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番外編
5 イサールの手紙
しおりを挟む……誰だろう?
そう思ってイサールはベッドから立ち上がり、ドアを開けるとそこにはサリアが立っていた。
「陛下!」
「しぃー! ルイが寝てるのだろう?」
サリアに言われてイサールは手で口を塞ぎ、そんなイサールにサリアは小声で尋ねた。
「中に入っても?」
その問いに当然イサールに断る理由もない。「はい」と答えると、サリアは後ろについていた侍従に「内密な話をするから、お前は下がっていてくれ」と頼み、侍従を残して部屋の中に入った。
そしてサリアはベッドに足を向けるとベッドのど真ん中で、ででんっ! と眠っているルイをそっと見つめた。
「ふふ、よく寝ている。この年頃の寝顔は本当に天使のようだな」
サリアは微笑ましそうに笑って言い、それから「さて、話もあるから少し離れたあのテラスの席で少し話そうか」とテラスの前に置かれたテーブル席を指さした。
そして椅子にサリアは優雅に座り、イサールも慌てて席に着いた。緊張の面持ちでちらりとサリアを見ると、呑気に外を眺めている。
「今日は天気がいいな」
「ええ、そうですね」
イサールはそんな四角四面通りの言葉しか出てこなくて、何か自分から話しかけた方がいいかな、と思ったが、考えている内にスッとサリアの視線がイサールに向かった。
レイと同じ、綺麗な緑色の瞳がイサールを見つめる。
「イサール、貴方とは一度ちゃんと話し合っておきたいと思っていたんだ」
イサールはその言葉で、サリアが何を言おうとしているのか何となく勘付いた。だから先に言葉にした。
「ええ、自分も陛下とお話したいと思っていました。……ルークを長い間保護して頂き、ありがとうございました」
イサールは深々と頭を下げた。けれどサリアはふっと微笑んだ。
「いや、構わないさ。ニール殿にもルーファス殿にも若い頃、世話になったからな。それに実際、面倒を見ていたのはレイだ」
「勿論、レイ様にも大変感謝しております。けれど、ルークをレイ様の元に置く許可を出したのは陛下だと聞いております。レイ様は本屋の店主をしていても王弟殿下。そのような方の傍にいればルークの護衛も多くなる。そう考えての事では?」
イサールが尋ねると、サリアは微笑んだまま「私の事を買いかぶりすぎだ」と笑った。
けれど笑みを見て、イサールはやはりそうなのだと思った。
イサールはルークがレイの元を離れたがらなかったので、傍に置いて面倒を見たと聞いていた。だが、王弟である身分の人間が、そう簡単に孤児を受け入れる事は出来ない。王の許可なしには。
だが、サリアは許可を出した。
サリアはルークがニールの弟であり、命を狙われていると知っていたからだ。だからあえて離さず、傍に置いたのだろう。あの本屋の周りにはフェインの喫茶店を始め、ポールの家や元騎士達が多く住んでいる。それは護衛を兼ねてだ。
なので、イサールは緑の瞳の奥にサリアの思慮深さを感じるしかなかった。
「私はただ、あの二人が一緒にいたいというから許可を出したまでだ。それに結局、私はルー坊を竜国に返す事に一枚噛んだしな。今、こういう状況になっているから笑っていられるかもしれんが、一つ違えば状況はわかっていたかもしれない……。イサールはわかっているんだろう? 私がエルマン殿にルークの絵姿を送った張本人だと」
サリアの言葉にイサールは静かに、こくりと頷いた。
エルマンがルークの存在を知る事になったのは、どこからか送られてきた一通の文がきっかけだった。
『ファウント王国に銀色の髪の騎士がいる』
それははがきサイズのルークの絵姿と共に送られてきたのだ。それまでエルマンはルークの生存を知らなかった。
「ルークの事を知っているのは、私と亡くなったニール殿と父君であるルーファス殿、そして母親の貴方とニール殿から聞いていたエルマン殿だけ。でもニール殿はエルマン殿には伝えていなかったのだろう。ルー坊が生きているという事を」
サリアの問いかけにイサールは重い口を開いた。
「はい……その通りです」
イサールの低い声にサリアは手を伸ばした。
「いや、何、私は貴方を責めているわけではない。貴方の親心を思えば、言えないのも当然だ」
そうサリアは言ったけれど、イサールが黙っていたのは事実だ。
ニールが急死した後、エルマンが必死に国政を回し、そして二コラに貴族との不条理な結婚をさせまいとしていたのに、イサールはエルマンにルークの存在を打ち明けられなかった。
帰ってくれば王位を継ぎ、その身に自由はない。その上、また命を狙われるかもしれない、と思うと異国の地で楽しく住んでいると聞く息子の存在を知らせるのは、とてもできなかった。
エルマンの辛さをわかっていても。
「それにニール殿も知っていて、エルマン殿に言わなかったのは、レイという宝を見つけてしまったルークを無理やり連れて帰る事をしたくなかったのだろう。だから最後まで伝えずに亡くなった」
「……はい。ニール様は二コラ様でも王位を継げるようになんとか法律を変えようとしていましたが、貴族の反発が強くて。議論を重ねている間に亡くなられてしまい……」
「その後はエルマン殿が国を取り仕切っていた」
「その通りです。そして後は存じてらっしゃる通りです」
ルークの生存を知ったエルマンがファウント王国に出向き、レイを誘拐してルークを無理やり連れ戻し、結局ルークは王の座に収まった。四年という間を。
「……事実は変えられない、いずれは明るみに出る。ならば問題は先に片づけた方がレイとルー坊の為だと思った。だが、秘密にしたかったであろう貴方には悪いと思っていた、勝手をしてすまなかった」
サリアは頭を下げて謝り、まさか謝られると思っていないかったイサールは驚いた。
「いえ、謝らないでください、陛下! ……実を言うとエルマン殿が気が付かれた時、少しほっとしたところもあったんです。……竜国にいた時、私は思い悩むエルマン様にルークの事を伝えられませんでした。王になれば大変だとわかっていたからです。それに、また命を狙われるかもしれない。そんな恐怖があった。私はエルマン様を裏切っていたんです。でも、陛下は私に本当の事をエルマン様に告げる機会を与えて下さいました。そして、もう二度と会う事はできないかもしれないと思っていた息子に、またこうして会えました。今では孫をあやす幸せまで与えて頂いています。謝罪などなさらないでください、むしろお礼を言わせてください、陛下」
イサールは捲し立てて言うと、サリアは柔らかく微笑んだ。
「そうか……それならばよかった」
サリアは簡単にそう言うけれど、もしもサリアが文を出していなかったら今の竜国はなかった。
二コラは不条理な結婚を強いられ、竜国は貴族の横行が酷くなっていただろう。そしてルークの存在を口を噤んだままでいたイサールは呵責の罪て苛まれていたはずだ。
だが、サリアが文を出したおかげでエルマンはルークの存在に気が付き、ファウント王国で育ったルークが王となった。その後はあっという間に法律が改正され、二コラが王位を継げるようにし、腐敗していた貴族を一斉して、今では善良な貴族しかいない。
更には鎖国状態だった竜国の貿易を発展させ、人々の暮らしは潤った。
サリアの行ったたった一つの文が全てを変えたのだ。だが、それを知るのはこの場にいるサリアとイサールだけ。
きっとサリアはこの事を、イサールの他の誰にも言わないのだろう。
……賢王とは、こういう方の事を言うのかもしれないな。
そうイサールは思った時、その昔ルーファスに教えてもらった事を思い出した。
「……確かにこれは、そうかも」
ぽつりと呟いたイサールの言葉にサリアは首を傾げた。
「何がだ?」
「いえ、その昔、ルーファス様に教えていただいたことがあるんです」
「ルーファス殿に?」
なんだろうか? と首を傾げるサリアにイサールはこくりと頷いた。
「ええ、ファウント王国には昔からまことしやかに囁かれている話がある。それは王族の中に時折、女神に愛された豪運の持ち主が現れる。富と名声を手にし、全てを良き方向に変える力を持つ者がいると……」
そう言った後、イサールはにっこりと笑ってサリアを見つめた。この豪運の持ち主がサリアだと暗に伝えて。
でもそれを聞いたサリアは突然大きな声で笑った。
「はっはっは! イサール、確かにファウント王国では、そう言った言い伝えがある。でも間違えていることがあるぞ。それは私ではないという事だ」
サリアはハッキリと否定の言葉を口にし、イサールは「え?」と驚いた。
だって、どう考えてもサリアほど当てはまる人はいないと思ったからだ。けれど、サリアはにっこりと笑って告げた。
「それに言い伝えの解釈にも誤りがある。豪運の持ち主は自分以外の周りに富と名声を与え、自分以外の関わるもの全ての運命を良き方向に向かせるものだ。つまり、私は豪運の持ち主の影響を受けた者に過ぎない」
「それってつまり……」
イサールはピンっと一人の人物が浮かんだが、答える前にサリアが答えた。
「私の弟、レイの事だ」
「レイ様ですか!」
「ああ、本人は無自覚だがな。だが実際レイが竜国に行って、竜国は全てが変わっただろう?」
サリアに言われて、イサールは納得する。
そもそもルークはレイが連れ去られて竜国に行き、レイに認めてほしくて国王になったようなものだ。だが、そのおかげで竜国は凄まじく良くなった。
「……確かに」
「レイの豪運は私にも計り知れない。私がフェインと結婚するキッカケもレイだったしな。貴方も気を付けた方がいい。いや、もう巻き込まれているだろうが」
サリアが面白そうにくすくすと笑って言い、イサールも「そうかもしれません」と楽しく笑うしかなかった。
だがそうこうしている内に。
「んぅぅぅぅ~~~~~、イサちゃーん?」
可愛らしい呼び声が聞こえてきた。
「どうやら小さな王子様がお目覚めのようだな」
「ええ、そうですね。そろそろ連れて帰らなければ」
イサールは少しずつてっぺんから傾き始めた太陽を見て呟いた。
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