君が笑うから僕も笑う

神谷レイン

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第四章「私と夫」

2「友人達」

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「大丈夫か?」

 雅広は私に暖かい濡れタオルを持ってきてくれた。ソファに座っていた私は「ありがとう」と言って真っ赤に泣き腫らした目の上にタオルを乗っけた。そんな私の隣に雅広は座った。

「千夏」

 雅広に名前を呼ばれて、私は目の上に置いていたタオルを外した。

「ん? 何?」

 私が問いかけると、雅広はくすっと笑った。

「ひどい顔だな」

 雅広が笑って言うから、私はむっとして「うるさいな。見なきゃいいでしょ?」と思わず憎まれ口を叩いて、またタオルを瞼の上に乗せようとした。でも、そんな私の手を雅広が掴む。

「ひどい顔でもいい。ずっと会いたかった」

 泣きそうな真剣な顔で言われて、本気で言っているのだとわかる。

「こんな顔でも? 変なの」

 私は急に照れくさくなって笑って誤魔化し、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。
 時刻は十時半前。次の約束の時間だ。
 雅広は小さく息を吐き私の傍を離れて、ソファから立ち上がった。

「次は美矢ちゃん達か」

 そう雅広は呟いた。私はそんな雅広に「ごめん」と笑って謝るしかなかった。
 その後、すぐに玄関に向かいドアを開けると、そこには私の友達がいた。

「千夏!!」

 ドアを開けた私に幼馴染の親友、美矢が抱きついてきた。

「美矢、久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ、千夏」

 美矢は少し涙声で言った。そして美矢の後ろにいた二人も私に声をかけてきた。

「千夏、変わらないね」
「お帰り、千夏」

 二人は笑顔で私に言った。二人は高校からの友達で、私は美矢と、この四人でよくつるんでいた。

「二人とも、元気そうで何より。ふーちゃん、えっちゃん」

 私は変わらずあだ名で二人の名前を呼んだ。その事に二人は懐かしそうな顔を見せた。

「それより中に入って、お茶しよ?」

 私はそう言って、三人を家の中に入れた。そして入れ替わるように雅広が外に出て行った。女同士で話があるだろうからと、気を利かせてくれたのだ。
 そんな雅広の対応に美矢が「相変わらず、いい旦那ね」と笑った。その後、私は紅茶を用意し、三人が買ってきてくれたケーキやお菓子を頬張りながら話し込んだ。

 三人とも仕事や恋人、結婚、子供と、積りに積もった話を私に聞かせてくれた。
 たった四年間、でも四年で変わったことは大いにあった。

 ふーちゃんは結婚、子供まで生まれていて、今は一児の母。えっちゃんには恋人がいて婚約中、来年の春に結婚するらしい。美矢は未だ独身だが、この四年の間に仕事を止め、ワーキングホリデーでイギリスを旅したそうだ。なんとも自由奔放な美矢らしい。
 みんな、不満や愚痴はあってもそれなりに楽しく人生を謳歌しているようで、私はその話を聞きながら良かったと安心した。
 そうして話が途切れることもなく夕方の四時になった頃、お茶会はお開きとなった。その頃には雅広も帰ってきたけど、私たちがまだ喋っていることに驚いていた。でも、それもおしまい。

「今までありがとう。みんな、元気でね。これからも」

 私は家族にも言った同じセリフを三人に言った。月並みなセリフだけど、このセリフしか出てこない。だって、私はもうニ度と三人とは話す事が出来ないから。けど、お別れを言うのは切なくて“さよなら”だけは言えなかった。それは美矢達も一緒のようだ。彼女たちは悲し気に笑った。

「うん、千夏。残された日を楽しんでね。会えて、本当に良かった」

 美矢は最後に言って、私を抱きしめてからふーちゃんとえっちゃんと一緒にふーちゃんの車で帰って行った。ニ度と会えなくなる寂しさにまた涙を流す。
 でもこの涙には、胸が苦しさからくる涙も混じっていた。

 三人はこの四年で少しまた大人っぽくなったようだった。
 特にふーちゃんは母親にもなって、しっかりした印象を受けた。えっちゃんはこれから結婚する、という事で輝いてた。美矢はこれからまた別の国に旅立ち、将来的にも海外で暮らすことも視野に入れているらしい。それぞれの未来がまだまだ続いていく。

 三人の輝かしい未来が眩しくて、私の胸は苦しかった。これからも三人には幸せな人生を送ってほしいと思いながらも、同じ時を歩んでいた筈の道はすっかり違え、三人は私を置いて未来を歩いていたから。

 そんなことを思っても仕方のないことなのだ。そうわかっていても、心はどうすることもできない。涙は勝手に落ちてくる。

「千夏は帰って来てから、泣いてばかりだな」

 三人を見送ってから泣きだした私を、雅広はあやしながら苦笑した。私は寂しさを紛らわす為に、雅広に抱きつくしかなかった。
 私にもあった未来、でも永遠に来ない、もう得ることない未来を考えると胸が張り裂けそうだった。こんなに苦しいことなんてないっていうぐらい胸が痛くて。
 でも涙もいつまでも流れるわけじゃない。いつまでも胸が痛むわけじゃない。だから人生は歩んでいける。
 一時間も泣くとやっと心も落ち着いたのか、私の涙はようやく止まった。その事に雅広も安心したようだった。

「ようやく泣き止んだな」
「ごめん……ひっく」

 まだ涙の余韻が残っている私はしゃくりあげて言った。そんな私のこめかみに雅広は唇を寄せた。

「謝んなくていい。泣きたかったら泣けばいい」
「うん。でも、もう大丈夫だから。ありがとう、雅広」

 私は頷いて雅広を見上げた。すると雅広は私の顔色を窺って、もう大丈夫だとわかると、ぎゅっと抱きしめてきた。

「昨日からずっとこうしたかった。でもみんながいたから我慢して、もう我慢の限界」

 息を吐くように出た言葉に私は胸の中が熱くなる。

「我慢しなくていいよ」

 私はそう言うと、雅広を抱きしめた。暖かい体温に心が切なくなる。
 そして私を抱きしめる雅広の腕に力が入った。これからは誰の邪魔も入らない二人だけの時間だ。





 ーーーー帰生には大体決められたスケジュールがある。

 一日目は近しい親族と家族と会う。
 ニ日目は友人や知り合い、会いたい人と。
 三日目は死後処理。
 四日目は別れの時間。

 人の死亡時間は人それぞれだから全くもってこの通りという訳ではないが、大抵の人はこのスケジュールに沿う。四日という決められた時間を無駄にしない為に。
 そして、このスケジュールに沿って喪主となった人物が亡くなった人の代わりに家族や友人に連絡する。勿論、それは帰生した本人の意思によって変更できる。でも、大抵の人は自分の家族や友人に会いたがる。一日ニ日目はほとんど、人と会って終わることが多い。そして別れを告げることも。
 三日目は死後処理に当て、遺産や個人の持ち物、人には知られてはいけない秘密、そう言ったものを処理する。
 四日目は自由時間。でも別れを必ず済ませなければならない日。

 どんなに願ってもどんなに悲しんでも、あの世に戻らなければならないから。これだけははお金持ちでも貧乏でも、高貴な人でも平凡な人でも平等だ。

 四日という決められた時間を誰も覆すことはできない。

 あと私に残された時間はニ日と半日以上。けど、やらなければならない事はまだまだある。

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