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捜査一課の凸凹コンビ
富澤勝夫・志摩祐介①
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六月九日 水曜日 午前八時五十分
閑静な住宅街に佇むマンションは、早朝から慌ただしい空気に包まれていた。
猫矢の部屋があるフロアには規制線が張られ、住人以外は建物に入らないよう警察官が配置され、エントランスも封鎖された。
WEBを中心に話題を集め、メディアにも多く登場していた有名人の猫矢ノアが殺害されたとあって、マスコミがマンションを取り囲むようにカメラを配置し、早朝からこぞってニュース中継を行っている。
鑑識班が殺害現場となった玄関を中心に、リビングから寝室、応接室までくまなく証拠物などの捜索を行う中、主を失った部屋へ一人の刑事が現れた。
富澤勝夫は、十五年にわたって殺人や傷害といった強行犯罪の捜査を担当する、警視庁捜査一課のベテラン警部だ。
捜査中の彼の表情は常に険しく、眉間のしわが伸びている所を見たものは居ないと噂されるほどだ。
富澤は部屋に入るとまず、リビングをぐるりと一周し「怨恨ね……」と呟く。
室内は綺麗に整えられており、荒らされた形跡は無く、何者かが部屋に押し入った様子もない。
物取りの可能性はほぼ無く、恨みによる犯行の可能性が高い、というふうに初動にあたった所轄の刑事から引き継ぎを受けていたが、富澤も同様の印象を受けた。
キッチンには中身の注がれたコーヒーカップがニ客残されており、まだ微かに香りを放っている。
来客予定があったのだろうか。
その前に殺されてしまったのか、来客自体が犯人だったのか……
コーヒーはその目的を果たすことなく冷めきっていた。
「おはようございます! 鑑識お疲れさまです!」
淡々と鑑識が進められる中、現場にそぐわぬ大きな声で挨拶をしながら、もう一人の刑事が入ってきた。
「あっ、富澤さん! おはようございます!」
志摩祐介は、富澤とコンビを組んで行動している、配属三年目の若手刑事だ。
主に、事件に関する情報収集を任されており、富澤の助手的な役割を担っている。
ひょろっとした長身で、刑事らしからぬ温和で優しい雰囲気が漂う男だ。
強面でずんぐりとした体格の富澤とのアンバランスさから、捜査一課の凸凹コンビと称されている。
「遅いぞ志摩! 俺が来るまでには現場へ入っておけ!」
「ええっ! だって富澤さん、昨夜は張り込みで遅かったから、九時に集合って言ったじゃないですかー! まだ五分前ですよ?」
「お前は部下なんだから、俺が来るのを見越して、それより早く来ておくんだよ」
「そんな、無茶言わないでくださいよ」
富澤が志摩に対して無理難題を言ってくるのはいつもの事だ。
普通に挨拶を交わすのではなく、そのような物言いで部下を引き締めるという、富澤なりの教育なのだろう。
一年近く行動を共にして、志摩はそんな上司のあしらい方も身に付けていた。
「まあまあ、そんな事よりですね。事件の情報、まとめてきましたよ。聞きます?」
「さっさと話せ」
先ほどのやり取りなど無かったように話題を切り替えて、二人は殺害現場となった玄関へ移動した。
遺体はすでに運び出され、司法解剖へと回されているが、現場には生々しい血痕が残されていた。
「うっ……」
志摩は血を見るのが苦手だ。
一度パトロール中に殺人事件の現場に急行する事があり、滅多刺しにされた遺体を見て卒倒したことがある。
今回は現物が無いとはいえ、到着時には素通りした血溜まりをあらためて目の前にすると、やはり気分が悪くなってきた。
「おい、また倒れるんじゃないだろうな」
「いや、大丈夫です……」
志摩は視線を下に向けないよう、手帳を顔の前まで持ち上げて、事件の詳細を話し始めた。
閑静な住宅街に佇むマンションは、早朝から慌ただしい空気に包まれていた。
猫矢の部屋があるフロアには規制線が張られ、住人以外は建物に入らないよう警察官が配置され、エントランスも封鎖された。
WEBを中心に話題を集め、メディアにも多く登場していた有名人の猫矢ノアが殺害されたとあって、マスコミがマンションを取り囲むようにカメラを配置し、早朝からこぞってニュース中継を行っている。
鑑識班が殺害現場となった玄関を中心に、リビングから寝室、応接室までくまなく証拠物などの捜索を行う中、主を失った部屋へ一人の刑事が現れた。
富澤勝夫は、十五年にわたって殺人や傷害といった強行犯罪の捜査を担当する、警視庁捜査一課のベテラン警部だ。
捜査中の彼の表情は常に険しく、眉間のしわが伸びている所を見たものは居ないと噂されるほどだ。
富澤は部屋に入るとまず、リビングをぐるりと一周し「怨恨ね……」と呟く。
室内は綺麗に整えられており、荒らされた形跡は無く、何者かが部屋に押し入った様子もない。
物取りの可能性はほぼ無く、恨みによる犯行の可能性が高い、というふうに初動にあたった所轄の刑事から引き継ぎを受けていたが、富澤も同様の印象を受けた。
キッチンには中身の注がれたコーヒーカップがニ客残されており、まだ微かに香りを放っている。
来客予定があったのだろうか。
その前に殺されてしまったのか、来客自体が犯人だったのか……
コーヒーはその目的を果たすことなく冷めきっていた。
「おはようございます! 鑑識お疲れさまです!」
淡々と鑑識が進められる中、現場にそぐわぬ大きな声で挨拶をしながら、もう一人の刑事が入ってきた。
「あっ、富澤さん! おはようございます!」
志摩祐介は、富澤とコンビを組んで行動している、配属三年目の若手刑事だ。
主に、事件に関する情報収集を任されており、富澤の助手的な役割を担っている。
ひょろっとした長身で、刑事らしからぬ温和で優しい雰囲気が漂う男だ。
強面でずんぐりとした体格の富澤とのアンバランスさから、捜査一課の凸凹コンビと称されている。
「遅いぞ志摩! 俺が来るまでには現場へ入っておけ!」
「ええっ! だって富澤さん、昨夜は張り込みで遅かったから、九時に集合って言ったじゃないですかー! まだ五分前ですよ?」
「お前は部下なんだから、俺が来るのを見越して、それより早く来ておくんだよ」
「そんな、無茶言わないでくださいよ」
富澤が志摩に対して無理難題を言ってくるのはいつもの事だ。
普通に挨拶を交わすのではなく、そのような物言いで部下を引き締めるという、富澤なりの教育なのだろう。
一年近く行動を共にして、志摩はそんな上司のあしらい方も身に付けていた。
「まあまあ、そんな事よりですね。事件の情報、まとめてきましたよ。聞きます?」
「さっさと話せ」
先ほどのやり取りなど無かったように話題を切り替えて、二人は殺害現場となった玄関へ移動した。
遺体はすでに運び出され、司法解剖へと回されているが、現場には生々しい血痕が残されていた。
「うっ……」
志摩は血を見るのが苦手だ。
一度パトロール中に殺人事件の現場に急行する事があり、滅多刺しにされた遺体を見て卒倒したことがある。
今回は現物が無いとはいえ、到着時には素通りした血溜まりをあらためて目の前にすると、やはり気分が悪くなってきた。
「おい、また倒れるんじゃないだろうな」
「いや、大丈夫です……」
志摩は視線を下に向けないよう、手帳を顔の前まで持ち上げて、事件の詳細を話し始めた。
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