エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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74 お別れ

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 それから翌日の朝、明るい光が窓から部屋にさす。

 その明かりで俺は先に目が覚め、しばらくはすやすやと傍で眠っているシュリの顔を眺めた。

 ……可愛いな。

 なんて思っていると次第にシュリも目を覚まし、シュリは俺の存在に気が付くと、ちょっと恥ずかしそうに「おはよ」と小さな声で呟いた。

 どうやら今回は昨晩の事をしっかりと覚えているようだ。
  俺も少し照れくさい思いを感じながら挨拶を返し、俺達はなんだかおかしくなってくすくすっと笑いあった。

 けれどいつまでもベッドの上でごろごろするわけにもいかず、挨拶を終えた後はまた一緒に風呂に入って昨晩の汗を流し、服に着替えた。

 シュリはルルフォートさんが作ったお手製の服を。俺はいつも通りの隊服を。

 それからシュリの希望で、食堂に朝食を食べに行く。
 すると、シュリの姿を見つけた若い騎士達が元気なったシュリに声をかけていく。シュリは愛想よく返事をし、いつもと同じように口いっぱいにパンとスープを頬張って、もぐもぐと小さな体に収めていった。

 その後、陛下の元に行き、見送りに来れない陛下とラーナ様、ミクシオン様と別れの挨拶を済まし、陛下達の護衛を行っているネイレンともここでお別れをした。
 ネイレンは素直じゃないから、なんとでもないという顔をしていたが、ちょっと涙目になっていた。

 でも、時間は待ってはくれない。

 それから俺達は街に下りて、エルサル広場に向かった。今日は転移魔術の為、エルサル広場は一時封鎖だ。だが何事が起こるのかと、広場の周りにはやじ馬で一杯になっていた。

 そんな中、懐中時計で時間を確認すると、いつの間にか正午まで残り約三十分。

 広場には、ルルフォートさんやミシャ、母さんやオリービエさんと子供達、合間を縫って顔を出しに来た父さんとエルンスト副隊長、ロニーも来ていた。
 シュリは一人ずつ別れを惜しみ、ミシャや母さん、ロニーは涙を流していた。

 そして最後の別れの挨拶に残ったのは、俺。

 シュリは俺以外の全員に別れを告げると、俺の前に立った。

「最後はアレクシス、だな」

 シュリはちょっと悲しげな顔で笑って言った。その顔を見るだけで胸が切なくなって痛い。

 ……時間がこのまま過ぎなければいいのに。このまま止まればいいのに。どうして時間は過ぎてしまうんだろう。

 そう心が悲鳴を上げるように叫んでいた。でも、シュリに言えなくて。

「シュリ、色々と……お前と過ごせてよかった」

 俺は渇いた口で何とか言葉を捻りだした。本当は『行かないでくれ、ここに残ってくれ』と喉の奥から叫びだしたい。
 その細い腕を取って、抱きしめて、『俺の傍にいて欲しい!』と言いたい。
 そんな想像を何度も頭の片隅でする。なのに、現実の俺はピクリとも動けない。

「ああ、俺もアレクシスと一緒に過ごせてよかった。すっごく楽しかったよ」

 シュリは何気なくにっこりと笑って言った。
 エルサル広場の時計台の針が、またカチッと進む。それを見て俺の口が開く。

「シュリ、俺、俺はっ!」

 ……お前にいて欲しい、過去に帰るな!

 そう言いかけそうになる口を何とか閉じた。シュリにとって過去が本当の故郷だから、帰った方がシュリの為なのだと言い聞かせて。
 そんな俺の手をシュリはすっと握った。

「アレクシス。……本当に色々とよくしてくれて、ありがとうな。もう、自分の事を獣人だからって思ったりするなよ」
「……思ったりするもんか」
「そうか。なら、よかった。……な、アレクシス。抱きしめてくれるか?」

 シュリは俺を見上げてにっこりと笑った。だから、俺はそれに応える。

「ああ」

 俺は返事をして少し屈むと、ぎゅうっとシュリを抱きしめた。細くて柔らかくていい匂いのするシュリの体。

 ……このままずっと抱きしめていたい。離したくない!

 俺の心がわぁーわぁーと喚き散らす。
 でも、そんな俺の体をシュリは抱き返し、耳元で囁いた。

「ありがとう、アレクシス。……さようなら」

 シュリは最後、涙声で別れを告げ、ちゅっと俺の頬にキスをすると俺の腕の中からするりと抜け、エルサル広場の中心に駆けて行った。

 するとタイミングを見計らったかのように、この前と同じようにボォワァァアッと妙な音が突如辺りに響き、人々はどよめいた。
 そして、噴水を中心にエルサル広場一帯に突然紫色の光が地面から現れ、光の円陣が現れた。過去と未来を繋ぐ魔術式だ。

 不気味に揺らぐ紫色に光る円陣はくるくると回り、見たことのない記号が浮かび上がっていた。そして円陣の光はどんどん強くなり、くるくると回っていた円陣がピタリと止まって、光の柱を形作るように強い光を天に放った。

 その中にシュリがたった一人で立っている。後ろ姿のシュリが。今ならまだ目の前にいる。走れば、まだ届く。動け、動け!

 俺の心は叫ぶのに、俺は茫然と見るばかりで、その場をぴくりとも動けなかった。
 そうしている間に光の帯がシュリを捕まえ、広場全体に広がっていた円陣はシュリを中心に小さく縮小していく。

「……シュリッ」

 俺は小さく呟いた。するとシュリは振り返り、涙をぽろっと零して俺に笑った。

「バイバイ、アレクシス」

 シュリが小さく言うと、光の円陣はシュリの周りにしかなかった。

 シュリが本当に消えてしまう……。

 俺はそれを見て、ようやく駆け出す。

「シュリッ!」

 俺は手を伸ばし、シュリを捕まえようとする。けれどエルサードの時と同じように俺の手は空しくもまた届かず、辺りを強い光が包んだ。

 一瞬の閃光。

 眩しさに目が眩み、一瞬目を閉じる。そしてハッと目を開けるとそこにはもうシュリの姿はなかった。

 シュリ……。

 俺は呆けたようにその場に立ち尽くした。

目の前からシュリが消えたのに俺は信じられなくて。ただ、呆然とするしか出来なかった。

 けれど、その時。

 呆然と立ち尽くす、俺のすぐ傍の噴水の水面から「ぷはっ!」と大きく息をして誰かが出てきた。ハッとして視線を向けると、そこにいたのはエルサードだった。

「エルサードッ!」

 俺は声を上げ、そして久しぶりに会うエルサードは俺を見て「ウィリア?」とまるでシュリのように尋ねた。だが、辺りを見回してここが現代だとわかると俺の名前を言い直した。

「アレクシスか……」

 届かなかった手をぐっと握って、代わりにエルサードに手を差し伸べた。






「おかえり、エルサード」


 そう言った俺の手をエルサードは握り返した。


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