悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

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第六十五話 ギプスが外れる日

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 アルメリアはリアムに言われたことを気にして様子を見てはいたものの、その後のムスカリはなにも変わったところはなく、その態度からもなにも伺い知ることはできなかった。
 ダチュラがリアムと接触したとなれば、きっとアドニスやスパルタカスとも接触し始めたかもしれなかった。だが、全員表面上特に変わりなく過ぎていき、アルメリアもあえてダチュラについて質問することはしなかった。


 忙しく過ぎて行く日々の中でも、フィルブライト家への訪問はほぼ毎日続けていた。しかも屋敷から登城する前に直接フィルブライト家に行くことが多く、最近ではリカオンが朝早く屋敷まで迎えにきてくれるようになっていた。

 ルーカスの治療は特に大きな問題もなく、順調に進んでいた。ギプス固定を開始してからすでに一ヶ月が経過しており、ギプス固定の弊害で関節が硬くなる恐れがあったため、アルメリアは思いきって、この日ギプスを外すことにした。

「やっとこの足枷から解放されると思うと、清々する」

 ソファに腰掛け、ギプスを巻いている足を指差しながら、ルーカスは微笑んだ。今のところなんの後遺症もみられなかった。近代医学の知識がないこの世界では、骨折ですら後遺症を残すことが多く、あれだけの大怪我で後遺症もなく治癒する方が珍しいことだった。

「ギプスを外してからも、無茶をなさってはいけませんわ。後から痛みなどが出てくることもありますから」

 そう言うアルメリアに、ルーカスは微笑んで返した。

「君のお陰でここまで回復することができた。君は私の命の恩人だ、本当にありがとう」

「違いますわ、ルーカスが治療の痛みに耐えて頑張ったからですわ。それに痛みの伴う治療はまだ少し続きますのよ? 覚悟なさってくださいね」

 そういたずらっぽく微笑んでみせると、アルメリアは連れてきた鍛冶職人のグレッグに、お手製のギブスカッターでギプスを切るように命じた。
 ルーカスは少し怖がっている様子だったが、アルメリアの手前か、泣きごとも言わずにじっとそれを見つめていた。ギプスにカッターの刃が入れられ問題なくギプスが外されると、その場にいた全員がほっとした顔をした。
 アルメリアは、すぐさまアルと共にルーカスの足元に屈みこんで皮膚状態の観察をする。

「無理せずゆっくりでいいですから、足首を動かすことはできます?」

 ルーカスは、足首をゆっくり動かしてみせた。

「動かせるようだが、少し痛むようだ」

「骨は大丈夫だと思いますわ、腫れてもいませんし。関節を動かしていなかったので、そちらが痛むのも当然のことですから、問題はありませんわ。これからは足首を普段通りに動かせるようになるまで、頑張りましょう」

 そう言ってルーカスを見上げて微笑んだ。

「わ、わかった。よろしくたのむ。その、できれば私の足が完治して杖を必要としなくなったら、一緒にどこかへ出かけて欲しい。私はそれを楽しみに頑張ろうと思う」

 照れ臭そうにそう言うルーカスに、アルメリアは微笑んで返した。

「わかりましたわ。わたくしも楽しみにしていますわね」

「それに登城できるようになったら、君の執務室を訪ねるよ」

「はい、お待ちしてますわ。では、アルに少しアドバイスをしたらわたくしは今日は失礼しますわね」

 そう言うとアルにリハビリの方法を説明する。アルはそれをメモに取ると、改めて背筋を伸ばしアルメリアに言った。

「私も近くでルーカス様の治療の様子を見学させていただいて、とても貴重な体験をさせていただき、勉強になりました。こんな経験は滅多にできるものではありません。いつも、ご指導ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」

 そう言って深々と頭を下げた。アルメリアは慌ててそれを制する。

「そんな、当然のことをしたまでですわ。改めてお礼を言われるようなことはなにも。こちらこそ、残りの治療を頼みますわね」

 微笑んで立ち去ろうとしたとき、背後から声がかかった。

「アルメリア、待って」

 振り向くとルーカスが杖をつきながらこちらに向かって来ていた。

「まぁ、どうされたのですか?」

 アルメリアは慌ててルーカスに駆け寄り、腕を取って体を支えた。

「大丈夫だ、一人で立てる。一人で立てないなんてそんなに情けないことはないからね」

 そう言って足の痛みをこらえながら、ルーカスは笑顔をつくってみせる。

「あまり無理をなさると、治りが遅くなりますわよ。それで、どうされたんですの?」

「君に時間がないのはわかっているが、どうかエントランスまで私に見送らせてくれないか」

 アルメリアは驚いてルーカスを見た。先ほどギプスがとれたばかりで、松葉杖を使っても歩くのはまだ辛いはずである。止めようとルーカスを見ると、まるで懇願するような、捨てられそうな子犬のような眼差しでアルメリアを見つめていた。

 アルメリアは折れた。

「わかりましたわ。でも、少しでも無理そうならすぐに戻っていただきますわよ?」

 ルーカスが横に立つのを待つと、並んで歩き始めた。

「ところで、アルメリア。私は怪我をしていたから知らなかったのだが、社交界でこんな噂があるらしいね、君が王太子殿下と婚約すると。本当なのか?」

 突然の脈略もない質問に、アルメリアは思わず足を止め、ルーカスを見上げた。

「いいえ、それはあくまでも噂程度のお話しですわ。まだ決まったわけではありませんの」

 それを聞いてルーカスは、少しがっかりした顔をした。

「まだ、決まっていないというだけか。君に会ったことがなければ、社交界の噂好きな連中の戯言だろうと信じずに、妹こそ妃に相応しいと思っただろうな」

 そう言って寂しそうに微笑むと、歩きだした。アルメリアもそれに続く。

「そんな、本当にまだわかりませんのよ?」

 ルーカスは自分の足元を確認し、一歩ずつ慎重に足を踏み出しながら答える。

「君に会ってしまえば、誰でも君を手放したくなくなるだろう」

 そう言って辛そうな顔をした。エントランスまでは後もう少しの距離だったが、そのときルーカスはバランスを崩してしまい、倒れそうになった。ルーカスもなんとか踏ん張り、こらえようとするが松葉杖が脇から外れて床に倒れてしまった。
 アルメリアは慌ててルーカスの懐に入り、それをなんとか支えた。するとルーカスはそのまま両腕で、アルメリアを抱き寄せた。アルメリアはルーカスになにかあったのかと思い、心配して声をかける。

「ルーカス?! 大丈夫ですの? どこか痛みますの?」

 すると素早くリカオンが駆け寄りルーカスを横から支えた。そして、エントランスからはペルシックが駆け寄る。
 リカオンはルーカスをアルメリアから引き離すと、ペルシックが拾い上げた松葉杖を受けとり、ルーカスに持たせ耳元で言った。

「お嬢様に卑怯な真似は許しませんよ」

 そして、アルメリアに向き直ると笑顔を作った。

「フィルブライト公爵令息は大丈夫だそうです。お嬢様も大丈夫でしたか?」

「本当に? わたくしの方はまったく問題ありませんわ。それよりも、支えきれずに二人とも倒れてしまわなくて、本当に良かったですわね」

 そう言って、ほっと胸を撫で下ろした。せっかく今日ギプスがとれたというのに、これで怪我をしてしまったら元の木阿弥である。
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