君が笑うから僕も笑う

神谷レイン

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第四章「私と夫」

1「帰生」

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 四年前のクリスマス間近。
 寒い冬の日の夕暮れ時に、私は死んだ。
 あの日はとても寒く、凍結した道路にタイヤをとられた車に跳ねられて死んだのだ。強い衝撃と混濁する意識の中、気が付けば私はあっさりと死んでいた。
 痛みはさほどなかったと思う、即死だったから。でも残してきた夫に何も伝えていない事、急に死んでしまった事に私は胸を痛めた。

 でも今日でようやく待ちに待った四年目が明ける。

 残してきた夫に伝えたい事が山ほどある。私は四日間の奇跡の切符を使って愛する人の元に戻る。大事な事を伝えるために。
 ーーーーこれはなんてことない普通の、私のお話。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「初めまして、私はこのあちらとこちらの世を繋ぐ回帰門かいきもんの管理をしております管理人です。岡田千夏(おかだちなつ)さん、生前での行いに不備がない事、亡くなられて四年が経過しましたので、今からあなたの通行許可証を発行します」

 大きな門の隣に事務机に座っている人(?)は私にそう告げた。その人は山積みにされた書類に囲まれながらせわしなく手を動かし、紙に何かを記入している。そして最後にぽんっとハンコを押した。

「はい、これがあなたの四日間の通行許可書です」

 その人は一枚の紙を私に差し出した。私はそれを受け取り、紙に記入されている文字を見たが、全く何の文字か読めなかった。
 何の文字だろう? と思っていると、その人は私に話しかけた。

「ご存知だと思いますが、その通行許可書は四日間しか持ちません。四日後、あなたは必ずこちらに戻ってきます。どうか、それを忘れないように。悔いのないよう四日間をあちらで過ごしてください。いいですね?」

 その人は事務的に言うと、隣の大きな門に視線を向けた。すると門が大きく開く。中は白い靄に囲まれていて、奥が見えないけれど中の方から花のいい香りがした。

「さ、どうぞ。行きたい場所を思い浮かべて中に入ってください。あなたの思い浮かべた場所、人の元へ、行けます」

 その人は片手をあげて、さあどうぞ、と私に中に入るよう促した。けれど、一つ疑問があった。

「あの、この許可証はどうやって使えば?」

 私が尋ねると、その人はああ、と肩眉を上げて答えた。

「別に持っていればいいだけですよ、門を通る時のみに必要になるだけですから。現世に戻った時には通行証はあなたの手元から消えています」

 その人は私にそう説明した。

 なんだ、持っていればいいだけなのか。でも本当に現世に戻れるのかな? この門を通ったら地獄行き、なんてことはないよね?

 私の中に小さな不安が過ぎる。だって未知の事なんだもの。門の奥だって白くて見えないし。けど、地獄から花の匂いなんてしないよね?
 その人は無表情ながらにも私の心を読み取ったのか、そっと背中を押すように励ましてくれた。

「心配しなくても大丈夫ですよ。あなたの家族の元に行けます。きっとあなたの家族もあちらで待っていますよ」

 その言葉を聞いて、私ははっとし、ぎゅっと手を握った。

 私を待っている人がいる。そうだ、こんな所でぼやぼやなんてしている場合じゃない!

「ありがとう、行ってきます」

 私が言うと、その人は「行ってらっしゃい。よい四日間を」と言ってくれた。私はその言葉を聞きながらも振り返らずに、通行証を両手で持ち、門の中に足を一歩踏み入れた。
 けれど足を踏み入れた途端、眩しい光に包まれて思わず目が眩み、瞼を閉じた。でもその一瞬に花の匂いは消えた。


 一瞬の事だったと思う。


 気が付いたら、寒さを肌に感じていた。
 目を開けると、目の前には見慣れた家の玄関。今は夕暮れ時なのか、寒空がもう薄暗闇に染まり始めている。けれど、今の私にはそんなことはどうでもよかった。
 家だ! 私はそう思って、すぐにチャイムを鳴らした。

 すると慌てた足音が聞こえて、ドアを開いた。
 目の前には夫の雅広まさひろ、その後ろには私の両親と妹、夫の両親、お義姉さんや親せきが集まっていた。まさに懐かしい面々が勢ぞろいしている。そして誰もが帰ってきた私を見つめた。

「千夏っ!」

 雅広は泣きそうな笑顔で私を迎え入れてくれた。他の人たちもそうだ。そして雅広は私に手を伸ばして抱きしめてくれた。肩口がじんわりと雅広の涙で濡れる。でも、それさえも嬉しく思う。私の頬からも涙が溢れ出てくる。ようやく帰ってこれたんだと思えた。

「千夏、よかった。戻ってきてくれて」
「ただいま、雅広」

 私は涙を流しながら震える雅広の背中を撫でた。大きくて広くて私をすっぽり包む私の好きな体。もう一度、雅広に触れられる喜びに私はまた涙を流した。
 そんな私達の涙を貰ってか、集まってくれた両親たちや親戚達も涙を流した。けれど、いつまでも玄関にいるわけにもいかない。

「雅広、いつまでも千夏ちゃんを玄関に拘束してないで中にいれてあげなさい」

 そう言ったのはお義姉さんだった。お義姉さんも目元を涙に濡らしながら私と雅広に言った。雅広は涙を服の袖で荒っぽく拭った。

「そうだな、ごめん。千夏」

 雅広は泣き笑いながら言った。私はただ「ううん」と首を横に振るしかなかった。そして、私は雅広の後ろにいる私の両親に視線を向けた。

「千夏」
「なっちゃん」
「お姉ちゃん」

 お父さんとお母さん、妹の千尋はそれぞれに私の名前を呼んだ。私は家族の元に歩み寄り、それぞれに抱き着いた。両親は四年の間に少し老けたようだった。それがどこか切なくなる。でも、私は言うべき言葉を伝えた。

「ただいま、お父さん、お母さん、ひーちゃん」

 私がそう言うと、二人はもっと泣いた。
 それから私は私の為に集まってくれた親戚とお義父さんとお義母さん、お義姉さんと言葉を交わし、ようやくリビングの方に入れたのは三十分も過ぎてからだった。

 リビングに入ると、私の目にすぐデジタル時計が入った。表示されている時刻は六時過ぎ、日付は十二月二十一日を表示していた。それは間違いなく四年前に私が死んだ日と時間帯だった。
 ああ、本当に四年が経ってしまったのだと私は痛感した。けれど、その事には何も触れず、リビングのテーブルに用意されていたお寿司や鍋の豪華な料理に声を上げた。
 私の為に用意してくれたお寿司には私の好きなサーモンの握りが多めに入っているし、鍋は私の好きなチゲ鍋だ。

 私はそれをみんなと一緒に食べながら、あっという間に過ぎる時間を過ごした。
 私と雅広の狭い1LDKの家に、みんなで肩を寄せ合いながら食べる夕飯はとても美味しかった。だが十一時も過ぎると雅広の両親と親戚たちは帰ることになった。私たちの家に全員が泊まるスペースがないからだ。
 ただ家族で過ごしたいだろうから、という雅広の気遣いで私の家族は泊まることになったけど。

「千夏ちゃん、会えて本当によかったわ」
「四日間、楽しんでな」

 お義母さんとお義父さんは笑顔で、でもどこか悲しそうに玄関先で私に言った。

「突然だったから、お別れも言えなくて。でも今日、こうして会えてよかった」

 そうお義姉さんは瞳を潤ませて言った。そんな雅広の家族に私は頭を下げるしかなかった。

「今日は私の為に来てくださってありがとうございました。私も会えてよかった。さよならも、言えなかったから……これからも元気でいてくださいね」

 私は最後のお別れをした。雅広の家族と会うのはこれで最後だから。そしてそれを知ってる彼らは涙ぐみながら頷いた。

「ええ、ありがとう。千夏ちゃん、ありがとう」

 お義姉さんはそう言いながら、雅広の両親を車に乗せてここからニ時間ほどかかる実家に戻って行った。
 そしてお別れを済ませた私の後ろから雅広が声をかけてきた

「千夏、大丈夫?」

 その声に私は自然と零れた涙を拭いて「大丈夫!」と答えた。
 それから雅広の勧めでお風呂に入った後、私はリビングに敷かれた布団で家族と一緒に眠ることになった。私の両親、私、妹の千尋が隣に寝て川の字だ。
 雅広は私たちの寝室で一人、眠ることになった。ちょっと悪いな、と思いつつも私は家族と一緒に布団に潜り込んだ。寒い冬に人の暖かさが私を包む。
 お父さんが「電気、消すぞ」と言って、明かりを消した。その頃には一時も近くなっていた。
 お酒も入って夜も遅かったせいか、私はあっさりと眠りに落ちた。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日、目を覚ますと包丁の軽快な音が聞こえてきた。子供の頃、よく聞いていた音だ。
 体を起こすと、お母さんはキッチンで朝食を作り、お父さんと雅広はもう起きていて、リビングのダイニングテーブルに座ってお茶を飲みながら話し込んでいた。
 私の隣では妹の千尋がまだ眠っている。千尋は私の四つ下で今年二十五歳。いつの間にか私と同い年になってしまった妹の顔を眺めながら私は布団から這い出た。
 壁時計の針が指す時刻は朝の八時過ぎ。

「おはよう、千夏」
「あら、起きたのね」
「おはよう」

 両親、雅広に声をかけられて私は目を擦りながら朝の挨拶をした。

「おはよう、お父さん、お母さん、雅広。お母さん、朝ごはん手伝うよ」

 私はキッチンに立つお母さんに言ったけれど、追い返されてしまった。

「こっちはいいから千尋を起こして、顔を洗ってきなさい。ついでに布団も片づけちゃって」

 お母さんにそう言われて、私は眠る千尋を起こし、顔も洗って服も着替え、みんなで布団を片づけた。その後、お母さんが作った朝食をみんなで食べた。
 そして九時半も過ぎようとしていた頃、私の家族も実家へ戻ることになった。勿論家族と一緒に過ごしたいが、その時間は私にはないのだ。スケジュールはいっぱいに詰まっている。

「ありがとう、来てくれて。また喋れて、楽しかった。気を付けて帰ってね」

 私は悲し気に笑う両親に必死に笑顔を繕って言い、同い年になった妹に視線を向けた。

「ひーちゃん、元気でね。私の分まで生きてね」

 私は泣く妹を抱きしめながら言い、千尋は泣きながら子供みたいに頷いた。そんな千尋の涙を貰いそうだったけれど、私は何とか堪えた。

「お姉ちゃん、ありがとう。また、さよならだね」
「そうね。元気でね」

 私が言うと千尋は「うん」と泣きながら答えた。そして、私は雅広と一緒に車で去って行く両親と妹を見送った。朝の住宅街は静かで、私は最後まで笑顔で何とか家族を送り出した。
 一生懸命手を振り、車が見えなくなると途端に涙腺が緩んで目の前が涙で歪んだ。ぽろぽろと涙が地面に零れ落ちる。そんな私を後ろにいた雅広は優しく抱きしめてくれた。

「もう、泣いて大丈夫だぞ」

 その言葉を聞いた後、私はもう歯止めが利かなくなった。涙が洪水みたいに溢れて瞳から落ちていく。どんどん零れて、それでも流れていく。

 みんなに会えて嬉しかったけれど、これで最後だから。

 そう思うと、胸が張り裂けそうに痛かった。死んだ時はあまりに突然だったから痛みを感じなかったけれど、やっぱり本当の別れは辛い。
 寒い冬の風が吹く中、私は涙が落ち着くまで雅広の温もりを感じながら泣いた。

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