労様やで」
種付けおじさんが地下足袋の中から
臭そうなミツダケを取り出すや
祭壇の後ろへそれを
ぞんざいに放り投げる。
今まで燭台の明かりの陰影に
隠れ見えなかったが、
どうやら共にアナを拉致した
もう一人の黒づくめの男らしい。
「びゃーマツタケ!マツタケ!
うんめぇ~ミツダケ!!」
悪い予感というものは
往々にして当たるが、
それを上回ることもある。
言ってみれば悪夢であるが、
その元凶は夢見心地で
キノコを貪っているのだった。
「ディエゴ!あなたって奴は!」
「すまんだヤァ……ルロイ。
アナの姉ちゃんにもホント
悪いことしただヤァ……でも、
オイラの体がそのマツタケを
欲しちゃうワンワンオ!!」
少しばかり後ろめたい声色が次の瞬間に、
恍惚たる表情でミツダケを貪り食う
快楽に負けた裏切り者。
アナを拉致されたこと同様、
ルロイの頭が怒りで沸騰しかかる。
しかし、これで何もかも合点が行く。
フィオーレが種付けおじさんを
危険視する理由も、
ゾーシャと種付けおじさんらが
ルロイたちの動向にやけに詳しいこと。
そして、極めつけは示し合わせたように
目の前でアナを拉致してみせた。
レッジョでも屈指の情報屋である
ディエゴが内通しており、
そのディエゴを陥落せしめた
ミツダケの性質がもし
あれならば、全て辻褄が合う。
「まさか、ミツダケは中毒性が強い麻薬!」
「その通ぉおりぃいい!!」
種付けおじさんが心底愉快に絶叫する。
「だからこそ、ここへ案内したんや。
兄ちゃんもきっとわしのマツタケの
素晴らしさを堪能してもらえるはずやで」
種付けおじさんは、
舌なめずりしながら祭壇から
ゆっくりと段差を降り
ルロイへにじり寄る。
それまでの鷹揚な余裕とは別の
すべてが計算通りに獲物を追い込み
ようやく最後の狩り取る瞬間を迎えた
狩人の表情。
「わしの種から出でしマツタケが
このレッジョを支配する日が来たんや!」
怖気すら凍てつく殺気。
ルロイは咄嗟にチンクエデアを構えた。
眼前の種付けおじさんは
大きく跳躍するか
と思うや姿を中空で消した。
あり得ない光景に思えたが、
頭が瞬時に状況を理解する。
これは――――
「瞬間移動!」
反射的にルロイは後ろを振り返る。
「膝カックン」
悪魔の囁きのように、
種付けおじさんがルロイに甘く囁く。
「このっ!」
体勢を崩され、
危うく羽交い絞めにされそうになり、
剣の一撃で追い払う。
種付けおじさんは素早くバク転しながら、
今度は石壁を蜘蛛の様に駆け上がり、
壁と天井の隅へと張り付き
奇怪な笑みを浮かべていた。
「生命と種付けを司りし神
『スペルマ』の御名のもとに命ずる。
汝ら種菌よ、
速やかに成長し我の命に従え!」
厳かな詠唱とともにダンジョンの地面、
水路の水底から爆ぜるように蔦や
茨が恐ろしい早さで伸び壁面を
覆ってゆく。
「これは……」
「そっちが証明ならわしは成長や」
蔦と茨が壁面と通路を覆い尽くし
一面緑のカーテンが萌えいずる。
赤い塗料で彩られた遺跡は
神秘的な緑に覆われていった。
「逃げ道を塞がせてもろたで」
「しまった……」
緑のカーテンに覆われた壁を伝って、
種付けおじさんは再び
祭壇中央へ颯爽と舞い戻る。
ルロイが来た道はすっかり
太く生えた蔓と茨、
否すでに枝状に太く硬く
成長しきっている箇所もありバリケード
となって塞がれてしまっていた。
「この聖域に足を踏み入れた時点で、
兄ちゃんは詰んでまったんや」
種付けおじさんが、
両手を何かを持ち上げる動作をする。
幾つかの土くれの中から人と同じ
大きさの塊が爆ぜるように誕生する。
「これぞプログレッシオの奇跡が一つ。
わしの種菌から生まれし戦士
スパルトイや。
あの兄ちゃんを殺さず拘束するんや!」
冒険者の慣れ果てと思われる白骨死体に
植物が寄生した緑色の戦士が武器を構え、
ルロイに襲い来る。スパルトイは
自身の緑の手を剣や鎌に変形させる。
「遅い!」
いっぱしの戦士の姿をしてはいるが、
剣や鎌の攻撃が何より
スパルトイ自身の動きは
鈍くルロイはスパルトイの得物を
持った手や首をチンクエデアの斬撃で
容赦なく斬り落してゆく。
かつて植物ゾンビを相手に戦ったときの
要領と同じに動けばよかった。
後はスパルトイを操る
種付けおじさんを仕留めるのみ。
ルロイが種付けおじさんへ
突貫しようとしたとき、
仕留めたはずのスパルトイ二体に
後ろから腕をつかまれ、
わき腹を刺された。
直後、燃えるような激痛が襲う。
「うごぉ!」
「あー言い忘れとったけど、
この空間は既にスペルマの加護のもと
わしが種付けしまくった聖域なんやで。
つまり、成長を司る聖域なわけで
そいつらスパルトイもここの植物も
何度でも再生可能なんや」
種付けおじさんの言葉通り、
切り落としたはずのスパルトイの
手首や首が既に再生しつつある。
力任せに組み伏されそうになる前に、
ルロイの目に先ほど切り落とした
鎌状に変化した
スパルトイの手首が目に入る。
それを躊躇いなく種付けおじさんのいる
祭壇へと勢いよく投げつける。
「ほぅ……」
種付けおじさんはスパルトイの
手をさける素振りさえ見せず、
不敵に口元で笑っていた。
狙いは、種付けおじさんの後ろで
揺らめく燭台。そして――――
「あーっ火いいぃ!」
スパルトイの手が火を灯していた
燭台の一つに当たり、
ガチャリと盛大な音を立てる。
燭台は倒れ中の油ごと隅で戦いを
傍観していたディエゴに降りかかる。
油を伝って燃え広がる火は瞬く間に
毛むくじゃらの裏切り者を包み込み、
ディエゴはルロイがいる向かい側の
水路へ向かって脱兎のごとく
飛び出していった。
ルロイは自身を拘束している
二体のスパルトイの足首を蹴り上げ、
咄嗟に背を向け突っ込んでくる
ディエゴに二体のスパルトイを
押し付ける。
賭けに近い行為だったが、
ディエゴが体をよじって必死に
もがいてくれたおかげで
引っ掛かった油ごと火を
スパルトイの体に
擦り付けることができた。
「ルロイ!オメーなんちゅー事すんヤァ!」
「裏切った対価ですよ。
これでチャラにしてあげますから」
死ぬほど焦っている表情のディエゴに、
ルロイは満面の笑みで微笑むと
そのまま勢いよくディエゴを
水路の中へ突き飛ばしてあげた。
延焼したスパルトイは我を失ったように
手足をばたつかせて、
壁に張り付いた蔓や
茨のカーテンに絡まりそこから
更に火が広まってゆく。
この場所が種付けおじさんの聖域ならば、
それゆえルロイに勝ち目がないならば、
もはやその聖域を徹底的に破壊するのみ。
足元にあった手ごろな石を他の燭台にも
投げつけ燭台を転倒させ、
自らが持ってきたカンテラの中の
ランプまで中身をぶちまける。
紅蓮の炎がダンジョンの最奥に広がり、
植物の聖域を焦がし始める。
「おい、何してくれるぅ!」
初めて種付けおじさんの表情から
余裕が消え、顔が憤怒の色に染まる。
何度でも再生するとはいえ、
やはり植物。火に弱いことは
種付けおじさんの反応を見るまでもなく
動かしがたい弱点だった。
もっともこれで種付けおじさんの能力を
無効化できるほど甘くはないだろう。
それでも一時的な弱体化と
時間稼ぎにはなるはずだ。
祭壇からは横にそれた
幾つもの細い通路が目に入る。
最奥の間とは言え、
それなりの広さがあるようだ。
ルロイは、火の点いた枝を
チンクエデアで切り取り
他の場所にも放火するため、
脇にそれた小さな通路に飛び込む。
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武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。
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勘違いで召喚して来たこの駄女神が強引すぎる 〜ふざけたチートスキルで女神をボコしながら冒険します〜
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