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24 シュリの魔術
しおりを挟む「やあ、アレクシス。ここに来るのは珍しいね」
そう俺に言ったのは午前中、廊下で会ったエルンスト副隊長だった。
第十部隊は医療班の役割もあるが、入団一年目の見習い騎士達の指導もしている。エルンスト副隊長は第十部隊に所属しているから、監督責任者というところだろう。
グラウンドには見習い騎士であるまだ十五・六歳の少年少女達が教官達に鍛えられて剣の稽古をしている。でも彼らも来月には第十部隊から別の部隊に異動し、また新しい若者が入団してくる。これは毎年の事だ。
また違う顔ぶれがここに並ぶのか、と思うが、一方で自分もこういう時期があったな、と感慨深く思ってしまう。エルサードと共に入団し、汗を流した日々を思い出して。
だが、懐かしい事を思い出していると隣にいたシュリが声を上げた。
「わー、みんなすごいな! な、アレクシス!」
シュリは興奮した子供みたいに、握っていた俺の手をぐいぐいっと引っ張った。
「落ち着け、シュリ」
「はは、まるで兄弟、いや親子みたいだな」
エルンスト副隊長はにっこりと笑って穏やかな声で言った。シュリの様子を見て、そのままの思いを口にしたのだろう。でもその言葉で興奮していたシュリの動きがぴたっと止まった。
「エルンスト、俺の方が年上だぞ!」
子供呼ばわりされたのが気に障ったのか、シュリはそう主張した。でも年下であるはずのエルンスト副隊長の方が落ち着いて答えた。
「ああ、わかってるよ。シュリ君は魔人だからね。……でも、そういえば今は一体いくつなんだい? 魔人は長生きだと聞いてるが」
「百一歳だ」
シュリがさらりと答えるとさすがのエルンスト副隊長も「え?」と戸惑った声を出していた。
「だから百一歳だ。昨日アレクシスにも言ったら、エルンストと同じ顔をされた。今はそんなに長命じゃないのか?」
シュリは首を傾げて尋ねた。
さすがのエルンスト副隊長も生粋の魔人の老化の遅さが、ここまでとは思っていなかったのだろう。驚いた顔をして「本当に?」と尋ね、シュリは「本当だぞ」と答えた。
「まさか百一歳なんて、母より年上だとは思わなかったよ。シュリ君、いやシュリさんとお呼びした方がいいかな?」
年上だとわかったエルンスト副隊長は言い直していたが、シュリは「ん? 今のままで構わないぞ」と返事をしていた。だが、そんなシュリをエルンスト副隊長は興味深そうにじろじろと見る。
「うーん、魔人というのはすごい……。母や陛下も老けないが、ここまで」
そうエルンスト副隊長は腕を組んで言った。そんなエルンスト副隊長にシュリは「そうか?」と首を傾げている。だが、グラウンドで訓練をしていた見習い騎士達や教官たちが俺やシュリの存在に気が付き、やや騒がしくなってきた。
「おい、あれって第一部隊のアレクシス隊長じゃないか!?」
「その傍にいるのって、もしかして噂の魔人かな?!」
そんな声が聞こえてくる。
そろそろお暇した方がいいだろうか。と思ったが、エルンスト副隊長は思いもよらない提案を出した。
「そうだ! シュリ君、折角だから魔術を見せてもらっても? ここにいる若い騎士達の為に」
エルンスト副隊長の申し出に、シュリは思わず声を上げた。
「え!? 俺に!?」
「ぜひ君の力、見せてください」
「でも……俺はエルサルほどすごくねーぞ?」
シュリはあまり乗り気ではない様子で言ったが、エルンスト副隊長はシュリにやらせる気満々だった。
「大丈夫。昨日、母の前で使った移動魔術をでもいいし、他の得意な魔術でも」
そうエルンスト副隊長は笑って言った。どうやら昨日、シュリが高等魔術である移動魔術を使ったことをすでに母親のルクナ隊長から聞いていたらしい。
「まぁ、あのぐらいなら」
シュリがそう答えるとエルンスト副隊長は「訓練は一時中止だ! みんな、今から面白い魔術が見られるぞ」と声をあげ、そして指導していた教官達に声をかけてグラウンドに広がっていた見習い騎士たちを端に寄らせた。
見習い騎士たちはこれから何が起こるんだ? という期待の目をシュリに向けている。そして俺は視線を集めるシュリに身を屈めて、耳元で尋ねた。
「移動魔術とやらを使うのか?」
俺が尋ねるとシュリは腕を組んで「うーん」と唸った。
「まあ、移動魔術でもいいけど、あんなのじゃつまんないだろ。一瞬で終わるし……。よし! あれをやるか!」
シュリはそう言うと腕をまくった。
「何をやるんだ?」
俺が尋ねるとシュリは俺に振り返り、にっと笑った。
「まあ、アレクシスも見てろって」
シュリはそう言ったけれど、その顔は完全にいたずらっ子の顔だった。
……一体、シュリは何をするつもりなのだろうか。というか大丈夫だろうか。
俺は不安に思ったが止める理由もなく、シュリは両手を前に出し、ぶつぶつと呪文を呟き始めた。すると地面にほんのりと光を放つ緑色と青色の二つの魔法陣が現れた。
それはエルサル広場で見たものと似ていて、俺は思わず顔をしかめる。エルサードを連れ去った魔法陣を思い出すから。
でも俺は止めずにシュリがすることを眺めた。
そうするとシュリは二つの陣を重ね合わせ、陣の上に丸い灰色の球体が浮き上がる。
そして、シュリはなんと三つ目のピンク色の魔法陣まで作り出し、灰色の物体がピンクにじわじわと染まる。
……あれは一体。シュリは何をしようと?
俺が不思議に思っていると、シュリはくるっと振り返ってこちらを見た。その瞳は魔力を使っているせいで淡く光っていた。
「よく見てろよ、アレクシス!」
シュリはそう言うと両手をひょいっと上へ向け、ピンク色の球体も空へ上がる。そしてポンッと軽く弾ける音と共に、ピンク色の花びらが辺りに降り注いだ。
はらはらひらり。
それはまるでエルフェニウムの花びらのように、青い空にピンク色の花びらが舞い散る。
「うわぁ!」
「すごーい!」
見習い騎士や教官達までも、降り注ぐピンク色の花びらに声を上げた。そして俺も。
「すごい。花びらがこんなに」
思わず呟き、降ってきた花びらを手に取ってみる。けれどそれは手に取った後、形なく消えて手には数滴の水だけが残った。まるで雪のようだ。
「綺麗だろ? それ雪だから、すぐに消えちゃうんだけどな」
魔術を使い終わったシュリは俺の元へと歩み寄りながら教えてくれた。
「これは雪、なのか? でもピンク色に」
「そういう風にしてるんだ」
シュリはそう言うと、ふっとまた空を見上げた。
「もう終わるな」
シュリが呟くと、どこからともなく降り注いでいたピンク色の花びら、いや雪が段々少なくなり、言葉の通り、本当に雪が降り止んだ。
途端、その場にいた者達から喝采の拍手が巻き起こる。シュリはその拍手に照れたように頭を掻く。
「えへへ」
「シュリ、すごいな」
俺も心からの称賛を贈ると、シュリは頬を染めて照れくさそうに笑った。
だが俺の隣で呆然としていたエルンスト副隊長はものすごい勢いでシュリに詰め寄った。
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