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第五十三話 親友でもありライバルでもある
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「久しいな、アドニス。最近姿を見ないから、隠居でもしているのかと思ったが、違ったのか」
「殿下、お久しぶりです。えぇ、どこかの誰かに領地での調査依頼を立て続けに出されたもので、忙しくしておりました。まさか、その隙を狙われるとは思いもしておりませんでしたが」
ムスカリは不適に笑い、ソファに深く腰かけたままお茶をひとくち飲むと言った。
「そういったことができるのは、上位の者の特権だろう。悔しければ己の実力で見返せばいい」
すると、お互い明らかな作り笑顔で見つめ合う。そして、今度はアドニスが先に口を開いた。
「ところで、その上位の者のことなのですが面白いことがありました。その者が、部屋の外まで声が聞こえるぐらい大声で会話をしていたことがあったのです。私はその部屋の外で待たされていたもので、聞きたくもない会話を聞かされたのですが、その会話の内容というのが滑稽だったのです。その上位の者は、意中の女性に全く相手にされていないどころか恋愛対象としても見られていなかったのですよ。聞いていてなんとも憐れでした」
それを聞いてムスカリは鼻で笑った。
「アドニス、私は女性に相手にされていない者を憐れだと言っている者を知っている。だが実はその者も同様の立場、なんなら憐れだと思っている相手よりも不利な立場なんだが、本人はそれに気づいていないようでね。自分よりも有利な立場の人間を憐れんでいて、本当に可愛そうだと思ったものだ」
「有利ね。恋愛においては相手の気持ちがなければ意味のないもの、はたして立場的な物が本当に有利と言えるものなんですかね?」
アルメリアは友人同士のふざけた会話なのだろうと思い、会話には口出ししないことにした。口を出したくともなんの話をしているのか、さっぱりわからないというのもあったが。
それにしてもこれだけくだけた感じで会話ができるのだから、二人は相当付き合いが長いのだろう。そう思いながら静かにお茶を飲んで二人のやり取りを傍観していた。
すると、突然何かを思いついたようにアドニスがアルメリアを見つめ問いかける。
「アルメリア、もしも貴女に本当に好きな人が現れたらどうされますか? 立場上、諦めてしまうのですか?」
急に話をふられ、しかも思いもよらない内容の質問にアルメリアは面食らった。笑って誤魔化しやり過ごそうとしたが、ムスカリもアルメリアを見つめ質問の返事を待っているようだったので、質問に答えるしかなかった。
アルメリアは半ば恋愛を諦めており、そんなことは考えてみたこともなかったので困惑しながら、自分ならどうするか改めて考えてみた。
もしも、目の前に大人になったルクが現れたら? そんなルクにもう一度恋してしまったら? 自分はどうするだろうか。しばらく考える。先日リカオンに、もしも自分が人魚姫だったらどうするかと問われたときには、あっさり答えを出せたのに、相手がルクだと思うとこんなにも悩んでしまう自分に驚く。そうして考えた結果、もしもルクに人魚姫の王子のように好きな相手が現れれば諦めるだろう。だが、ルクもアルメリアと同じように自分を思ってくれていたならきっと諦めないはずだと思った。
アルメリアはアドニスに向き直り、真っ直ぐに見つめ返す。
「相手も自分を好きなら、諦めないと思いますわ」
素直にそう答えた。するとアドニスは満面の笑みでムスカリにちらりと視線をやり、アルメリアに視線を戻した。ムスカリは表情を崩すことなく、アドニスを諭すように言った。
「アドニス、君は気づいていないようだが、そうだとしたら更に厄介なことになるのだぞ? リアム、スパルタカス、リカオン、私と君、そしてルーカス。現状でもこれだけいるのだからな」
アドニスは驚いた顔をした。
「ルーカス? なぜ彼が? 接点はないはずです」
聞かれて面白くなさそうにムスカリは答える。
「フィルブライト家に、ちょっとしたトラブルがあってね」
それを受けて納得したように頷くと、アドニスはため息をつきアルメリアに言った。
「貴女は困っている人を、見過ごせる人ではありませんからね」
アルメリアは話しについていけず、困惑した。どうして今フィルブライト公爵の話に? そう思い話の腰をおってはいけないと思いつつ、質問した。
「アドニス、私話の要点がよくわからなくて。フィルブライト公爵令息の、怪我のお話しのことですの?」
アドニスは驚き、ムスカリとアルメリアを交互に見ながら答える。
「彼は怪我をしたのですか?」
その問いにムスカリが答える。
「そうだ、落馬して骨折したそうだ。その治療にアルメリアがあたっている」
アルメリアがルーカスの骨折治療に手を貸していることは、リカオンから報告を受けムスカリの耳に入っていてもおかしくはない。それはわかっているが、リカオンがムスカリに報告していることを、アルメリアは知らないことになっている。なのでアルメリアは驚いてみせた。
アドニスはそんなアルメリアを見つめた。
「アルメリア、貴女は病気だけではなく怪我の治療法までご存知なのですね」
あの知識は前世でなら知っていてもおかしくない知識であり、アルメリアはその分野に関してきちっとした専門知識をもっているわけではない。これ以上期待されてもそれに答えることはできそうになかったので慌てて否定する。
「いいえ、本から得た知識を生かそうとしているだけで、大したことでは」
すると、ムスカリが真面目な顔でアルメリアに言う。
「謙遜をするな。医師も知らぬ知識をもち、誰も知らない画期的な治療法を知っていたと聞いている。一体どこからそのような知識を得たというのか」
リカオンってば、いったい王太子殿下にどんな報告をしたの? そう心の中で悪態をつきながらとりあえず微笑んだ。そんなアルメリアを見てムスカリは優しく微笑み返す。
「君はそうして笑って誤魔化すのだな。まぁいい」
そう言ったあと、気を取り直したようにアドニスに向き直る。
「ところでアドニス、領地はどうだった?」
アドニスは、先ほどのムスカリと軽口を叩いていたときの態度と打って変わって、真面目な面持ちで答える。
「それが、やはりパウエル領と同じく根本から見直す必要がありました。それと、教会派では騎士団と貴族との癒着もあると領民の間でまことしやかに噂されていて、その真意は定かではありませんが、こちらの方が厄介かもしれません」
急に面前で行われ始めた報告に、アルメリアは驚き慌ててムスカリに訊く。
「あの殿下、お話しの途中に大変申し訳ありません。私はこの場を失礼した方がよろしいのではないでしょうか?」
表情も変えずにムスカリは答える。
「いや、ここにいてもかまわない。そもそもこの腐敗を最初に暴くきっかけを作ったのは君なのだから、その後どうなったのか聞く権利はある」
「殿下、お久しぶりです。えぇ、どこかの誰かに領地での調査依頼を立て続けに出されたもので、忙しくしておりました。まさか、その隙を狙われるとは思いもしておりませんでしたが」
ムスカリは不適に笑い、ソファに深く腰かけたままお茶をひとくち飲むと言った。
「そういったことができるのは、上位の者の特権だろう。悔しければ己の実力で見返せばいい」
すると、お互い明らかな作り笑顔で見つめ合う。そして、今度はアドニスが先に口を開いた。
「ところで、その上位の者のことなのですが面白いことがありました。その者が、部屋の外まで声が聞こえるぐらい大声で会話をしていたことがあったのです。私はその部屋の外で待たされていたもので、聞きたくもない会話を聞かされたのですが、その会話の内容というのが滑稽だったのです。その上位の者は、意中の女性に全く相手にされていないどころか恋愛対象としても見られていなかったのですよ。聞いていてなんとも憐れでした」
それを聞いてムスカリは鼻で笑った。
「アドニス、私は女性に相手にされていない者を憐れだと言っている者を知っている。だが実はその者も同様の立場、なんなら憐れだと思っている相手よりも不利な立場なんだが、本人はそれに気づいていないようでね。自分よりも有利な立場の人間を憐れんでいて、本当に可愛そうだと思ったものだ」
「有利ね。恋愛においては相手の気持ちがなければ意味のないもの、はたして立場的な物が本当に有利と言えるものなんですかね?」
アルメリアは友人同士のふざけた会話なのだろうと思い、会話には口出ししないことにした。口を出したくともなんの話をしているのか、さっぱりわからないというのもあったが。
それにしてもこれだけくだけた感じで会話ができるのだから、二人は相当付き合いが長いのだろう。そう思いながら静かにお茶を飲んで二人のやり取りを傍観していた。
すると、突然何かを思いついたようにアドニスがアルメリアを見つめ問いかける。
「アルメリア、もしも貴女に本当に好きな人が現れたらどうされますか? 立場上、諦めてしまうのですか?」
急に話をふられ、しかも思いもよらない内容の質問にアルメリアは面食らった。笑って誤魔化しやり過ごそうとしたが、ムスカリもアルメリアを見つめ質問の返事を待っているようだったので、質問に答えるしかなかった。
アルメリアは半ば恋愛を諦めており、そんなことは考えてみたこともなかったので困惑しながら、自分ならどうするか改めて考えてみた。
もしも、目の前に大人になったルクが現れたら? そんなルクにもう一度恋してしまったら? 自分はどうするだろうか。しばらく考える。先日リカオンに、もしも自分が人魚姫だったらどうするかと問われたときには、あっさり答えを出せたのに、相手がルクだと思うとこんなにも悩んでしまう自分に驚く。そうして考えた結果、もしもルクに人魚姫の王子のように好きな相手が現れれば諦めるだろう。だが、ルクもアルメリアと同じように自分を思ってくれていたならきっと諦めないはずだと思った。
アルメリアはアドニスに向き直り、真っ直ぐに見つめ返す。
「相手も自分を好きなら、諦めないと思いますわ」
素直にそう答えた。するとアドニスは満面の笑みでムスカリにちらりと視線をやり、アルメリアに視線を戻した。ムスカリは表情を崩すことなく、アドニスを諭すように言った。
「アドニス、君は気づいていないようだが、そうだとしたら更に厄介なことになるのだぞ? リアム、スパルタカス、リカオン、私と君、そしてルーカス。現状でもこれだけいるのだからな」
アドニスは驚いた顔をした。
「ルーカス? なぜ彼が? 接点はないはずです」
聞かれて面白くなさそうにムスカリは答える。
「フィルブライト家に、ちょっとしたトラブルがあってね」
それを受けて納得したように頷くと、アドニスはため息をつきアルメリアに言った。
「貴女は困っている人を、見過ごせる人ではありませんからね」
アルメリアは話しについていけず、困惑した。どうして今フィルブライト公爵の話に? そう思い話の腰をおってはいけないと思いつつ、質問した。
「アドニス、私話の要点がよくわからなくて。フィルブライト公爵令息の、怪我のお話しのことですの?」
アドニスは驚き、ムスカリとアルメリアを交互に見ながら答える。
「彼は怪我をしたのですか?」
その問いにムスカリが答える。
「そうだ、落馬して骨折したそうだ。その治療にアルメリアがあたっている」
アルメリアがルーカスの骨折治療に手を貸していることは、リカオンから報告を受けムスカリの耳に入っていてもおかしくはない。それはわかっているが、リカオンがムスカリに報告していることを、アルメリアは知らないことになっている。なのでアルメリアは驚いてみせた。
アドニスはそんなアルメリアを見つめた。
「アルメリア、貴女は病気だけではなく怪我の治療法までご存知なのですね」
あの知識は前世でなら知っていてもおかしくない知識であり、アルメリアはその分野に関してきちっとした専門知識をもっているわけではない。これ以上期待されてもそれに答えることはできそうになかったので慌てて否定する。
「いいえ、本から得た知識を生かそうとしているだけで、大したことでは」
すると、ムスカリが真面目な顔でアルメリアに言う。
「謙遜をするな。医師も知らぬ知識をもち、誰も知らない画期的な治療法を知っていたと聞いている。一体どこからそのような知識を得たというのか」
リカオンってば、いったい王太子殿下にどんな報告をしたの? そう心の中で悪態をつきながらとりあえず微笑んだ。そんなアルメリアを見てムスカリは優しく微笑み返す。
「君はそうして笑って誤魔化すのだな。まぁいい」
そう言ったあと、気を取り直したようにアドニスに向き直る。
「ところでアドニス、領地はどうだった?」
アドニスは、先ほどのムスカリと軽口を叩いていたときの態度と打って変わって、真面目な面持ちで答える。
「それが、やはりパウエル領と同じく根本から見直す必要がありました。それと、教会派では騎士団と貴族との癒着もあると領民の間でまことしやかに噂されていて、その真意は定かではありませんが、こちらの方が厄介かもしれません」
急に面前で行われ始めた報告に、アルメリアは驚き慌ててムスカリに訊く。
「あの殿下、お話しの途中に大変申し訳ありません。私はこの場を失礼した方がよろしいのではないでしょうか?」
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