エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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46 ミシャが見たもの

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 その日の夕方、太陽も暮れ始めた頃。

「アレクシスー、シュリちゃーん、いるー? 服を届けに来たわよ!」

 コンコンッとノック音と共に、寮の部屋にミシャの声が響いた。だが返事はない。
 ミシャはもう一度ノックをする。

「いないのー?」

 そう声をかけると暫くの沈黙の後、ドアがそっと開いた。

「なんだ、いるんじゃない。……あら? アレクシス、その恰好どうしたの?」

 ミシャは頭からシーツを被ったアレクシスを見て、思わず尋ねた。

「ちょ、ちょっと色々あってな。いいから服を。代金は後日払うから、そこに置いて帰ってくれ」

 アレクシスは部屋の中のテーブルを向いて言った。どうみても怪しい。

 ……どうしたのかしら?

 そう思いつつもミシャは「わかったわ」と呟き、部屋の中に入って、テーブルの上に服を置いた。

「ここでいいの?」
「ああ、ありがとう」

 そうアレクシスはお礼を言った。でも、その時ミシャはあることに気が付いた。

「あれ? アレクシス、ちょっと身長が縮んだ? ううん、体格が……」

 ミシャが言いかけると「もういいだろ、帰ってくれ!」と言って、アレクシスは慌てて後ろに振り向く。
だが、そうすると余計にその背は細く見え、体が一回り小さいことがハッキリとわかる。

「やっぱりおかしい!  一体、何を隠してるの?!」

 ミシャはアレクシスに詰め寄り、ぎゅっとシーツを掴んで引っ張った。そうすれば、アレクシスが現れ……。

「えっ……ギャーーーッ!」

 ミシャは一瞬呆けた後、大きな叫び声をあげた。その叫び声は、寮、いや騎士集舎にも届いた。

「ミシャ! 声が大きい!」

 アレクシスは慌ててミシャの口に手を当てて塞いだ。だが、ミシャは興奮冷めやらぬのか、んーっ! んーっ! と声にならない叫び声を出している。
 そして、そこへ。

「ああ、やっぱりミシャだ」

 呑気な声で言いながら部屋にシュリが入ってきた。
 シュリは料理が乗っているカートを押し、部屋に入りきるとドアを閉めた。カートには二人分の料理が乗っている。どうやらアレクシスの食事の分まで持ってきたようだ。

「久しぶり、ミシャ。ルルは元気にしてる?」

 シュリは驚くこともなく、落ち着いて声をかけた。だがミシャは口を塞がれながらも、ふごふごと鼻息を荒くしながらアレクシスを指さした。

「ああ。まあ落ち着いて、説明してあげるから」

 シュリは笑って言い、その内にミシャの叫び声を聞きつけて騎士たちがバタバタッとドアの前へとやってきた。

「アレクシス隊長! 何かございましたか!?」
「今、悲鳴が!」

 そう騎士たちは声をかけた。たが、アレクシスはドア越しに「大丈夫だ、なんでもない!」と返答する。

「そうですか? 本当に大丈夫で?」

 心配する騎士たちにアレクシスは「ああ、大丈夫だ。すまない」と謝った。そうすれば騎士たちは困惑しつつも「わかりました」と言って去って行く、その去り際に「何だったんだろう?」と呟きながら。

「アレクシス、どうせわかる事なんだから追い返さなくてもいいのに」

 シュリがそう言うと、アレクシスはむっと眉間に皺を寄せた。こうなってしまった原因はシュリにあるから。
 だが、アレクシスが何かを言う前にシュリはミシャを指さした。

「それよりアレクシス、そろそろミシャを解放してあげたら?」

 シュリに言われ、アレクシスはちょっと考えた後、ミシャに尋ねた。

「もう騒がないな? 大きな声を出さないのなら、手を離す」
「その言いぶりじゃ、まるで悪役だぞ。アレクシス」

 シュリはちょっと笑いながら言ったが、ミシャはこくこくっと頷き、ようやくアレクシスの手から逃れた。
 手が離れ、ぷはっとミシャは息をしたが、すぐにアレクシスの姿を見直してワナワナと震えた。

「あ、貴方、アレクシス、よね?」

 ミシャは指を差して尋ねた。アレクシスは「当たり前だろう」と答えたが、ミシャがそう尋ねるのも仕方がなかった。そこには上半身裸でぶかぶかのズボンを履き、シーツを手にした一人の逞しい”人種の男”がいたのだから。

 ミシャは信じられないものでも見るような目で男を見る。でもその態度に男はむっとした表情を見せた。

「……もう服の配達は終わっただろう、代金は後日払うから、今日は帰ってくれ」

 男は不機嫌な声で言ったが、その声はアレクシスの声だ。

「ななな、なにがどうなってるの? アレクシスが人種になってるなんて!」
「一時的にだよ。あ、俺の服! ありがとう、ミシャ!」

 シュリはさらっと言った後、ミシャが配達で持ってきた服を手に取った。そこにはルルフォートが作った服があった。だが、ミシャはそんなシュリの肩を掴んで「どういうことなの!? シュリ!」と目を怖いぐらい見開いて詰め寄った。その勢いにシュリは思わず目を丸くして驚く。

「シュリ、教えて!」
「ど、どういう事って。薬で、一時的にアレクシスを人種寄りにしただけだよ」
「人種寄りに!? そんな事できるの!?」
「できたから、アレクシスは」

 シュリはちらっとむすっとしたままのアレクシスを見た。そこには完璧に人種寄りのアレクシスがいる。耳も尻尾もない。鋭い牙も、今じゃただの白い歯だ。

「うーむ、何も言い返せないわね。……けど、どうして急に服の配達を私に頼んだのか、わかったわ。急にネイズおじさまよりワンサイズ大きめの服を持ってこいって言ったのには、こういう意味があったのね」

 ミシャはようやく落ち着いてきたのか、ぽつりと納得するように言った。

 そう、人種化してしまったアレクシスでは、もう獣人サイズの服は大きすぎて着れないのだ。今、履いているズボンもベルトで何とか着れている始末。だから急遽、服の配達を頼んだのだろう、とミシャは容易に推理ができた。

「わかったなら、さっさと帰ってくれ」
「あらー、酷い言いよう。折角持ってきたのに、お茶の一杯ぐらい出してくれてもいいんじゃない?」
「いつもは配達してすぐに帰って行くだろう」

 アレクシスは忌々し気にミシャに言ったが、何の効果もなかった。

「そんな綺麗な顔で怒っても、なーんにも怖くないわよ。アレクシスはネイズおじさま似の顔だったのねぇ」

 ミシャはもう人種化したアレクシスに慣れたのか、ふふっと笑った。けれど、アレクシスは不機嫌なままだ。

「けど、どうしてアレクシスは人種化しちゃったの? 薬って言っていたけど、そんな薬があるの?」
「薬は俺が作ったオリジナルだ。人種化させたのは、アレクシスに対する荒療治ってやつかな」

 問いかけられたシュリはそう答えた。でも意味が分からないミシャは「荒療治?」と首を傾げる。だが、そんなミシャの肩をアレクシスは掴むとドアまでぐいぐいと押しやった。

「アレクシス!?」
「今日はもう帰ってくれ!」
「あ、ちょ、ちょっと、アレクシスー!」

 そう叫ぶミシャを無視してアレクシスはドアの外にミシャを放り出すと、パタンっとドアを閉めた。いきなりの事でミシャは「アレクシス―! もうちょっとだけその綺麗な顔を見せなさいよー!」とドアの外で喚いたが、しばらくしてもドアが開かない事に諦めたのか、ミシャはその日は大人しく帰って行った。
 アレクシスはミシャが帰って行く足音を聞き、ようやくほっと小さく息を吐く。
 そんなアレクシスを見てシュリはふふっと笑った。

「綺麗な顔、だってさ。アレクシス」

 楽しそうに笑って言うシュリにアレクシスはむすっとした。

 そして、数時間前の事を思い出した。



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