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第二章「デートはお手柔らかに!」
14 密会
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――――キトリーがシュークリームにパクついている頃、アントニオと言えばセリーナに玄関まで送られていた。
「じゃあ、トニ。気を付けて帰ってね」
「うん。セリーナさんも仕事、頑張ってね。仕事が終わったら今日は一緒に食事に行こう?」
アントニオの誘いにセリーナは嬉しそうに頷き、そんなセリーナにアントニオも笑顔を返した。そしてその後、アントニオはセリーナに見送られながら屋敷を後にし、ある場所へと向かう。
しかしその道中、アントニオは「はぁ」と呆れたため息を吐いていた。
……キトリーの奴。あそこまで鈍感とは、レノさんも大変だな。
アントニオは先程のキトリーを思い返し、心底レノに同情していた。そして思い出すのは子供の頃。
『レノ~ッ!』
いつだってキトリーはレノを見つければ名前を呼んで嬉しそうに駆け寄っていた。それは今でも変わらない。
……あれで好きじゃないっていうんなら何だって言うんだ、全く。そもそもレノさんにキスされたり抱き締められても嫌じゃない理由ってのをわかれよ。普通好きでもない奴にデコチューされたら嫌悪しか感じないだろ。
アントニオはあまりにも鈍感なキトリーに呆れかえっていた。
「鈍感も度が過ぎると目も当てられないな」
……人の恋路には敏感なほど嗅ぎつく癖に自分には疎いなんて。いや、鈍感と言うか能天気なのか、あいつは。まあ、だからこそレノさんも押しに回ったんだろうけど。お子様なキトリーにはまだいろいろと早かったみたいだな。
顔を赤くしていたキトリーを思い出して、アントニオは小さく笑った。
だが、考え事をしている内にアントニオはあるアパートへと辿り着き、二階へと上がる。そして角部屋の前に立つとドアを軽くノックした。
「こんにちは。アントニオです」
アントニオが声をかければドアが開き、そこには一人の男が立っていた。
「遅かったですね。キトリー様に引き留められましたか?」
そう尋ねたのはラフな格好をしたレノだった。アントニオの用事とはレノのところに来ることだったのだ。
「すみません。少し話しこんでしまって」
「構いませんよ。どうぞ、中へ」
謝るアントニオをレノは部屋の中に入れ、そして席に座るように促した。
「お茶でも?」
「いえ、公爵家で頂いてきたので」
アントニオは断り、促された席に座った。そんなアントニオにレノは「そうですか」と答え、向かいに座った。
「もしかして昨晩の事でキトリー様に何か言われましたか?」
「ええ。戸惑ってましたよ、キトリーの奴」
「まあ、そうでしょうね」
レノがくすっと笑って言うと、アントニオは小さくため息を吐いた。
「レノさんも大変ですね」
「そうでもないですよ、反応が面白いですからね」
笑顔で言うレノにアントニオは大人の余裕を感じた。未だにセリーナの一挙一動で心揺さぶられてしまうので、こういうところは見習いたいと心底思う。
だが、そんなアントニオにレノは分厚めの封筒を差し出した。
「こちらを。お待たせしてすみませんでしたね」
レノは申し訳なさそうに言い、アントニオはその封筒を受け取った。今日アントニオがここに来たのはこの封筒を受け取る為だったから。
「いえ、レノさんが多忙だと知っていますから。今回も期限内にありがとうございます」
アントニオはそう答え、封筒の中身をちらっと見た。そこには原稿用紙の束が入っている。
「確かに受け取りました」
「よろしくお願いしますね」
レノは穏やかな声でアントニオに頼んだ。しかしそんなレノにアントニオは思わず尋ねた。
「でもレノさん、キトリーにいつまで言わないつもりですか?」
「ずっと言わないつもりですよ。これは個人的な事ですから」
「いや、でも言ったらすぐにアイツ陥落すると思いますけど」
「そうですね。抱かれてもいい、なんて言ってましたからね」
少し苛立ちを含んだレノの声に、アントニオは内心ちょっとビクつきながらも告げた。
「なら、告げたらどうです? 自分がローズ・クラウンだって」
アントニオが言うとレノは困ったように微かに笑った。
そう、実はキトリーが敬愛するローズ・クラウンはレノだったのだ。そしてキトリーの大好きな『騎士と魔法使い』シリーズのお話は、レノがキトリーが好きそうだと思われる話を色々と考えて書いたものだった。
「私の正体を教えればすぐでしょうけど、それはそれで腹立たしいですから」
「まあ、わかる気がします」
レノが正体を明かせば、キトリーが受け入れるのは秒だろう。
『え、レノがローズ先生なの!? うっひょおおおぉっ!』
そう喜ぶ、というより狂喜乱舞するキトリーの姿がアントニオの脳裏に浮かぶ。
「坊ちゃんは私自身の力で好きになって貰います」
「わかりました。まあ落ちるのもそう遠くはないでしょうけどね」
アントニオは確信めいた声で言い、レノは窺うように返事をした。
「そうでしょうか?」
「そうですよ。だってエランディールの件もありますし」
「エランディールがどうかしたんですか?」
レノは一昨日の事を思い出したが、アントニオはおや? と肩眉を上げた。
「あ、もしかして聞いてません? 昔、レノさんにちょっかいばかり出していたエランディールのとこの息子、北軍に一年間、修行に行くように飛ばされたみたいですよ」
「北軍、ですか」
レノは呟き思い返す。バルト帝国には東西南北を納める軍があり、北軍はその中でも戒律も訓練も厳しいと言われている部署だ。
「一昨日、ひと悶着あったんでしょう? 昨日、キトリーの元にエランディールの会頭が会いに来て、そういう話になったようですよ」
アントニオの簡単な説明でレノは大体読めてきた。
ポブラット家は貴族の中でも多方面、なんなら他国にも顔が利く家柄だ。そこから怒りを買うという事は商売ができなくなるという事。大方、一昨日の事を耳にしたエランディールの親が慌てて謝罪に伺い、うだつの上がらない息子にとうとう見切りをつけたと言う所だろう。
……あの性根がまっすぐになればいいですが。でも、坊ちゃんも昨日の事ならおっしゃってくださればいいのに。
レノはそう思うが、でもそんなことをいちいち言わないのがキトリーなのだ。やれやれと思いつつ、同時に嬉しさを感じながらもレノは「そうなんですか、知りませんでした」と答えた。
「学園にいる間は大目に見ていたようですけど、外でレノさんに絡んだからでしょうね。ま、元々素行の悪い奴でしたから、町の人間の多くは奴が北軍に飛ばされて喜んでいるみたいです。でも、それ以上にキトリーの悪名が大きくなってましたけど」
アントニオに教えられ、レノは人々の噂が手に取るように分かった。
『おい、聞いたか? またポブラット公爵家の次男が手を回したみたいだぞ!?』
『ああ、エランディールのとこのボンボンだろ?! でも迷惑だったから大助かりじゃないか!』
『まあ、そうだけど。やっぱり怖いよなぁ~! 広場で難癖付けただけで北軍行きだろー?! 俺達も気を付けないとな』
そんな会話をしている酒場の男達がレノの目には浮かぶようだった。
「……困ったものですね。はぁ」
「まあ、本人が面白がっている内は無理じゃないですか」
アントニオに言われ、レノの脳裏にニシシッと小悪魔的に笑う主人の姿が思い浮かぶ。
「はぁ、そうですね」
「まあ、早いとこくっついてアイツを落ち着かせてください。じゃないと未だにセリーナさんが、俺とキトリーの仲がいいって言うんで時々疑ったりするんですから」
アントニオは小さくため息を吐き、レノはくすっと笑った。
「お互い相手には苦労しますね」
「ええ。だからお願いします、早急に!」
「善処します」
レノはしっかりと返事をし、アントニオは笑みを浮かべた。
それからアントニオは出版社に原稿を持って行く為に帰り、部屋に残ったレノは窓辺から通りを歩いていくアントニオを見送った。
……アントニオ君はすっかり大人になって。うちの坊ちゃんにも見習って欲しいものですね。
そう思いながらレノは幼い頃のキトリーとアントニオを思い出した。
『レノ! 俺の新しい友達のトニ男だ!』
『誰がトニ男だ! たくっ……あなたがレノさん?』
キトリーに連れられたアントニオは釣り目の眼差しを向けて、小生意気に尋ねた。この頃のアントニオはキトリーよりもまだまだ小さく痩せっぽっちの少年だった。まるで赤毛の子狐のように。
……あの頃は本当に小さくて見た目、七歳ぐらいでしたね。今では誰もアントニオ君の小さい頃など想像できないでしょうが。
レノはアントニオの成長を思い返しながら心の中で呟く。
幼かったアントニオは本当に小柄だったが、十四歳の誕生日を機に目も見張るような早さで、ぐんぐんと成長した。それはすくすくと育つ新芽の様に。なのでキトリーの背を追い越したのもあっという間の事だった。
『トニ男に背を追い越された……ガーンッ!』
アントニオに越された時、キトリーはそう呟いてしばらくちょっとしょぼくれていた。
……でもあんなに大きくなったのは努力もあっての事。愛の力と言ったところですかね。
セリーナに一目惚れしたアントニオは彼女に見合う男になる為、毎日の筋トレをし、睡眠をよくとって牛乳を沢山飲んだ。その効果は覿面に現れ、成長期も相まって今では体格もよく、身長もレノとそう変わりない青年になった。
その上アントニオは外見だけじゃなく、今では多くの作家を受け持つフリーの敏腕編集者だ。各出版社では人気作品を生み出す男として重宝され、祖父母から継いだ本業の本屋の方もうまく経営している。
セリーナと結婚するのも、時間の問題だけということだ。
「負けてられませんね」
レノはフッと笑って呟き、椅子に掛けている鞄から一つの包みを取り出した。紙と麻ひもで包まれたそれは、一昨日キトリーから特別に贈られた石鹸だった。
『ほら、レノにも』
『私にもですか?』
バス専門店で買い物を終えた後、キトリーは何気なくレノに包みを渡した。
『当ったり前だろ? 別邸のみんなの分も買ったのにレノの分がないわけないだろ』
『でも、皆の分とは違う石鹸のようですが』
『レノは特別。だからみんなには内緒だぞ?』
そう言い、キトリーはニッと笑ってレノにラベンダーの香りがする石鹸を贈ったのだ。サラへのプレゼントの際に、キトリーに意見を聞かれたレノが何気なく『私はこれが一番いい香りだと思いますが、母はおそらくこちらが好きだと思います』と答えた石鹸を。
……全く坊ちゃんはとんだ人たらしですね。特別だなんて……私が嬉しくなる言葉を知っているんですから。
レノは心の中で呟き、スンッとラベンダーの優しい香りを嗅いだ。
「坊ちゃん、好きです」
……きっといつか貴方に好きになって貰います。私はしつこいですからね。
レノはフフッと微笑み、窓の外、ポブラット本邸がある方を見つめたのだった。
一方、その頃のキトリーと言えば。
ぞぞぞぞっ! とお尻から背中に向けて何か嫌な感じを受け取っていた。
「むむっ。なんか今、悪寒が……」
キョロキョロッと辺りを見回すが誰もいないし、何もない。
……気の、せいか? うーん、風邪でも引いたかな? でも体調はすこぶるいいし。んー?
キトリーは悪寒の正体に気がつかないまま、首を傾げるのだった。
「じゃあ、トニ。気を付けて帰ってね」
「うん。セリーナさんも仕事、頑張ってね。仕事が終わったら今日は一緒に食事に行こう?」
アントニオの誘いにセリーナは嬉しそうに頷き、そんなセリーナにアントニオも笑顔を返した。そしてその後、アントニオはセリーナに見送られながら屋敷を後にし、ある場所へと向かう。
しかしその道中、アントニオは「はぁ」と呆れたため息を吐いていた。
……キトリーの奴。あそこまで鈍感とは、レノさんも大変だな。
アントニオは先程のキトリーを思い返し、心底レノに同情していた。そして思い出すのは子供の頃。
『レノ~ッ!』
いつだってキトリーはレノを見つければ名前を呼んで嬉しそうに駆け寄っていた。それは今でも変わらない。
……あれで好きじゃないっていうんなら何だって言うんだ、全く。そもそもレノさんにキスされたり抱き締められても嫌じゃない理由ってのをわかれよ。普通好きでもない奴にデコチューされたら嫌悪しか感じないだろ。
アントニオはあまりにも鈍感なキトリーに呆れかえっていた。
「鈍感も度が過ぎると目も当てられないな」
……人の恋路には敏感なほど嗅ぎつく癖に自分には疎いなんて。いや、鈍感と言うか能天気なのか、あいつは。まあ、だからこそレノさんも押しに回ったんだろうけど。お子様なキトリーにはまだいろいろと早かったみたいだな。
顔を赤くしていたキトリーを思い出して、アントニオは小さく笑った。
だが、考え事をしている内にアントニオはあるアパートへと辿り着き、二階へと上がる。そして角部屋の前に立つとドアを軽くノックした。
「こんにちは。アントニオです」
アントニオが声をかければドアが開き、そこには一人の男が立っていた。
「遅かったですね。キトリー様に引き留められましたか?」
そう尋ねたのはラフな格好をしたレノだった。アントニオの用事とはレノのところに来ることだったのだ。
「すみません。少し話しこんでしまって」
「構いませんよ。どうぞ、中へ」
謝るアントニオをレノは部屋の中に入れ、そして席に座るように促した。
「お茶でも?」
「いえ、公爵家で頂いてきたので」
アントニオは断り、促された席に座った。そんなアントニオにレノは「そうですか」と答え、向かいに座った。
「もしかして昨晩の事でキトリー様に何か言われましたか?」
「ええ。戸惑ってましたよ、キトリーの奴」
「まあ、そうでしょうね」
レノがくすっと笑って言うと、アントニオは小さくため息を吐いた。
「レノさんも大変ですね」
「そうでもないですよ、反応が面白いですからね」
笑顔で言うレノにアントニオは大人の余裕を感じた。未だにセリーナの一挙一動で心揺さぶられてしまうので、こういうところは見習いたいと心底思う。
だが、そんなアントニオにレノは分厚めの封筒を差し出した。
「こちらを。お待たせしてすみませんでしたね」
レノは申し訳なさそうに言い、アントニオはその封筒を受け取った。今日アントニオがここに来たのはこの封筒を受け取る為だったから。
「いえ、レノさんが多忙だと知っていますから。今回も期限内にありがとうございます」
アントニオはそう答え、封筒の中身をちらっと見た。そこには原稿用紙の束が入っている。
「確かに受け取りました」
「よろしくお願いしますね」
レノは穏やかな声でアントニオに頼んだ。しかしそんなレノにアントニオは思わず尋ねた。
「でもレノさん、キトリーにいつまで言わないつもりですか?」
「ずっと言わないつもりですよ。これは個人的な事ですから」
「いや、でも言ったらすぐにアイツ陥落すると思いますけど」
「そうですね。抱かれてもいい、なんて言ってましたからね」
少し苛立ちを含んだレノの声に、アントニオは内心ちょっとビクつきながらも告げた。
「なら、告げたらどうです? 自分がローズ・クラウンだって」
アントニオが言うとレノは困ったように微かに笑った。
そう、実はキトリーが敬愛するローズ・クラウンはレノだったのだ。そしてキトリーの大好きな『騎士と魔法使い』シリーズのお話は、レノがキトリーが好きそうだと思われる話を色々と考えて書いたものだった。
「私の正体を教えればすぐでしょうけど、それはそれで腹立たしいですから」
「まあ、わかる気がします」
レノが正体を明かせば、キトリーが受け入れるのは秒だろう。
『え、レノがローズ先生なの!? うっひょおおおぉっ!』
そう喜ぶ、というより狂喜乱舞するキトリーの姿がアントニオの脳裏に浮かぶ。
「坊ちゃんは私自身の力で好きになって貰います」
「わかりました。まあ落ちるのもそう遠くはないでしょうけどね」
アントニオは確信めいた声で言い、レノは窺うように返事をした。
「そうでしょうか?」
「そうですよ。だってエランディールの件もありますし」
「エランディールがどうかしたんですか?」
レノは一昨日の事を思い出したが、アントニオはおや? と肩眉を上げた。
「あ、もしかして聞いてません? 昔、レノさんにちょっかいばかり出していたエランディールのとこの息子、北軍に一年間、修行に行くように飛ばされたみたいですよ」
「北軍、ですか」
レノは呟き思い返す。バルト帝国には東西南北を納める軍があり、北軍はその中でも戒律も訓練も厳しいと言われている部署だ。
「一昨日、ひと悶着あったんでしょう? 昨日、キトリーの元にエランディールの会頭が会いに来て、そういう話になったようですよ」
アントニオの簡単な説明でレノは大体読めてきた。
ポブラット家は貴族の中でも多方面、なんなら他国にも顔が利く家柄だ。そこから怒りを買うという事は商売ができなくなるという事。大方、一昨日の事を耳にしたエランディールの親が慌てて謝罪に伺い、うだつの上がらない息子にとうとう見切りをつけたと言う所だろう。
……あの性根がまっすぐになればいいですが。でも、坊ちゃんも昨日の事ならおっしゃってくださればいいのに。
レノはそう思うが、でもそんなことをいちいち言わないのがキトリーなのだ。やれやれと思いつつ、同時に嬉しさを感じながらもレノは「そうなんですか、知りませんでした」と答えた。
「学園にいる間は大目に見ていたようですけど、外でレノさんに絡んだからでしょうね。ま、元々素行の悪い奴でしたから、町の人間の多くは奴が北軍に飛ばされて喜んでいるみたいです。でも、それ以上にキトリーの悪名が大きくなってましたけど」
アントニオに教えられ、レノは人々の噂が手に取るように分かった。
『おい、聞いたか? またポブラット公爵家の次男が手を回したみたいだぞ!?』
『ああ、エランディールのとこのボンボンだろ?! でも迷惑だったから大助かりじゃないか!』
『まあ、そうだけど。やっぱり怖いよなぁ~! 広場で難癖付けただけで北軍行きだろー?! 俺達も気を付けないとな』
そんな会話をしている酒場の男達がレノの目には浮かぶようだった。
「……困ったものですね。はぁ」
「まあ、本人が面白がっている内は無理じゃないですか」
アントニオに言われ、レノの脳裏にニシシッと小悪魔的に笑う主人の姿が思い浮かぶ。
「はぁ、そうですね」
「まあ、早いとこくっついてアイツを落ち着かせてください。じゃないと未だにセリーナさんが、俺とキトリーの仲がいいって言うんで時々疑ったりするんですから」
アントニオは小さくため息を吐き、レノはくすっと笑った。
「お互い相手には苦労しますね」
「ええ。だからお願いします、早急に!」
「善処します」
レノはしっかりと返事をし、アントニオは笑みを浮かべた。
それからアントニオは出版社に原稿を持って行く為に帰り、部屋に残ったレノは窓辺から通りを歩いていくアントニオを見送った。
……アントニオ君はすっかり大人になって。うちの坊ちゃんにも見習って欲しいものですね。
そう思いながらレノは幼い頃のキトリーとアントニオを思い出した。
『レノ! 俺の新しい友達のトニ男だ!』
『誰がトニ男だ! たくっ……あなたがレノさん?』
キトリーに連れられたアントニオは釣り目の眼差しを向けて、小生意気に尋ねた。この頃のアントニオはキトリーよりもまだまだ小さく痩せっぽっちの少年だった。まるで赤毛の子狐のように。
……あの頃は本当に小さくて見た目、七歳ぐらいでしたね。今では誰もアントニオ君の小さい頃など想像できないでしょうが。
レノはアントニオの成長を思い返しながら心の中で呟く。
幼かったアントニオは本当に小柄だったが、十四歳の誕生日を機に目も見張るような早さで、ぐんぐんと成長した。それはすくすくと育つ新芽の様に。なのでキトリーの背を追い越したのもあっという間の事だった。
『トニ男に背を追い越された……ガーンッ!』
アントニオに越された時、キトリーはそう呟いてしばらくちょっとしょぼくれていた。
……でもあんなに大きくなったのは努力もあっての事。愛の力と言ったところですかね。
セリーナに一目惚れしたアントニオは彼女に見合う男になる為、毎日の筋トレをし、睡眠をよくとって牛乳を沢山飲んだ。その効果は覿面に現れ、成長期も相まって今では体格もよく、身長もレノとそう変わりない青年になった。
その上アントニオは外見だけじゃなく、今では多くの作家を受け持つフリーの敏腕編集者だ。各出版社では人気作品を生み出す男として重宝され、祖父母から継いだ本業の本屋の方もうまく経営している。
セリーナと結婚するのも、時間の問題だけということだ。
「負けてられませんね」
レノはフッと笑って呟き、椅子に掛けている鞄から一つの包みを取り出した。紙と麻ひもで包まれたそれは、一昨日キトリーから特別に贈られた石鹸だった。
『ほら、レノにも』
『私にもですか?』
バス専門店で買い物を終えた後、キトリーは何気なくレノに包みを渡した。
『当ったり前だろ? 別邸のみんなの分も買ったのにレノの分がないわけないだろ』
『でも、皆の分とは違う石鹸のようですが』
『レノは特別。だからみんなには内緒だぞ?』
そう言い、キトリーはニッと笑ってレノにラベンダーの香りがする石鹸を贈ったのだ。サラへのプレゼントの際に、キトリーに意見を聞かれたレノが何気なく『私はこれが一番いい香りだと思いますが、母はおそらくこちらが好きだと思います』と答えた石鹸を。
……全く坊ちゃんはとんだ人たらしですね。特別だなんて……私が嬉しくなる言葉を知っているんですから。
レノは心の中で呟き、スンッとラベンダーの優しい香りを嗅いだ。
「坊ちゃん、好きです」
……きっといつか貴方に好きになって貰います。私はしつこいですからね。
レノはフフッと微笑み、窓の外、ポブラット本邸がある方を見つめたのだった。
一方、その頃のキトリーと言えば。
ぞぞぞぞっ! とお尻から背中に向けて何か嫌な感じを受け取っていた。
「むむっ。なんか今、悪寒が……」
キョロキョロッと辺りを見回すが誰もいないし、何もない。
……気の、せいか? うーん、風邪でも引いたかな? でも体調はすこぶるいいし。んー?
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