君が笑うから僕も笑う

神谷レイン

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第一章「親友と俺」

4「友よ」

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「お前がそんな風に思っていたからだよ。自分だけ生き残ってしまった事に後悔している。そうだろう?」

 ジュンに問いかけられて、俺は瞠目した。そんな俺の表情を見てジュンは笑う。

「大学にも行かないで家に引きこもって、毎日をただやり過ごしてる。あの日からずっと」

 ジュンの言葉に思わず言い返そうとするが何も言えない。そんな俺にジュンは言葉を続けた。

「まあ、お前の気持ちもわからなくないけどな。でも、俺が死んだのはお前のせいじゃない。あれは運転手の突然死のせいだ。それは誰もが知ってる。だけど……あの日じゃなかったら? あの席じゃなかったら? ずっと、そんな事考えてるんだろ? でも、考えたって同じだ。もう過ぎちまったんだから。そんな事を考える暇があったら、ちゃんと生きろ。大学に行って、飯食って、遊べ」

 あまりにも正当な答えが返って来て、俺は胸が酷く傷んだ。
 でも過ぎた事だからと言って簡単に全てをなかった事にできればこんなにも苦労はない。あの日、ジュンが死ななければ自分はこんな思いを抱えて生きる事もなかった。
 そう自分勝手に思うと俺を叱咤するジュンに対して悲しみと共に怒りが沸き上がった。

「お前に……お前に、俺の気持ちの何がわかる!? 旅行に誘って一緒に行ったのに、生き残った俺の気持ちが! お前は死んでしまって、残された方の気持ちがわかるのかよ?!」

 俺が思わず言うと、ジュンは静かに目を伏せた。そして言った後で、すぐに言い過ぎてしまったと後悔する。謝罪の言葉を何か紡ごうとするけれど、何も言葉が出てこない。その内にジュンが口を開いた。

「わかるよ、お前の気持ち。痛いほど……。なにせ、死んでからずっと見てたからな」

 ジュンは悲し気に笑って言い、俺はただ驚いた。

「……死んでから?」

 俺が尋ねるとジュンは静かに頷いた。

「ああ。だから、もう苦しまなくていいんだ。もうこれ以上、お前が俺のせいで苦しんで生きてる姿なんて、もう見たくない。……お前は生きてる、それでいいじゃないか。確かに死んだ当初は、どうして俺だけ? と思った時もあった。けれど、あの事故はどうしようもないものだったんだ。今は本当にそう思える。だからさ、俺はお前だけでも生きていて嬉しい。……お前はお前の人生を生きろ」
「……けどっ」

 俺が言い淀むと、ジュンは小さく息を吐いてその場に立ち上がった。

「たく、しょうがない奴だな! 俺がこれだけ言っているのにまだ罪悪感があるっていうのか? それなら俺の為に生きろ。大学に行って、卒業したら仕事して……そうだな、一年に一回は旅行に行って、その内彼女作って、結婚して、子供ができて、幸せな家庭を築いて。死ぬまで俺っていう奴がいたことを忘れないでいてくれたら、それでいい。どうだ、簡単だろう? ……だから、お前はお前の時間を生きろ。俺に囚われずに前に進め。お前にはそれができる。約束だ」

 ジュンはいつもと変わらないニヒルな笑顔で俺に言い放った。その笑顔を見て、俺はこの時ようやくジュンが帰ってきてくれた本当の意味を悟った。

 ジュンは言葉の通り、俺に会いに戻ってきてくれたんだ。

 貴重なあの世からの切符を使って。たった一度しか使えない、奇跡を使って。こんな俺の為に……。
 そうわかってしまったら、胸に込み上げてくる波のような感情が一気に心の器から溢れた。

「馬鹿野郎。忘れられるわけないだろ。お前みたいな奴を……一生、忘れられるかよ」

 そう、俺はみっともなく泣きながらジュンに言った。そんな俺を仕方のない奴だと言いたげな目でジュンは見ていた。けれど、ジュンは何も言う事はなかった。
 ただただ胸に熱いものが溢れた。ジュンの暖かい優しさと思いやりに。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 それからジュンが六時であの世に戻るまで、本当に他愛もない、くだらない話をした。
 小学校や中学校での話、高校での話は先生の悪口や、本当は別のクラスに気になっていた女の子がいた事とか。ジュンの部屋の本棚の裏にエロ本を隠してるから処分し忘れたから、破棄して欲しいとか。
 本当にそんなくだらない事ばかり。でもそんな話が俺はとても楽しかった。

 そしてジュンが消える直前。

「なんか六時に消えるって、十二時に消えるシンデレラみたいだな」

 なんてことを言うから、俺は笑ってしまった。けど、あいつも笑顔で戻っていったから、俺はジュンが消えた後も笑って見送る事が出来た。
 だがジュンを見送り終えた俺がその場に立ち尽くしていると、そこに思わぬ人達がやってきた。

「拓真くん」

 呼びかけられて振り向くと、そこにいたのはジュンの親父さんとおばさんだった。どうやら俺の迎えとジュンのバイクを回収しに来てくれたらしい。
 そこで俺は久しぶりにジュンの親父さんとおばさんと顔を合わせ、まともに話した。
 でも、話したことは何てことはない、今日ジュンとどこに行ったのか、何を話したのか? という事だった。あんなに疎遠になってしまっていたのに、親父さんとおばさんの空気はジュンがいた頃と変わらないものに戻っていた。

 その事を嬉しく思い、そして俺はまたジュンの事を親父さんとおばさんに話せた事が嬉しかった。そして家に帰り着くまで、親父さんとおばさんもジュンと話した事を俺に話してくれた。
 どうやらジュンはこちらに帰ってくるなり二人に会って、ものすごく怒ったそうだ。

『あの事故は運転手が悪くて、自分が死んだのは偶々なのに、拓真に対する態度が冷たすぎる! もし俺が逆の立場だったらって考えてみてくれよ! 拓真は悪くない!』

 そうはっきりと二人に告げたそうだ。
 そして言われて初めて、自分達の態度が冷ややかだった事に気が付いたらしい。だから、その話を俺にしてくれた後、二人は車の中で俺に謝ってくれた。
 でも、二人がそう思うのも無理はないと思ったから、謝られるのは何だか違う気がした。その事を二人に言ったが、それでも、と二人は頭を下げて謝った。俺はただその場で恐縮するしか出来なかったけど、親父さんとおばさんがまた前みたいに笑顔を見せてくれた事だけで、俺には十分だった。

 その後、家に送り届けてもらい、玄関ドアを開けて家の中に戻ると、両親と妹がやってきて俺の顔を見るなりほっと安堵したような顔をした。
 その時になって、馬鹿な俺はようやく気がついた。家族にも大変な心配をかけていたのだと。

「拓真、ジュン君とは……その」
「ジュンは逝ったよ。今まで心配かけてごめん。俺、ちゃんとするから」

 心配そうに問いかけた母さんに俺が笑顔で言うと、それだけで両親も妹もわかってくれたみたいだった。
 ジュンが来てくれたおかげて、俺の頭上に立ち止まっていた雨雲が一斉になくなったようだった。

 でも、ジュンが残していってくれた思いやりはこれだけじゃない事を俺は翌日知ることになった。





 翌日、ジュンとの約束を守る為、俺は朝早くに起きて一階に降りた。

 一階のリビングでは父と妹が朝食を囲み、母がキッチンに立ってお弁当を作っていた。
 こんな時間にしばらく起きていなかったので、俺が起きてきたことに三人とも驚いていたが、俺はそんな家族に、これから大学に復学し普通の生活に戻る事を宣言した。
 俺は少し緊張しながら言ったのだが、父は何ともないように『そうか』と言い、母は笑うだけだった。妹には『もう心配かけないでよね』と言われてしまったが、俺はただ気まずさと妹の思いやりに苦笑するしかなかった。

 しかし復学し、普通の生活に戻ると告げたはいいが、やはり一年と言うブランクは実際のところ、俺の中で大きいものだった。
 この出遅れた一年で、大学の生活についていけるのか? このまま退学して、就職した方がいいんじゃないか? とさえ考えた。
 けれどそんな俺の元に昔から付き合いのある古い友人たちが昼になって、急に家を訪ねてきたのだ!

「お前ら……どうして」
「久しぶりだな、拓真。元気そうでよかったよ」

 驚く俺に彼らはそう笑顔で言った。でも俺には戸惑いの方が大きかった。
 なぜならあの事故以来、俺は人との関わりを遮断し、彼らとの親交も遠ざけていたからだ。だから、彼らと会うのは約一年ぶり。
 思わぬ彼らの来訪に俺が驚くと、彼らは一年前と変わらない様子で俺に声をかけてきた。

「とりあえず、中に邪魔するぜー」
「お、おい!」
「あ、断っても無理だぞ? こちとらジュンにもしっかり頼まれてんだからよ」
「ジュンに?」

 驚く俺が彼らに話を聞くと、どうやらジュンに頼まれて、わざわざ家まで来てくれたらしい。
 一年間引きこもっていた俺の力になる為に、外の生活にまた出る事、復学する事に不安があるだろうからと。

「俺らもさ、何とかしたいと思ってたからさ。お前が元気そうになってて本当によかったよ」

 彼らはそう言って、照れ臭そうに笑った。その笑みが本当の気持ちを伝えていて、俺は感謝しきれない思いが募った。勿論、ジュンにも。

「また一緒に遊ぼうぜ」
「大学なんてすぐ慣れる、俺達がいるし心配すんな」
「お前ら……うっ、ううぅ。うん、たのむ」

 友の優しさに胸の中が温かくなり、俺はとうとう泣いてしまった。
 ジュンが死んだ後、落ち込んだ俺を励ましてくれた友人たち。でも、その彼らを俺は自分勝手に遠ざけた。
 親友を自分のせいで亡くしてしまった心のダメージのせいで、誰も相手にできなくなってしまったからだ。
 けどそれは俺の自分勝手な都合で……本当なら見捨てられてもおかしくなかった。なのに、彼らは変わらない態度で俺に接してくれて。
 だから余計に胸が痛み、そして感謝の気持ちが溢れた。

「ありがとう、今まですまなかった」
「何言ってんだよ、気にするな」
「そうだぞ。これからは俺達のことも頼れよ?」

 そう笑ってくれた。だから俺もまた昔みたいに笑えて……。
 その後は、まるで一年のブランクがあったとは思えないほど話が弾み、夕方に彼らが帰る頃、俺はもう大学に行く事、外の生活に戻る事を楽しみに思うようになっていた。

 俺は久しぶりに清々しい気持ちで窓辺から夕日を眺めた。

 赤い雲にオレンジ色に暮れていく街並み、真上の空には星が輝き始めている。
 俺はその夕日がやけに美しく見えて、また涙が出た。
 こんな風に景色を美しいとまた思えるように、心が生き返った事。どんなに願っても、もうジュンは二度と俺の前に現れない事。人々の優しさに触れた事。
 色んな感情が入り混じって、俺の涙は止まらなかった。そして俺は涙に滲む夕日を眺めながら、しなければならない事を思い出した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇





 翌日、俺は母親に車で送ってもらい、ある場所に来ていた。

 そこは墓地で、目の前にはジュンの墓石があった。
 俺がしなければならない事、それはジュンの墓参りだった。
 事故に遭い、傷を負って退院した後、俺は引きこもった為、まだ一度もジュンの墓参りに来ていなかったのだ。
 俺はここに来るまでに途中立ち寄った花屋で買った花を墓前にそっと添え、そして線香に火をつけて、手を合わせた。でも手を合わせていると、次から次へと涙がぽろぽろっと出てくる。

 ジュンともうあのラーメンを食べに行けない事。
 ジュンと遊びにカラオケにも行けない事。
 ジュンと旅行に行けない事。
 もう二度と肩を交わして語り合う事さえもできない事が、悲しくて……。

 けれど、だからと言ってもう歩みを止める事はしない。ジュンは生きろと俺に示してくれたから。
 俺は涙を服の袖で荒々しく拭い、春になろうとしている暖かな日差しの中、目を開けて墓前に鼻声で語り掛けた。

「もう、泣くのはこれで最後にするよ。お前に笑われそうだしな。……ジュン、お前の言う通り、俺は幸せな人生を送るよ。幸せなっていうのが、よくわからないけど、お前が納得してくれるような人生を」

 そう、俺はジュンに宣言した。
 俺の言葉をジュンが聞いているのかわからなかったけれど、どこかでジュンが笑って『頑張れよ』と言ってくれているような気がした。




 それからというもの、俺の人生は大きく変わった。
 ジュンが現れてくれたおかげで、あいつは俺が失いかけていたもの全て取り戻し、与えてくれた。




 大学に行き、友人との仲を取り戻した俺は、大学でまた別の新しい友人もできた。
 それからジュンの言う通り旅行をしたり、遊んだり、彼女も作ったり。

 大学を卒業した後は就職をして、真面目に働き、三十歳になろうかと言う頃に付き合っていた彼女と結婚し、家族になった。
 もしもジュンがあの時現れてくれなかったら、今の俺の人生はなかったと断言できる。

 でもジュンがくれたものは、もっとあったのだ。
 
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