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猫矢ノア②
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いまいちスッキリとしない頭を起こすため、テレビの電源を入れる。
六十インチの画面に映し出されたのは、話題の人物をゲストに招いて司会の大御所俳優とくだらない雑談をするだけの、くだらないトーク番組。
実はあたしも先日この番組に出演したばかりだ。
あの時のディレクターの顔は傑作だった。
『さあ、始まりました! "玉響伸也のゆらりとおしゃべり" 本日のゲストは……』
司会を務める俳優・玉響伸也は、昔は時代劇などで名を馳せた立派な俳優だったのだが、最近はちやほやされる事に味を占めたのか、バラエティにばかり出演して、以前のような凛々しい姿は見る影もなくなっている。
「あーあ、相変わらずクソつまんない番組」
そう吐き捨て、洗面所へと向かう。
さすがに化粧直しくらいはしておかねば。あたしにもそれなりのイメージってものがある。
すると、夕飯を平らげた黒猫もトコトコとその後をついてくる。
「なんだい、珍しいね。普段はゴロゴロと好き勝手してるくせに」
洗面台の大きな鏡に映った自分の姿を見て、あたしはガックリと肩を落とした。
昼寝のせいで髪は乱れ化粧も崩れ、とてもじゃないが人様に見せられる顔ではない。
ここ数年で、簡単な化粧では誤魔化しきれない小じわも目立ち始めた。
五十も近づき、時の流れには逆らえないという事か。
そうだ、こないだあたしのインタビュー記事が載った雑誌に、ヒアルロン酸注入というのが紹介されていた。
どうせ金は腐るほどあるんだし、今度試してみよう。
色々と楽しませてもらったんだし、少しは恩返ししなきゃね。
そんな事を考えていると、スマホが再びけたたましい音を発した。
今度はメールの着信音だ。
『先生、ちゃんと起きてますよね? 次のお客は今日が初めてなんだから、上手にやってくださいよ。くれぐれも態度には気をつけてくださいね。このご時世、悪評が流れたら一巻の終わりなんですよ! 東松』
先ほどあたしの睡眠を妨害し、偉そうに電話で怒鳴りつけてきたマネージャー・東松吉人からのメールだ。
ーーまったく鬱陶しい。
あいつにはスケジュール管理や顧客管理、ホームページ運営から経理ごとまで、事務的な事は全てを任せている。
ところが、それを難なく一人で熟すんだから、悔しいけれどやっぱり有能な男なんだろうと思っている。
唯一、口うるさいのが玉に瑕だ。
生意気な小言を言ってくる度に「クビにしてやる!」と思うのだけど、このマンションで暮らせているのも、言わば彼のおかげだ。
クビになど出来るはずが無い、それはあたしもよく分かっている。
あたしは元々、路地裏の雑居ビルでこぢんまりとした占いサロンを営んでいた。
一日に一人でも客が来れば良い方で、古い知り合いだったビルのオーナーには、家賃の支払いを猶予してもらった事が何度もある。
あの頃の暮らしも悪くはなかったんだけどね。
同居している黒猫も、もともとはそのビルを寝ぐらにしていた野良猫だ。
サロンへふらふらと遊びに来るようになって、気まぐれにパンを恵んでやっているうちに、一日の大半をあたしの元で過ごすようになった。
ある晩、酔っ払いの若い女が足元も覚束ないといった様子でやって来て、占って欲しいと言うので適当に相手をした。
サロンのあるビルは飲み屋街に面していたから、何軒もハシゴをしてすっかり出来上がった酔っ払いが訪れる事も珍しくはなかった。
そんな連中は、真面目に占ったところで次の日には何も覚えちゃいない。
二度と店に来ないような客をまともに占うのも馬鹿馬鹿しくなって、酔っ払い相手にはその場の思いつきでデタラメな占いをやって、さっさとお引き取り願うことにしていた。
その日、あたしは新しいデタラメ占いを思いついていた。
客の守護霊と会話をして占う『守護霊占い』というやつだ。
サロンは薄暗いし、適当な占いをそれっぽく披露する演技力もついていたから、酔っ払いが面白がるだろうと思ったのだ。
ところが、後から聞いた話では彼女に行った占いは、何もかもが大当たりだったらしい。
三日後に彼氏と別れる、一週間後に良い仕事と巡り会う、といった予知が悉く現実のものとなったそうだ。
その女は予知の通りに彼氏と別れて、半ば自棄になってインターネットで動画配信を始める。
自身の体験や私生活を赤裸々に語るその配信は瞬く間に人気となり、彼女は一躍有名な配信者となってしまった。
今ではOLを辞め、動画配信一本で食べていけるほどになったらしい。
あの子が再びあたしの店にやってきた時には、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
六十インチの画面に映し出されたのは、話題の人物をゲストに招いて司会の大御所俳優とくだらない雑談をするだけの、くだらないトーク番組。
実はあたしも先日この番組に出演したばかりだ。
あの時のディレクターの顔は傑作だった。
『さあ、始まりました! "玉響伸也のゆらりとおしゃべり" 本日のゲストは……』
司会を務める俳優・玉響伸也は、昔は時代劇などで名を馳せた立派な俳優だったのだが、最近はちやほやされる事に味を占めたのか、バラエティにばかり出演して、以前のような凛々しい姿は見る影もなくなっている。
「あーあ、相変わらずクソつまんない番組」
そう吐き捨て、洗面所へと向かう。
さすがに化粧直しくらいはしておかねば。あたしにもそれなりのイメージってものがある。
すると、夕飯を平らげた黒猫もトコトコとその後をついてくる。
「なんだい、珍しいね。普段はゴロゴロと好き勝手してるくせに」
洗面台の大きな鏡に映った自分の姿を見て、あたしはガックリと肩を落とした。
昼寝のせいで髪は乱れ化粧も崩れ、とてもじゃないが人様に見せられる顔ではない。
ここ数年で、簡単な化粧では誤魔化しきれない小じわも目立ち始めた。
五十も近づき、時の流れには逆らえないという事か。
そうだ、こないだあたしのインタビュー記事が載った雑誌に、ヒアルロン酸注入というのが紹介されていた。
どうせ金は腐るほどあるんだし、今度試してみよう。
色々と楽しませてもらったんだし、少しは恩返ししなきゃね。
そんな事を考えていると、スマホが再びけたたましい音を発した。
今度はメールの着信音だ。
『先生、ちゃんと起きてますよね? 次のお客は今日が初めてなんだから、上手にやってくださいよ。くれぐれも態度には気をつけてくださいね。このご時世、悪評が流れたら一巻の終わりなんですよ! 東松』
先ほどあたしの睡眠を妨害し、偉そうに電話で怒鳴りつけてきたマネージャー・東松吉人からのメールだ。
ーーまったく鬱陶しい。
あいつにはスケジュール管理や顧客管理、ホームページ運営から経理ごとまで、事務的な事は全てを任せている。
ところが、それを難なく一人で熟すんだから、悔しいけれどやっぱり有能な男なんだろうと思っている。
唯一、口うるさいのが玉に瑕だ。
生意気な小言を言ってくる度に「クビにしてやる!」と思うのだけど、このマンションで暮らせているのも、言わば彼のおかげだ。
クビになど出来るはずが無い、それはあたしもよく分かっている。
あたしは元々、路地裏の雑居ビルでこぢんまりとした占いサロンを営んでいた。
一日に一人でも客が来れば良い方で、古い知り合いだったビルのオーナーには、家賃の支払いを猶予してもらった事が何度もある。
あの頃の暮らしも悪くはなかったんだけどね。
同居している黒猫も、もともとはそのビルを寝ぐらにしていた野良猫だ。
サロンへふらふらと遊びに来るようになって、気まぐれにパンを恵んでやっているうちに、一日の大半をあたしの元で過ごすようになった。
ある晩、酔っ払いの若い女が足元も覚束ないといった様子でやって来て、占って欲しいと言うので適当に相手をした。
サロンのあるビルは飲み屋街に面していたから、何軒もハシゴをしてすっかり出来上がった酔っ払いが訪れる事も珍しくはなかった。
そんな連中は、真面目に占ったところで次の日には何も覚えちゃいない。
二度と店に来ないような客をまともに占うのも馬鹿馬鹿しくなって、酔っ払い相手にはその場の思いつきでデタラメな占いをやって、さっさとお引き取り願うことにしていた。
その日、あたしは新しいデタラメ占いを思いついていた。
客の守護霊と会話をして占う『守護霊占い』というやつだ。
サロンは薄暗いし、適当な占いをそれっぽく披露する演技力もついていたから、酔っ払いが面白がるだろうと思ったのだ。
ところが、後から聞いた話では彼女に行った占いは、何もかもが大当たりだったらしい。
三日後に彼氏と別れる、一週間後に良い仕事と巡り会う、といった予知が悉く現実のものとなったそうだ。
その女は予知の通りに彼氏と別れて、半ば自棄になってインターネットで動画配信を始める。
自身の体験や私生活を赤裸々に語るその配信は瞬く間に人気となり、彼女は一躍有名な配信者となってしまった。
今ではOLを辞め、動画配信一本で食べていけるほどになったらしい。
あの子が再びあたしの店にやってきた時には、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
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