32 / 38
番外編
1 イサールの手紙
しおりを挟む――――初夏の日曜日。
まだ朝の十時も過ぎてないというのに、外を歩けば、じわじわと暑さで汗が滲み出る季節。
そんな中、カランカランッとベルの音が鳴り響き、ドアを開けて何かがとことこっと店の中に入った。
「ふぇーちゃん、おっはよー!」
ぴょいっと片手を上げて元気よく挨拶をしたのはルイだった。
「あら~、いらっしゃい。ルイちゃん、おはよう」
この店の店主でもあり、王配でもあるフェインが笑顔で出迎えた。
「外は暑かったでしょう?」
「うん。だからね、ルー、あいすココア飲みたい!」
「アイスココアね、わかったわぁ」
そう答えた後、フェインはドアの前に立つもう一人に優しく声をかけた。
「イサールさんもいらっしゃい」
「おはようございます、フェインさん」
そうイサールは返事をした。
◇◇
「はい、アイスココアね」
カウンター席に座るイサールの膝の上の乗るルイにフェインは冷たいドリンクを差し出した。
「わぁーい! ありがと、ふぇーちゃん!」
イサールの膝の上にちょこんっと座るルイはドリンクを貰うなり、ストローをパクッと咥えるとごくごくとおいしそうに飲み始めた。それを微笑ましく見た後、フェインはイサールに尋ねる。
「イサールさんもドリンク、どう?」
「いえ、私は大丈夫です」
イサールはそう言って断り、顔に付けているマスクに手を伸ばした。
イサールは昔、顔に酷い怪我を負っており、今は右目辺りしか見えないほどマスクで顔を覆い隠している。飲食をするときは勿論マスクを外すが、できればあまり外したくないと思っていた。
特に小さな子供の前では。
そんなイサールの気持ちを汲んでか、フェインはそれ以上は尋ねなかった。
「そう? それにしてもイサールさん、すっかり子守りが板について来たわね~。まあ、どうせ今日もルークちゃんに押し付けられたんでしょう?」
フェインに図星をさされて、イサールは「はは」と困り顔で笑うしかなかった。
◇◇
―――――それは小一時間前のことだった。
イサールはルークから呼びだされ、コールソン書店に足を運んでいた。
そして呼ばれた理由がわかっていたイサールはやれやれという面持ちでドアの前に立ち、ドアをノックした。するとすぐさまルークが出てくる。その腕にはルイを抱えていた。
先週の日曜日も見た光景だ。
「やぁ、朝早くに呼んですまないね」
「いえ。ルーク様、ルイ様、おはようございます」
イサールは護衛官らしく、礼儀正しく挨拶をした。するとルイもすぐに挨拶を返す。
「おはよ! イサちゃん」
ぴょいっと片手を上げて、ルイは元気よく言った。そんなルイに、ルークは親らしく「ルイ、おはよ。じゃなくて、おはようございます、だろ?」と問いかけると、素直なルイは言い直した。
「おはよーごじゃいます!」
三歳らしいまだ舌ったらずな言葉が可愛い。
イサールは思わず手が伸びてルイの頭を撫でた。
「ちゃんと言えて偉いですね、ルイ様」
イサールが言うとルイは丸いほっぺを両手に当てて、嬉しそうに「へへへ~っ」と微笑んだ。
でれでれと照れる、とてつもなく可愛い生き物にイサールは胸が痛くなる。
しかし、そんなルイをゆっくり地面に下ろすとルークはにっこりとイサールに笑顔を見せた。
「イサール、実は今日も一日、ルイを預かって欲しいんだ」
先週も聞いた同じセリフにイサールは少々呆れた視線を向ける。
「構いませんが……またですか」
「ああ、またレイが寝込んでね」
そう言ったがルークの顔はツヤツヤと活力に溢れ、笑顔が絶えない。それを見て、レイが病気ではなく、別の理由で寝込んでいるのだとイサールは聞かなくてもわかった。
なので堪らずイサールはルークに忠告した。
「ルーク様、なにが、とは言いませんが、ほどほどになさってくださいね」
そうルークに忠告したが「わかってる、わかってる」と軽く返されてしまった。そしてルークはルイに視線を合わせて屈むと、その柔らかいほっぺを撫でた。
「ルイ、今日もイサールの言う事をちゃんと聞いて、一緒にいるんだよ? いいね」
「はーい! ぱぱもれーちゃんと仲良くね!」
「勿論、わかってるよ」
そんな会話をした後、ルークはちゅっとルイの頬にキスをしてから立ち上がった。
「夕方には迎えに行くから、それまでよろしくお願いします」
ルークに笑顔で言われ、イサールはやれやれと思いつつ「わかりました」と答えた。
「じゃあ、また後でね。二人共」
ルークはそう言うと、早々にパタンっとドアを閉めた。
愛すべき人の元に戻ったのだろう。竜人は力が強い者ほど、大事なものにより執着する。その対象が人でも。
……レイ様は大丈夫だろうか。日曜日はお店が定休日だからと、土曜日の夜から貪られてるのでは。
そう心配になったが、ルークの事だから無理はさせてないだろう、とイサールは思い直し、そして自分も昔はレイと同じ立場にあったことを思い出した。
……本当、変なところはあの人に似たな。
思わずくすりと思い出し笑いをすると、足元にいるルイがくいくいっとズボンの裾を引っ張った。
「イサちゃん、どちたの?」
ルイに不思議そうな顔で尋ねられ、イサールは笑顔を返した。
「いいえ、何でもありませんよ」
「そぉー?」
「はい。……しかし今日一日、どうしましょうか。とりあえずフェインさんのお店に行って考えましょうか」
イサールが提案するとルイは「はいはぁーい! ルー、ふぇーちゃんのとこ、いくー!」とぴょいぴょいっと片手を元気に上げ、体もぴょんぴょんっと飛び跳ねさせた。その愛らしい姿にイサールはまた目尻が下がってしまう。
……元気の塊みたいだな。ふふ。
「はい。じゃあ、行きましょうか」
イサールが言うと、ルイはにっこり笑顔で返事をした。
「うんっ!」
――――――そうしてイサールはルイと共にフェインの元に来たのだが……。
「ルークちゃんも飽きないわねぇ」
フェインは呆れたように言った。だが、その言葉にはイサールも同感だ。
「でもルイちゃん、もしかしたらこれは本当にすぐ弟か妹ができるかもしれないわよ~!」
「えー! ほんとーっ?!」
フェインの言葉にルイは嬉しそうに目を輝かせた。意味を分かっているのだろうか、とイサークは思ったが、何も言わずに口を噤んだ。
「ところで、二人はこの後どうするの?」
フェインに尋ねられ、イサークは顎に手を当てる。
いつもは公園に行って遊ぶのだが、ちらりとルイを見ると『また公園?』という視線を向けてくる。確かに公園は楽しいが、毎回だと飽きるだろう。
かと言って、まだ土地勘がないイサールにはどこに行けばいいかわからない。
「そうですね……」
イサールは顎に手を当てて考え込む。
しかしそんな折、カランカランッとドアのベルが鳴り、誰かが入ってきた。
イサールが振り向くとそこには二人の青年がいて、ルイはその青年達を見るなりパァッと目を輝かせた。
「ぽーる! しおちゃん!」
100
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ぽて と むーちゃんの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
デコボコな僕ら
天渡清華
BL
スター文具入社2年目の宮本樹は、小柄・顔に自信がない・交際経験なしでコンプレックスだらけ。高身長・イケメン・実家がセレブ(?)でその上優しい同期の大沼清文に内定式で一目惚れしたが、コンプレックスゆえに仲のいい同期以上になれずにいた。
そんな2人がグズグズしながらもくっつくまでのお話です。
別れたはずの元彼に口説かれています
水無月にいち
BL
高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。
なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。
キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。
だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?
「やっぱりアレがだめだった?」
アレってなに?
別れてから始まる二人の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる