エルフェニウムの魔人

神谷レイン

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77 過去に戻ったシュリ

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「あーっ、一体どういう事なんだ!?」

 隊長室に戻り、資料を片手にエルサードはイライラした様子で頭を掻きむしった。
 それはそうだろう、かなりの資料と文献を見ているのに肝心の部分が抜けているのだから。

「しかし、これだけ探しても見つからない、というのは返っておかしいな。明らかに意図的だ」
「意図的であったとしても、何の意味があるんだよ」
「それがわからないから、頭を捻っているだろう」

 俺はむすっとして答えた。

 ……なんで、ルサカ国王とシュリの記録だけすっぽりと抜け落ちているのか。一体、どうして、誰が何の目的で。

 俺は眉間に皺を寄せ、腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった時だった。

 カタカタカタッと鏡から音が響いた。



 ◇◇◇◇




 一方、過去へと戻ったシュリと言えば。

「こんなもんかな」

 アレクシスが自分の事を調べているとはつゆ知らず、一生懸命、土にまみれながら手紙を入れた木箱とルサカに頼んで手に入れたエルフェニウムの苗木を植えていた。
 そしてぽんぽんっと苗木をしっかりと土に植え、「よし」と呟くとシュリはその場に立ち上がり、手を叩いて土を落とした後、ポケットから三枚の紙を取り出した。

 そこにはそれぞれ、エルサルが書いてくれた伝令魔術と現状維持魔術の式、そして保護魔術の式があった。

 それを地面に並べて置き、シュリは「やるぞ!」と両手で両頬を叩いて気合を入れると、立ったまま両手を紙の上にかざした。そしてエルフェニウムの瞳が力強く光る。

 その途端、同時に三つの魔術式が光り始めた。

 シュリは集中し、木箱とその中身の手紙が腐って朽ちないよう現状維持魔術をかけ五百年後、自分が去った後にエルフェニウムの元に来たアレクシスに届くよう伝令魔術をかける。
 同時にこの王都では育ちにくいエルフェニウムの苗木に保護魔術をかける。
 この先、ちょっとやそっとの雨風で枯れないように、雷に打たれて燃えたりしないように。

 三種類の魔術をシュリは自分の魔力を使って同時にかけ、エルサルが書いた魔術式が光り、光が揺らめくのを見ると心の中で呟く。

 ……どうかアレクシスの元に、手紙とこの木が届きますように。

 そう強く願い、パンッ! と両手を叩いた。
 すると魔術式は紙から消え、エルフェニウムの苗木と地面がほのかに光って、魔術は無事かけ終わった。

 ……どうやら、ちゃんと魔術をかけられたようだな。

 シュリはほぅっと安堵の息を吐き、額を拭った。
 そしてそれを後方で眺めていた人物から、声をかけられた。

「相変わらず、お前の魔力の使い方は無茶苦茶だな」

 そう言ったのは弟が魔術を使うところを腕を組んで見ていたエルサルだった。
 白くて長い巻き髪を風になびかせて、シュリと同じ褐色の肌は艶やかだ。そして、オレンジ色に近い琥珀のような瞳はじっとシュリを見ていた。

「エルサル、俺の魔術、おかしかった? 失敗してないよね?」

 シュリが確認するように尋ねると、エルサルは小さく息を吐いた。

「魔術は成功だ。俺が言ったのは、お前の魔力の使い方だ。全く、どれも難しい魔術だぞ。お前はどういう魔力の使い方をしているんだ。この俺でさえ、この魔術なら二種できるかどうかなのに」

 エルサルは呆れるように言った。
 魔術は式や呪文によって発動するが、それよりも魔力の出し加減が重要になってくる。魔力の出しすぎだと、式や呪文がちゃんとしていても失敗するし、出さなくても失敗する。
 特に難しい魔術になってくると、その魔力のさじ加減は、ぎりぎりまで水を張ったコップに更に水を零さないようにどれだけ注ぐか、というぐらい難しいものなのだ。
 だからエルサルは呆れながらも褒めていったのだが、シュリは首を傾げた。

「うーん、感覚?」
「馬鹿に聞くんじゃなかった」
「むーっ、俺は馬鹿じゃないもん!」

 エルサルは改めて呆れた様子で言い、シュリはぷくっと頬を膨らませてむくれたが、そんな二人の傍にいたもう一人の人物が声をかけた。

「エルサル、そう言わないの。シュリ、このエルフェニウムの苗木が未来では大きく育つといいわね」

 そうシュリに声をかけたのは、二人よりもひょこっと頭の高い、狼の獣人。アレクシスによく似たエルサルの奥さん、ウィリアその人だった。
 シュリはアレクシスによく似たその顔を見て、思わず懐かしい顔を思い出し、ウィリアに抱き着いた。

「うーっ、ウィリアってば、アレクシスに似てるから……会いたくなるよぉ」

 むぎゅーっと抱きしめてシュリが言うと、ウィリアは「シュリ、泣かないで」と慰めるように背中をぽんぽんっと叩いたが、エルサルがシュリの首根っこをひっつかんで、ウィリアからべりっと引っぺがした。

「俺の許可なく、俺の嫁にくっつくな」

 エルサルは綺麗な顔をむっとさせて言い、シュリは小さく「けち」と口を尖らせた。でもそんな二人の様子を見ていたウィリアはくすくすっと笑って頬に手を当てた。

「けれど、エルサードさんも私の事をよくアレクシスって間違えて呼んでいたわねぇ。未来に戻って、どうしているのかしら……ルサカもエルサードさんが帰っちゃって寂しがっているみたいだし」

 ウィリアはほぅっとため息をついて憂いた表情を見せた。

「ルサカは素直な性格じゃないからな。強がっているんだろう」

 シュリは呟き、そんなシュリにエルサルは尋ねた。

「それはお前もだろう。本当は戻りたいんじゃないのか」

 エルサルの言葉にシュリはドキリっとする。けれど首を横に振って悲し気に項垂れた。

「俺、戻れないよ。戻っても、俺じゃ、もう駄目なんだ」

 シュリは悲し気に呟き、エルサルはそんな弟を見て小さく答えた。

「そうか。まあ、俺ももうあの魔術を使うのは無理だしな」

 エルサルの言葉にシュリはますます悲し気な顔をする。
 ウィリアは心配そうに項垂れるシュリを見ていたが、獣人である彼女には何もできず、三人の間にしばしの重い沈黙が流れる。
 けれど、そんな中、エルサルはちらりと彼方を見て、終わったと思われていた言葉をぼそりと続けた。

「……だが、お前はそう思っていても、相手はそうは思っていないみたいだぞ」

 エルサルの言葉にシュリは項垂れていた顔を「え?」と上げる。そしてエルサルを見る彼方に視線を向ければ、そこには思いもよらない姿がそこにあった。






「シュリ―――ッ!」


************

明日はついに最終話!
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