残虐王

神谷レイン

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花の名を君に

5 ヨーシャ

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「こんにちは、精霊王様」

 雨が降る森の中。
 大きな木の根元で膝を抱えたままぼんやりとしていた僕に、黒のマントを被った人間の雌が声をかけて来た。
 僕がちらりと視線を向けると、彼女は僕の傍に寄り、被っていたマントのフードを外した。

 色素のない白い髪がさらりと揺れ、血のように赤い瞳と透き通るような白い肌が現れた。儚い、今にも消えそうな美しい人間だった。

 でも僕をはっきりと見る人間はロベルト以外には初めてで、僕は驚いた。

「君は……僕が見えるの?」

 彼女はこくりと頷き、その場に傅いた。

「はい。私はヨーシャと申します」
「ヨーシャ……」

 僕は彼女の名前を呼んだ。すると彼女は「はい、精霊王様」と返事をした。
 それは森の動物達や小さな生き物、そう精霊と呼ばれる形のない者達が僕を呼ぶ総称だった。

「僕に何か用?」

 僕が尋ねるとヨーシャは苦笑した。

「はい……私は二つ山を越えた森に住んでいるのですが、影の精霊が精霊王様の様子がおかしいと。雨雲ばかりで光の精霊達が弱っているから、手助けして欲しいと申しまして、こちらに伺ったのです」
「……影の精霊が」

 僕はそう言われて、彼女を見る。彼女の周りには影の精霊がいた。きっと彼女の色素がないのは影の精霊の仕業なのだろう。影の精霊は加護を与える代わりに彼女から色を抜いてしまったのだ。影の精霊は色を嫌うから。

 そして影の精霊と対なす光の精霊。
 光がなければ影はできず、影がなければ光は生まれない。
 つまり光の精霊が弱まれば、影の精霊の力も弱くなる。その為に、彼女を僕に寄越したのだろう。僕はそう理解した。

 そして言われて初めて、僕はこの土地に根付く光の精霊が元気を失くしている事に気が付いた。思えば最近はずっと雨ばかりで、太陽の光が入っていない。光がなければ、光の精霊は弱るだけ。

 でも、僕にはどうしたらいいのかわからない。

 この雨が僕の感情に引きずられて降っている事はなんとなくわかっていた。けれど、この胸の痛みをどうにかする方法を僕はまだ知らない。
 けれど、そんな僕にヨーシャは声をかけた。

「精霊王様、隣に腰かけても?」
「あ、うん」

 僕はこくりと頷いた。
 僕はロベルト以外の人間があまり好きじゃない。かといって嫌いかと言われたらそうでもないけど……でも、ロベルト以外には近づきたいとは思ったことはない。たぶん、それはロベルトが僕や精霊に好かれる体質をしているからだろう。そしてこのヨーシャもそうなのだろう。影の加護を受けるほどだから、ヨーシャの傍はなんとなく心地よかった。勿論、ロベルトほどではないけれど。

「精霊王様……浮かない顔をされていますね。何かお困り事でも?」

 ヨーシャは優しい声で僕に言った。
 僕は確かに困っていた。この胸の痛みをどうすればいいのか。

「私に話しては下さいませんか? 私では力になれないかもしれません。けれど、話をしてスッキリすることもありますから」

 ヨーシャは僕を急かすでもなく問いただすこともなく、ただ窺うように尋ねた。だから、僕はヨーシャに話してみよう、という気になった。

 僕はぽつりぽつりとヨーシャに自分の気持ちを告げた。

 ロベルトが番と一緒にいるところ見るのが嫌な事。ロベルトに会いたいけど、会いたくない事。ロベルトの事を考えれば考えるほど、胸が痛むことを。

 するとヨーシャは驚いた顔をした。

「精霊王様、それは……っ」

 ヨーシャは僕を見つめて驚いた顔のまま呟いた。でも僕はわからなくて首を傾げた。

「……何?」

 僕が尋ねると、ヨーシャは言っていいものだろうか? という思案の顔をしたけれど、意を決して僕に告げた。僕を悩ませる理由を。

「精霊王様……そのロベルト様と言う方を愛していらっしゃるのですね」
「……あい?」

 僕はそれが何なのかわからなかった。だから素っ頓狂な声で問い返す。でも、ヨーシャは僕を笑ったりはしなかった。

「ええ、愛です。精霊王様はロベルト様を愛していらっしゃるのですよ」

 ヨーシャはそう言うと、まだわかっていない僕に愛の意味を教えてくれた。
 親が子供に与える家族愛。
 友人と強い絆で結ばれている友愛。
 人を利害関係なく助けようとする無償の愛。
 
 そして特別に好きな人に向ける愛。

 僕がロベルトに向ける愛もこれだと、ヨーシャははっきりと教えてくれた。

「僕がロベルトを……」
「ええ。ですから、自分以外の誰かがロベルト様の傍にいるのを見て、嫉妬されたのですよ」

 ヨーシャは僕より僕の心を理解していた。胸の痛み、苛立ち、悲しみ。その全てを的確に当てた。医者と呼ばれている人間が、病気を当てるのもこんな感じなのだろうか。

「そうか……僕はロベルトを」

 愛していたのか。

 僕は心の中で呟いた。
 でも、まだ僕は愛が何なのか、全部はわからない。

 僕は一人で生まれ、一人で生き、一人で暮らしてきた。
 動物達や精霊たちは僕を慕うけれど、それが愛かと言われれば違う気がする。だから僕には愛ってものがわからなかったんだ。

 ただ……ロベルトが僕に向けて笑う顔が、僕は堪らなく好きで、ずっと見ていたいって思っていた。傍で、その笑顔を見ていたいって。
 でも、どうしたら……? 僕はどうしたらいいの?

 わからなくてヨーシャを見ると、ヨーシャは微笑んだ。

「精霊王様、ロベルト様と話し合った方がよろしいと思います。きっと答えは出るはずです」
「で、でも!」

 僕は初めて怖いと思った。自分の今の気持ちをロベルトに伝えて、嫌われたらって。
 そう思うと怖くて、口がぴったりと閉じてしまいそう。

「精霊王様、一歩踏み出さなければ、何も変わりません」

 それは重みのある言葉だった。
 僕はこの胸の痛みをどうにかしたい。その為には行動するしかないのだ。

「ヨーシャ……」

 僕が名前を呼ぶと、彼女はにこりと笑った。それはとても優しい微笑みだった。
 それからヨーシャは影の精霊を連れて、去って行った。

「何かあれば、お呼び下さい。来るのに時間はかかりますが、必ず参ります」

 そう言い残して。

 僕は一人残って、ヨーシャに言われた事を思い出した。
 僕は……やっぱり、ただただロベルトに会いたかった。





















 一方、夜もすっかり更け、ようやく雨雲も切れて月明りが大地を照らす頃。

 ロベルトは私室の寝台にどかりと座った。

 雨が長続きしているせいで、食糧不足、住居の浸水、国民の避難、今後の対策。その他もろもろの雑務に追われて、さすがのロベルトも疲れ果てていた。

 今日はもう誰とも会いたくないほどで、明日の朝まで人払いをして、蝋燭一本の明かりだけを部屋に灯していた。

 明日の昼には氾濫した川の視察にもいかなければならない。
 ロベルトは明日の事を考えながらも、心の奥ではある人をずっと思っていた。

「……レスカチア、どこに行ってしまったんだ」

 ぽつりと暗い部屋の中でロベルトは呟いた。
 今までロベルトが会いに行って、レスカチアが現れない事はなかった。それが今では会いに行っても、姿、いや声すら聞こえない。

 何かレスカチアの怒りでも買ってしまったのだろうか?

 そうロベルトは思ったが、思い当たる節はなかった。ただ一つだけ、最近自分の周りで起こった変化と言えば、子供が生まれたくらいだ。
 政治的な理由で婚姻をし、子を成した。それが王の務めだから。

 そこに愛があったのか? と言われれば、返事のしようはない。だが、拒否することもロベルトにはできなかった。周りから世継ぎを、と望まれ、レスカチアに愛されることはないと絶望したから。

 ……しかし子供ができた後から、レスカチアは会ってくれなくなった。まさか……。

 ロベルトは一人、ぼんやりと考える。しかし頭を振った。

「そんな都合の良い話はないか」

 そう自嘲気味に呟いた。
 ロベルトは、レスカチアが自分を愛していて、子供を成した自分に怒ったのではないか? と考えたのだ。でもそれはないと思った。
 婚姻を結ぶ、と言った時も、レスカチアは笑っていた。

 特別であっても、それは友人として、という意味なのだ。

 そもそもレスカチアは人ならざる者。自分達の感性とは違うところで生きている。そうロベルトは肌で感じていた。

 レスカチアには、権力も富も地位さえ関係ない。自由で、何にも束縛されない。王となったロベルトでさえ、レスカチアを束縛することはできない。

 レスカチアは春に咲き誇る生き生きとした花や動物の親子の姿、夏の雲と冷たい湖で泳ぐ事、秋の紅葉に落ち葉を踏みしめる音、冬の夜空と稀に降る雪。

 そんな手に掴めないものが好きで、宝石を与えた所で首を傾げるだけなのだから。

 でも、そんなところがレスカチアの魅力だった。

 ロベルトは産まれた時から村々を束ねる首領の息子で、周りから傅かれ、その責を負っていた。父親は厳しい人で、ロベルトに甘えを許さなかった。父親は尊敬すべき人だったが、子供には息苦しい生活だった。

 そんなロベルトが見つけたたった一つの癒しがレスカチア。

 美しく、表情豊かで、ロベルトを対等に扱い、時には甘やかしてくれた。傍に寄れば花のいい香りがして、ロベルトはすぐにレスカチアの事が好きになった。
 それがいつから愛に変わったのかはわからない。

 レスカチアを熱望し、手の内で囲いたいと願った。それはできない事だとわかりつつも。
 けれど歳を追うごとに、レスカチアを想う気持ちは膨らみ、とうとう堪らずに、ほんのりと薄紅に色づくレスカチアの唇に口づけをした。
 その柔らかさと言ったら、いいようのない甘さで。体の内が震える様な、そんな甘い痺れを感じた。でも、やっぱりというか、レスカチアは口づけの意味さえ知らなかった。

 ……もしもレスカチアが口づけの意味を知っていたら関係は変わっていたのだろうか?

 ロベルトはそう考えるが、今はレスカチアに会う事もできない。
 怒っていても、嫌われていてもいい、ただただレスカチアに会いたかった。

 あの光に煌めき、覗くと鮮やかな緑の瞳を見たかった。

「……レスカチア」




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