四季、折々、戀

くるっ🐤ぽ

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「よしちゃんは、藤村さんが好きかい?」
 この坂道を登り切れば家がある。樹生はカンカン帽を取って、それを団扇うちわの代わりにして、襟の内側に湿ったぬるい風をあおぎ入れた。
「好きかって……?」
「本当に藤村さんのお嫁さんになるつもりかい?」
「あら」
 佳恵は口から綺麗な歯並びを零して笑った。佳恵も暑いらしく、汗をかいているが、樹生のような不作法をするわけにもいかない。
「だって樹生お兄さま、そのつもりで簪をくださったんじゃありませんの?」
 樹生はカンカン帽を頭に被り直した。
「よしちゃんは藤村さんが好きなの?」
 また、同じ問いかけをする。
「尊敬していますわ。良い方です」
「よしちゃん、僕が訊いているのはね……」
「はい」
「僕は、よしちゃんの兄貴だからね」
 樹生は、ふと口を閉ざした。こめかみから新しい汗が湧いて、頰を伝う。樹生はてのひらで、少し荒く顔をこするように汗を拭った。掌が湿った。
「妹には、幸せになって欲しいのさ」
「樹生お兄さま……」
 佳恵が、足を止めた。樹生は振り返って、佳恵を見つめる。暑い日で、火照っていると思っていた佳恵の顔色が、青ざめているように見えた。夏の陽炎かげろうに紛れて、消え入りそうな儚さだった。
「私はお嫁に行きます。藤村さんのところへ」
「そう」
 樹生は、佳恵に笑いかけようとした。
「藤村さんの奥さんになったら、よしちゃんの名字も藤村になるわけだね」
「はい。でも私は、ずっと樹生お兄さまの妹です」
「勿論、よしちゃんはずっと僕の妹だよ」
 佳恵は早足で、樹生の元へ駆け寄った。その頰が、汗のせいだけでなく、濡れているようだった。
 樹生は、佳恵の肩に触れたくなった。それは、悲しくも愛しい心だった。
 佳恵が、自分の血を分けた妹ではないかという思いが、樹生にはずっとあった。珠のように清らかな、佳恵がやってきたあの日から。
「よしちゃん、幸せにおなり」
 その言葉には、樹生の心からの願いと、ほんの少しの嘘が混じっていた。
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