君が笑うから僕も笑う

神谷レイン

文字の大きさ
4 / 21
第一章「親友と俺」

3「あそび」

しおりを挟む
「へい、おまち!」

 その言葉と同時に目の前にチャーシューラーメンがどんっと二つ置かれる。

「うまそー! いただきます!」

 ジュンは俺の隣に座って、カウンターに置かれている割り箸を手に取って、ずずずーっと気持ちいいぐらいの音を立ててラーメンを食べ始めた。その横で俺もおもむろに割り箸に手を伸ばして、ラーメンを啜る。

 ジュンがバイクで連れてきたのは高校の時によく来ていたラーメン屋だった。
 バスケ部だった俺とバイトをしていたジュンとは帰りが一緒になる事はそんなに多くなかったが、帰りが一緒になる時はよくこのラーメン屋に寄ってから、一緒に帰ったものだった。
 だから、ここのラーメン屋の大将とも顔なじみだ。

「はい、餃子とチャーハン。お兄ちゃん達、随分と久しぶりだねー。また来てくれて嬉しいよ」

 四十代後半の大将はカウンター席に並んで座る俺達に注文していた餃子とチャーハンを出していつものように言った。
 そして、そのいつも通りの態度に俺は、ジュンが死んだ事を大将は知らないのだろうと思った。確かにこの大将がジュンを死んだことを知る機会はない。俺はジュンが死んでから家に引きこもっていたし、俺以外にこのラーメン屋の大将にジュンが死んだことを伝える人はいなかったからだ。
 そして、ジュンも大将に自分が死んでいる事を伝えず、死ぬ前と同じ態度で答えた。

「いやー、俺も久しぶりにこのうまいラーメンを食べれて幸せですよー」
「相変わらず、嬉しい事言ってくれるね。お兄ちゃん」
「いや、本当ですって!」

 ジュンが言うと大将は嬉しそうに笑い、そのやり取りを見て俺は人当たりの良いジュンが、以前もこうしてよく大将と話していた事を思い出した。
 そして時々、大将がサービスと称してデザートにアイスをくれる事も。
 そんな事を思い返して俺はジュンが明るくて誰とでもすぐに仲良くなれる奴だったと改めて思い出す。

 気さくな性格と整った顔立ちも手伝ってジュンは男女ともに人気があった。それは後輩でも先輩でも、先生でも一緒だ。いつも人の輪の中にいる奴だった。
 そんなジュンを俺は羨ましく思っていた。いや違う、今も羨ましい。俺だったら、どんなに通い詰めてもこんな風に砕けた態度で大将と話す事はない。
 だから、時々不思議に思う事があった。どうして俺達は親友をしているのだろうか? 俺達がもし幼馴染じゃなかったら、俺はジュンと親友になっていただろうか? と。

 俺は社交的じゃないし、インドア派だ。でもジュンは誰とでもどこへでも行けるし、アウトドア派。それに趣味も全く違う。俺はどちらかと言うとクラシックとか落ち着いている曲が好きだけど、ジュンは主にロック系を聞いている。服の好みも違う。
 だから、他の友人によく言われたものだった。

『お前達、よく一緒にいるよな』って。

 確かにそう思う。でも、なぜだろう? 説明するのは難しいけれど、なぜか馬は合った。一緒にいると楽しいと思えた。だから、こんなに一緒に居られたんだろう。
 でも、それももう叶わない。今日一日だけ。
 その事実を頭の中で反芻した時、重たい何かが胸の中に落ちる。

 そんな大事な日を俺と一緒に過ごさせていいのか? と。

「相変わらず、ここのラーメンは旨いなー」

  食べ終わって店を出た後、ジュンは満足げに言い、俺は小さく「ああ」と答え、そしておもむろに尋ねた。

「お前、実家には帰ったのか?」

 俺が尋ねるとジュンはバイクの横に立って答えた。

「ああ、帰ったよ。実は昨日の夕方に戻ってきたから……俺が帰ってきた事に二人とも驚いてた」

 ははっと笑いながら言うジュンに俺は足を止めた。そして微動だにしない俺にジュンは怪訝な顔を見せた。

「拓真?」
「俺なんかの所に来てないで、家族と一緒に過ごせよ」

 間髪入れずに俺はジュンを真っ直ぐに見て言った。
 俺なんかと一緒にいるよりも、家族と団欒の時を過ごした方がずっといい。そう目で訴えかける。だけどジュンは頷かず、手慣れた手つきでバイクのエンジンをかけながら答えた。

「家族とは過ごしたさ。だから、もういいんだ。それに今回俺がこっちに戻ってきたのは、お前に会いたかったからだ」

 ジュンの言葉に俺は大きく目を見開く。

 ……俺に会いたかったから?

 けれど、そんな俺の驚きを他所にジュンは笑って「とにかく、うだうだ言ってないでさっさと行くぞ!」と言い、俺にまたヘルメットを投げて寄こした。俺はヘルメットを受け取ってジュンを見たが、ジュンはもうすでにバイクに跨って、次の場所に向かおうとしていた。
  俺は戸惑ったが結局、ジュンの大事な時間を無駄にできないと心の中に疑問を抱えたまま、無言でジュンの後ろに乗った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 その後、ジュンは俺を連れてカラオケで歌いまくった後『お腹空いたな』と言って、回転寿司で遅めの昼食を取った。
 それからゲーセンに行き、遊び終わった後は行ってみたかったと言う海辺のお洒落なカフェに向かい、そこの人気だというパンケーキを食べた。

 俺はジュンの行きたいと言った所にただ付いて行き、以前と同じように他愛のない話をした。俺にはそれだけしか出来ないから。
 でも、いつの間にかジュンにただ付き合っていただけなのに時間が経てば経つ程、ジュンが生きていた時に感覚が戻っていく。
 まるでジュンは最初から死んでなんかいなかったように。俺は自分のいい方向に錯覚しそうになる。

 俺は今まで悪い夢を見ていたんじゃないか? 

 そう思うほど。ジュンがあまりにも自然で……。
 けれど、携帯の時間を見て俺は現実に引き戻された。
 時計の針がさす時刻は四時半。
 ジュンは昨日の六時に戻ってきた、という。なら、ジュンに残された時間はあと一時間半。
 俺は携帯の時間をもう一度確認して、まだ冷たい潮風が吹く、海辺のすぐ傍の道を歩いているジュンの後ろ姿を見つめた。

「やっぱり海はいいなー。なぁ、覚えてるか? 去年の夏に緒方達と海水浴に来たの。あ、いや、もう一昨年の話になるのか。懐かしいよなー」

 思い出したようにジュンは言い、歩きながら言うジュンの背中に俺はおもむろに声をかけた。

「なあ、ジュン」
「ん?」
「……家に帰ろう。もう時間がない。おじさんとおばさんが待ってる筈だ。こんな所で油うっているのは良くない」

 俺が言うと、ジュンはピタリと足を止め、俺に振り返った。

「それは朝言っただろ? 父さんと母さんの事はいいんだ。俺はもう十分に過ごしたから。それに俺が帰ってきたのはお前に会うためだって」

 ジュンは淀みなく言い、 夕暮れ始め、少し眩しい西日に俺は目を細めながらジュンを見返した。そして、一呼吸を置いて尋ねる覚悟を決める。

「どうして……俺に会いに来たんだ? 俺に言いたいことがあるからか?」

 俺の言葉にジュンは真剣な表情を見せた。

「ああ、あるよ」

 そのジュンの返答に俺は体を強張らせる。今すぐここから逃げたい衝動に駆られるが、それをぐっと堪え、そしてジュンの言葉を待った。でも、いくら待ってもジュンは一向に何も言わず俺をじっと見るだけだ。
 だから、痺れを切らした俺はジュンの言葉を聞くよりも先に自らの口を開いていた。

「俺の事を……やっぱり恨んでいるのか?」
 
 言った後に喉がカラカラに渇いていく感じがした。
 なのに掌にじんわりと汗が出て、一度開いた俺の口は止まらなかった。

「俺があんな旅行に誘ったから。あんなプランで行ったから。あのバスに、あの席に……ッ!」

 言葉と同時に後悔と悲しみが大波のように胸に押し寄せる。
 でも、ここで口を塞ぐわけにはいかない。この一言だけは言わなければならなかった。ジュンが今ここにいるからこそ、伝えられる言葉を。

「ジュン、すまなかった。俺だけ生き残って……俺が、俺の方が死」
「スト―――ップ!」

  言いかけた俺にジュンは叫ぶように俺の言葉を止めた。
 だから思わず、俯いていた顔を上げるとそこには呆れた顔をしたジュンがいた。

「全く、お前って俺より頭いいのにそう言う所は本当に馬鹿だよなぁ」
 
 ジュンは苦笑しながら言い、肩を竦めた。

「どうしてそう思うのか、全く呆れるね。拓真は、俺が恨んでお前の所にでもやってきたと思っているのか? もし、そうならお前とこんな風に遊ぶはずないだろう? 大体、お前は俺がそんな奴だと思っているのか? 生き残ったお前を恨むような奴だって」

 ジュンに言われて、俺は口を噤み、首を横に振った。
 ジュンは俺を恨むような奴じゃないって、俺が一番知っているから。でも今日一日、以前と同じように振る舞うジュンが何を考えているのか、俺にわからなかった。だから不安で……。
 そんな俺をジュンはやれやれ、と言った様子で小さくため息を吐き、近くのコンクリートの階段に腰を下ろした。

「お前のそう言う思い込みが激しい所は、昔から変わんないねぇ」

 呆れ顔で言われて、俺は思わず声を荒げた。なんだか、馬鹿にされた気がした。

「じゃあ、どうして帰ってきたんだ? どうしてわざわざ俺に会いに?」


 その理由を説明しろと言わんばかりに俺が言うと、ジュンは真正面から俺を見た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...