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番外編
レノの幸せな眠り
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レノサイドの短編小説です。
*********************
――小さい頃、時々とても怖い夢を見た。
大地は荒れ果て、人々は苦しみ、暗黒の空が世界を包みこむ。そんな夢の中で、大人な私は廃城の中で一人で佇み、世界の滅亡を願っていた。
その姿は酷く寂しく、孤独で……あまりに空虚で。
なので幼い私は夢を見ては、毎度飛び起きるほどだった。そして胸をドキドキさせながら、夢なのにいつか自分にくる未来ではないのかと心から恐ろしさを感じ、寝不足な日々を過ごした。
まあ、体は丈夫だったので生活に支障をきたすことはなかったですが。
けれど幸いなことに、ある時からピタリとその夢を見ることはなくなった。
それは勿論、あの人のおかげで――――。
◇◇◇
―――それは悪徳貴族から坊ちゃんが救ってくれた数カ月後の事。
「れのぉ、こんやは一緒にねよー?」
「え、一緒に?」
三歳のキトリー坊ちゃんはてちてちっと歩いてくると、枕を抱えた姿で私に言った。だが、この時の私はまだ八歳で、なおかつ学園から帰ってきたばかり。なので状況がいまいちわからなかった。
……今まで坊ちゃんがこんなこと言う事なかったのに、一体どうしたんだろう? 母さんなら知ってるかな?
私は坊ちゃんの面倒を見ていた母さんに視線を向け、母さんは少し困り顔で教えてくれた。
「実はキトリー坊っちゃん、怖い話を聞いちゃったみたいなの。それで一人で寝るのが怖いんですって」
「こわい話?」
私は呟きつつ、最近使用人達の間で話されていたことを思い出す。
……確か、西の棟には幽霊がでるって噂や、女性を描いた絵画の目が動いたって話が。……でもあれって実は、奥様が本邸の備品を盗んでいた使用人を捕まえる為に夜中にひっそりとうろついたり、絵画の目をくりぬいて監視していたって話だったよな?(ロディオン様談)
しかし私がロディオン様の話を思い出していると、ぎゅっと小さな手が私の手を握った。
「ね、レノ。一緒にねよ?」
少し怯えた顔で言う坊っちゃん。いつも明朗快活だというのに、なんだか不思議な感じだ。
……それにしても幽霊を怖がるなんて意外。この子にも怖いものがあるんだ。
なんて私は坊ちゃんを見ながら思う。そしてこんな子供に使用人の泥棒話をするのは憚られた。だから私は黙って答える。
「寝るのは構いませんけど」
私はちらりと母さんを見る。そうすれば母さんはこくりと頷いた。どうやら本邸で一泊していいようだ。
……まあ、今は旦那様も奥様も遠くに出かけられているし、タイミング悪くロディオン様も学園行事で帰ってくるのは明日。私に頼む理由はわかりますが……でも、私が一緒に寝ていいんでしょうか。使用人と主人が一緒に寝るのは良くないんじゃ。
私は幼いながらにそう思う、なので。
「私でいいのですか? 一緒に寝るならヒューゴさんかフェルナンドさんに頼まれては」
……二人は大人だし、坊ちゃんと親しい。私よりいいのでは?
なんて思ったが、坊ちゃんはもげそうな勢いで首をぶんぶんっと横に振った。
「なにいっちぇんの! ふたりと一緒なんて、妄想でねむれないでちょ!!」
「は、はぁ……」
……妄想で眠れないってどういう意味だろう? 一緒に寝るだけですよね? というか、一緒にではなくどちらか片方に、と言ったのですが、なぜ二人一緒になっているんですか。
幼い私はそう思うが坊ちゃんは何やら恥ずかし気な顔をして、両頬に手を当ててテレテレとしている。本当にこの子の考えている事はよくわからない。
「とにかきゅ、レノがいーの! 今夜はぱじゃまパーリーね!!」
「はぁ。わかりました」
結局私は坊ちゃんに押し切られ、一緒に寝ることになったのだった。
◇◇◇◇
―――そして夜を迎え、よい子は寝る時間。
「では坊ちゃん、寝ましょうか」
私はベッドの隣ですでに横になっている坊ちゃんに声をかけた。
しかし坊ちゃんは「えーっ、せっかきゅ一緒にねるんだよー? ちょっとおはなし、しよーよぉーっ」と楽し気な様子で言ってきた。
……この子は本当に幽霊が怖くて私を呼んだんでしょうか。
私は坊ちゃんの顔を見ながら思う。
「もう夜も遅いですから駄目です」
「えー? ちょーっとだけだからぁ~。ねね?」
坊ちゃんは上目遣いで私に聞いてくる。そして私はこの目に弱かった。
「はぁー。ちょっとだけですよ?」
私が答えると「うん!」と答えて坊ちゃんはころんっと横になる。なので、私もその隣に寝そべった。
「ねーねー、レノ。学園ってたのし?」
「学園ですか? そうですね、色々と学べて楽しいですよ」
「レノはなんのべんきょーがしゅきなの?」
「好きな科目ですか? そうですね……」
私はそれから坊っちゃんに学園での授業や、学園内の話を寝物語の代わりに聞かせた。
その間、坊っちゃんは楽しげで「早くおりぇもいきちゃいなー」とワクワクとした瞳をして呟く。
「きっとすぐですよ」
「しょーかなぁ?」
「そうですよ」
私はそう答えながら置時計を見る。気がつけば、もう一時間近く過ぎている。そろそろ本当に寝なければ。
「坊っちゃん。お話はここまでにして、今日はもう寝ましょう」
「ん? しょだな」
坊っちゃんはそう答えて、ふわぁっと大きなあくびをした。そして、もぞもぞと布団の中に潜る。なので私は明かりに手を伸ばした。
「坊ちゃん、明かりを消しますよ」
私が告げると坊ちゃんは服の裾をくいくいっと引っ張った。
「どうしました?」
「レノ、今のせいかちゅ、たのし?」
唐突に聞かれて私は目をぱちくりと瞬かせる。なんで、そんな事を聞くんだろう? と思って。
「ええ、楽しいですよ? それがなにか?」
「ううん、たのしーならいいの」
坊ちゃんは満足そうににこっと笑うと掴んでいた服の裾から手を離した。
だから子供の私は気がつかなかった。悪徳貴族に虐げられて、苦しい子供生活を過ごしてきた私を心配して聞いてくれたという事に。
「ほら、あかり消して、ねよー?」
坊ちゃんは急かすように言い、私は「はい」と答えてランプの明かりをそっと消した。部屋の中は暗くなり、何も見えない。
でも坊ちゃんの隣でもぞりと毛布の中に入ればぬくぬくと温かくて、ふんわりと坊ちゃんの香りがする。
……いつもと違うベッドだからかな? なんだか不思議な感じ。
胸がちょっとざわつきつつも私は目を瞑った。だがその途端、隣から「すぴーっすぴーっ」ともう寝息が聞こえてくる。
……え! もう眠った!?
驚いて隣を見れば、坊ちゃんはすでに眠っていた。
……これ、本当に私が必要だったんでしょうか。
そう思いつつも私は坊ちゃんの気持ちよさそうな寝顔を見ていると自然と笑みが零れてしまう。
……まあ、坊ちゃんが寝てくれたならいいか。
私は坊ちゃんの寝顔を見ながら、もう一度目を瞑った。
そしてしばらくすれば坊ちゃんの寝息を子守唄代わりに、私も眠りに落ちた。
―――けれど、あの夢を見た。
◆◆◆◆
―――冷たい廃城の中に佇む大人の私。
誰もが私を『魔王』と呼び、畏怖の視線を向けながら接してくる。だがその事に何も感じず、私は王の間に設けられた玉座に座って、ただただ終わりが来る日を待ち望んでいた。世界の終わりと、自分の命の終わりを。
しかし、いくら待っても終わりがこない。だから私は玉座から立ち上がり、王座の後ろに飾られていた剣を手に取った。自ら幕を引く為に……。
『これで終わりだ』
私は小さく呟き、躊躇いもなく鞘から抜いた剣を首に突き刺そうとした――――けれど。
『レノッ!』
誰かの手が私の手首を掴んで止める。ハッとして目を開ければ、すぐ目の前には黒髪の青年が立っていた。そして緑の瞳が鮮やかに輝き、力強い視線が私を見つめる。
『バカレノ、何してんだ』
バカと言われて私は混乱する。私にそんな口をきく人間はもうどこにもいなかったからだ。でも戸惑う私を他所に青年は笑った。
『なーに、ポケッとしてんだよ? ほら。こんな何にもないところ、さっさと出ていこーぜ』
青年は私から剣を奪い取るとポイっと捨てて、私の手を握った。その手が熱いぐらいに温かくて、空虚だった私の心がなぜだか満たされていく。じわじわぽかぽかっと。
だから私は尋ねていた、目の前の青年に。
『お前は、一体……?』
私が口にすれば青年は優しく微笑んだ。
そして曇り空しか見えなかった窓から、太陽の光が差し込み、青年を照らし出す。まるで世界が変わった事を報せるみたいに。
『レノ、俺はお前の……』
青年は笑いながら私に言った。
――――でも残念ながら聞こえたのは途中まで。なぜなら私が目を覚ましたから。
◆◆◆◆
「ッ!」
パチッと目を覚ませば、そこは薄暗い部屋の中だった。そして隣を見れば、坊ちゃんはまだすぴすぴっと気持ちよさそうに眠っている。
……今のは夢、だよね? あの、時々見る怖い夢。
私はドキドキしている胸を抑えながら思う。夢だとわかっていても、あんまりにも夢がリアル過ぎるから怖くて。けど今回は怖さのドキドキもあったけれど、胸が締め付けられるドキドキがあった。それは勿論、最後に出て来た青年。
……いつも怖いだけで終わる夢なのに、今日見た夢はいつもと違った。最後に出て来た青年……あれは一体、誰だったんだろう?
もうはっきりと思い出せないおぼろげな青年の姿を私は思い出そうとするが、思い出せるのは手が温かくて、彼がいるだけで世界が満ち足りた世界に変わった事だけ。
そして魔王と呼ばれていた私を名前で呼ぶ、あの声。
「あの声は……」
私は思わず小さく呟く、だがそうしていると。
「んー? れにょ、どーちたぁ? こわい夢でもみちゃ?」
坊ちゃんはしょぼしょぼの目を開けて、私に尋ねてきた。
「あ、坊ちゃん。すみません」
……まだ起きるには早い時間なのに起こしてしまった。
私は起こしてしまった申し訳なさを感じるが、坊ちゃんはそんな私に手を伸ばすと、頭を両手で掴んでぐいっと自分の胸に抱き寄せた。
「わっ?! ぼ、坊ちゃん!?」
私は当然驚くが、坊ちゃんは寝ぼけたまま私の頭を優しくぽんぽんっと撫でた。まるで小さな子をあやすように。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、おりぇがいりゅからこわくない」
坊ちゃんは私の頭をぽんぽんっと撫でながら言った。小さな手が私を優しく撫でる。なんだか恥ずかしいような、嬉しいような……胸の奥がくすぐったい。でも、心に残っていた怖さがすっかり消えてしまった。
そしてその内に、坊ちゃんはまたすぴすぴっと寝入ってしまった。私を抱き締めたまま。だから離れようと思えば離れられたのだけれど、その小さな手と温かい体は離れがたくて。
……坊ちゃんが傍にいるとなぜだか安心する。
私はそう思いながら温かさに促されてそのまま眠ってしまい、この日私は初めて寝坊というものをしてしまったのだった。
―――しかしそれからというもの、私はあの怖い夢を見る事は二度となかった。
◇◇◇◇
―――そして現在。
大人になった私はついに坊ちゃんと恋仲になり、毎晩一緒に寝るようになっていた。
「んむっ……はぁはぁっ。もう、ねちっこい」
少し長めのおやすみのキスをした後、坊ちゃんは恥ずかしそうにしながら呟いた。なので、私はニコッと笑って答える。
「坊ちゃんの事が好きですから」
私が気持ちのまま伝えると、坊ちゃんは照れた顔を見せつつ不思議そうに呟く。
「さらっと答えおって……。俺のどこを好きになったのか未だにわからんのだけど」
「なら、わかるまでもっとキスして差し上げましょうか?」
そう言えば、坊ちゃんは両手で口を隠した。
「大丈夫デス!」
「そうですか? 残念ですね。……ところで、そういう坊ちゃんは私のどこが好きですか?」
「はぃー?」
「私も坊ちゃんがどうして私を好きになってくれたのかわからないので」
私が尋ねれば、坊ちゃんは微かに眉間に皺を寄せる。
「レノの好きなとこ……考えた事なかった」
「じゃあ、どうして私と付き合ってくれたんです?」
「どうしてって。そりゃレノといるのが一番居心地いいし、チューしたりするの嫌じゃないし、それ以上の事だって……だーッ! この話はもう終わり!!」
坊っちゃんは頬をほんのりと赤らめて言った。自分で言ってて恥ずかしくなったのだろう。
……本当に可愛い人ですね。この人は。
「とにかく早く寝るぞ! 俺はもう眠いんだから」
照れを隠すように坊ちゃんは私に背中を向けて言った。だから私はその丸まった背中を抱き締める。
「そうですね。寝ましょうか」
「ちょ、レノきゅん? 近いんですケド」
「これぐらいイイでしょう? 私はもっと隙間なく密着したいのを我慢しているんですから。だから坊ちゃんも我慢してください」
ぐっと腰をお尻に当てれば坊ちゃんは小さく鳴いた。
「ぴゃっ!? わ、わかったよ!」
坊ちゃんはそう言うと大人しくなった。おかげで私は温かい坊ちゃんの体をぎゅっと抱き締められる。坊ちゃんから気恥ずかしさが漂ってくるが、それは気づかなかったことにしよう。
「坊ちゃん、あったかいです」
「そ、そりゃ、よ、よかったな」
照れた返事が返ってきて可愛い。ますます恋人同士になれて良かったと私は思う。でも抱き締めながらあったかさを感じていると、坊ちゃんが小さく問いかけてきた。
「ところでさ、レノ」
「はい、なんでしょう?」
「前になんでもいう事を聞くって約束しただろ? あれ、まだ決まってないのか?」
坊ちゃんに言われて私は思い出す。坊ちゃんがアシュカ様にキスされて、私が約束を取り付けた事を。
……思い出すと今でも腹立たしい出来事ですね、全く。
「覚えていたんですね」
「あったりめーだろが。お前になにをお願いされるかと思うと……」
坊ちゃんは最後まで言わなかったが、なぜかプルプルと震えていた。まあ、坊ちゃんが何を想像したか、考え付くのは容易いですが。
「そうですねぇ、何をお願いしましょうか?」
意地悪く聞けば坊ちゃんはさらにプルルッと震えた。ちょっと面白い。
「あんまり無茶なお願いは無理だかんなッ!?」
「おや、なんでもいう事を聞くという約束でしょう? 坊ちゃんが泣いて恥ずかしがるような事でもやってもらいましょうかね?」
「な、泣いて恥ずかしがること!? あ、アブノーマルはダメだぞッ!?」
「おや、坊ちゃんに拒否権はありませんよ?」
私が耳元で囁けば坊ちゃんは「ひぇ」と小さく鳴いた。やっぱり面白い。
……でも、怖がらせるのはここまでにしておきましょうか。
私は色々と考えを巡らせている坊ちゃんの後頭部に鼻先をくっつける。柔らかい髪が鼻先に当たって、坊ちゃんの優しい香りが心を満たす。
いつまでも、いつまでも嗅いでいたい匂い。だから私は。
「坊ちゃん、冗談ですよ。私の願いはたった一つです。……どうか、これからも健康で、元気いっぱいでいてください」
私が告げると拍子抜けた声が返ってきた。
「へ? 元気に??」
「そうです。坊ちゃんが健やかでいてくれれば、それでいいです」
「えーっと。本当にそれがお願いなの?? 俺が元気でいればいいって」
「そうですよ」
私がはっきりと告げると、今度は困惑した声が返ってくる。
「そんなんでいいのか? というか、それってお願いに入るか??」
「お願いに入ります。私がそう願っているんですから」
「ま、まー、レノがそう望むんならそれでいいけど?」
坊ちゃんは戸惑いつつも納得した様子で返事をした。きっと『レノの奴、俺が元気であればいいって変なこと言うなー。でも余計な事を言ってアブノーマルな事を指せられたら困る。これは素直に返事をしておこう!』とでも思っているのだろう。
けれど、それでいい。
……この人がいなくなったら私は。
一瞬、坊ちゃんがいなくなった世界を想像する。それだけで胸が苦しくて寂しい。だから私は坊ちゃんをぎゅっと抱き締めた。
「約束ですよ、坊ちゃん」
「あー、うん? わかったよ」
坊ちゃんは不思議そうにしながらも私に答えた。でも、それで終わりじゃなかった。
「でもよ。それならレノも約束しろよ。レノもこれからずっと元気で、俺の傍にいるって」
坊ちゃんに言われて、私はぐっと息を飲む。
……ああ、なんでこの人はこうも私を喜ばせてくれるんだろうか。
これからもずっと傍にいる事を望まれて、嬉しさが胸に募る。
「はい、元気でいます。貴方の傍に」
私が答えると坊ちゃんは「良し!」と嬉しそうに答えた。
……ああ、もう本当にこの人は。はぁ、今日は我慢するなんて言わなければ良かったな。
私は手を出さないと言った自分の言葉に今更ながらに後悔する。
……許されるならこのまま抱き締めて、キスをして、肌に触れて、坊ちゃんがとろとろになるまで愛したい。
そう私の心が叫ぶ。けれど私の気持ちとは裏腹に、気がつけば坊ちゃんはいつの間にか寝入ってしまい、すぴょすぴょと寝息が聞こえてきた。本当、寝つきが良すぎる。
……この人の危機管理のなさは本当に心配になりますね。まあ、私を信頼してくれてるとも捉えますが……いや、坊ちゃんの場合、何も考えていませんね。私の我慢なんて気がついてもいないのでしょう。
すっかり寝入ってしまった坊ちゃんを見つめながら私は少し呆れる。そして無防備な項を見て、思わず喉が鳴る。
白い項に吸い付いて、真っ赤な所有印を付けたい。
だけど、ぐっと堪えて私は代わりに坊ちゃんを抱き締めた。しかし……。
「んーっ」
坊ちゃんは嫌がるように、抱き締める私の腕を払いのける。無意識な動作とはいえ、ちょっと悲しい。けれど、坊ちゃんはくるりと寝返りを打つと真正面から私に抱き着いてきた。
そしてぐりぐりと私の胸に顔を擦りつけると満足そうににへらっと笑って、ぐぅっとまた寝入ってしまった。
……この人は本当に……。私の理性を試してるんですかね?
私は寝入っている坊ちゃんを見つめて思う。けれどさっきの悲しい想いはどこかに吹き飛んでしまった。
……全く以って、この人には敵わない。でも、それも仕方ないのかもしれないな。坊ちゃんは私の為にこの世界に来てくれた人だから。
「坊ちゃん。……私の為に生まれてきてくれて、ありがとうございます。だから、健康でずっと私の傍にいてくださいね」
私は小さく呟き坊ちゃんの頭をよしよしと撫でる。そうすれば坊ちゃんは「ンフッ」と返事をするように笑った。
……寝ている時も笑顔なんて幸せな人だ。
私はそう思いつつも、坊ちゃんを抱き締めて目を瞑る。
そして私も幸せな眠りについたのだった。
**************
レノのほのぼのとしたお話はいかがでしたか?
相変わらずキトリーにメロメロなレノでした(笑)
そして来週水曜日にまたもう一遍、レノサイドの短編を投稿します。来週もお楽しみに!(*´ω`*)
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――小さい頃、時々とても怖い夢を見た。
大地は荒れ果て、人々は苦しみ、暗黒の空が世界を包みこむ。そんな夢の中で、大人な私は廃城の中で一人で佇み、世界の滅亡を願っていた。
その姿は酷く寂しく、孤独で……あまりに空虚で。
なので幼い私は夢を見ては、毎度飛び起きるほどだった。そして胸をドキドキさせながら、夢なのにいつか自分にくる未来ではないのかと心から恐ろしさを感じ、寝不足な日々を過ごした。
まあ、体は丈夫だったので生活に支障をきたすことはなかったですが。
けれど幸いなことに、ある時からピタリとその夢を見ることはなくなった。
それは勿論、あの人のおかげで――――。
◇◇◇
―――それは悪徳貴族から坊ちゃんが救ってくれた数カ月後の事。
「れのぉ、こんやは一緒にねよー?」
「え、一緒に?」
三歳のキトリー坊ちゃんはてちてちっと歩いてくると、枕を抱えた姿で私に言った。だが、この時の私はまだ八歳で、なおかつ学園から帰ってきたばかり。なので状況がいまいちわからなかった。
……今まで坊ちゃんがこんなこと言う事なかったのに、一体どうしたんだろう? 母さんなら知ってるかな?
私は坊ちゃんの面倒を見ていた母さんに視線を向け、母さんは少し困り顔で教えてくれた。
「実はキトリー坊っちゃん、怖い話を聞いちゃったみたいなの。それで一人で寝るのが怖いんですって」
「こわい話?」
私は呟きつつ、最近使用人達の間で話されていたことを思い出す。
……確か、西の棟には幽霊がでるって噂や、女性を描いた絵画の目が動いたって話が。……でもあれって実は、奥様が本邸の備品を盗んでいた使用人を捕まえる為に夜中にひっそりとうろついたり、絵画の目をくりぬいて監視していたって話だったよな?(ロディオン様談)
しかし私がロディオン様の話を思い出していると、ぎゅっと小さな手が私の手を握った。
「ね、レノ。一緒にねよ?」
少し怯えた顔で言う坊っちゃん。いつも明朗快活だというのに、なんだか不思議な感じだ。
……それにしても幽霊を怖がるなんて意外。この子にも怖いものがあるんだ。
なんて私は坊ちゃんを見ながら思う。そしてこんな子供に使用人の泥棒話をするのは憚られた。だから私は黙って答える。
「寝るのは構いませんけど」
私はちらりと母さんを見る。そうすれば母さんはこくりと頷いた。どうやら本邸で一泊していいようだ。
……まあ、今は旦那様も奥様も遠くに出かけられているし、タイミング悪くロディオン様も学園行事で帰ってくるのは明日。私に頼む理由はわかりますが……でも、私が一緒に寝ていいんでしょうか。使用人と主人が一緒に寝るのは良くないんじゃ。
私は幼いながらにそう思う、なので。
「私でいいのですか? 一緒に寝るならヒューゴさんかフェルナンドさんに頼まれては」
……二人は大人だし、坊ちゃんと親しい。私よりいいのでは?
なんて思ったが、坊ちゃんはもげそうな勢いで首をぶんぶんっと横に振った。
「なにいっちぇんの! ふたりと一緒なんて、妄想でねむれないでちょ!!」
「は、はぁ……」
……妄想で眠れないってどういう意味だろう? 一緒に寝るだけですよね? というか、一緒にではなくどちらか片方に、と言ったのですが、なぜ二人一緒になっているんですか。
幼い私はそう思うが坊ちゃんは何やら恥ずかし気な顔をして、両頬に手を当ててテレテレとしている。本当にこの子の考えている事はよくわからない。
「とにかきゅ、レノがいーの! 今夜はぱじゃまパーリーね!!」
「はぁ。わかりました」
結局私は坊ちゃんに押し切られ、一緒に寝ることになったのだった。
◇◇◇◇
―――そして夜を迎え、よい子は寝る時間。
「では坊ちゃん、寝ましょうか」
私はベッドの隣ですでに横になっている坊ちゃんに声をかけた。
しかし坊ちゃんは「えーっ、せっかきゅ一緒にねるんだよー? ちょっとおはなし、しよーよぉーっ」と楽し気な様子で言ってきた。
……この子は本当に幽霊が怖くて私を呼んだんでしょうか。
私は坊ちゃんの顔を見ながら思う。
「もう夜も遅いですから駄目です」
「えー? ちょーっとだけだからぁ~。ねね?」
坊ちゃんは上目遣いで私に聞いてくる。そして私はこの目に弱かった。
「はぁー。ちょっとだけですよ?」
私が答えると「うん!」と答えて坊ちゃんはころんっと横になる。なので、私もその隣に寝そべった。
「ねーねー、レノ。学園ってたのし?」
「学園ですか? そうですね、色々と学べて楽しいですよ」
「レノはなんのべんきょーがしゅきなの?」
「好きな科目ですか? そうですね……」
私はそれから坊っちゃんに学園での授業や、学園内の話を寝物語の代わりに聞かせた。
その間、坊っちゃんは楽しげで「早くおりぇもいきちゃいなー」とワクワクとした瞳をして呟く。
「きっとすぐですよ」
「しょーかなぁ?」
「そうですよ」
私はそう答えながら置時計を見る。気がつけば、もう一時間近く過ぎている。そろそろ本当に寝なければ。
「坊っちゃん。お話はここまでにして、今日はもう寝ましょう」
「ん? しょだな」
坊っちゃんはそう答えて、ふわぁっと大きなあくびをした。そして、もぞもぞと布団の中に潜る。なので私は明かりに手を伸ばした。
「坊ちゃん、明かりを消しますよ」
私が告げると坊ちゃんは服の裾をくいくいっと引っ張った。
「どうしました?」
「レノ、今のせいかちゅ、たのし?」
唐突に聞かれて私は目をぱちくりと瞬かせる。なんで、そんな事を聞くんだろう? と思って。
「ええ、楽しいですよ? それがなにか?」
「ううん、たのしーならいいの」
坊ちゃんは満足そうににこっと笑うと掴んでいた服の裾から手を離した。
だから子供の私は気がつかなかった。悪徳貴族に虐げられて、苦しい子供生活を過ごしてきた私を心配して聞いてくれたという事に。
「ほら、あかり消して、ねよー?」
坊ちゃんは急かすように言い、私は「はい」と答えてランプの明かりをそっと消した。部屋の中は暗くなり、何も見えない。
でも坊ちゃんの隣でもぞりと毛布の中に入ればぬくぬくと温かくて、ふんわりと坊ちゃんの香りがする。
……いつもと違うベッドだからかな? なんだか不思議な感じ。
胸がちょっとざわつきつつも私は目を瞑った。だがその途端、隣から「すぴーっすぴーっ」ともう寝息が聞こえてくる。
……え! もう眠った!?
驚いて隣を見れば、坊ちゃんはすでに眠っていた。
……これ、本当に私が必要だったんでしょうか。
そう思いつつも私は坊ちゃんの気持ちよさそうな寝顔を見ていると自然と笑みが零れてしまう。
……まあ、坊ちゃんが寝てくれたならいいか。
私は坊ちゃんの寝顔を見ながら、もう一度目を瞑った。
そしてしばらくすれば坊ちゃんの寝息を子守唄代わりに、私も眠りに落ちた。
―――けれど、あの夢を見た。
◆◆◆◆
―――冷たい廃城の中に佇む大人の私。
誰もが私を『魔王』と呼び、畏怖の視線を向けながら接してくる。だがその事に何も感じず、私は王の間に設けられた玉座に座って、ただただ終わりが来る日を待ち望んでいた。世界の終わりと、自分の命の終わりを。
しかし、いくら待っても終わりがこない。だから私は玉座から立ち上がり、王座の後ろに飾られていた剣を手に取った。自ら幕を引く為に……。
『これで終わりだ』
私は小さく呟き、躊躇いもなく鞘から抜いた剣を首に突き刺そうとした――――けれど。
『レノッ!』
誰かの手が私の手首を掴んで止める。ハッとして目を開ければ、すぐ目の前には黒髪の青年が立っていた。そして緑の瞳が鮮やかに輝き、力強い視線が私を見つめる。
『バカレノ、何してんだ』
バカと言われて私は混乱する。私にそんな口をきく人間はもうどこにもいなかったからだ。でも戸惑う私を他所に青年は笑った。
『なーに、ポケッとしてんだよ? ほら。こんな何にもないところ、さっさと出ていこーぜ』
青年は私から剣を奪い取るとポイっと捨てて、私の手を握った。その手が熱いぐらいに温かくて、空虚だった私の心がなぜだか満たされていく。じわじわぽかぽかっと。
だから私は尋ねていた、目の前の青年に。
『お前は、一体……?』
私が口にすれば青年は優しく微笑んだ。
そして曇り空しか見えなかった窓から、太陽の光が差し込み、青年を照らし出す。まるで世界が変わった事を報せるみたいに。
『レノ、俺はお前の……』
青年は笑いながら私に言った。
――――でも残念ながら聞こえたのは途中まで。なぜなら私が目を覚ましたから。
◆◆◆◆
「ッ!」
パチッと目を覚ませば、そこは薄暗い部屋の中だった。そして隣を見れば、坊ちゃんはまだすぴすぴっと気持ちよさそうに眠っている。
……今のは夢、だよね? あの、時々見る怖い夢。
私はドキドキしている胸を抑えながら思う。夢だとわかっていても、あんまりにも夢がリアル過ぎるから怖くて。けど今回は怖さのドキドキもあったけれど、胸が締め付けられるドキドキがあった。それは勿論、最後に出て来た青年。
……いつも怖いだけで終わる夢なのに、今日見た夢はいつもと違った。最後に出て来た青年……あれは一体、誰だったんだろう?
もうはっきりと思い出せないおぼろげな青年の姿を私は思い出そうとするが、思い出せるのは手が温かくて、彼がいるだけで世界が満ち足りた世界に変わった事だけ。
そして魔王と呼ばれていた私を名前で呼ぶ、あの声。
「あの声は……」
私は思わず小さく呟く、だがそうしていると。
「んー? れにょ、どーちたぁ? こわい夢でもみちゃ?」
坊ちゃんはしょぼしょぼの目を開けて、私に尋ねてきた。
「あ、坊ちゃん。すみません」
……まだ起きるには早い時間なのに起こしてしまった。
私は起こしてしまった申し訳なさを感じるが、坊ちゃんはそんな私に手を伸ばすと、頭を両手で掴んでぐいっと自分の胸に抱き寄せた。
「わっ?! ぼ、坊ちゃん!?」
私は当然驚くが、坊ちゃんは寝ぼけたまま私の頭を優しくぽんぽんっと撫でた。まるで小さな子をあやすように。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、おりぇがいりゅからこわくない」
坊ちゃんは私の頭をぽんぽんっと撫でながら言った。小さな手が私を優しく撫でる。なんだか恥ずかしいような、嬉しいような……胸の奥がくすぐったい。でも、心に残っていた怖さがすっかり消えてしまった。
そしてその内に、坊ちゃんはまたすぴすぴっと寝入ってしまった。私を抱き締めたまま。だから離れようと思えば離れられたのだけれど、その小さな手と温かい体は離れがたくて。
……坊ちゃんが傍にいるとなぜだか安心する。
私はそう思いながら温かさに促されてそのまま眠ってしまい、この日私は初めて寝坊というものをしてしまったのだった。
―――しかしそれからというもの、私はあの怖い夢を見る事は二度となかった。
◇◇◇◇
―――そして現在。
大人になった私はついに坊ちゃんと恋仲になり、毎晩一緒に寝るようになっていた。
「んむっ……はぁはぁっ。もう、ねちっこい」
少し長めのおやすみのキスをした後、坊ちゃんは恥ずかしそうにしながら呟いた。なので、私はニコッと笑って答える。
「坊ちゃんの事が好きですから」
私が気持ちのまま伝えると、坊ちゃんは照れた顔を見せつつ不思議そうに呟く。
「さらっと答えおって……。俺のどこを好きになったのか未だにわからんのだけど」
「なら、わかるまでもっとキスして差し上げましょうか?」
そう言えば、坊ちゃんは両手で口を隠した。
「大丈夫デス!」
「そうですか? 残念ですね。……ところで、そういう坊ちゃんは私のどこが好きですか?」
「はぃー?」
「私も坊ちゃんがどうして私を好きになってくれたのかわからないので」
私が尋ねれば、坊ちゃんは微かに眉間に皺を寄せる。
「レノの好きなとこ……考えた事なかった」
「じゃあ、どうして私と付き合ってくれたんです?」
「どうしてって。そりゃレノといるのが一番居心地いいし、チューしたりするの嫌じゃないし、それ以上の事だって……だーッ! この話はもう終わり!!」
坊っちゃんは頬をほんのりと赤らめて言った。自分で言ってて恥ずかしくなったのだろう。
……本当に可愛い人ですね。この人は。
「とにかく早く寝るぞ! 俺はもう眠いんだから」
照れを隠すように坊ちゃんは私に背中を向けて言った。だから私はその丸まった背中を抱き締める。
「そうですね。寝ましょうか」
「ちょ、レノきゅん? 近いんですケド」
「これぐらいイイでしょう? 私はもっと隙間なく密着したいのを我慢しているんですから。だから坊ちゃんも我慢してください」
ぐっと腰をお尻に当てれば坊ちゃんは小さく鳴いた。
「ぴゃっ!? わ、わかったよ!」
坊ちゃんはそう言うと大人しくなった。おかげで私は温かい坊ちゃんの体をぎゅっと抱き締められる。坊ちゃんから気恥ずかしさが漂ってくるが、それは気づかなかったことにしよう。
「坊ちゃん、あったかいです」
「そ、そりゃ、よ、よかったな」
照れた返事が返ってきて可愛い。ますます恋人同士になれて良かったと私は思う。でも抱き締めながらあったかさを感じていると、坊ちゃんが小さく問いかけてきた。
「ところでさ、レノ」
「はい、なんでしょう?」
「前になんでもいう事を聞くって約束しただろ? あれ、まだ決まってないのか?」
坊ちゃんに言われて私は思い出す。坊ちゃんがアシュカ様にキスされて、私が約束を取り付けた事を。
……思い出すと今でも腹立たしい出来事ですね、全く。
「覚えていたんですね」
「あったりめーだろが。お前になにをお願いされるかと思うと……」
坊ちゃんは最後まで言わなかったが、なぜかプルプルと震えていた。まあ、坊ちゃんが何を想像したか、考え付くのは容易いですが。
「そうですねぇ、何をお願いしましょうか?」
意地悪く聞けば坊ちゃんはさらにプルルッと震えた。ちょっと面白い。
「あんまり無茶なお願いは無理だかんなッ!?」
「おや、なんでもいう事を聞くという約束でしょう? 坊ちゃんが泣いて恥ずかしがるような事でもやってもらいましょうかね?」
「な、泣いて恥ずかしがること!? あ、アブノーマルはダメだぞッ!?」
「おや、坊ちゃんに拒否権はありませんよ?」
私が耳元で囁けば坊ちゃんは「ひぇ」と小さく鳴いた。やっぱり面白い。
……でも、怖がらせるのはここまでにしておきましょうか。
私は色々と考えを巡らせている坊ちゃんの後頭部に鼻先をくっつける。柔らかい髪が鼻先に当たって、坊ちゃんの優しい香りが心を満たす。
いつまでも、いつまでも嗅いでいたい匂い。だから私は。
「坊ちゃん、冗談ですよ。私の願いはたった一つです。……どうか、これからも健康で、元気いっぱいでいてください」
私が告げると拍子抜けた声が返ってきた。
「へ? 元気に??」
「そうです。坊ちゃんが健やかでいてくれれば、それでいいです」
「えーっと。本当にそれがお願いなの?? 俺が元気でいればいいって」
「そうですよ」
私がはっきりと告げると、今度は困惑した声が返ってくる。
「そんなんでいいのか? というか、それってお願いに入るか??」
「お願いに入ります。私がそう願っているんですから」
「ま、まー、レノがそう望むんならそれでいいけど?」
坊ちゃんは戸惑いつつも納得した様子で返事をした。きっと『レノの奴、俺が元気であればいいって変なこと言うなー。でも余計な事を言ってアブノーマルな事を指せられたら困る。これは素直に返事をしておこう!』とでも思っているのだろう。
けれど、それでいい。
……この人がいなくなったら私は。
一瞬、坊ちゃんがいなくなった世界を想像する。それだけで胸が苦しくて寂しい。だから私は坊ちゃんをぎゅっと抱き締めた。
「約束ですよ、坊ちゃん」
「あー、うん? わかったよ」
坊ちゃんは不思議そうにしながらも私に答えた。でも、それで終わりじゃなかった。
「でもよ。それならレノも約束しろよ。レノもこれからずっと元気で、俺の傍にいるって」
坊ちゃんに言われて、私はぐっと息を飲む。
……ああ、なんでこの人はこうも私を喜ばせてくれるんだろうか。
これからもずっと傍にいる事を望まれて、嬉しさが胸に募る。
「はい、元気でいます。貴方の傍に」
私が答えると坊ちゃんは「良し!」と嬉しそうに答えた。
……ああ、もう本当にこの人は。はぁ、今日は我慢するなんて言わなければ良かったな。
私は手を出さないと言った自分の言葉に今更ながらに後悔する。
……許されるならこのまま抱き締めて、キスをして、肌に触れて、坊ちゃんがとろとろになるまで愛したい。
そう私の心が叫ぶ。けれど私の気持ちとは裏腹に、気がつけば坊ちゃんはいつの間にか寝入ってしまい、すぴょすぴょと寝息が聞こえてきた。本当、寝つきが良すぎる。
……この人の危機管理のなさは本当に心配になりますね。まあ、私を信頼してくれてるとも捉えますが……いや、坊ちゃんの場合、何も考えていませんね。私の我慢なんて気がついてもいないのでしょう。
すっかり寝入ってしまった坊ちゃんを見つめながら私は少し呆れる。そして無防備な項を見て、思わず喉が鳴る。
白い項に吸い付いて、真っ赤な所有印を付けたい。
だけど、ぐっと堪えて私は代わりに坊ちゃんを抱き締めた。しかし……。
「んーっ」
坊ちゃんは嫌がるように、抱き締める私の腕を払いのける。無意識な動作とはいえ、ちょっと悲しい。けれど、坊ちゃんはくるりと寝返りを打つと真正面から私に抱き着いてきた。
そしてぐりぐりと私の胸に顔を擦りつけると満足そうににへらっと笑って、ぐぅっとまた寝入ってしまった。
……この人は本当に……。私の理性を試してるんですかね?
私は寝入っている坊ちゃんを見つめて思う。けれどさっきの悲しい想いはどこかに吹き飛んでしまった。
……全く以って、この人には敵わない。でも、それも仕方ないのかもしれないな。坊ちゃんは私の為にこの世界に来てくれた人だから。
「坊ちゃん。……私の為に生まれてきてくれて、ありがとうございます。だから、健康でずっと私の傍にいてくださいね」
私は小さく呟き坊ちゃんの頭をよしよしと撫でる。そうすれば坊ちゃんは「ンフッ」と返事をするように笑った。
……寝ている時も笑顔なんて幸せな人だ。
私はそう思いつつも、坊ちゃんを抱き締めて目を瞑る。
そして私も幸せな眠りについたのだった。
**************
レノのほのぼのとしたお話はいかがでしたか?
相変わらずキトリーにメロメロなレノでした(笑)
そして来週水曜日にまたもう一遍、レノサイドの短編を投稿します。来週もお楽しみに!(*´ω`*)
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