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第百六話 海賊

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 翌朝、ペルシックからの定時報告で以前軽く調べるよう指示していた、アドニスを悩ませているというモーガン一派についての報告書が上がっていた。
 ちょうどルリユ海域の通行許可証を帝国から賜ることになっているアルメリアは、一度アドニスとも話をして海賊対策について知っておかなければならないと思った。

 ルリユ海域は帝国の海軍が目を光らせているため、容易に海賊行為を行うことができないだろうが、そこへ行くまでにはモーガン一派のいると言われているロベリア海域を通過せねばならない。
 他にもロベリア海域で海賊行為を行うものがいるにはいるが、そこまで大きく目立つ海賊がそこに定着することはなく、いても拿捕されるか他の海域に流れて行く者たちばかりだった。
 今まで護衛をつけ対策していたが、今後はそのモーガン一派と対峙しなければならないときが必ずくるはずだ。あのアドニスが手こずっているほどの相手なのだ、この問題に対しては心してかからなければならないだろう。

 報告書では、モーガン一派に関して多くのことは語られておらず、彼の出自については不明なことが多かった。
 十年ほど前からロベリア海域で海賊行為を行い、ロベリア国と他国との貿易船や旅団を襲い富を得ていた。
 多くの海軍を指揮しているスペンサー伯爵と長年に渡る確執があり、一時和解し協力関係にあった時期もあるようだが、三年前より突然その関係が悪化しておりロベリア国としては今では一番手を焼いている海賊であった。
 また、スペンサー伯爵は現在表だって海軍の指揮をとっておらず、アドニスがそれに代わり海賊を取り締まり交渉しようと試みているようだと、ざっとそんなことが書かれていた。

 この報告の内容からアドニスはかなり重要な役割を任されており、彼がとても有能で国王からも信頼が寄せられている事が伺えた。
 それにアドニスとしては、父親であるスペンサー伯爵が成し得なかったことを自身で解決することにより、その実力を証明できるのだから無理をしてでもこの件を自分の力でなんとかしたいに違いなかった。

 アルメリアは、ひとまずアドニスが城下にいるうちに海賊の件を詳しく聞くことにしたが、アブセンティーでこの件に関して尋ねても、他の者の目がある手前詳しい話は聞けないかも知れなかったので、アドニスの執務室へ訪ねてよいか使いをだした。
 ところが、アドニスはすでに自身の領地へ出発したあとであった。

 いずれはアルメリアも、自身の領地にあるツルス港へ行き、いつも護衛を頼んでいる者たちに接触し話を訊かなければならないだろうと思っていたので、アドニスの許可があれば領地まで尋ねることもやぶさかではなかったが、来週帝国から特使が訪れる予定であったため、それまでは城下から離れられなかった。

 とりあえず、まずは帝国からの特使を迎える準備とムスカリにその旨を報告することにした。

「帝国から特使、ね」

 いつもアブセンティーに一番先に訪れるムスカリに、誰もきていないうちに通行許可証の件を報告すると、ムスカリはなにか物言いたげな顔をしてそう言った。

「帝国と勝手に取引のようなことをしてしまい、大変申し訳ありません」

 ムスカリは苦笑する。

「いや、かまわない。あの海域は帝国の船以外はどの国の船も通行できない海域だ。君の行商船だけでも通行できるとなれば、それをロベリア国が有効利用することもできる。でかした、と言うべきだろうな」

 その意見を不満に思ったアルメリアは、思わず苦言を呈した。

「恐れながら申し上げます。そのような不義理を働けば、帝国に攻めいられる隙を作ってしまいますわ」

 すると、ムスカリは声を出して笑った。

「もちろん、そんなに表だって利用するつもりはない。君がせっかく素晴らしい商品を作り、それを売り込めるほどの信頼を勝ち取った訳だしね。それを台無しにすることはしない。約束しよう」

「良かったですわ」

 国にアンジーファウンデーションを利用されれば、なにかあればクンシラン家に責任がのし掛かることになる。アルメリアはほっと胸を撫で下ろす。

「ところで、今日ご報告申し上げた理由ですが……」

「わかっている。帝国から特使がくるのだ、君ひとりで出迎えるというわけにもいかないだろう。スペンサー伯爵を立ち会わせよう。予定は無理矢理にでも空けさせる。特使のくる予定を、あとでスペンサー伯爵に伝達しておけばいい。ところで……」

 そう言うと、ムスカリはしばらく無言でじっとアルメリアを見つめた。アルメリアはなんだか恥ずかしくなり、視線を外した。

「あの、なんですの?」

「君といるといつも仕事の話ばかりになってしまうな。本来なら意中の女性とは、いつも楽しく過ごしたいものだが。まぁ、これも君とだからこそ、なのだろうが」

 アルメリアは自分が貴族の普通の令嬢ならば、きっともっと気のきいた流行のオペラの話や、演劇の話などをして楽しく過ごせるはずだろうと思い、申し訳なく思った。

「あの、令嬢らしくなくて申し訳ありません」

 すると、ムスカリはアルメリアの手をとる。

「違うね、私はそんな君がいいのだから。君は素晴らしい女性だ、君の言うことは私を失望させることは絶対にないだろう。だから、そのままでいい。いや、そのままでいてくれ」

 そう言って優しく微笑んだ。アルメリアは恥ずかしくなり、顔を上げることができなくなってしまった。
 そこでリカオンが大きく咳払いをする。

「殿下、お戯れはそこまでにしてください」

「戯れてなどいない。本気なのだが? まぁ、いい。もうそろそろ他の邪魔者たちもくる時間だろうしな。それにしても、君とはいつでも二人きりで過ごしたいものだが、これも仕方のないことなのだろうな」

 そう言ってリカオンを一瞥した。リカオンはにっこり作り笑顔を返した。
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