竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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15 逃げても

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 海鳥が鳴き、潮の匂いが微かに漂う。
 二人はしばらく走って人気がない港まで来ると、人影のない場所でルークはようやく足を止めた。その頃には、レイはすっかりヘロヘロで激しい息切れを起こしていた。

「はぁっはぁっ! お、おまっ、お前なぁ!」

 お前と違ってこっちは四十手前なんだぞっ! 体力もないし、若くもないんだ! 考えて走れ! とレイは言いたかったが、息切れで何一つ言えなかった。

「ごめん、レイ。大丈夫?」

 ルークは膝に手を当てて、前かがみになりながら必死に呼吸するレイの背中を撫でた。そしてレイは何度か大きく息をして、ようやく呼吸が落ち着いてくるとルークを見た。

「はぁーっ、疲れた……」
「レイ、大丈夫?」
「ああ……心臓はち切れるかと思ったけど」
「ごめん、レイの体力を考えてなかったね」

 ルークはしゅんっと耳の垂れた犬のような顔で言った。そんな顔をされたら怒れない。

「もういいよ。だけどな、なんで急にこんなこと。ニコラを置いてきたじゃないか」

 少し叱るように言うと、ルークはむっとした顔を見せた。

「別にいいでしょ。あんな子」

 ルークはフンッと鼻を鳴らして言った。自分じゃない誰かが話に上がると、ルークはいつもこうだ。全く、こういうところだけはいつまでたっても子供だ。

「はぁ。で、これからどうするつもりだ?」

 レイが尋ねるとルークは「レイと一緒に逃げる」とすぐに答え、レイはため息を吐いた。

「どこへ?」
「ファウント王国に」
「どうせ、またお前を迎えに来るぞ」
「そうしたら戦う」
「お前ひとりで? きっと向こうは大勢で来るぞ。お前は大事な新王だ」
「違うッ!」

 レイの言葉にルークは叫ぶように否定した。

「僕は新王になんかならない。レイと離れたくない……レイは僕と一緒じゃなくていいかもしれないけどさ」

 ルークは自分で言っておきながら、少し寂しそうな顔をした。

「バカ、そんな訳ないだろ。……でも、彼らはお前を必要としている」
「そんなの知らないよ。勝手に捨てて、必要になったら呼び立てるなんて、そんな身勝手な人達の事なんて」
「それは違うルーク、お前は捨てられたんじゃない。エルマンから話は聞いているんだろう?」

 レイが問いかけるけど、ルークは何も答えない。つまりは聞いたという事だ。

「お前を守る為にお前の母親は隠したんだ。まあ、俺も話を聞くまでは勘違いしてたけど」
「そうだとしても、僕にとっては捨てられたのも同然だよ。あの時、レイが救ってくれなかったら僕は死んでた」
「それは通報が入ったからで、俺じゃなくても」
「その後も、僕の面倒を見てくれた。一緒にいてくれた……どんな時だって! だから、これからも一緒にいたい。そう願うのはいけない事?」

 子供っぽいけれど、素直で純粋すぎるルークの気持ち。真っすぐな水色の瞳がレイを見る。海に反射した光が入ってキラキラと光る瞳が、ルークの綺麗な心を映し出しているみたいでレイは思わず見惚れてしまった。

「ルーク……」

 名前を呟くレイの腕を引き寄せ、ルークはぎゅっと腕の中にレイを抱き寄せた。そしてレイの首筋にすりっと顔を埋める。

「レイ、だから僕と逃げよう。ファウント王国じゃなくてもいい、どこでだって。レイがいれば僕は構わない。僕はレイがいてくれれば、何もいらないんだ。本当だよ」

 ルークは切なげに言った。嘘偽りのない本心だろう。だからこそ、レイの心は大きく揺れた。
 そもそもこんな告白を聞いて心揺さぶれられない人はいるのだろうか?
 レイはルークの熱さを感じ、心から嬉しく思った。けれど、心と反して体はそっとルークから離れた。

「ルーク。それは無理だって、お前もわかっているんだろう?」

 レイの落ち着いた声にルークはぐっと口を閉じ、悲痛そうに眉を寄せた。でもレイはその顔を見ても、そのまま言葉を続けた。
 逃げる事は簡単だろう。でも今逃げたところで変わらない事実をレイは冷静にわかっていたからだ。

「俺達が逃げたって、お前を見つけてしまった彼らはお前を何としても王にするだろう。その度に、どこかへ逃げるのか? それに、お前だって町の人の話を聞いていただろう? 彼らはお前を必要としている。なにより、ここはお前の故郷だ」

 レイが告げると、ルークは俯き、ぐっと両拳を握って怒りを抑えるように震わせた。

「……わかってる、わかってるよ! 正直、こんな国どうでもいいけど、別に王になるのは構わない。だけど、そうなればレイと離れ離れだ! 僕はそんなのは絶対に嫌だ!」

 ハッキリと言うルークにレイは小さくぽつりと呟く。

「……俺のせいか」

 レイの呟きにルークはハッと顔を上げて、首を横に振った。

「違う! 僕が離れたくないんだ!」

 泣き出しそうなルークの頭をレイはポンっと優しく撫でた。子供の頃と同じように。

「なぁ、ルーク。俺達は離れ離れになったら、簡単に切れてしまうような関係なのか? 俺達は離れても大丈夫だろ?」
「……大丈夫なんかじゃない。僕はレイと離れたくない。僕、レイがどうしようもなく好きなんだ。……レイは僕の事を息子にしか思ってないから、そう笑って言えるかもしれないけど、僕はずっとレイの傍に居たい。いつだって」

 ぎりっと奥歯を噛み、悔し気に言うルーク。そんなルークの告白にレイは胸が熱くなって、自然とルークに手を伸ばす。そして頭をぐいっと自分の肩に抱き寄せた。

「わかってる。わかっているつもりだよ、お前の気持ち……だけど」
「……だけど?」

 急に尻すぼみになっていった言葉に違和感を覚えたルークが問い返すと、レイは息を吸って今まで心の奥で思っていたことを初めて口にした。

「だけどな……俺はずっと思ってた。その気持ちは作られたものじゃないかって」

 レイに告げられ、その告白にルークは大きく目を見開いた。

「そんな事!」
「俺はさ! ……お前の育ての親だ。だから、お前の好きは刷り込みなんじゃないかって。俺がいつも傍にいる状況だから、そう思っているんじゃないかって……そう思えてならないんだ。だから、お前の気持ちを俺は心からは信じられない」

 はっきりと告げるレイにルークは身体を離すと、レイの両肩を掴んで声を上げた。

「そんな事ない! 僕は本当にレイの事がッ!」
「わかってる、お前の言葉に偽りがないことは。でも、それはお前は気が付いていないだけかもしれないだろ? もしかしたら俺から離れて過ごしてみたら気持ちが変わるかも」
「ありえない! この気持ちが変わるなんて!」

 ルークは断言し、その言葉にレイは微笑んでルークの頬をすぅっと優しく撫でた。

「じゃ、証明してくれよ。俺はさ、逃げも隠れもしない。ファウント王国で待ってるから」
「けど、もし僕が王になったらずっと竜国にいないといけない」
「その時はなんとか方法を考えよう。きっと何かあるはずだ」
「……レイ」

 ルークは自分の頬に手を撫でるレイの手を掴み、握りしめた。レイの言う事はわかる。理解もした。だけど、ルークはやっぱりどうしてもレイと離れる選択を受け入れられなかった。
 ルークにとってレイと離れるという事は、魂の半分を引き剥がされるも同じだったから。

 ……これがただの刷り込みなら、この胸に溢れる想いは何だと言うんだ。

 ルークはレイに自分の心の内を見せてやりたかった。でもできないから、言葉で伝えるしかなかった。

「レイの言う事はわかるよ。でも僕はレイと離れるなんて考えられない。レイの傍が僕の一番なんだ。何に代えても……。レイを、愛してるんだ」

 信じて、とでもいうようにルークの水色の瞳が揺らめく。あまりに綺麗で、レイは息が詰まった。

 ……ルーク。

 たった、この一瞬。
 ルークが息子だとか、男だとか、竜人だとか、今後の事とか、その全てがレイの中から吹き飛び、一人の男としてのルークの告白に胸の奥底が震え、レイは心底愛おしいと思った。
 そんなに望むなら、この体、命もくれてやりたい、と願うほど。

「レイ、好き。いっぱい。全部大好きだ」

 さらに告げられる言葉達にレイは堪らず、力強く自分を掻き抱くルークを抱き締め返した。首筋から香るルークの男の匂いにレイの頭が痺れる。

「……ルーク」

 レイが顔を上げて名前を呼ぶと、二人の視線は自然と絡み、レイは吸い込まれるようにルークの唇に顔を寄せた。
 キスしてもいい。いや、キスしたい。と本気で思ったから。

「レイ……ッ」

 ルークが少し驚いたように小さく呟いたが、すっとレイの唇を待ち受けるように瞳を閉じた。そして二人の唇はあともう少しで触れるところまで近づいた。それは互いの熱がわかるほどの距離。指一本分の距離もない。

 だが、そのわずかな距離を残して、ピタッと二人の動きが同時に止まる。
 そして互いに瞳を開けて見つめ合い、レイはすっとルークから離れた。

「どうやら……話はここまでみたいだな。ルーク」
「……最悪だ」

 ルークは苛立った風に言うと、そこにタイミング悪く、町歩きに密かに付けてきていた護衛達が二人の元にやってきた。
 二人が動きを止めたのは、彼らの気配を感じたからだった。

「ルーク様、レイ様、城にお戻りになるよう、お願い致します」

 勝手に逃げたせいだろう、護衛の一人がそう二人に告げた。そしてレイは頷いた。

「はい、わかりました。突然走り出して、すみません」

 頭を下げてレイは謝り、不機嫌なルークは何も言わなかった。でも、もう逃げようとはしなかった。



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