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5 ドアが開いて
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翌日の遅い朝。
彰はベッドの中で一人頭を抱えていた。
……ああああああああっ、俺は何であいつとヤってしまったんだ!? いや、そういう雰囲気だったけどっ! こ、こここれからどう顔を合わせればいいんだ!?
顔を赤くして彰はベッドの中で悶えていた。
なぜなら今回はハッキリと蘇芳と何をしてたのか覚えているからだ。
発情期中は例え抱き合っていても、彰はほとんど覚えていない。だから軽口だって言えた。でも昨夜の事をしっかりと覚えている。だから、これから蘇芳とどう話せばいいのか彰はわからなかった。
……あいつと顔を合わせたら恥ずかしさで死ぬッ! ぬあぁぁっ、俺はどうしたらいいんだぁぁ。
彰はベッドの中でゴロゴロと転がって考えたが、いい案が出てくるはずもなく。その内にぐぅっとお腹が鳴った。
「うぅっ、とりあえずメシ……食うか」
彰はのそっとベッドから下りて、リビングに向かった。
……あー、でも朝は寝ていたから蘇芳と顔を合わすこともなかったけど、夕方には帰ってくるんだよなぁ。ああ気が重い。あいつが帰ってくる時にはもう寝てしまうか? いや、それだと不自然すぎるし。あー、もー、なんで俺は昨日あいつとヤっちまったんだ。……まあ、気持ちよかったけどぉ。
昨日の事を思い出して、彰はぶんぶんっと頭を左右に振った。
……思い出すな、思い出すなっ! 昨日のはちょっとした気まぐれなんだから! さっさと飯を食おう。
そう思ったのだが、ダイニングテーブルを見れば一枚のランチョンマットが敷かれ、そこには伏せておかれたご飯茶碗とお椀。そして蓋付きの小鉢と平皿が置かれていた。
彰がその小鉢と平皿の蓋を開けてみると、そこにはほうれん草のお浸しと焼いた鮭と目玉焼きが乗っていた。そしてキッチンを見れば、ガスコンロには小鍋、炊飯器には保温のスイッチが入っている。
どうやら蘇芳が作ってくれておいたようだ。
意外にも蘇芳は料理上手で、こうして時間があればご飯を作ってくれるのだ。しかもレパートリーは結構豊富で、今までさくさくの天ぷらとか、自家製のおいしいソース付きローストビーフ、出来合いじゃなくて自分で調合した本格的な麻婆豆腐とか食べさせてもらったことがある。どれも旨かった。
……顔もよくて、金も持ってるαな上に、料理上手って。無駄にスペック高すぎだろ。……まあ、料理はおいしいから頂くけど。
彰はご飯茶碗とお椀を持ってキッチンに移動した。
小鍋の中を覗くと、彰の好きなあさりの味噌汁が入っていた。
「おいしそっ!」
呟いたのと同時にお腹かきゅるるっと鳴った。彰はすぐに小鍋を火にかけ、炊きたてのご飯をお茶碗によそった。さっきまで昨日の事で頭がいっぱいだったのに、すでに朝食に夢中だ。
……あ、そうだ! 飯食べた後は風呂にゆっくりつかろう~!
彰は鼻歌まじりにお風呂のスイッチを入れた。
そこで思いもよらぬものを見るとも知らず。
それから一時間後。
「ハフーッ、いい湯だな~」
彰は広い浴槽に足を伸ばして、たっぷりのお湯につかっていた。入浴剤には乳白色の肌を滑らかにするものを入れている。見目が売りである以上、外見の手入れにはそこそこ注意してるのだ。
……にしても、最近肌つやが良くなった気がするんだよな~。発情期後とかいつもボロボロだったのに。でもなんで……。蘇芳に抱かれたから?
彰は不思議に思いつつも、その理由の答えがすぐに思い浮かびパシャッとお湯で顔を洗った。
……違う、違う。そうじゃない!
彰はそう思うが否定はできなかった。顔が段々とまた熱くなってくる。
……あいつは俺をこんな部屋に監禁してる変態ヤローだぞ?! しっかりしろ、オレ! もー、とりあえず気分転換にでもテレビ見よ。
彰は風呂場に設置されている小型モニターのスイッチを入れてテレビを見始めた。
だが、テレビから流れてきたニュースに彰は驚き、目を見開いた。
『続いてのニュースです。約一時間前、スオウ飲料メーカー代表取締役の蘇芳社長が自社ビル前で二十代の男に腹部を刺され、病院に搬送されました。刺した男は現在も逃走中との事です』
「はぁ?! 蘇芳が刺された!?」
彰は思わず立ち上がって大声を上げた。しかしテレビは次のニュースに移り、それ以上詳しい情報は流れなかった。
……蘇芳が刺されたって。大丈夫なのか、あいつ!?
彰は不安でいっぱいになり、すぐさまお風呂から出た。そして身体を軽く拭くだけで、チョーカーをつけるといつも通りのTシャツとボクサーパンツだけの姿になって、そのまま玄関へと向かう。
そしてガチャガチャっと試しにドアノブを回してみるが、やはりドアは開かない。何度も何度も、ドアノブを回すが開く気配すらない。
「くそっ! 開けよ!!」
彰は悪態をつくがドアが聞いてくれるわけもなく、玄関先で彰はドンッとドアを両手で叩いた。
……これじゃ、蘇芳がどうなったかわかんねーじゃねーかよっ! 携帯も、ネットもないし! くそっ、仁にぃにこっそり携帯でも借りてりゃよかった!!
「蘇芳っ、大丈夫だよな?」
彰はドアにこつんっと頭を寄せて、不安から小さく呟いた。
しかしその瞬間、ガチャッと鍵が開く音がした。
「え?」
彰が驚いて顔を上げると、玄関ドアはゆっくりと開き、そこには思ってもいない人物が立っていた。
「はぁはぁっ、助けに来たよ」
息を荒くして言ったのは、見も知らない同い年ぐらいのαの男だった。
ぼさぼさの髪に髭の生やした汚い男。でもその男の匂いはどこかで嗅いだことのある匂いだった。
でも、今はそんなことを悠長に考えている暇もなく。彰は咄嗟に身の危険を感じ、玄関ドアから離れた。けれど男は構わずにドアを開けて中に入り、彰の全身を舐める様に見た。
「こんなところに監禁されて、さぞ辛かっただろう? でももう僕が助けに来たから大丈夫だ」
男ははあはあっと息を乱しながら彰に言った。
同じセリフを鬼崎が言ったなら、彰は喜んだものだが、こんな気持ち悪い男に言われても顔を歪めるしかなかった。
「あ、あんた誰だよ?」
彰は男と一定の距離を保ちながら尋ねた。するとぼさぼさの髪の間から、じっと男の瞳が彰を見た。
「僕の事、覚えてないのか? つれないな、僕達は運命の番じゃないか」
「は? 俺はアンタの事なんか」
そう言った後で、彰はハッとあることに気が付いた。
運命の番、と言う言葉とこのしみったれた、嫌なαの匂い。
『僕の運命の番。君の項を噛んであげる』
αの匂いを染みこませて、自分に気持ち悪い手紙を送ってきた野郎と同じ匂いだと。
「お前……っ」
「ようやく思い出した?」
「手紙、送ってきたの。お前か!」
彰が告げると男はにっこりと笑った。
「そうだよ。でもそれよりもずっと前に僕達は出会ってるんだよ」
「お前なんか、俺は」
「僕のようなαに相手してもらって嬉しいだろ?」
その言葉に彰はぴきっと動きを止める。それは心の奥にある傷に反応したからだ。中学生の時、上級生のαにつけられた傷に。
そして、その言葉と声はあの時と全く同じものだった。
「あ、あんたっ!」
彰は顔を青ざめて男をよくよく見た。そして、彰は今更ながらに気が付いた。
中学生の自分を襲ったあの時の上級生と似た顔がそこにあることを。
「僕達はあの頃から運命の番なのに、君はいつも僕から逃げるんだ」
「なっ、俺はお前と運命の番なんかじゃない!」
「僕達は運命の番だよ。ああ、こんなにΩの匂いを撒き散らして僕を誘惑するなんて」
「違うッ、お前なんか誘惑していない! さっさと出ていけ!!」
未だに自分を追いかけている目の前のストーカー男に気持ち悪さと恐怖を感じながら、彰は必死に声を上げた。でもそんな彰に男は苛立った声を上げた。
「素直じゃないなぁ。にしても……僕のΩなのに、他所のαの匂いをさせて。悪い子だなぁ?」
じろりっと睨まれて彰はひっと息を飲んだ。
ここは蘇芳の家だ。どこかしこにも蘇芳の、αの匂いが残っている。そして昨晩抱かれた彰の体にも。それは例えお風呂に入っても拭えない匂い。
「尻軽なΩには躾が必要だな」
男は彰に手を伸ばし、彰はその手から逃れる様に部屋の奥に逃げ込んだ。でも寝室に逃げ込もうとする手前で腕を掴まれ、彰はリビングの床に乱暴に倒れされた。
「うわっ!」
彰は咄嗟に手を突いて床に倒れ込んだので怪我を負う事はなかったが、男は後ろから彰に跨り、のしかかった。
彰は暴れて、男から逃れようとしたがぐいっとチョーカーを引っ張られて、背中をのけ反らせた。
「うぐっ、苦しッ」
「ああ、よかった。まだ綺麗な項だ。……もし噛まれていたら、君を殺すところだったよ」
男はそう言うと腰に隠していたナイフを取り出した。背後できらりと光るナイフに彰は震える。
「な、なにをするつもりだ」
「何も。あの時はうかうかして逃げられたからね。さっさと僕のものだという証をつけてあげる」
男はチョーカーを切り裂き、無残に切られたチョーカーがぱさりっと床に落ちる。項を晒された彰は恐怖に怯えながら声を上げた。
「な、発情期中に噛まないと番にはなれないんだぞ!?」
「わかってるさ。だから、これで発情させてあげるよ」
男はそう言うとナイフを腰に差し直し、ポケットから小さな注射針を取り出した。そこに入っているのは言われなくてもわかる、発情誘発剤だ。
男は最初から彰を薬で発情期と同じ状態にし、項を噛む気だったのだ。その事実に彰はいよいよ顔を真っ白に青ざめさせた。
発情期中にαに項を噛まれたならそこで番となってしまい、Ωは項を噛んだαから逃れられなくなる。
……俺がこいつの番に?! そんなの冗談じゃない! いやだ、嫌だ! そんなの嫌だッ!!
「嫌だ! お前と番になんかならない! 放せッ!!」
彰は一生懸命暴れた。でも後ろから乗りかかられている彰は簡単に抑えつけられ、怒鳴りつけられた。
「大人しくしろッ!」
その容赦ない言葉と荒々しい声に彰はビクッと震えて、涙を流した。
怖くて怖くて堪らない、こんな男の番になるなんて。絶対嫌なのに、逃げられなくて。
彰はぽろぽろっと涙を流し、小さく声を上げた。
……こんなことになるんなら、意地なんか張らないで俺からお願いすればよかった。
「すおぉ、助けて」
彰はひっくひっくっと泣きながら助けを呼んだ。
でも頭の片隅で、蘇芳は刺されて病院にいると囁く。だから彰はこんなことを言っても、蘇芳が助けに来てくれるなんて思っていなかった。この絶望的な場面に来てくれるなんて……。
この声を聞くまでは。
************
こんばんは。みなさん、26日の夜は8時過ぎから皆既日食らしいですよ~!
彰はベッドの中で一人頭を抱えていた。
……ああああああああっ、俺は何であいつとヤってしまったんだ!? いや、そういう雰囲気だったけどっ! こ、こここれからどう顔を合わせればいいんだ!?
顔を赤くして彰はベッドの中で悶えていた。
なぜなら今回はハッキリと蘇芳と何をしてたのか覚えているからだ。
発情期中は例え抱き合っていても、彰はほとんど覚えていない。だから軽口だって言えた。でも昨夜の事をしっかりと覚えている。だから、これから蘇芳とどう話せばいいのか彰はわからなかった。
……あいつと顔を合わせたら恥ずかしさで死ぬッ! ぬあぁぁっ、俺はどうしたらいいんだぁぁ。
彰はベッドの中でゴロゴロと転がって考えたが、いい案が出てくるはずもなく。その内にぐぅっとお腹が鳴った。
「うぅっ、とりあえずメシ……食うか」
彰はのそっとベッドから下りて、リビングに向かった。
……あー、でも朝は寝ていたから蘇芳と顔を合わすこともなかったけど、夕方には帰ってくるんだよなぁ。ああ気が重い。あいつが帰ってくる時にはもう寝てしまうか? いや、それだと不自然すぎるし。あー、もー、なんで俺は昨日あいつとヤっちまったんだ。……まあ、気持ちよかったけどぉ。
昨日の事を思い出して、彰はぶんぶんっと頭を左右に振った。
……思い出すな、思い出すなっ! 昨日のはちょっとした気まぐれなんだから! さっさと飯を食おう。
そう思ったのだが、ダイニングテーブルを見れば一枚のランチョンマットが敷かれ、そこには伏せておかれたご飯茶碗とお椀。そして蓋付きの小鉢と平皿が置かれていた。
彰がその小鉢と平皿の蓋を開けてみると、そこにはほうれん草のお浸しと焼いた鮭と目玉焼きが乗っていた。そしてキッチンを見れば、ガスコンロには小鍋、炊飯器には保温のスイッチが入っている。
どうやら蘇芳が作ってくれておいたようだ。
意外にも蘇芳は料理上手で、こうして時間があればご飯を作ってくれるのだ。しかもレパートリーは結構豊富で、今までさくさくの天ぷらとか、自家製のおいしいソース付きローストビーフ、出来合いじゃなくて自分で調合した本格的な麻婆豆腐とか食べさせてもらったことがある。どれも旨かった。
……顔もよくて、金も持ってるαな上に、料理上手って。無駄にスペック高すぎだろ。……まあ、料理はおいしいから頂くけど。
彰はご飯茶碗とお椀を持ってキッチンに移動した。
小鍋の中を覗くと、彰の好きなあさりの味噌汁が入っていた。
「おいしそっ!」
呟いたのと同時にお腹かきゅるるっと鳴った。彰はすぐに小鍋を火にかけ、炊きたてのご飯をお茶碗によそった。さっきまで昨日の事で頭がいっぱいだったのに、すでに朝食に夢中だ。
……あ、そうだ! 飯食べた後は風呂にゆっくりつかろう~!
彰は鼻歌まじりにお風呂のスイッチを入れた。
そこで思いもよらぬものを見るとも知らず。
それから一時間後。
「ハフーッ、いい湯だな~」
彰は広い浴槽に足を伸ばして、たっぷりのお湯につかっていた。入浴剤には乳白色の肌を滑らかにするものを入れている。見目が売りである以上、外見の手入れにはそこそこ注意してるのだ。
……にしても、最近肌つやが良くなった気がするんだよな~。発情期後とかいつもボロボロだったのに。でもなんで……。蘇芳に抱かれたから?
彰は不思議に思いつつも、その理由の答えがすぐに思い浮かびパシャッとお湯で顔を洗った。
……違う、違う。そうじゃない!
彰はそう思うが否定はできなかった。顔が段々とまた熱くなってくる。
……あいつは俺をこんな部屋に監禁してる変態ヤローだぞ?! しっかりしろ、オレ! もー、とりあえず気分転換にでもテレビ見よ。
彰は風呂場に設置されている小型モニターのスイッチを入れてテレビを見始めた。
だが、テレビから流れてきたニュースに彰は驚き、目を見開いた。
『続いてのニュースです。約一時間前、スオウ飲料メーカー代表取締役の蘇芳社長が自社ビル前で二十代の男に腹部を刺され、病院に搬送されました。刺した男は現在も逃走中との事です』
「はぁ?! 蘇芳が刺された!?」
彰は思わず立ち上がって大声を上げた。しかしテレビは次のニュースに移り、それ以上詳しい情報は流れなかった。
……蘇芳が刺されたって。大丈夫なのか、あいつ!?
彰は不安でいっぱいになり、すぐさまお風呂から出た。そして身体を軽く拭くだけで、チョーカーをつけるといつも通りのTシャツとボクサーパンツだけの姿になって、そのまま玄関へと向かう。
そしてガチャガチャっと試しにドアノブを回してみるが、やはりドアは開かない。何度も何度も、ドアノブを回すが開く気配すらない。
「くそっ! 開けよ!!」
彰は悪態をつくがドアが聞いてくれるわけもなく、玄関先で彰はドンッとドアを両手で叩いた。
……これじゃ、蘇芳がどうなったかわかんねーじゃねーかよっ! 携帯も、ネットもないし! くそっ、仁にぃにこっそり携帯でも借りてりゃよかった!!
「蘇芳っ、大丈夫だよな?」
彰はドアにこつんっと頭を寄せて、不安から小さく呟いた。
しかしその瞬間、ガチャッと鍵が開く音がした。
「え?」
彰が驚いて顔を上げると、玄関ドアはゆっくりと開き、そこには思ってもいない人物が立っていた。
「はぁはぁっ、助けに来たよ」
息を荒くして言ったのは、見も知らない同い年ぐらいのαの男だった。
ぼさぼさの髪に髭の生やした汚い男。でもその男の匂いはどこかで嗅いだことのある匂いだった。
でも、今はそんなことを悠長に考えている暇もなく。彰は咄嗟に身の危険を感じ、玄関ドアから離れた。けれど男は構わずにドアを開けて中に入り、彰の全身を舐める様に見た。
「こんなところに監禁されて、さぞ辛かっただろう? でももう僕が助けに来たから大丈夫だ」
男ははあはあっと息を乱しながら彰に言った。
同じセリフを鬼崎が言ったなら、彰は喜んだものだが、こんな気持ち悪い男に言われても顔を歪めるしかなかった。
「あ、あんた誰だよ?」
彰は男と一定の距離を保ちながら尋ねた。するとぼさぼさの髪の間から、じっと男の瞳が彰を見た。
「僕の事、覚えてないのか? つれないな、僕達は運命の番じゃないか」
「は? 俺はアンタの事なんか」
そう言った後で、彰はハッとあることに気が付いた。
運命の番、と言う言葉とこのしみったれた、嫌なαの匂い。
『僕の運命の番。君の項を噛んであげる』
αの匂いを染みこませて、自分に気持ち悪い手紙を送ってきた野郎と同じ匂いだと。
「お前……っ」
「ようやく思い出した?」
「手紙、送ってきたの。お前か!」
彰が告げると男はにっこりと笑った。
「そうだよ。でもそれよりもずっと前に僕達は出会ってるんだよ」
「お前なんか、俺は」
「僕のようなαに相手してもらって嬉しいだろ?」
その言葉に彰はぴきっと動きを止める。それは心の奥にある傷に反応したからだ。中学生の時、上級生のαにつけられた傷に。
そして、その言葉と声はあの時と全く同じものだった。
「あ、あんたっ!」
彰は顔を青ざめて男をよくよく見た。そして、彰は今更ながらに気が付いた。
中学生の自分を襲ったあの時の上級生と似た顔がそこにあることを。
「僕達はあの頃から運命の番なのに、君はいつも僕から逃げるんだ」
「なっ、俺はお前と運命の番なんかじゃない!」
「僕達は運命の番だよ。ああ、こんなにΩの匂いを撒き散らして僕を誘惑するなんて」
「違うッ、お前なんか誘惑していない! さっさと出ていけ!!」
未だに自分を追いかけている目の前のストーカー男に気持ち悪さと恐怖を感じながら、彰は必死に声を上げた。でもそんな彰に男は苛立った声を上げた。
「素直じゃないなぁ。にしても……僕のΩなのに、他所のαの匂いをさせて。悪い子だなぁ?」
じろりっと睨まれて彰はひっと息を飲んだ。
ここは蘇芳の家だ。どこかしこにも蘇芳の、αの匂いが残っている。そして昨晩抱かれた彰の体にも。それは例えお風呂に入っても拭えない匂い。
「尻軽なΩには躾が必要だな」
男は彰に手を伸ばし、彰はその手から逃れる様に部屋の奥に逃げ込んだ。でも寝室に逃げ込もうとする手前で腕を掴まれ、彰はリビングの床に乱暴に倒れされた。
「うわっ!」
彰は咄嗟に手を突いて床に倒れ込んだので怪我を負う事はなかったが、男は後ろから彰に跨り、のしかかった。
彰は暴れて、男から逃れようとしたがぐいっとチョーカーを引っ張られて、背中をのけ反らせた。
「うぐっ、苦しッ」
「ああ、よかった。まだ綺麗な項だ。……もし噛まれていたら、君を殺すところだったよ」
男はそう言うと腰に隠していたナイフを取り出した。背後できらりと光るナイフに彰は震える。
「な、なにをするつもりだ」
「何も。あの時はうかうかして逃げられたからね。さっさと僕のものだという証をつけてあげる」
男はチョーカーを切り裂き、無残に切られたチョーカーがぱさりっと床に落ちる。項を晒された彰は恐怖に怯えながら声を上げた。
「な、発情期中に噛まないと番にはなれないんだぞ!?」
「わかってるさ。だから、これで発情させてあげるよ」
男はそう言うとナイフを腰に差し直し、ポケットから小さな注射針を取り出した。そこに入っているのは言われなくてもわかる、発情誘発剤だ。
男は最初から彰を薬で発情期と同じ状態にし、項を噛む気だったのだ。その事実に彰はいよいよ顔を真っ白に青ざめさせた。
発情期中にαに項を噛まれたならそこで番となってしまい、Ωは項を噛んだαから逃れられなくなる。
……俺がこいつの番に?! そんなの冗談じゃない! いやだ、嫌だ! そんなの嫌だッ!!
「嫌だ! お前と番になんかならない! 放せッ!!」
彰は一生懸命暴れた。でも後ろから乗りかかられている彰は簡単に抑えつけられ、怒鳴りつけられた。
「大人しくしろッ!」
その容赦ない言葉と荒々しい声に彰はビクッと震えて、涙を流した。
怖くて怖くて堪らない、こんな男の番になるなんて。絶対嫌なのに、逃げられなくて。
彰はぽろぽろっと涙を流し、小さく声を上げた。
……こんなことになるんなら、意地なんか張らないで俺からお願いすればよかった。
「すおぉ、助けて」
彰はひっくひっくっと泣きながら助けを呼んだ。
でも頭の片隅で、蘇芳は刺されて病院にいると囁く。だから彰はこんなことを言っても、蘇芳が助けに来てくれるなんて思っていなかった。この絶望的な場面に来てくれるなんて……。
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