竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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16 ルークとエルマン

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 城の部屋に戻った後、二人の元にニコラがやってきた。
 だが、まだ無邪気なニコラはレイ達が迷子になってしまったのだと思い、二人が戻ったことにほっと安堵していた。

「もぉー。二人共、急にいなくなったから、本当に心配したよ。今度行く時ははぐれちゃ駄目だからね!」

 ニコラは人差し指を立てて、めっ、と子供を叱るように言った。

「ごめんごめん。今度ははぐれないようにするよ」

 レイは逃げた事に罪悪感を覚えながら、笑って誤魔化した。しかし、そこへ来訪者がやってきた。

「失礼しますよ。……ニコラ様もここでしたか」
「エルマン!」

 部屋にやってきたエルマンを見て、ニコラはぴょんっと飛び跳ねるように、すぐにエルマンの元へ駆け寄った。

「もー、エルマン聞いてよ! 二人ってば、僕とはぐれて迷子になっちゃったんだよ?」
「そうなんですか。それは大変でしたね」

 エルマンは苦笑しながら、ニコラに言った。その目は優しい。

「うん。あ、でもみんなに持ち帰り用のドーナツを買ってきてるんだ! 僕の部屋に置いてるから持ってくるよ!」
「ありがとうございます。でも、それはまた夕飯の後のデザートにしましょう。ニコラ様、私はお二人に大切なお話がありますから、少々部屋の外で待っていてくれませんか?」

 エルマンはにっこりと笑ったままニコラに言い、ニコラは話ってなんだろう? とエルマンに窺った目を見せたが、本人に直接聞くことはしなかった。

「……うん、わかった」
「ありがとうございます」

 ニコラにエルマンは朗らかに言ったが、その直後、ルークもレイに声をかけた。

「レイも外に出ててくれないかな。二人で話したい」

 その目はレイではなくエルマンに向かっていた。レイは何か声をかけようと思ったが、言えたのは「わかった」という言葉だけだった。

「レイも外に行く? じゃ、僕と行こう」

 ニコラはまるで遊びに行くかのように誘い、レイは頷いてニコラの傍に寄った。

「じゃ、また後でね」

 ニコラはそう言うと、レイを連れ立って部屋を出て行った。
 そしてエルマンはそっとドアを閉め、部屋に残ったルークを見た。

「町歩きはいかがでしたか? ニコラ様はよく町に出かけていますから、色々と案内されたのでは?」
 
 エルマンは街歩きの最中に逃げた事を責めず、柔らかい口調で話しかけた。そして尋ねるエルマンに、ルークはむすっとしながら一人ごちつく。

 ……あともう少し護衛が遅くついていたらレイからキスして貰えたのに。

 そう思ったがさすがにそれは口に出せず、ルークは皮肉で返した。

「ニコラは色々と教えてくれたよ。あなたと違って、あの子はいい子だ」
「ええ、存じています」
 
 ルークの皮肉もエルマンは何のその、微笑んで返した。そしてエルマンを見て言う。

「あなたはニコラに対しては嘘がないようだ」
「……別に私は嘘などついてはいませんよ」
「そうだな、嘘はついていない。だけど、レイを連れ去って僕を無理やり新王にさせようとしている。何も非がないというつもりか?」

 ルークは冷たい視線を浴びせたが、エルマンは目を逸らさず答えた。

「そうですね。その通りです」
「あなたにはわかっていたんだろう? レイを探す竜となった僕がここにくれば、誰もが僕を見て王族だと認識することも」

 問いかけるルークの質問にエルマンは誤魔化さずに「ええ、わかっていました」と告げた。

「話を聞いていただけないとわかり、こうする他ありませんでした」

 エルマンに言われて、ルークは自分の態度を思い返す。エルマンは魔草の交易の為にファウント王国へ訪れていたが、それは建前で本当はルークに真実を伝え、王になって欲しいと懇願しに来ていたのだ。
 だが、それを袖なく振ったのはルークだ。つまりルークにもこの一端に責任があると言える。だが、その事は理解しても納得はできなかった。

「僕はこういう有無を言わさない、強引なやり方は嫌いだ」

 ルークは痛烈に言い放つが、エルマンは甘んじてその言葉を受けた。そんなエルマンにルークは小さく息を吐く。

「だが、全てあの子の……ニコラの為なんだろう?」

 ルークの言葉にエルマンは少し考えた後、ゆっくりと頷き、そして口を開いた。

「ニコラ様が……女の子なのに、どうして男のように振舞うかわかりますか? 王族として生まれたのに、女だからという理由で王になれない。その事を幼い頃からずっと周りに言われ、あの子はその事で苦しんできました。そして今は権力闘争で好きでもない相手と結婚させられようとしている。そんなのを私は黙って見ていられなかった。あの子はまだ十五です。恋もしたことがない……」
「だから僕を代わりに引き立てた。僕なら犠牲になってもいいという事か」

 ルークは辛辣な言葉にエルマンは静かに返事をした。

「いえ、それは違う。ニコラ様が女児で王家に生まれた事と同じ、これは貴方の宿命だ。……仮に私が貴方を見逃したところで、きっと誰かが貴方を見つけた事でしょう。その時、同じことが起こったはずです」

 エルマンの指摘にルークは何も言い返せなかった。ルークも町で銀竜に対する人達の声を聞いていた。それに竜として現れた時も。
 彼らの銀竜に対する尊敬と崇拝は確かなものなのだ。
 例えエルマンが声をかけなくても、いずれ見つかり、ルークは竜人に声をかけられていた。銀色の髪が示す、王族の血筋という意味を知ったのはエルマンに言われてからなのだから。

「ルーク殿。身勝手なのは承知しておりますが、どうかこの国に留まり、王位を」

 エルマンは深々と頭を下げ、ルークに告げた。
 そしてルークも本当はわかっていた。自分がもう逃れられない立場にいることを。ただ、あまりに突然の事についていけなかっただけだ。そして何より気がかりはレイの事だった。
 レイは、離れてみたら気持ちが変わるんじゃないか? と言っていたが、変わる気持ちなどない。むしろルークが心配なのはレイの気持ちの方だった。

 元々自分の事が好きじゃなくて、離れて過ごして、もしも息子としても見向きもされなくなったら。そう思うと、今、離れることはできなかった。特に今は。

「はぁ……レイと一緒にいられるなら、考えるんだけどな」

 でもそれは魔障がある限り無理だ。そう思ったルークにエルマンは顎に手を当て、少し考えた後、ルークに声をかけた。

「レイ殿がいればいいのですか? ……手はないこともありませんよ」

 エルマンの言葉にルークは「え?」と問い返した。



 ◇◇


 その頃、部屋を出たニコラとレイは一緒に城の中庭にいた。
 二人は仲良く中庭の椅子に並んで座り、日向ぼっこをしていた。目の前にはよく手入れをされた庭園があり、花々が咲いていい匂いがしている。
 だが、ルークから離れたレイは頭を抱えていた。

 ……俺! 一体、何してるんだ! るるるる、ルークに自分からキスしようとしてなかったか?!

 今頃になって冷静になったレイは一人悶えて、顔を真っ赤にした。
 だが、そんなレイを隣で見ていたニコラは心配そうな顔を見せた。

「レイ、大丈夫? 頭でも痛いの?」
「あ、いや、ゴメン。ちょっと、き、気持ちの整理をだな? コホンっ」

 レイは気持ちを落ち着かせ、小さく咳をした。
 今は一人で悶えている時じゃない、と自分に言い聞かせ、恥ずかしい思いを胸の奥にしまって、居住まいを正した。

「そう? 大丈夫ならいいけど……。それよりルークおじさん、エルマンと喧嘩してないかな?」

 ニコラは心配そうに呟いた。そんなニコラに元気付けるようにレイは声をかけた。

「大丈夫だよ。二人共大人だし」
「そうだといいけど……。僕が女じゃなかったら、きっとこんな事にならなかったのに。レイもごめんね」

 ニコラは申し訳なさそうにレイに謝った。きっと二人が王位について話している事はわかっているのだろう。そしてレイは巻き込まれたのだと。でも、それはニコラのせいじゃない。

「ニコラが謝る事じゃないよ。きっと遅かれ、早かれ、こうなっていたと思う」
「レイ……。レイは優しいね」
「そうでもないさ」

 レイの言葉にニコラはくすっと笑った。そして青い晴れた空を見る。

「でも。レイには悪いって思うんだけど、僕、ルークおじさんと会えて、本当はちょっと嬉しいんだ」
「ルークに?」
「うん。父様が亡くなって、僕一人だったから」

 心細かった。その言葉は聞けなかったけど、レイはそう言葉が続いた気がした。まだ十五歳の子供だ。王族に生まれても、その重圧は大変なものだっただろう。

「でもルークおじさんって、父様の弟だから似てるのかと思ったけど、全然似てなくてびっくりした」

 二コラはフフッと笑って言った。ニコラの父親は、血縁上ルークの異母兄だ。

「そんなに似てないのか?」
「うん、父様はもっと大きかったよ。髪がいつも跳ねてて、エルマンに注意されてた」
「そうなのか……」

 レイは返事をしながら、ちくりと胸に罪悪感が走った。
 ルークをもっと早く竜国に連れてきたら、銀髪ですぐに王族だとわかった事だろう。そして、異母兄であった先代の竜王にも会えていた事だ。それをしなかったのはレイの落ち度だ。
 遠く離れた国で、ルークが興味を持っていなかったら、そこまで強く竜国に行くことを勧めなかった。でも今になって思えば、どんなに遠くても早くルークを連れてきたらよかったと思う。そうすれば、もっと家族の事とか聞けたかもしれない。
 そうレイは自責の念に駆られたが、突然ぐいっとニコラに腕を掴まれた。

「ニコラ?」

 レイが呼び駆けるとニコラはさっきまで笑っていたのに、顔を少し青ざめさせていた。具合が悪くなったのだろうか? と思って尋ねようとした時、二人の前に一人の男が近寄ってきた。

「これはこれはニコラ様、ご機嫌いかがですか?」

 五十代のきざったらしい男だった。でも着ている服装と態度から見て、貴族だろう。

「こ、こんにちは。サイエス公爵」

 ニコラは何とか挨拶をした。でもレイの腕を掴む手は少し震えている。

「相変わらず、お美しい。今日はいつも一緒にいるエルマン宰相殿はご不在で?」
「エルマンは……話をしてるから」
「そうですか。そちらにいる御仁は……人間ですかな? 竜国になんと珍しい」

 レイは話を振られて、男に「どうも」と軽く頭を下げた。男はレイを値踏みするようにじろじろと不躾な視線を向けた。なんとも失礼な奴だ。そうレイは思ったが、男はレイに話かけた。

「もしや、昨日現れた王家の方のお知り合いで?」
「……まあ、そのようなものです」
「そうですか。どのような方なのか、今日はかの方に会いに来たのですよ。これから新王になられるお方ですからね。……ですが新王が決まっても、ニコラ様、私は貴方の事を諦めませんよ。きっと我が妻に」

 男はそう言うと、言うだけ言って「では、失礼」とその場を去って行った。

「……一体、なんなんだ。あいつは」

 レイが呟くと、ニコラがぽそりと呟いた。

「僕の夫候補の一人だよ」
「え?! でも、年齢がっ」
「そんなの関係ない。僕やエルマンでは融通が利かない事なんだ。今、この国で力を持っているのは貴族達。宰相として、王代理としてエルマンが何とか抑えてくれてるけど」
「それにしたって……あの年齢なら息子とかいないのか」
「……僕にはよくわからないけど、他の竜からしたら銀竜って憧れの対象らしいんだ。だから、銀竜である僕を手に入れたがる貴族は多い。例え僕が竜になれなくても、この髪があるから」

 ニコラの言葉に、エルマンが銀竜を神聖視していると言っていた事を思い出した。そして、ニコラを求めて貴族達が小競り合いを起こしているのも。
 エルマンがなぜ強引な手を使っても、ルークをこの国に呼び出したのかレイは改めてわかった気がした。








 ――――一方、去って行ったはずのサイエスは、去ったフリをして物陰からレイとニコラをじっと盗み見ていた。

「あの男が新王の……人間如きが銀竜の傍に」

 憎々し気に言った後、レイを見てニタリと笑った。

 ……この国と銀竜は私のモノに。現れた銀竜には狂ってもらおう。あの人間を使って。

 サイエスは獲物を定めた目でレイを見た。

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