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 ここまではゲーム内での台詞と同じである。これでサミュエルが選ぶ相手はマリーだと決まったも同然だろう。

 ジョゼフィーヌは他の令嬢より一歩前に踏み出しているマリーを見つめた。

 彼女は期待に瞳を輝かせ、今か今かとその時を待っている。

 そんな彼女を注視しているとなぜかその表情は徐々に雲っていき、そのまま視線をゆっくりとこちらに向けた。そして、信じられないものを見る目でジョゼフィーヌを見つめた。

 なぜマリーはこちらを見ているのだろう?

 そう思いながらなんとはなしに慌てて隠れようとしたが、その時誰かに行く手を阻まれた。驚いて見上げ、その場にいる人物の顔を見てジョゼフィーヌは息を呑む。

 サミュエルが優しく微笑みかけていたからだ。

「王太子殿下?」

「フィー。君が隠れていたから、探すのに手間取ってしまったじゃないか」

 そう言うと、サミュエルはジョゼフィーヌの手を取り腰に腕を回すと、ホールの中心に向かって歩き出す。ジョゼフィーヌは、なにがなにやらわからぬままそれに従う。

 そして、サミュエルはホールの中心に立つと言った。

「では、発表しよう。私の婚約者となるのはジョゼフィーヌ・ド・アルシェ侯爵令嬢だ」

 周囲にいた令嬢たちは明らかにがっかりした顔をしたが、それでもなんとかひきつった笑顔を作ると拍手した。

 その周囲にいる貴族たちもお祝いの言葉を口々にした。

 その時、デュケール公爵令息が二人に近づいた。

「おめでとう」

 そう言うとサミュエルと握手し、耳元で囁く。

「なぜジョーなんだ、他にも候補はたくさんいるじゃないか。あてつけか? まぁ、僕も諦めるつもりはないから、彼女を決して放さないことだ」

 そう言って微笑んだ。サミュエルは満面の笑顔を返すと小声で答える。

「私からフィーを奪うつもりか? まぁ無理だろうが、あがくのも悪くないだろうね」

 ジョゼフィーヌは目の前の光景が信じられず、まるで二人のお芝居を見ているようだと感じた。そして、小声で口を挟む。

「お二人とも、本気で仰ってますの?」

 その台詞に驚いた顔で、サミュエルもアレルもしばらくジョゼフィーヌの顔を見つめる。

「ジョー、本気で言っているのですか?」

「フィー、君は私が愛してもいない女性にあんなことをする人間だと?」

 サミュエルの発言に素早くアレルが反応する。

「あんなこと? サミュエル、あんなこととは一体どういうことだ? 君は彼女になにをした?!」

 サミュエルはニヤリと笑う。

「君には関係ないね。私たちのことだ」

 ジョゼフィーヌはだんだんと周囲を気にせず大きな声でおかしなことを言い始めた二人をなんとかせねばならないと、大きな声を出そうとした。

 その瞬間だった。

「おふたりとも、おふざけが過ぎています!!」

 そう背後からホール内に響きわたるほど大きな声がした。

 その場の全員がその声の方向を注視すると、そこにはドレスのスカートをギュッと握りしめ涙をこらえるマリーがいた。

 そして続ける。

「サミュエル殿下! 面白い催し物だと思ってやってらっしゃるのかもしれませんが、これ以上続けるとアルシェ侯爵令嬢を侮辱することになってしまうと思いますの。もうそろそろ許してあげてください」 

 そう言うと周囲を見回す。

「それに皆さんもです! アルシェ侯爵令嬢が侮辱されているのに、それを面白がって誰も止めないなんて!!」

 そう言われた貴族や令嬢たちは困惑顔でお互いに見つめ合い、首をかしげる。

 マリーはその人だかりをかき分けサミュエルとアレルの前に立つと、ふたりに微笑む。

「さぁお遊びは終わりにして、改めてちゃんと発表をしてください」

 そう言うと周囲に向き直り、ぐるりと見回す。

「茶番はここで終わりです。今日はアルシェ侯爵令嬢について大切な告発があるのです」

 そして、ジョゼフィーヌに向き直ると真っ直ぐジョゼフィーヌの顔を指差す。

「アルシェ侯爵令嬢、いえジョゼフィーヌはサミュエル殿下とアレルにつきまとい、サミュエル殿下と親しくなったわたくしが気に入らないばかりに、自分の家名を盾に男爵令嬢のわたくしに嫌がらせの限りを尽くしました!」

 すると周囲の者がざわめきだし、ジョゼフィーヌを見つめた。

 ジョゼフィーヌはこのマリーの堂々とした態度に前回のお茶会に引き続き、アレルとサミュエルがなにか画策しているのだろうと思った。

 とにかく、今は予定どおり病弱を装って気絶したふりをしよう。そう思い実行した瞬間、サミュエルがジョゼフィーヌの腕をつかみ自分の方へ引き寄せると抱きかかえた。

 そして、マリーに向かって低い声で言い放つ。

「貴様、いい加減にしろ。それ以上なんの証拠も無しに私のフィーを侮辱するなら、直ちに投獄する」
  
 マリーは微笑みながらゆっくりと、サミュエルの方を向いた。

「サミュエル殿下? まだ続けるのですか?」

「それは私の台詞だ。貴様は私につきまとい、私が愛するフィーに自分の立場もわきまえず嫌がらせをし、社交界に嘘の噂話を吹聴、フィーを侮辱した。恥ずかしがり屋のフィーが、あまり大事にしたくなさそうだったから裏で粛々と貴様の処分を考えていたが、まさかここまで恥知らずなことをしでかすとはね」

 そう言ってサミュエルは侮蔑の眼差しでマリーを見下ろした。

 マリーは顔色をなくし、助けを求めるようにアレルへ駆け寄る。

「アレル、貴方はわたくしの味方ですわよね?」

「すまないね、僕は君のことは僕のジョーにいちゃもんをつけてくる、不躾な令嬢という認識しかないんだ。それ以外君のことをよく知らない。僕はジョーを一目見た時から、彼女のことしか見ていないんでね」

 そこでサミュエルが咳払いをする。

「一つ訂正しよう。フィーはお前のものではない、私のものだ」

 するとマリーは憎しみのこもった目でサミュエルを見つめた。

「馬っ鹿じゃないの? 僕のだ私のだって。あんたそれでも王子なわけ? 国民や貴族たちの前で惚気てんじゃないわよ!!」

 するとサミュエルは、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をした。

「確かにそうだな、フィーを手に入れられると思ったら嬉しくて、皆の前だということをすっかり忘れていたかもしれない……」

 その台詞にアレルとマリー以外の者からどっと笑い声がした。

 マリーが憎々しげに叫ぶ。

「笑ってんじゃないわよ! ふざけないでよ、なんでこんなことになってるのよ。その女は悪役で誰にも愛されるはずがないのに!!」

 その時我慢できなくなった周囲からマリーに対して声が上がる。

「貴女、うるさいですわ!」
「早くその女をつまみ出せ!!」
「全く祝いの席で、恥知らずな女だ」

 その声で我に返ったのか、マリーは俯きその場から立ち去ろうとした。サミュエルは使用人にマリーを逃がさぬよう追いかけ捕らえ投獄するように命令した。

 マリーは最後の最後まで悪態をつき抵抗していたが、引きずられるように連れていかれた。

 ジョゼフィーヌは気絶したふりからいつ目覚めれば良いか、タイミングがつかめずそのまま寝たふりをしていた。

 すると、サミュエルがみんなに向かって改めて言った。

「変な横槍が入ってしまったが、アルシェ侯爵令嬢と私との婚約は正式なものである。皆で温かく見守ってほしい」

 そう言うと、ジョゼフィーヌの耳元で囁く。

「眠り姫、狸寝入りはばれてるよ」

 サミュエルは周囲に見せつけるようにジョゼフィーヌに深く口づけた。ジョゼフィーヌは慌てて目を開き、サミュエルの服をギュッとつかんで引き離そうとしたが全く敵わなかった。

 貴族たちから歓声が上がる中、ジョゼフィーヌはあまりにも長く深い口づけに、恥ずかしさのあまり本当に気絶した。

 目覚めると、アームチェアーに座ったサミュエルに横抱きにされていた。周囲を見ると舞踏会はまだ行われているようだった。

 サミュエルはジョゼフィーヌの顔を覗き込む。

「目が覚めたね」

 そう言ってまたキスをした。

「殿下、これはなにかの冗談ですわよね?」

「まだ言っているの? 夢じゃないよ。君は私の伴侶となり、この国を一緒に支えて行く事になる。覚悟を決めてくれ」

「覚悟はとっくに……。ですが、殿下には他に意中の方がいらっしゃると思っていましたので……」

「もしかして、あの恥知らずな男爵令嬢のこと? 彼女が君に色々余計なことを言っているのは知っていたが、もう少し私のことも信用してほしかったな」

 サミュエルはそう言って苦笑した。だけど、とジョゼフィーヌは思う。

「実は先日殿下の馬車にふたりで乗っているのを見てしまったのです」

「あれか! あの時のあの令嬢の行動は大胆なものだったよ。私の馬車の前に飛び出し『轢かれた!』と訴えたのだ。流石に貴族令嬢を王宮の馬車が轢いておいて、そのままにするわけにも行かないのでね近くの治療できる場所まで運んだ。まさか、それを君に見られるとはね」

「そうだったんですの、わたくし勘違いしてしまって……」

「誤解が解けたところで、私の気持ちも信じてくれるかな?」

 ジョゼフィーヌは恥ずかしくなり俯くと頷いて言った。

「はい。よろしくお願いいたします」

 すると、サミュエルは嬉しそうにジョゼフィーヌを抱きしめた。

「今日、君が私の贈ったドレスを着てこなかったら、本当に君を諦めようかとも思った。人混みの中、私のプレゼントしたドレスを着た君を見つけた時のあの喜びは、計り知れないものがあった」

「でも、殿下は以前わたくしにまったく興味がなかったではありませんか」

 サミュエルは驚いた顔でジョゼフィーヌを見つめる。

「ばれてしまっていたか。あの頃の私は君をちゃんと見ていなかった。だが君が私に本音を言うようになって、本当の君を知ってから君にとても惹かれた。しかも君はアレルに惹かれて私から離れようとしていたし、とても焦った」

 今度はジョゼフィーヌが驚いてサミュエルを見つめる。

わたくしがデュケール公爵令息をですか?!」

「違うのか? だから君は私から離れようとし、他の令嬢を選ぶように言ったのではないのか?」

「違います。そんなこともわからないなんて」

 そう言ってジョゼフィーヌがむくれると、サミュエルはジョゼフィーヌの頭にキスの雨を降らす。

「すまない、気づいてやれなくて。本当に君は可愛いな。こうして今胸に抱けることを私は本当に幸せに思う。愛する女性に自分で選んだプレゼントを贈ったり君が着るドレスのデザインを考えたり、君は私にそんな新たな喜びも教えてくれたんだ」

 ジョゼフィーヌは驚いてサミュエルを見上げる。

「では本当に王太子殿下がわたくしに贈るドレスをご自身で選んでいたのですか?!」

「もちろんだ、信じていなかったのか? だが私の今までの行いが悪かったのだな。これからは思う存分その身をもって私の愛の重さを知るといいよ」

 そう言うとサミュエルはジョゼフィーヌに深く口づけた。

 こうして断罪しかないはずの悪役令嬢は、王太子殿下に愛される結末を迎えた。

 一方のマリーは投獄されたのち、裁判にかけられた。ジョゼフィーヌを侮辱し嘘の噂を悪意をもって流布したこと。サミュエルに対して不敬を働いたことや、ジョゼフィーヌやアレルに対して無礼な振る舞いをしたこと。

 更にはそれに対して本人が全く反省をしていないことから、着の身着のままで国から追放されることに決まった。

 だがあの図太いマリーのことだ、追放されても逆恨みでなにか画策するかもしれないと、サミュエルは見張りをつけることにしたそうだ。

 アレルはサミュエルに言った通り、事ある毎にジョゼフィーヌに迫ったが、ジョゼフィーヌがアレルに振り向くことはなかった。

 だがそれでもアレルはジョゼフィーヌを崇拝し、その一生をジョゼフィーヌに捧げた。

 サミュエルとジョゼフィーヌは人目もはばからずいつも仲睦まじく過ごしていたが、そんなふたりを貴族も国民も温かく見守り続けた。

 そうしてサミュエルは王位を退き亡くなった後々までも、妻を溺愛し国も国民も愛した愛情深い賢王であったと語り継がれることとなったのでした。
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