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八、
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勝蔵と勝九朗の気配が遠ざかったことを確認すると、可成はほっと息を吐いた。勝蔵が何やら言っていた気がするが、その仔細は帰宅してから問い質し、適切に退治することとする。
「相変わらず、三左殿は……」
恒興は苦笑するが、彼も息子達を遠ざけたかったという気持ちは可成と同じはずだった。特に深追いしてくることはない。
「勝蔵の奴め、ちゃんと一の姫の機嫌を取って来るといいが」
可成はどかりと胡坐をかきながら、不安そうに息子達が向かった方角を想う。
もともと、最初に会った時から要らんことを言っては蹴られたり打たれたりしていた。その後も於泉は勝蔵を敵視していたらしい。
於泉からしていれば、奇妙丸と勝九朗と、3人で出来上がっていた交わりのなかに、勝蔵という異分子が突然入り込んできたのだ。受け入れられないというのは当然かもしれない。今回のイモリ事件はきっかけのひとつに過ぎなかった。
やきもきする可成に対し、恒興の表情は晴れやかだった。
「姫が若のもとに出入りをせぬと言うのなら――それはそれでよいかもしれない」
「本気で言っているのか」
可成は舌打ちしたくなるのを堪えながら恒興をにらんだ。
「姫が若のもとをお訪ねしていたのは、御屋形様の命令だろう」
「子どもは、体を壊しやすい。姫は幼い頃は病弱だったことは、御屋形様にもお伝えしている」
「だから安心だ、とでも?」
可成は眉間の皺を深めた。戦場で何度も見た険しい顔だった。
恒興はそっと目を反らしながら、
「あれで御屋形様は、甘いところがある」
と言った。
それに対し可成は、
「御身内と認めた者に対してはな」
と、素っ気なく返す。
恒興は、信長の乳兄弟で幼馴染だ。だから信長に対する目論見は甘い。もともと他国から流れて来た年長者の可成から見れば、なんの根拠もない、過度で甘い期待をしがちにも見える。
無論、可成とて信長に二心はない。だが、忠義と見極めは全く別のものだ。恒興はそこを履き違えているのでは――と思えてならなかった。
恒興は懐から、折りたたんだ紙を取り出した。扱い方からして、絵師に描かせたものではなさそうだ。
「ほう、美味いものだな」
「姫が描いてくれたんだ」
恒興は嬉しそうに、紙の上に描かれた鬼灯を撫でると、また無造作に仕舞った。
「――しばらくの間、姫も外に出ようとは思わないだろう。菓子でも食べさせて機嫌を取っておく」
「御屋形様には何と言う気だ?」
「風邪をこじらせて床から起き上がれないとでも言っておく。子どもというのは、すぐに熱を出したりするものだからな」
「……そんな言い訳がいつまで通用するか」
「させるしかないだろう」
恒興は語気を強めた。
「むしろ俺は、此度の一件に関して、勝蔵にはとても感謝している。姫を、城から遠ざけることができるのだから」
可成は肩を落とした。
恒興の気持ちも、言いたいことも分からないではない。しかし、それで信長が納得するだろうか。
可成は、奇妙丸と於泉の姿をその目で見ている。
寄り添う2人は無意識に、自分達がただの幼友達として出会わされたわけではないことに気が付いているのではないだろうか。
――目に見えぬ、縁の存在に。
可成は肩を落とした。恒興の言いたいことも分からないではない。しかし、それで納得するだろうか。
可成は、奇妙丸と於泉の姿をその目で見てしまったからかもしれない。寄り添う2人は無意識に、自分達がただの幼友達ではないことに気が付いているのではないだろうか――目に見えぬ、縁の存在に。
勝蔵と勝九朗の気配が遠ざかったことを確認すると、可成はほっと息を吐いた。勝蔵が何やら言っていた気がするが、その仔細は帰宅してから問い質し、適切に退治することとする。
「相変わらず、三左殿は……」
恒興は苦笑するが、彼も息子達を遠ざけたかったという気持ちは可成と同じはずだった。特に深追いしてくることはない。
「勝蔵の奴め、ちゃんと一の姫の機嫌を取って来るといいが」
可成はどかりと胡坐をかきながら、不安そうに息子達が向かった方角を想う。
もともと、最初に会った時から要らんことを言っては蹴られたり打たれたりしていた。その後も於泉は勝蔵を敵視していたらしい。
於泉からしていれば、奇妙丸と勝九朗と、3人で出来上がっていた交わりのなかに、勝蔵という異分子が突然入り込んできたのだ。受け入れられないというのは当然かもしれない。今回のイモリ事件はきっかけのひとつに過ぎなかった。
やきもきする可成に対し、恒興の表情は晴れやかだった。
「姫が若のもとに出入りをせぬと言うのなら――それはそれでよいかもしれない」
「本気で言っているのか」
可成は舌打ちしたくなるのを堪えながら恒興をにらんだ。
「姫が若のもとをお訪ねしていたのは、御屋形様の命令だろう」
「子どもは、体を壊しやすい。姫は幼い頃は病弱だったことは、御屋形様にもお伝えしている」
「だから安心だ、とでも?」
可成は眉間の皺を深めた。戦場で何度も見た険しい顔だった。
恒興はそっと目を反らしながら、
「あれで御屋形様は、甘いところがある」
と言った。
それに対し可成は、
「御身内と認めた者に対してはな」
と、素っ気なく返す。
恒興は、信長の乳兄弟で幼馴染だ。だから信長に対する目論見は甘い。もともと他国から流れて来た年長者の可成から見れば、なんの根拠もない、過度で甘い期待をしがちにも見える。
無論、可成とて信長に二心はない。だが、忠義と見極めは全く別のものだ。恒興はそこを履き違えているのでは――と思えてならなかった。
恒興は懐から、折りたたんだ紙を取り出した。扱い方からして、絵師に描かせたものではなさそうだ。
「ほう、美味いものだな」
「姫が描いてくれたんだ」
恒興は嬉しそうに、紙の上に描かれた鬼灯を撫でると、また無造作に仕舞った。
「――しばらくの間、姫も外に出ようとは思わないだろう。菓子でも食べさせて機嫌を取っておく」
「御屋形様には何と言う気だ?」
「風邪をこじらせて床から起き上がれないとでも言っておく。子どもというのは、すぐに熱を出したりするものだからな」
「……そんな言い訳がいつまで通用するか」
「させるしかないだろう」
恒興は語気を強めた。
「むしろ俺は、此度の一件に関して、勝蔵にはとても感謝している。姫を、城から遠ざけることができるのだから」
可成は肩を落とした。
恒興の気持ちも、言いたいことも分からないではない。しかし、それで信長が納得するだろうか。
可成は、奇妙丸と於泉の姿をその目で見ている。
寄り添う2人は無意識に、自分達がただの幼友達として出会わされたわけではないことに気が付いているのではないだろうか。
――目に見えぬ、縁の存在に。
可成は肩を落とした。恒興の言いたいことも分からないではない。しかし、それで納得するだろうか。
可成は、奇妙丸と於泉の姿をその目で見てしまったからかもしれない。寄り添う2人は無意識に、自分達がただの幼友達ではないことに気が付いているのではないだろうか――目に見えぬ、縁の存在に。
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