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第七十九話 語られる真実

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 馬車を降りて、孤児院へ向かう途中でアルメリアはリカオンに質問した。

「孤児院の地下で、伯父から物語を聞いたと言ってましたわよね? あれはブロン司教のことでしたのね」

「えぇ、そうです。ブロン司教から聞いた話だったからこそ、もしや? と思ったというのが本当のところです」

「そうなんですの、本当に素敵な伯父様ですわね」

 そう言ってしばらく無言で歩いていると、リカオンが話しだした。

「実母は病弱だったので、兄であるブロン司教の孤児院に僕を預けたようです。預けられ不安そうにしている僕にブロン司教は優しく色々な話を聞かせてくれました。その中でも僕が一番気に入って、何度もせがんで話してもらった話があの物語だったのです。他の話の内容は覚えてなくとも、あの物語の内容だけ鮮明に覚えていられたのはそのためです」

「そうなんですのね。でも、そのとき話をしてくれたのが、ブロン司教だったことは覚えてなかったのでしょう?」

 リカオンは頷く。

「あれがブロン司教だと気づいたのは、地下倉庫でブロン司教の日誌を読んだときです。その内容からわかったことは、ブロン司教が僕のことをとても愛情深く見守ってくれていたことでした」

 このときアルメリアは、以前よりなんとなくリカオンの表情が穏やかになっていると感じた。

「では今日会ったら積もる話があるのではなくて?」

 その質問にリカオンほ苦笑して言った。

「さぁ、どうでしょう」

 そうやって興味なさそうにリカオンは言ったが、これはリカオン特有の照れ隠しなのだと、この頃になってようやくアルメリアは理解するようになっていた。


 そんな話をしているうちに、目的地に着いていた。孤児院からアルメリアに気づいた子どもたちが駆け寄る。それに遅れて、ルーファスが孤児院から出てくると、その後ろにブロン司教が立っていた。彼は涙をこらえ、愛情のある暖かな眼差しでリカオンを見つめていた。

 先日に引き続き、子どもたちには申し訳ないが後で遊ぶと約束し、ブロン司教と話をするため孤児院の応接室へ向かった。


「伯父様、お久しぶりです」

 応接室に入るとリカオンが開口一番にそう言った。ブロン司教もリカオンに言葉をかけようとするが、涙をこらえるのに必死で何度も言葉を飲み込み頷いた。アルメリアはしばらく二人の様子を静かに見守ると、ルーファスもなにかをさっしたのか無言で二人を見守った。

 二人が落ち着いたところで全員席に着くと、一番最初にリカオンが口を開いた。

「伯父様と話したいことや、聞きたいことはたくさんあります。ですが、それは個人的にこれからいくらでもできることです。ですので、伯父様は今日はお嬢様とお話ししてください」

 それを聞いてブロン司教は頷く。

「リカオン、ありがとう。後日ゆっくり話そう」

 そう言うと、アルメリアに向き直る。

「今日はこちらまでわざわざお越しいただいて、ありがとうございます。私が捕らえられていたときに色々手を尽くしてくれたと、ルーファスから報告を受けました」

 アルメリアは首を振ると答える。

「いいえ、人として当然のことをさせていただいただけですわ。それにこちらの孤児院で色々体験させていただいておりましたから、ブロン司教が無罪なのはわかっておりましたし、それを無視することはできないことでしたから」

 するとブロン司教は朗らかに笑った。

「ルーファスが言った通り、本当に情に厚い素晴らしいお嬢さんだ」

 アルメリアはなんと答えていいかわからず、思わず苦笑した。そしてそのとき、返さなければならない物があるのを思い出した。

「申し訳ありません。先日こちらで色々探しものをしているときにこれを見つけました。あの冤罪事件に関係あるものかと思って、預らせていただいていましたの。返却が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。それに、もちろん中身は見ておりませんわ」

 そう言うと、先日子供部屋のおもちゃ入れに入っていた、鍵のかかった箱をテーブルの上に置いてブロン司教へ差し出した。だがブロン司教はその箱を押し戻す。

「いいえ、こちらの勝手なお願いなのですが、この箱はお嬢さんに預かっていてほしいのです」

 困惑しながらアルメリアは答える。

「あの、この箱には何が?」

「それが正直、私にもこの箱の中身がなんなのかわからないのです」

 更に困惑しながらアルメリアは箱と、ブロン司教を交互に見た。すると、ブロン司教が語り始める。

「私が、正確には私とオルブライト子爵とでチューベローズ教を調べていたのはご存知かな?」

 アルメリアはリカオンの顔をチラリと見ると、ブロン司教に向き直り頷く。

「ふむ、まずは我々がチューベローズ教のことを調べ始るきっかけになったことから説明しましょう。昔の話です。私の管理している孤児院は、昔からそう裕福ではななく、抱えている子どもたちの人数が限界を超えてしまったことがあったのです。私は泣く泣く何人かの子どもたちを、他の教区に預けました。もちろん私の手を離れてしまったとしても、一度ここにいた子どもたちは全て私の子ども同然です。私は散り散りになってしまった子どもたちのその後を、ずっと調べていました。すると、何人かの子どもが里子に出されたその後から、プツリと音信が途切れてしまったのです」

 アルメリアは大きく息を吐くと、ゆっくり静かにブロン司教に言った。

「それは、クンシラン領教区の孤児院ではありませんか?」

 その問いにブロン司教は大きく目を見開く。

「やはり貴女はご存知だったのですね」

 アルメリアが頷くのを見ると、ブロン司教は続ける。

「里子に出され書類はそろっているにも関わらず、その後を調べようにも里親が実在していなかったのです。そうして、子どもたちは忽然と姿を消してしまいました。更に里子が出されると、必ず教会本部から様々な名目で不自然な支援金が一定の額教会へ支払われる。これがどういった意味を持つのか考え至ったとき、私はその事実に驚愕し腹の底から怒りを覚えました。そして、私はクンシラン領教区の司教だったスカビオサ・レ・アルコーンを徹底的に調べ始めたのです。趣味嗜好から癖、出身に至るまですべてを調べあげました。ところがその頃、奴は突然異例の出世を繰り返しはじめました。そして気がつけば教皇となっていた。そこまで地位を登り詰めると、こちらも容易に手出しができなくなってしまいました」

 恐ろしい事実に、アルメリアは戦慄した。言葉を発せないでいると、ブロン司教は淡々と話を続ける。

「私はこれでは流石に一人で対応できないと思い、義弟でもありオルブライト領主でもあるティムにこのことを相談することにしたのです。ティムも最初は半信半疑でしたが、私が淡々と事実を説明していくうちに信じてくれたようで、調べることに協力を申し出てくれました。そしてとにかくまずは証拠を集めることに集中しようと決めました。ですがその矢先、教皇になった奴が里子たちの書類を教会本部の監視下に置き、一切持ち出しも閲覧もできないよう教会内の法律を変えてしまったのです。私は何人かの里子たちの書類は持ち出していたものの、それだけでどうにかなるものではありません」
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