猫と珈琲と死神

コネリー

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猫矢ノア①

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六月八日 火曜日 午後七時五分

 ヴーッ…… ヴーッ…… ヴーッ……

 ヴーッ…… ヴーッ…… ヴーッ……

 暗闇に包まれたマンションの一室に、唸り声にも似た不気味な音が鳴り響いている。

 ヴーッ…… ヴーッ…… ヴーッ……

 ヴーッ…… ヴーッ…… ヴーッ……

 音の発生源であるスマートフォンは、振動のたびに少しずつ移動し、今にもテーブルから落ちそうだ。

 ヴーッ…… ヴーッ…… ヴーッ……

 ヴーッ…… ヴーッ……ヴッ



「はい……もしもしぃ……」

「あぁ、やっと出た! 先生! もしかして寝てたんですか!?」

 耳元から漏れ出した声が、静まり返ったマンションの部屋全体へ響き渡る。
 鼓膜が破れるのではないかと、あたしはスマホを耳から遠ざけた。

「…………寝てたけど」

「はぁぁ!? 何回鳴らしたと思ってんですか! もう七時過ぎですよ! 今日の予約が七時半だってこと、分かってんですか!」

 爪の先ほどの小さなスピーカーから発せられているとは思えないその大声に、こちらも段々とイライラしてくる。

「はいはい、分かってるわよぉ……」

「この前も寝過ごして一件キャンセルになったんですよ!? ホントに分かってるんですか、?」

 また始まった。
 あいつがフルネームで私を呼ぶ時は、大抵嫌味しか出てこない。
 そもそも、電話の目的があたしを目覚めさせる事ならば、それはもう達成されているではないか。
 それなら、もうこれ以上やかましい声を聞き続ける必要も義務もない。

「……ああ、うっさい! もう起きたよ!」


ーープツッーー


 相手が次の言葉を発する前に会話を強制終了し、スマホを放り投げた。

「チッ……いっつもいっつも、うるさいったらありゃしない……」

 「ふぁ~あ」とひとつ大きな欠伸をして、ソファから起き上がる。
 いつの間にか陽が落ちて、職場兼住居のリビングダイニングは真っ暗だ。
 手探りで照明のリモコンを探し出し、あたしは部屋を暗闇の世界から救い出した。

 ふと足元を見ると、「ニャーオ」という鳴き声とともに、黒猫がまとわりついてくる。
 横っ腹をすねに擦り付け、何度も行ったり来たりを繰り返している。

 こいつはあたしの唯一の同居人。
 腐れ縁で一緒に暮らしているけれど、ご飯の催促以外ではベタベタと甘えてこない、気楽に付き合える相棒だ。

「なんだい? まだ夕飯には早いんじゃないのかい?」

 と言いながらも、陶器製のボウルにフードを入れてやる。
 一度腎臓を悪くしているから、治療を兼ねた病院食のようなものだ。
 本人はいつも美味しそうに食べるから、猫用の病院食はさぞかし美味なのだろう。

 立ち上がって壁掛け時計を見やると、七時十分を少し過ぎたところだ。
 ちぇっ、あいつが起こさなければあと五分くらいは眠れたじゃないか。
 などと愚痴を言っても仕方がない。
 七時半からの予約客を迎える準備でもするか。



 あたしがここで営んでいるのはカウンセリング業。
 カウンセリングといっても、心理学や教育といったありきたりなものじゃない。

 によって相談者に助言や癒しを与える、所謂いわゆるスピリチュアルカウンセラーというやつだ。


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