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殿下、俺じゃダメですか?
12 真実を告げる手紙
しおりを挟む「速達で届いておったから、セス君のところに届けに城の薬科室にいこうとしたんじゃが、すれ違ってしもうてな? 見つけたはいいがさっきの酔っぱらいのせいでこの手紙の事をすっかり忘れておったわ、すまんの。だが……これを読んでから、もう少し考えてもいいのではないかの?」
「手紙を届けにわざわざ薬科室に? ありがとう、おじいちゃん。でも一体誰が俺に手紙を?」
俺は手紙を受け取り、その差出人を見た。そこには思わぬ名前が書いてあった。
「これッ!」
「部屋でゆっくり読むといい」
「……うん、そうするよ」
俺はぎゅっと手紙を握って頷いた。そんな俺の背中をおじいちゃんはぽんっと軽く叩いた。おじいちゃんは何も言わなかったけれど、気合を入れられた気がした。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
おじいちゃんとお別れをして、俺は二階に上がる。そしてすぐに部屋に入って、慌てて上着やマフラーを脱ぐと、その手紙を開けて中の便箋を取り出した。
そこには綺麗な字が並んでいた。
『親愛なるセス様
私からの突然の手紙に驚いている事でしょう。セス様のお怒りも承知しております。けれど、どうしてもセス様に本当の事を知って頂きたく、このお手紙をしたためる事に致しました。
今回の事、セス様には大変申し訳ないと思っております。まるで貴方様からレオナルド様を奪うような形になってしまった事。でも、レオナルド様がセス様に別れを告げたのは、私の為などではありません。それだけは断言できます。
今回、なぜこのような事になってしまったのか、まずは私の事をお話しなければいけません。
実は私にはずっと慕っている者がおりました。しかし、その者は平民で、私がどれだけアプローチしても、全く靡いてはくれませんでした。なぜなら彼は、私の伴侶になるのには身分不相応だと考えていたのです。
ですが、私には愛する彼しかいませんでした。彼が結婚してくれないのなら、私は独り身でも厭わないほどに。
けれど、残念ながら王族としていつまでも独り身でいる事は許されません。ですので、父には二十一歳の誕生日を迎えるまでに『彼から良い答えが貰えないのならきっぱり諦めろ』と言われていました。
その時、私は二十歳になったばかりで……途方に暮れました。どうしたらいいのか。
でもその時、私はふと思い出したのです。最近、身分差も跳ねのけて結婚されたレオナルド様の事を!
レオナルド様とは幼い頃から何度か会っていましたし、姉様がアレクサンダー様と結婚していましたから、私にとっては実の兄のような存在でした。実際、義理の兄なのですが。なので、私はレオナルド様に相談しようと決めたのです。それがあの訪問です。
私はレオナルド様に相談し、その時、レオナルド様は私に提案をされました。
『私が仮の恋人となり、当て馬役になろう。ルナ様が結婚されるかもしれないとなれば、相手も焦るだろう』と。
とんでもない提案に、勿論私は断りました。
けれど、レオナルド様も何か事情があるらしく『その方が都合がいいのだ』と答えられました。セス様とレオナルド様の事は姉様から時々送られてくる手紙で仲睦まじい事は存じていたので、私は驚きました。
なので、しつこく聞いたところ、レオナルド様は少しだけ教えてくれました。
『こうする事がセスの為なんだ。だから今回の事は私にもちょうどいいんだ』と。
レオナルド様はそれ以上は教えてくれませんでした。そして、焦っていた私はレオナルド様の提案を受け入れる事にしたのです。
そこから、レオナルド様はまるで私に惚れたかのように演じられました。私を追いかけられるようにイニエスト公国にまで来られて。
けれど、こちらにいるレオナルド様はいつも寂しそうにしておられます。レオナルド様の愛は、まだセス様の元にあるからです。
一体、私にはレオナルド様がセス様の、何の為にこんな事をされているのかわかりません。この手紙を書いてよかったのかも……。
けれど、何も知らないままでいるのは良くないと思うのです。
自分の為にレオナルド様をお借りしている事、こんなことを身勝手に言う事に、大変申し訳なく思います。
冬を過ぎ、春になったらレオナルド様もお帰りになると思いますので、どうぞ、その日までお待ちくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
イニエスト公国 第二王女 ルナ・フォン・イニエスト』
最後は名前で締めくくられていた。
そして読み終わった俺はルナ様からの手紙を力任せにぐしゃぐしゃにしてしまわないようにするので必死だった。
それはルナ様に対する怒りじゃない。何も言わないで勝手な事をしているレオナルド殿下にだ。
「なんで……っ、なんで、俺に一言もないのッ!?」
俺は怒りに声を上げた。でも、これで全てが確信に変わった。
レオナルド殿下が“俺の為に別れを切り出した”のだと。
……レオナルド殿下はやっぱり俺がフェニの涙を飲んで不妊じゃなくなったことに気が付いていたんだ! それで俺と別れるように仕向けた。
しかもただの別れじゃない。俺が憎んで、後腐れがないよう自分を悪者にして別れた。
……レオナルド殿下の事だ、きっと先まで考えていたんだろう。
もしも俺が子供を欲しがって別れを切り出したなら、俺が悪く言われるのは目に見えている。レオナルド殿下は良くも悪くも人気がある。だから俺が子供を欲しがって、レオナルド殿下を捨てたとなったら、この前みたいなレオナルド殿下を慕っている人間は面白くないだろう。特に平民が王族を捨てるなんて……許さない人間もいるはずだ。
それなら、レオナルド殿下が俺を捨てた形の方が幾分か優しい。嘲笑われるだけで済む。他の人も同情し俺に優しく接してくれた。
だから、こんな事を……!!!!
「ばか、ばかっばかっばかっばかぁっ!!」
俺は何も相談してもくれなかった事、そこまで俺の事を思ってくれるのに俺自身の気持ちを考えてくれなかったレオナルド殿下に怒りを覚えるしかなかった。
「俺、こんな事望んでなかったのに。レオナルド殿下のばかっ」
俺はぽろぽろっとまた涙を流した。でも悲しい涙じゃない。嬉しさと怒りが混じった涙だ。レオナルド殿下が俺を心から想ってくれた事。そして身勝手なやり方に。
そして俺は泣きながら思う。
……俺がレオナルド殿下の気持ちに気が付いていたら。こんなことにはならなかったのかな?
そう思ったけれど、アレク殿下の言葉が蘇る。
『レオナルドは感情を隠すのが上手い、時には嘘を吐くこともね』
その言葉通り、レオナルド殿下は俺も他の人もすっかり騙してしまった。これはきっと春に帰ってくる事になっても、一筋縄ではいかないだろう。
……レオナルド殿下の事だ、きっとまた俺を騙すだろう。この手紙を見せても、上手く誤魔化されそうだ。なら、そうなる前にレオナルド殿下から真実を聞き出さないといけない。
俺はぽろぽろっと湧き出る涙を服の袖でごしごしっと拭い、考える。どうやったら、レオナルド殿下が俺に嘘をつかないか。
そして考えた先にある答えに辿り着く。
……レオナルド殿下は俺の為に、こんなことをしている。つまり、俺がいなくなれば?
俺は考えて、ある一つの方法を思いついた。無謀にも思えるが、レオナルド殿下相手にはこれくらいしないといけないだろう。
「レオナルド殿下が勝手にするなら、俺だって勝手にしちゃうんだからなッ!」
俺は息巻いて両手をぐっと握った。
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