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第百十八話 アドニスは忙しい

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 リカオンにツルス港から少し離れた場所にある海岸へ連れてこられた。
 そこは岩山に囲まれており、ほとんど人も見当たらずさながらプライベートビーチのようであった。
 とても美しい白浜で海はとても澄んでおり、エメラルドグリーンとブルーの海中を色とりどりの魚が泳ぐ姿が見えた。水面は太陽の光を反射し、キラキラと輝いている。

「こちらに来てから偶然ここを見つけて、貴女をお誘いしたいとずっと思っていました」

 少しはにかみながらリカオンがそう言った。

「そうなんですのね? ありがとうリカオン」

 そして早速、海岸線を貝を拾いながら歩く。

「紅貝がたくさん落ちてますわ」

「はい。ピンク色でとても美しいですね。アルメリアにとても似合う貝です。一緒に拾いましょう」

 あんなに皮肉屋だったリカオンにそんなことを言われ、どう返事をしたらよいか戸惑ったアルメリアは、とりあえず無言で貝拾いに集中することにした。

 孤児院の子どもたちのお土産にしよう。そう思い、なるべくたくさん拾うことにした。

 少し離れたところで貝を拾い集めたリカオンは、アルメリアのもとへ戻ってくると手のひらを広げて見せた。

 アルメリアは手のひらを覗き込む。

「リカオン、ありがとう。たくさん拾いましたのね」

 そう言って受け取ろうとしたとき、たくさんの色とりどりの貝殻の中に混じって、美しい濃いピンク色の珊瑚と真珠のブローチが入っているのを見つけた。

 アルメリアは、はっとしてリカオンの顔を見上げる。

「先日ツルスでこれを見つけて、貴女に似合うと思ったので」

「こんなに高価そうなもの、受け取れませんわ」

 すると、リカオンは懇願するように言った。

「いつもお世話になっているお礼だと思って下さっていいので、受け取って下さい」

 しばらく断ろうか躊躇していたが、リカオンがあまりにも必死な顔で見つめてくるので、アルメリアはそれを受け取った。
 正直、そのブローチはとても可愛らしく、こんなものをプレゼントされるのはとても嬉しかった。

 だがそのときふと、確か前世のゲームでリカオンと親密になると、ブローチをプレゼントされるイベントがあったのを思い出す。

 まさか、ね。

 そう思いながら、受け取ったブローチを胸に着けた。

「ありがとう、大切にしますわね」

「はい、よかった。思っていた通りとても良く似合ってます」

 そう言ってリカオンは嬉しそうに微笑んだ。




 その後ヘンリーと砂糖の取引のことで話したり、アウルスと細かい取り決めなどをしたりして数日が過ぎた。その間、せっかくなのでアウルスやリカオンを誘って、毎朝港町を見て回わり挨拶をして漁師たちとも親睦を深めた。
 そんな毎朝の見回りに、リカオンもアウルスも飽きもせず付き合ってくれた。

 そうしながらも、水面下ではローズクリーン貿易の情報を集めていた。だが、ローズクリーンがチューベローズと繋がっているという、確たる証拠は得られずにいた。

 ただ、船員たちの話だとアンジーの組織が帝国海域に行くという噂を聞き付けて、ローズクリーン貿易のものたちが、執拗に帝国の話を聞き出そうとしてきたとのことだった。
 自分たちも帝国と取引をしたいのか尋ねたが、取引事態には全く興味がないという反応だったそうだ。

 こうして二週間がたち、アウルスとアルメリアが部屋で話し合いをしているときに、アドニスが久しぶりに姿を表した。

「アルメリア、準備に手間取ってしまって、こんなに遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。ずいぶん待たせてしまいましたね」

 アドニスは部屋へ訪れると、そう言って微笑んだ。

「お疲れ様でした。こんな短期間でもう準備が整いましたのね? 凄いですわ」

「そうでもありません。もう少しスマートにできれば良かったのですが……。あまりモーガンを待たせて、奴の気が変わってしまってもいけませんしね」

 そう言ってアドニスは、苦笑いをした。

「では、話し合いの日時を早目に決めてしまった方がよろしいかしら?」

「はい、そうですね。私はいつでもかまわないので、そう伝えていただけるでしょうか」

 アルメリアはただちに、ヘンリーへ手紙を書くと、ヘンリーの屋敷へ使いを出た。そして、改めてアドニスにアウルスを紹介する。

「こちら帝国の特使の方ですわ」

 アウルスは居ずまいを正し、頭を下げる。

「アズルと申します」

 アドニスとアウルスに頭を下げた。

「特使どの、遠い場所からはるばるご苦労様でございます。ところで、アルメリアとの契約はもうお済みになられたのでしょうか?」

「はい。あとは細かい打ち合わせをして、調整すれば終わりです」

 アドニスはしばらく考えると、微笑んで頷いた。

「そうですか、ご苦労様です」

 そうして、しばらく沈黙が続いた。なんとなくその場の居心地の悪さを感じながら、アルメリアは無言でいると、ヘンリーの屋敷へ行っていた使いの者が戻ってきた。

 アルメリアはほっとしながら使いの者から手紙を受け取った。

「明日の午前十時にヘンリーの屋敷で。と書いてありますわ」

「わかりました。ではその時間に伺いますと返事をしてください」

 使いの者はそれを聞くと、踵を返した。

「アドニス、当日に渡したいものがありますの、ヘンリーの屋敷へ向かう前に立ち寄ってもらえるかしら?」

 アドニスは一瞬不思議そうなかおをしたが、すぐに笑顔に戻ると返事をした。

「わかりました、必ず伺います。では、私はこれで失礼させていただきますね。特使どのまたいずれ。アルメリア、明日会いましょう」

 立ち上がり、一礼すると部屋を去っていった。その後ろ姿を見つめながらアウルスが呟いた。

「彼には、私がただの特使ではないとばれたかもしれない」

「どうしてですの?」

 そう聞かれ、アウルスはアルメリアの顔を見つめた。

「私もうっかりしていたが、通常特使には物事を決める権限がない」

「あっ!」

 アルメリアも言われて気がついた。本当にうっかりしていた。

「せめて大臣とでも名乗っておけばよかったかもしれないが、それでは隠れて動くことは難しいから仕方がないが」

 そう言って、アウルスはもう一度アドニスが去っていったドアを見つめた。





 翌日、九時ごろにアドニスがアルメリアを訪ねてきた。アルメリアは用意していた物をアドニスに渡す。

「これはプリンと言う食べ物ですわ。実はヘンリーはとても甘いものが大好きなんですの。だから甘いものを食べながら話をすれば、少しは気が緩むかもしれないと思い作りましたわ」

「ですが、話し合いの場でモーガンは食べるでしょうか?」

 そう言いながら、アドニスはそれを受け取る。

わたくしのお店で売る新商品であり、早目に食べないといけないことを伝えてくださる? そして、できればすぐに食べて感想を聞かせて欲しいとわたくしが言っていると伝えてくだされば、甘いもの大好きなヘンリーのことですもの、我慢できなくてすぐに食べてしまうと思いますわ」

 アルメリアはそう言って微笑んで返した。
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