エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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8 シュリとの夕食

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 騎士の寮は、騎士集舎と呼ばれる建物の横にある。そして更にその隣には王城が。
 騎士集舎は国の防衛を司っている建物で、もしも緊急事態が起こった時、すぐに騎士が集合・対応できるよう、すぐ隣に建てられているのだ。寮が隣接しているのも同じ理由だ。

 そして家庭を持たない独身騎士達は、大抵この寮で暮らしている。この俺も。
 だが寮暮らしでも、隊長という階級がある俺と一般の騎士では、部屋が異なる。

 普通の騎士ならば、二人部屋を割り当てられ、共同の風呂とトイレを使わなければならない。だが隊長クラスになると質素ではあるが、少し広めの部屋と簡易キッチン、寝室とバスルームまでがついている部屋が割り当てられる。

 しかし俺はほとんど料理をせず、キッチンはいつも綺麗なままだ。なら、どこで食事を済ませているかと言うと、一階にある大きな食堂で料理をもらい部屋に運んで食事を取っている。

 一階の食堂には、長いテーブルが並び、寮暮らしの騎士達は大抵ここで食事を済ませる。当然、俺もこの食堂で料理を食べてもいいのだが、やはり入団したての若い騎士は俺が物珍しいのか、視線を向けてくるし、隊長クラスの俺がいるとどこか皆、気を遣った空気を出す。
 だから、もっぱら貰った料理は部屋に運び、一人で食べることにしている。その方がゆっくりと食べられるからな。

 けれど、今日ばかりはいつもと違った。俺の目の前には料理と共に魔人がいた。


「このシチューうまいなぁー! このパンもふわふわぁ~っ!」


 シュリはおいしそうにシチューにパンをつけて、頬張った。
 今日のシチューは、ほろほろとすぐ崩れるぐらいよく煮込んだ肉と色とりどりの野菜が入っている。俺もこのシチューは好きだ。特にちぎったパンをしみ込ませて食べるのが。
 だが、目の前でおいしそうに食べているシュリが先ほど何気なく言った言葉に俺は驚き、手に持っているスプーンを落としそうになっていた。

「シュリは……百一歳、なのかっ?」

 俺が驚き、尋ね返すとシュリはあっさりと答えた。

「うん、そうだよ。俺の年は百一歳。でも魔人なら別に普通だぞ?」

 シュリはせわしなくシチューを口に運んでは、パンをちぎって食べ、その後はごくごくっと水を飲んだ。余程お腹が空いていたのだろう。でも俺より食べる姿はとても百一歳だとは思えない。

 ……百一歳って俺の何倍生きてるんだ。

 俺は目の前にいる、年下の少年にしか見えないシュリを見つめた。その視線に気が付いたのか、シュリは片眉を上げた。

「なんだよ? 魔人なら別に珍しい事じゃないぞ? まあお前からしたら、俺はすげージジイかもしれないけど」

 シュリはいつの間にかシチューもパンも、ぺろっと食べ終えて言った。そして口元を少年のように手の甲で拭うと、思い出したように俺に尋ねてきた。

「でも、そう言えば俺以外の魔人を見なかったな……。もしかして今は混血が多いのか?」

 シュリは俺に尋ね、その問いに俺は頷いた。
 きっと町に出た時に、自分以外の魔人を見なかった事にどこか違和感を感じたのだろう。五百年前はまだ魔人もこの王都にもたくさんいたというから。

「ああ、そうだ。魔人はこの現代のインクラントにはいない。純血の者達は北の辺境地に住んでいる。今、このインクラントに住んでいるのは混血の者ばかりだよ」
「やっぱり、そうだよな。あのルクナも混血のようだったし……。町にいた人たちもそうだった。でも、アレクシスは純血の獣人なんだろ? 獣人はいるのか?」

 シュリに聞かれて俺の耳はピクリと動く。

「いや、純粋の獣人もいない」
「え、でもアレクシスは」
「俺は混血だ。だが先祖返りしてこの姿なんだ」

 俺が正直に話すと、シュリは首を傾げた。

「せんぞがえり?」

 どうやら聞き慣れない言葉らしい。
 
「ああ。俺の父は獣人種だし、母は獣魔人種だ。だから俺は混血だ。けれど先祖の遺伝が強く出てしまったみたいでな、この姿なんだ」

 俺が今までの人生で何回もしてきた説明をすると、シュリも驚いた顔をした。この説明をすると、大抵の人は驚いた顔をする。

「そうなのか。……じゃあ、正確には獣人じゃないんだなぁ」

 シュリは驚いた顔のまま、まじまじと俺を見つめた。でもその後、くしゃっと無邪気な笑顔を見せた。

「けど俺、アレクシスのその姿、好きだな。なんか、ほっとする」

 シュリはへへっと笑って言い、俺は正直驚いた。
 今まで怖い、物珍しいと言われてきたこの姿を、家族以外で好きだと言ってくれる人がいる事に。

「そっ、そうか?」

 俺は何となく照れくさくなって、器に入っていたシチューをばくばくっと食べた。
 シュリは五百年前から来て、別に獣人姿が物珍しくないから、そう言っているだけだ。別に俺の姿を褒めたわけじゃない。そう俺は自分に言い聞かせながらも、シチューを食べ切った。
 けれど食べ終わった俺を見て、シュリはすっと身を乗り出すと、俺に手を伸ばした。

「アレクシス、口に……シチュー付いてる」

 シュリはそう言うと指で俺の口元を拭って、そのままぺろっと舐めた。

「大人ぶってるのに、子供みたいだな」

 シュリはくすっと笑って言い、俺はその仕草にドキッとして、尻尾がぴんっと立つ。

「な、何するんだ!」
「何って、口についていたから」

 シュリは何を慌ててるんだ? とでも言いたげな目で俺を見る。その目を見て俺はうぐっと言葉を詰まらせた。

 ……天然魔人!

 けれどそう思った時、ドアのノック音が響いた。

「アレクシス、いるか?」

 その声は父さんだった。その声を聞いて、シュリは「アレクシスの知り合いか?」と俺に尋ねてきた。

「ああ、俺の父だ。シュリはここでちょっと待っていてくれ。父さん、今出ます!」

 俺はドアに向かって叫んだ。

 ……父さんが一体何の用だろう? 寮に来るなんて珍しいな。

 父さんは俺と違いクウォール家の本邸で母さんと弟家族と共に住んでいる。だから寮に来るのは珍しい事だった。
 でも俺が不思議に思いながら席を立つと、なぜかシュリも席を立った。

「シュリ?」
「アレクシスのお父さんなんだろう? 俺も挨拶するよ。これからお前に面倒見てもらう訳だし。あ、でもできるだけ、迷惑をかけないようすぐにこの部屋から出て行けるようにするからさ」

 シュリはそう俺に言った。俺はそんなにすぐに出て行くことを考えなくてもいい、と言いたかったのだけれど、またドアをノックされて俺の言葉は喉の奥に留まった。

「アレクシス? 大丈夫か?」

 父さんはなかなか出てこない俺を心配そうに、ドアの向こう側から呼ぶ。

「ほら、早く出ないと! 待ってるぞ!」

 シュリは俺を急かすように俺の背中を押した。俺はシュリに背を押されてドアの前に立ち、仕方なくドアを開ける。鍵を外しドアを開ければ、目の前に父さんが立っていて、俺が出てきたことにほっとした顔を見せた。

「アレクシス。中々出てこないから、何かあったかと思ったぞ」

 父さんはそう言った後、俺の後ろにいたシュリに気がつき、シュリに視線を向けた。

「君が噂の人だね。こんばんは」

 父さんはにこやかにシュリに挨拶をした。

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