竜人息子の溺愛!

神谷レイン

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26 護衛のイサール

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「……随分と生気を吸い取られたようですね。レイ殿」

 翌日の昼、別れの挨拶に来たエルマンは並び立つ二人を見てそう告げた。
 ルークはにこにこ笑顔だが、レイはげっそりとやつれていた。レイは昨日、戻ってきてから朝までルークの相手をさせられていたのだ。若いルークと違ってレイは疲れて切っていた。

「大丈夫ですか? レイ殿」
「ああ、まあ」

 レイは何とか答えた。今朝、ズボンのポケットに入ったままになっていたポールに貰った魔草入りのクリームを身体のあちこちに塗ったので痛みはなかった。
 しかし体はよくても精神的にレイは色々と削られていた。ルークにあられもない格好をさせられたし、途中から理性がなくなってとんでもない事を口走ったし、とりあえず至る所をルークに舐めら、噛まれ、吸いつかれた。
 恥ずかしくって今だって、穴があったら入りたいくらいだ。
 それなのにルークと言えば、お肌つやつやで元気が漲っている。

 ……俺、本当にルークから生気とられたのかも。俺の方が歳食ってんだから、俺にくれよな。

 そう思ったが、そこへ二コラが遅れてやってきた。

「レイー!」
「二コラ、どこに行ってたんだ? てっきり、見送りはないかと思ったぞ」

 レイが茶化して言うと二コラは走って息切れした息を落ち着かせてから答えた。

「ごめん、準備してたら遅くなっちゃった!」

 二コラは大きな荷物を抱えていた。

「二コラ、どこか行くのか?」
「これはレイのお土産。あと僕もレイと一緒にファウント王国に行くよ!」
「え!?」

 驚いたレイがエルマンに視線を向けるとエルマンは肩を竦めた。

「行くと言って聞かないのですよ。これも社会勉強という事で許可したのです」
「というわけで、向こうまで一緒に行くね!」

 二コラはニコニコ笑顔で答えた。

「ファウント王国の国王陛下宛てに、すでに報せを飛ばしています。急になって申し訳ないのですが」
「いいよ。俺の方からも言っておく……俺の事、知ってるんだろ?」

 レイは意味深にエルマンに尋ねたが、エルマンは何も言わずにふっと笑った。それが答えだった。そして昼を報せる鐘が辺りに響く。

「そろそろ行かなきゃな」

 レイはぽつりと呟き、ルークはそっとレイの手を取った。

「レイ……」

 ルークは寂しそうな顔をした。国に戻ればレイと離れたくなるから、と言ってルークはここで別れる事に決めた。でも辛そうな表情にレイは胸が締め付けられる。
 わかっていても寂しいと思うのはレイも一緒だ。だから、レイはぎゅとルークを抱き締めた。もう随分と自分より大きくなったその体を。

「ルーク、またな」

 レイは慰めるようにルークの背中を撫でた。そんなレイをルークはぎゅっと抱き締め返す。

「レイ、絶対に僕はレイの傍に戻るよ」
「ああ、わかってるよ」

 レイは左薬指に嵌められた指輪を感じながら答えた。そしてこれ以上、長引いても寂しくなるだけだから、とレイはそっと体を放した。

「頑張れよ、ルーク」

 鼓舞するレイの言葉にルークはクスッと笑った。

「その時には、今よりもっといい男になっておく」

 思わぬルークの返しにレイは驚いたが「楽しみにしてる」とだけ伝えた。本当は今でも十分いい男だと思っているという事は伝えずに。

「ルーク、じゃあな」

 一言だけを告げ、レイは振り向かずに二コラと護衛達の元に歩み寄った。
 一歩一歩立ち去っていく、レイの後ろ姿。揺れる髪、離れていく匂い。
 ルークはじっと耐えて見送ろうとしたが、やっぱり堪え切れなくて、「レイ!」と呼び止め、駆け走って後ろから抱き止めた。
 ルークはぎゅっと抱きしめ、大好きなレイの匂いを忘れないように肺の奥まで吸い込み、口を開いた。

「レイ……レイ、愛してる。僕の事、忘れないでね。きっとすぐに行くから」

 耳元でルークは囁き、愛の告白にレイは胸がはち切れそうだった。必死に堪えていたのに、ルークが抱きつくから涙が堪らず溢れ出てくる。
 でも泣き顔は見られたくなくて。目の縁にいっぱい溜まった涙をレイはぐいっと服の袖で拭った。そして、ぎゅっと自分を抱きしめるルークの腕に手を取ると、レイはルークに向き合い、言葉よりも先に体で示した。

 自分も、誰よりもルークを愛していることを。

 レイはルークの後頭部に手を回し、ぐいっと引っ張るとルークに初めてキスをした。そのキスにルークは当然周りにいた者達も驚いた顔をしたが、唇をすぐに離したレイは恥ずかしそうに俯いた顔でぽつりと言った。

「お前が……頑張って俺の傍にこれたら、もっといろんなことしよう。だから早くな?」

 レイがぽそっと伝えるとルークの目がキラキラキラっと輝いた。そしてぎゅっとレイの両手を握ると「絶対早く行くから!」と宣言した。
 その食いつきっぷりにレイは思わずぷはっと笑ってしまった。

「一生懸命過ぎだろ。……でも、待ってるから」
「うん」
「ルーク。じゃあ、本当に行くな」

 レイの言葉を聞いて、ルークは手を放した。そして今度こそ、去って行くレイを見送る。
 レイは竜に変わった護衛の一人の背に乗り、ルークに手を振った。

「またな!」

 レイの言葉が合図になって、竜達は空を飛んだ。高く高く飛んで、空の向こうに。
 ルークはそれをじっと見つめ、エルマンは後ろから声をかけた。

「泣かないのですか?」
「……僕が泣く時はレイにフラれた時だけだ」

 ルークがそう言うと、エルマンはくすりと笑った。

「早く迎えに行けるよう、助力させていただきますよ。ルーク殿」
「ああ、頼むよ。エルマン」
「ええ」

 エルマンはそう返事をし、そして気になる事をひとつ、ルークに尋ねた。

「けれど、もっとごねるかと思っていました。レイ殿を一人帰すことに」
「レイはここにいたら危険だ。愛する人を危険な場所には置かないだろう?」
「でも、ファウント王国で誰かがレイ殿にちょっかいを出すかもしれませんよ?」

 エルマンはちらりとルークに視線を向けて尋ねたが、帰ってきた返事はやけに自信のあるものだった。

「ああ、それはたぶん大丈夫」

 その答えにエルマンは首を傾げた。

「大丈夫と言うと……?」
「一番有効な護衛を付けたから」

 ルークはにんまりと笑って言い、エルマンはその笑みの意味に気が付いて、小さくため息を吐いた。

「ちゃっかりしてますね。全く」
「抜かりがないと言って欲しいな」

 ルークはそう言いながらも、いつまでも青い空を見つめたのだった。
 そしてその言葉の意味をレイが知るのは、もう少し先の事。



 ◇◇◇◇




「……レイ様、大丈夫ですか?」

 ルークと別れ、竜国を離れて三時間ほど飛行した後、休憩の為に降り立った湖畔でレイに声をかけたのはレイを背に乗せた護衛だった。そしてレイは湖畔の縁に座り、真っ赤になった目を濡らしたタオルで冷やしていた。

「大丈夫です、すみません。背中で泣いて、うるさかったですよね」

 レイは恥ずかしく思いながら、ぺこりと頭を下げて謝った。だが護衛のイサールはにこやかに微笑んだ。

「いえ、自分は構いませんよ。お茶をどうぞ」

 そっと暖かいお茶をイサールはレイに差し出した。少し離れた場所では、他の護衛達が焚火を囲んで軽食を取っている。勿論、二コラも一緒だ。

「ありがとうございます」

 レイはお茶を受け取ってお礼を言い、イサールはにこっと笑った。
 イサールは護衛達のリーダーで、とても気さくな良い人だ。エルマンや二コラの護衛にいつも付いているらしく、特に二コラはイサールに懐いているのが見て取れる。
 金髪に湖水のような瞳、レイよりも少し年上なのに護衛と言うだけあって体格もよく、美丈夫だ。だが顔の半分以上はマスクで覆われていて、それはわかりにくい。
 イサールの顔が見えているのは、残念ながら右目あたりだけだった。
 片目で不便じゃないのかな? とレイがじっと見つめるとイサールはにこっと笑った。

「マスクが気になりますか?」

 視線に気が付いたイサールが尋ねた。

「あ、いや」
「正直に言われても大丈夫ですよ。皆、このマスクには驚きますから。……昔、命を狙われた時に大怪我を覆いましてね。酷い傷跡になっているので隠しているんです」

 イサールの告白に、レイは『命を狙われたなんて、一体何があったんだろう?』と率直に思ったが、さすがに深くは尋ねられなかった。酷い傷跡、という事なら聞かれたくないかもしれないとも思ったから。
 だからレイはイサールが渡してくれたお茶を大人しくこくりと飲んで返事をした。

「そうなんですか……」
「昔の話ですよ。それより、レイ様も軽食はいかがですか? あちらから持ってきますが?」

 イサールはそう提案してくれたが、レイはとても何かを食べる気分になれず「いえ、いいです」と首を横に振った。ルークと別れるまで何とか泣かずにいられたが、離れた途端、涙腺が崩壊してレイはずっと手綱を掴みながらイサールの背で泣いていた。
 もうだいぶ落ち着いたが、まだ気分は晴れない。
 ほぅっと息を吐くレイにイサールは微笑みを向けた。

「随分、ルーク様に惚れてらっしゃるんですね」
「ほ、惚れ! いや、そ、それは……そうですけど」

 レイは否定できないので、ぼそぼそっと答えた。

「まあルーク様の方がレイ様の事を好いてらっしゃるみたいでしたけど」

 イサールは別れ際の二人を思い出すように言った。それでなくても、今までの事は耳に入っているのだろう。レイはそんな感じがした。

「……貴方のような方でよかった」

 ぼそりとイサールは言い、レイは全てを聞き取れなかった。レイは「え?」と問い返したが、そこへ二コラがやってきた。

「レイ、イサールと何話してるの?」
「別に何ってわけじゃ」

 レイが教えると二コラは「ふーん?」と答え、レイはふと、ある事に気が付く。

 ……そういや、何となく二コラも来ちゃったけど、母親の許可ってとっているんだろうか? まあエルマンの許可が下りてるから大丈夫だろうけど。ルークの異母兄だからって二コラの父親の事ばかり気にして、今まで母親の事は何も聞いていなかったなぁ。一体二コラの母親ってどんな人なんだろう? 城で会わなかったけど、どこか別のところに住んでいるんだろうか?

「なぁ、二コラ。二コラのお母さんってどんな人だ?」
「ん? なんで?」

 二コラはどうして聞くのかわからない、という表情でレイに尋ねた。

「なんでって、どういう人なのかなーって思って。話に聞いたことないし、会ったこともないから」

 レイが答えると二コラは「何言ってるの? レイ、もう会ってるよ?」と答えた。

「え?! 二コラのお母さんに俺が?」

 レイが驚いて尋ねると、二コラはこくりと頷いた。レイは自分の記憶を思い返して二コラの母親らしき人物を探す。だが一向に思い当たる人物がいない。

 ……一体、どの人だ?

 レイは腕を組んで考えたが、ついに答えは見つからなかった。

「あー、わからない。二コラ、誰なんだ?」

 レイは助けを求める様に二コラに尋ねたが、二コラはにたっと笑って「教えな―いっ」と意地悪く言って、護衛達の元に戻って行った。

「あ、二コラ!」

 そうレイが呼んだが、二コラは戻ってこなかった。
 教えてくれてもいいじゃんか、とレイは思ったが、その心の声が顔に出ていたのか、イサールにくすっと笑われてしまった。

「いずれ、レイ様にもわかりますよ」

 イサールも知っているが教えてくれる気はないようだった。

「……俺にも、ね。一体、誰なんだろう?」

 レイは一人、頭を捻るばかりだった。
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