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第百七話 アウルスの来訪

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 アレキス・ラ・スペンサー伯爵は外交慣れしている人物なので、安心して特使を迎えることができそうだった。
 とはいえ、今回特使が派遣される理由は許可証の発行なので、そこまで構える必要はないかもしれないが、相手は帝国なので油断しない方がよいだろう。

 そうしてその日までに万全の準備を整え、アルメリアの執務室へ特使を迎えることにした。

 当日スペンサー伯爵は、約束通りアルメリアの執務室に特使の来る一時間前に訪れた。

「ごきげんよう、スペンサー伯爵」

「こんにちは、クンシラン公爵令嬢。いつも、息子のアドニスがお世話になっているようで」

 スペンサー伯爵はアドニスにとてもよく似ている。アドニスはスペンサー伯爵がまだ十四歳のときの子供だったそうで、スペンサー伯爵はアドニスほどの大きな子供がいるとは思えないほど若々しい。

「いいえ、こちらこそアドニスにはお世話になってますわ。ところで、今日はわざわざ予定を空けてくださって、ありがとうございます。卿がいてくださると、とても心強いですわ」

「いいえ、私などいなくとも貴女なら大丈夫でしたでしょう。私などただの付き添いですよ」

 そう言うと微笑んだ。

 アルメリアは今日、せっかくスペンサー伯爵と会ったのだから訊いておきたいことがあった。

「ところで、特使をお迎えする前に少しお訊きしたいことがありますの。モーガン一派のことですわ。貿易をする上で、彼らのことは無視できませんでしょう? アドニスが交渉しているとお聞きしましたわ。モーガン一派はどのような者たちですの?」

「確かに、貴女は手広く商売をなさっておいでてすから、知っておきたい情報なのでしょうね」

 そういったあとしばらく沈黙が続き、スペンサー伯爵はなにやら考えている様子を見せたが、やっと口を開く。

「彼らはあの海域を牛耳っていて、略奪を繰り返していたのですが、ここ数年では商売をして生計をたてているようです。まぁ、まともな商売なのかはわかりませんが。それと、クチヤ海域のキッド一派とは対立していましてね、ロベリア海域に他の海賊がいないのは、モーガン一派とキッド一派と長年やり合っていて、キッド一派をロベリア海域に入れないようにしているからなのです」

「そうなんですの。そういえば三年前まではロベリア国と関係が良好だったと聞きましたわ。関係が悪化した原因をご存知?」

 その質問をぶつけると、スペンサー伯爵は一瞬渋い顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。

「モーガンは気まぐれな奴ですから、なにを考えているのか私にはわかりません。ある日突然、ロベリア国とは以前のように付き合わないと、一方的に言われたきりなのです」

「原因がわからないのなら、対処は難しいですわね」

 彼らの立場的になにか問題があり、ロベリアと付き合うことができなくなったなどの、明確な問題があるのならばこちらも対応できたろうが、これではアドニスも苦労しているにちがいないと、アルメリアはアドニスに同情した。

 そんなことを考えていると、スペンサー伯爵がアルメリアの背後を驚いた顔で凝視しているのに気づく。

「アレキス、お前もう来ていたのか」

 アルメリアが慌ててスペンサー伯爵の視線の先を見ると、そこにムスカリが立っていた。

「殿下……」

 アルメリアは慌ててアドニスにカーテシーをし頭を下げ、スペンサー伯爵もそれに続き腰を低くし頭を下げる。

「頭を上げてくれてかまわない。今日は思うところがあって、私も立ち会わせてもらう」

 スペンサー伯爵は驚いて顔を上げる。

「殿下もですか?」

「なんだアレキス、不都合でも?」

 もう一度慌てて頭を下げると、スペンサー伯爵は慌てて答える。

「いいえ、とんでもないことでございます。不都合などございません。ただ、恐れながら申し上げます。相手は帝国の者とはいえ、ただの特使でございます。殿下が出迎えなどなされば、相手にどのように思われるか」

 すると、ムスカリは鼻で笑う。

「必要ない」

「はい?」

「お前がそのようなことを考える必要はないと言っている」

「も、申し訳ございません」

 アルメリアはずっと二人のやり取りを、頭を下げたまま聞いていた。
 ムスカリは王太子殿下である。アブセンティーのときは公での訪問ではないため、わりとフランクに話をするが、本来はアルメリアなどが気軽に口をきけるような人物ではない、ということを思い知らされた気がした。

「アルメリア、同席してかまわないか?」

 突然話しかけられ、内心動揺しつつ答える。

「はい、同席していただけることを有り難く存じ上げます。では、殿下のお席をご用意させましょう」

「いや、かまわない。準備はこちらでする」

 先日話したときはなにも言っていなかったが、最初から同席するつもりだったのだろう。
 このまま通行許可証を、国で利用するつもりなのではないかと一抹の不安にかられながら、ムスカリのお付きの者たちが準備するのをじっと見つめていた。
 すると、ムスカリがアルメリアの横に立ち耳打ちする。

「アルメリア、心配するな。今日の私の目的は通行許可証ではない。そう約束したではないか」

 驚いてムスカリの顔を見上げると、安心させてくれようとしているのか、優しい眼差しを向けてくれていた。
 その眼差しに少し不安が和らいだが、それでもなぜムスカリも同席することにしたのか、疑問が残った。

 準備を整えていると、特使が到着したと連絡がありアルメリアたちは三人でそれを出迎えるために待った。

 ドアが開き、帝国の特使がアルメリアの執務室に入るとその人物を見て、アルメリアは息が止まりそうになった。

 なぜならそれはアウルスだったからだ。

 アウルスは執務室へ案内されると、ごく自然に敬礼し、部屋の中央でアームチェアに座っているムスカリに気がづくと膝を折った。
 その様子を見て、ムスカリは満足そうに微笑む。

「ご苦労。今日は私も立ち会わせてもらうが、様子を見ているだけだ、気にしなくともよい。特使どのは、目的を果たされるがいい」

「御意。では、失礼致します」

 そう言うとアウルスは立ち上がり、アルメリアへ向き直る。

「私は皇帝陛下の命により、ロベリア王国クンシラン・ディ・アルメリア公爵令嬢へ、行商船のみ限定のルリユ海域通行許可証の発行及び、その取得許可を与えるために派遣された、アズルという者です。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそまことにありがたきこと、お礼申し上げます」

 アルメリアはそう言って、恭しく頭を下げた。アウルスはそれを見届けると、丸筒から一枚の書類を取り出した。

「通行許可証を渡す前に、細かな条件があります。それに同意しサインいただければ、それをもって許可証の発行とさせていただきます」

 まるで他人行儀だが、その声も眼差しもヒフラで会ったアウルスに違いなく、内心戸惑いながらもその渡された書類に目を通した。
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