独身介護士女のじだらく飯

水城真以

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朝焼けは誰がためにある

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 ちりちりと照りつく朝焼け。と言っても時刻はAM10:24と言ったところ。決して朝焼けの爽やかさに驚いて伸びをする――というほどの時間でもない。

 さて、簡単な自己紹介をするとしよう。と言ってもアルファポリスだのツイッターだのを見てくれている人は知っていると思うので、薄目で飛ばし読みしてほしい。

 私の名前は水城真以。親しい人からは「みずきち」なんて呼ばれることもある。年齢は25歳で、趣味は性癖に刺さった歴史上の偉人ゆかりの土地を尋ねること。職業は介護士。先日介福の筆記試験を無事に終えた、もうすぐ社会4年目。
ちなみに私は主に使っているSNSを断じてえっくすなんて呼びたくない。あれを私達が愛したツイッターと呼ぶのは腹立たしいけれど、えっくすなんて呼んだらあの楽しい青春の思い出全てをずたずたに踏み抜かれるような気がするから、絶対に嫌なのだ。だから、私はツイッターと呼ばせてもらう。

 朝焼けと呼ぶにはやや遅い日差しを浴びながら、ジャンバーに顔を埋める。
 夜勤は嫌いではない。相方が余程相性の悪い相手でなければいじめられる心配もないし、看取りの危険性が高い人だとか、徘徊して私と夜の追いかけっこ(ガチ)をする人だとかがいない限り、比較的のんびり事務作業を終わらせられる。
 ただし、夜勤有りの介護士にとって、「魔の時間」と呼ばれるものは確実に存在する。

 ――それは、丑三つ時を過ぎるとやってくる。足音も、息遣いもなく、本当にふとした瞬間に訪れる。

 つい先ほどまでお喋りをしたり、利用者さんの健康状態について打ち合わせしたりしていたはずなのに、突然黙り込む介護士2人。そして1人はテーブルの上に倒れ込み、私はバッグの中を漁り始める。――出がけに大慌てで用意したホットドッグである。

 夜勤中の休憩は、うちの事業所では1時間程度。仮眠もろくに取れない時間である。
 みんな、夜勤に入る前は長めに昼寝をしたり、あるいは可能な限り生活リズムをずらしたりなど、工夫はしているのだ。しかし、工夫が必ず実を結ぶとは限らない。どうやったって、眠いものは眠い。なんだったら、忙しくない日の方が眠い。だから大抵寝落ちする人がいてもおかしくはないのだ。介護士だって人間だもの。ちなみにすごいのが、どんなに深く寝入っているようでも、利用者さんが動いた気配を感じ取ったらきちんと起きられることではないかと思います。
 一方、私の場合。
 正直、眠い。でも私は眠気を凌ぐほどの口寂しさと空腹が襲ってくる。なので丑三つ時を超えたあたりでパンを食べたりカップスープを飲んだりしはじめる。
 この日の早すぎる朝ごはんというか遅めの夜食は、ホットドッグ。日によってお弁当をこしらえて来たり、サンドイッチを作ったりすることもあるけれど、最近はもっぱらホットドッグを食べまくっています。だって楽なんです。焼いたソーセージをコッペパンに挟むだけだから。
最近はカット済みのコッペパンが存在するのも嬉しい。ちなみにソーセージは香○の徳用袋。月に一度、大容量のこの子を近所のド○キでお買い上げるのが幸せです。あと、ホットドッグのいいところは、さっと食べられるところ。ドトールとか喫茶店とかパン屋とかのモーニングセットにもほぼ必ずあるよね、ホットドッグ。ドラマとか映画とかで、ホットドッグをさっと食べて立ち去るおじさんとかいるけど、かっこよくてたまらん。ちなみに私はそんなかっこよく食べられないので、もっさもっさと頬を膨らませながら、眠気覚ましのブラックコーヒーに舌の上を焼かれてました。

 早番のスタッフが来てしまえば、あとはこちらのもの。怒涛のようにジジババに朝ごはんを食べさせて、10時のお昼寝をさせたりお散歩させたり、時には入浴拒否するおばあちゃんを寝ぼけた頭で説得してボコボコにされたりします。誰だよ、老人はか弱いって言ったの。めちゃくちゃ強いよ。もうすぐ4年目になるって言うのに、私は一度だってご利用者様に勝てた試しはありません。

 そんな風に色んな意味でボロボロになった体をひきずりながら帰宅する頃には、「お腹空いた」と呟くことも少なくない。うまく給料日に当たると、八王子とか町田とか、あるいは新宿まで足を延ばして昼飲みに興じたりもするけど、そこは薄給の介護士。毎回飲み歩くわけにはいきません。残念ながらタイムリープもできないから、家の近くのサイゼリヤの営業時間に移動するわけにもいかない。
 なのでそういう日は、自宅に帰って飯を食らいます。ていうかそれしかない。映画館から漂うキャラメルポップコーンの誘惑の手を振り払いながら、自宅に一目散にダッシュする。

 家に帰り着くと、豆武蔵が待っていてくれる。手を洗ってうがいをして、豆武蔵を堪能する。この間、思い切り洗濯機でガーガー洗ったからいい匂いがするね。ちなみに豆武蔵いわく、私のことは「待ってない」そう。そんなことないよね。

\ある/

 シャワーを浴びたら、インスタントラーメンを食べて寝ます。寒いので味噌ラーメンが美味しい。「屋台十八番」の味噌味をぐらぐら煮立てて、キムチを放り込んで、チーズと卵をばしゃんと落とします。夜勤明けは基本的に胃袋がバグを起こしていることが多いです。なのでシャワーの前に早炊きしておいた白いご飯と、山盛りのウインナーも食べる。安定の香薫ですが、大抵半月もせずに使い切ってしまいます。朝ごはんに2本、お弁当に2本、夜勤の日はホットドッグに2本食べるし、晩酌の時にはもっと食べるので。皮のぱりっと感が高級感をくれる。実質私はセレブです。

 卵焼き器で調理される香薫も、まさか独身の小娘にお買い上げされた時に短期間で仲間を失うなんて思わなかったはず。迫りくる別れの時すらも、私は丸ごと愛してあげることを誓います。

 出来上がったキムチチーズ卵味噌ラーメン、山盛りの白いご飯、同じく山盛りのウインナーを前にいただきます。写真を撮るまでもなくウインナーにかぶりつくと、皮から飛び出た肉汁が最後の抵抗に私の口腔内を襲撃! 負けじと肉汁を飲み込んで、追い打ちに白い炊き立てご飯を掻き込む。
 「屋台十八番」は、その名の通り、寒い冬の日にはぴったりの温もり。深夜、残業帰りの暗闇に見つけた一軒の屋台。愛想のかけらもない親父が「もう材料なんてねえんだよ」って言いながら出してくれた一杯は、こんな味なのかもしれないと思いながら食べる。屋台のラーメン、食べたことないけど。

 お腹いっぱいご飯を食べたら、あとは豆武蔵を抱きしめて眠る。

\触んじゃねえ/



 働くことなんて大嫌い。できることなら、一生遊んでくらしたいとさえ思う。あしたから非課税の不労所得という都合のいいものが降って湧いて出て来ないだろうか。
 そうは思うものの、夜勤明けのこの時間は嫌いではない。というのは仕事に大きなやりがいを持っているから――ではなく、みんなが出勤している時間帯に布団にくるまりながら眠るという快感が好きなだけともいえる。
 朝焼けは、私のような者のために存在しているのかもしれないと思いつつ、眠りにつくのでした。


\朝焼けが可哀そう。おしまいっ/
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