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第百二十六話 スパルタカスとルーカス

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 先代のフィルブライト公爵が騙された詐欺に、ローズクリーン貿易が関わっていることは容易に想像できた。

 フィルブライト公爵は詐欺の犯人がわからなかったと言っていたが、あのチューベローズのやることなので、しっかり調べれば証拠が残っているはずだとアルメリアは考え、それも含めてローズクリーンを徹底的に調べようと思った。

 フィルブライト公爵にイーデンの紹介状を書いてもらい準備が整うと、フィルブライト公爵やイーデン、アウルスとの連絡方法などの取り決めをした。
 そうしてイーデンをツルスのローズクリーンに送り出すと、アルメリアはとにかくその無事を祈った。

 そのころツルスにいるグレンから手紙が届いた。

 内容は、アジュガとサンスベリアの体調も少し良くなったので、来月の王太子殿下の誕生会に合わせてサンスベリアと共に城下へもどる。という内容だった。

 ムスカリには申し訳ないが、アルメリアは忙しさに忙殺され、誕生会のことはすっかり忘れていた。

 今は誕生会に出席するための準備に時間を取る余裕はなく、以前アブセンティーでムスカリの誕生会には出席できないと断言しておいて良かったと、アルメリアは胸を撫で下ろした。

 誕生会ではムスカリに気に入られるため、令嬢たちが激しく争うのは目に見えており、それらに巻き込まれるのも嫌だった。

 それに、出席するとなれば現在婚約者候補の筆頭であるアルメリアがムスカリにエスコートされる確率も高く、そうして婚約者としての既成事実を積み上げ、逃げられないようにされるのは目に見えている。

 だが、いつもお世話になっているのだから、誕生日プレゼントは良いものを渡したかった。そして、ムスカリが喜ぶものを考える。

 そうして考えていると以前、演劇の準備をしていたときに、ものを作る作業をムスカリが楽しそうにしていたのを思い出した。それならばと、アルメリアは、なにか物を作るキットを開発してプレゼントすることにした。

 アルメリアはそのとき、演劇の準備をしながらムスカリが言っていた言葉をふいに思い出した。

『君は私の大切な人になった。妃にするなら君以外は考えられない』

 ムスカリはそう言っていた。

 アルメリアを直接好きだと言ったわけでも、愛していると言ったわけでもない。
 ムスカリは、現状においてアルメリアが一番信頼できて、大切に思える女性だから婚約したがっているのかもしれない。

 そう思いつくとはっとする。

わたくし恐れ多くも王太子殿下に好意を寄せられているかもしれないと思ってましたわ!」

 誰にともなくそう呟くと、アルメリアは自分の勘違いが猛烈に恥ずかしくなりとても反省した。

 アルメリアが誕生会に出席しないことはムスカリに伝えてある。ムスカリはなんの問題もなく、他の候補と誕生会に出席するだろう。

 なんとなくほっとしたような、少し残念なようなそんな自分勝手な考えを頭のすみへ追いやり、今は目の前のことに没頭することにした。
 有り難いことに、そんなことを考える余裕もないほどアルメリアは忙しかった。





 まずアルメリアは、スパルタカスにルーカスを預けたいことを話さなければならなかった。
 この件は公にしたくなかったので、ルーカスとスパルタカスの両者にアルメリアの屋敷まできてもらうことにした。

「わざわざ呼び立ててしまって、ごめんなさいね」

 約束の時間きっかり五分前に屋敷へ訪れたスパルタカスを笑顔で迎える。

「いいえ、これぐらい大したことではありません」

 そう言うと、スパルタカスは正面に座るアルメリアの目を真っ直ぐ見つめ返して微笑んだ。
 アルメリアも微笑んで返すと、本題を切り出す。

「今日は折り入ってお願いがありますの。公ではなく、内密にある貴族令息を騎士として兵舎に置いてほしいんですの。お願いできますかしら?」

「貴族の令息を……ですか? 騎士は貴族階級出身の者が多いので、それは問題ありません。ですが、騎士団にはいるということは少しの期間であろうと、それなりに覚悟が必要になりますし、待遇面もお気に召すかわかりません」

 アルメリアは大きく頷く。

「かまいませんわ。できればあまり目立ってほしくないんですの。ですから、あまり特別扱いはしない方がよいかもしれませんわ」

 そのとき、視界のすみにルーカスの姿が入ったので、アルメリアは立ち上がりルーカスを出迎えた。

「よくいらっしゃいました。足の痛みはどうですの?」

「だいぶよくなった。君の言った通りしっかりトレーニングをしているからね」

 スパルタカスも振り向き、ルーカスに気づくと慌てて立ち上がりお辞儀をして言った。

「大変失礼をいたしました」

 そんなスパルタカスを見て、ルーカスは苦笑する。

「城内統括、これから私の方が世話になるのだからそんなにかしこまる必要はない」

 その台詞に、スパルタカスは驚いてアルメリアを見た。アルメリアは頷いて返すと言った。

「そうなんですの、先ほど話していた貴族の令息とは、フィルブライト公爵令息のことなんですの」

 そう言ってアルメリアがにっこり微笑むと、スパルタカスは苦虫を噛み潰したような顔をした。まさか公爵の跡取り令息が騎士団にくるとは思いもよらなかったのだろう。

「フィルブライト公爵令息、恐れながら申し上げます。騎士団に入られれば、私のような者から叱責を受けることもあると思います。それは大丈夫なのでしょうか?」

 ルーカスは頷く。

「大丈夫だ、それは覚悟してきている。城内統括、貴男も今からそれに慣れるようにしてほしい。私も十分気を付けよう。いや、気を付けます。よろしくお願いいたします」

 そこにアルメリアが口を挟む。

「スパルタカス。ルーカスは怪我が治ったばかりですわ。騎士団の訓練がとても厳しいものだとは理解しているつもりですけれど、そこだけ配慮してくださるかしら?」

 スパルタカスは笑顔で答える。

「もちろんです」

 その様子を見ていたルーカスはアルメリアに向き直った。

「ところでアルメリア、城内統括にはどこまで話したんだ?」

「貴男が姿を隠さなければならない、ということだけ」

 そんな二人の様子を見てスパルタカスが口を挟んだ。

「二人きりで話したい内容があるのなら、私はさがった方がよろしいですか?」

 それにはアルメリアが答える。

「スパルタカス、気を遣わせてしまってごめんなさいね。色々な事情を話してしまうと、貴男を巻き込んでしまう恐れがありますの。だからどうするか考えているところですわ。でも、貴男はこのままなにも聞かずに帰った方がよいかもしれませんわ」

 するとスパルタカスは首を振る。

「いいえ、いいえ閣下。閣下には以前からなにか目的があって突き進んでいる。そんな印象を持っていました。今回のことはそれと関係することではないのですか?」

 ゆっくり頷くと、アルメリアは答える。

「確かに、関係するといえばそうかもしれませんわ」

「ならば、私にもなにがおきているのか説明して下さい。そして、貴女のそばでその苦しみの一端を担わせて下さい」

 そう言って深々と頭を下げた。アルメリアは慌てた。

「スパルタカス、頭を上げてちょうだい。こちらこそ申し訳ないと思ってますのに。本当は、できれば巻き込みたくありませんの」

 そのとき、ルーカスが背後からアルメリアの肩に手を置いて言った。

「アルメリア、彼は本気のようだ。こういったときは彼の申し出は拒絶せず受け入れるべきではないか?」

 そう諭され、アルメリアはスパルタカスにもチューベローズのことを話すことにした。
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