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第九十六話 杞憂

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 これらの疑問は、誰かが裏で手を引いていたと解釈すれば解決する。

 イーデンは頷くと答える。

「帝国軍にも報告しましたが、確かに元隊長で山賊のリーダーをやっていたレオは、大金を積まれ依頼で今回の事件を起こしました。私もレオと一緒に依頼主に会ったことはあります。ですが、依頼主も正体を必死に隠していましたから、私もはっきりとその正体を特定することはできませんでした。ですが一度彼らが、チューベローズ教の者しか使わない言葉を使ったのを聞いたことがあるのです。なので、私はチューベローズ教の者ではないかと」

 それはアルメリアも予測していたことだったので、驚きはしなかった。先日のリカオンの一件や、ルーファスがアルメリアの執務室に通っていることなどから、アルメリアは目をつけられていたのだろう。
 あるいは、ダチュラが王太子殿下の婚約者として登場するアルメリアを、排除するために仕掛けたのかも知れなかった。

 いずれにせよヒフラは、あの教皇が元々教区を治めていた場所でもある。領地の内情に詳しくてもおかしいことではない。それを利用して今回のことを計画したのだろう。

「そう、わかりましたわ。レオと言う人物は依頼主の正体を知っていたのかしら?」

「はい、おそらくは。彼は狡猾な人間です。利用されるだけ利用され、捨て駒にされるなんてことは絶対にあり得ません。そうならないように、なにかしら保険をかけていたと思うのです」

 本当にそうならば、きっとアウルスたちがそれをレオから聞き出しているかもしれなかった。
 だが、本当に教会の仕業だとすると、帝国側からチューベローズ教に口を出すのは国交問題に発展する恐れがあり、帝国軍がその証拠をつかんだとしても見て見ぬふりをするしかないだろう。

 イーデンからは、これ以上はなにも聞き出せないだろうと思ったアルメリアは、この話はここで切ることにした。

「そういうことならば、それも含めきっと帝国の方でしっかり調べてくださるでしょう」

 そして、じっとイーデンを見つめ改めて訊く。

「ところで、貴男は先ほど償うといいましたわね。では、今後どうやって償うつもりですの?」

 突然そう訊かれイーデンは一瞬口ごもったが、真っ直ぐアルメリアを見つめ返すと言った。

「どのような罰も受けるつもりでいます」

「イーデン貴男、家族はいますの?」

 思いもよらない質問だったためか、イーデンは少し戸惑いながら答える。

「はい、国に妻と息子が。ですが家族も、もう私が帰らないことは覚悟できているでしょう」

 そう言って、アルメリアを真剣な眼差しで見つめ返した。その表情は、処刑すら覚悟しているようだった。

「帰れないならば、家族をこちらに呼び寄せればよろしいですわ」

 イーデンは更に困惑した顔をした。

「はい? あの、どういうことでしょうか?」

「貴男にはうちの領地でやってもらいたい仕事がありますの。そのためにも、ここへ移住してもらう必要がありますわ」

「こちらで仕事を……ですか?」

「えぇ。今回の事件でわたくし、もっと強い自警団を組織しなければならないことに気づきましたの。そこで貴男が元帝国軍だったのを生かして、その自警団の指導役をお願いしたいのですわ」

 アルメリアは今回、ドロシーたちが誘拐されたときに、エラリィたちが自警団という立場を利用してそれらを隠蔽したことに対して、危機感を持った。
 彼らを信用していない訳では無いが、今後自警団という立場を利用するだけのために、自警団に立候補するものが現れないとは言い切れない。そう考えたとき、自警団を信用する者たちだけで編制した、独立した組織にする必要があると思ったのだ。

「私がですか?!」

「えぇ、貴男は元帝国軍ですわ。ロベリアの騎士団とは違った技能や技術を持っていますわね。それを自警団に学ばせたいんですの」

 これは帝国軍の手の内を見せろと言っているようなものだったが、イーデンは立場上断るのは難しいだろう。案の定、無言になり考え込んでしまった。
 だが、逆にこれでイーデンが簡単に安請け合いしてしまうような人物なら、アルメリアも警戒していただろう。
 イーデンがどのような答えを出すか、アルメリアはあえてなにも言わずにしばらく様子を見ていた。

 すると、イーデンは申し訳無さそうに答える。

「帝国軍対戦術を学ばせろと仰るのなら、流石にそれはいたしかねます」

 この答えは合格だと思った。思わずアルメリアは笑みを浮かべて言った。

わたくしも帝国と敵対しようとは思っていませんし、自警団と言っても元は素人ですもの。よほど鍛え上げなければ、その域には達しませんわ。それにそこまでは求めていませんの。わたくしは、騎士団とはまた違う組織を作りたいだけですわ」

 なにかを始めるのはいつもヒフラからだった。今回の独立した自警団組織も、いずれはクンシラン領地全土に拡大するつもりである。そのための根本的な組織づくりには、やはり玄人か関わった方がマニュアルも作りやすい。イーデンに協力してもらえれば、それに越したことはなかった。

 アルメリアの話を聞いて、イーデンは少しほっとしたような顔をした。

「そういうことなら、協力できるかもしれませんが」

「では早速、帝国には貴男の家族をこちらに移住させるように交渉しますわ」

 先ほど伝言を持ってきた帝国の使いの者に、こちらでイーデンをどう扱うか報告させるつもりで待機させていた。なので慌ててイーデンの家族についての伝言も書くことにした。

『親愛なる皇帝陛下へご挨拶申し上げます。イーデンについて、早急な対応を有り難う御座いました。彼はこちらに移住することになるでしょう。つきましては、彼の家族もこちらに呼びたいと思います。よろしくお願い申し上げます』

 ここまで書き『またお会いできる日を心待ちにしております』と、書きたそうとしたが、思いとどまった。その一言はアウルスにとっては余計なものに違いなかったからだ。
 仕事に私情をいれてしまうなんて、とんでもないことですわ。しっかりしなければ。とアルメリアは自分を戒めた。
 そうして、伝言の最後に署名だけすると蝋封し使いの者に渡した。

 アルメリアは、現在自警団を束ねているアンに自警団組織の独立の話をしてイーデンを預けると、次の日には城下に戻る馬車の中にいた。

 馬車の中で、何もせずに流れる景色をずっと見ていると、アズルの伝言はなぜあんなにも短かったのだろうか? 次にアズルに会えるのは、アズルとシェフレラというご令嬢との結婚式かもしれない。祝福できるだろうか? などと、どうしてもすぐにアウルスのことを考えてしまうのだった。

 いつになれば思い出さなくなるのだろう。

 そう思い、大きくため息をつくと同乗させたサラに話しかけ、彼女の日常の話に耳を傾けて過ごした。

 久々に城下へ戻ると、長旅の疲れからかここ最近の忙しさからか、執務机の書類に目を通す余裕もなく、ベッドに倒れ込むと泥のように眠った。
 翌日からも忙しい日々が続くが、今のアルメリアにとって、その方が余計なことを考えずにすむので有難かった。
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