私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

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「もちろん違いますわ。だから、考えたこともありませんでしたけれど、改めてそう言われるとダヴィとここで生活するのもいいかもしれませんわね」

 思わずそう答えたものの、ダヴィドにもいい人がいるだろうし現実的ではないと考え直した。

 そのとき不意に、ラブラドライトの腕輪が視界に入りルカのことを思い出す。

 もしも、もしもルカが成長して自分を迎えに来たら? そうして、あの当時と同じ眼差しでまっすぐ自分を見つめ、同じことを言ってきたら?

 そう考えていると、シルヴァンに腕をつかまれ思考を邪魔された。

「なにを考えている。ダヴィドはとてもいいやつだが、所詮貴族ではなく平民なんだぞ? それに対して、君は公爵令嬢だ。自分の立場をわかっているのか?」

 そんなことは言われなくともわかっていることだ。 

 だが、あまりにも強い口調で言われ、アレクサンドラはルカの存在すら否定された気持ちになり、思わずシルヴァンから手を振り払うと腕輪を握りしめた。

「貴族もなにも関係ありませんわ。なにを言われても、わたくしは気持ちを大切にしたいんですの」

 すると、シルヴァンはその勢いに驚きつつ、アレクサンドラが握っている腕輪を見つめた。

「そうか、君はその腕輪の少年を探していたのだったな」

 そう呟くと、突然ニヤけ出しそれを隠すように口元を押さえた。それを見て、アレクサンドラは馬鹿にされているのだと思った。

「なにがおかしいんですの? 子どもみたいだと思っていらっしゃるんですのね?!」

 カッとなり思わず食ってかかると、シルヴァンは慌てた様子で言った。

「違う、そんなことは思っていない」

「もう、いいですわ。それよりヒントの場所へ行きましょう」

 むっとしながらも、これ以上なにか言ってシルヴァンを怒らせたらなにをされるかわからないと思い、アレクサンドラはそう答えて矛を収めた。

 そうしてさっさと歩き始めるアレクサンドラを、シルヴァンは愛おしそうに見つめ小走りで追いかけ手を握った。

 しばらく歩いたところでシルヴァンが立ち止まる。

「確かこの辺りじゃなかったか?」

「そうだったと思いますわ」

 二人ともそう言って周囲を見渡すが、花が輪になって植えられている場所はあるもののクリスマスローズは植えられていない。

「おかしいですわね、クリスマスローズが植えられている場所なんてありませんわ」

「もしかして方向が違うのか? 待てよ? 考えてみたらクリスマスローズはこの時期には咲いていないはずだ。咲いている花だと思ってそれを探していたが、それが間違っていたのかも」

「ですが、庭師はその時期その時期に合わせて咲いているものを植え変えているはずですもの。もしクリスマスローズがあったとしてもそれをそのままにするなんて考えられませんわ」

 そう答えてアレクサンドラは、あることを思い付きハッとした。

「先ほど殿下の仰ったように、咲いている本当の花とは限りませんわね」

 そう言うとアレクサンドラは、シルヴァンの手を強くにぎりある方向へ歩き出した。

「アレクサンドラ、どうしたんだ? なにかわかったのか?」

「たぶんですけれど、もしかしたらと思って」

 そう言ってその先に設置してあるヴィーナス像に駆け寄る。

 シルヴァンは不思議そうにしていたが、ヴィーナス像を見上げると微笑んだ。

「あれか!」

「そうですわ。この像の花冠、クリスマスローズですわよね?」

「間違いない。なるほど、花の輪か。よくわかったな。君はこのヴィーナス像の花冠がクリスマスローズだと知っていたのか?」

「いいえ、違いますわ。先ほど殿下が『咲いている花だと思ってそれを探していたが、それが間違っていたのかも』と仰ったから、もしかして石像とか、そういったものかもしれないと思いましたの。それでこの像のことを思い出したんですわ」

「凄いな、あの台詞だけで気づくとは」 

 アレクサンドラはゆっくり首を振る。

「ですが、まだこれが正解だとは限りませんわ。ヒントは『八時を指す輪のクリスマスローズから北へ三歩』でしたわよね?」

 そう言われシルヴァンは遠くを見つめ指差す。

「あそこに北方山脈が見えるから、北はあちらではないか?」

 二人はそうして北の方角を確認すると同時に、ヴィーナス像からちょうど三歩ほど先を見つめると、そこに不自然に置かれた壺があるのに気づく。

「あの壺、置かれ方が不自然ですわね」

「もしかしてあの中に?」  

 そう言ってお互いに微笑み合うと、その壺のところまで駆け寄って中身を見た。

「なにも入っていない……」

 残念そうにそう言うシルヴァンに、アレクサンドラは満面の笑みを向けると壺の下を指差す。

「あきらめるのは早いですわ。ここの芝生、掘り返したような跡がありますもの」

 そう言って、その壺を横へずらすと手が汚れるのも構わず二人は土を掘り返した。すると、土の中から十センチほどの長方形の木箱が出てきた。

 シルヴァンはその箱に付いた土を丁寧に手で払うと、アレクサンドラに微笑みかける。  

「君が見つけた」

「違いますわ。わたくしたちで見つけたんですわ」

「いや、君の功績が大きい。これは君のものだ」

 そう言ってシルヴァンはその箱を差し出した。それを固辞しようとするアレクサンドラに対しシルヴァンもそれを強く断った。

 アレクサンドラは仕方なしにその箱を受け取る。

「わかりました。これはわたくしが受け取ることにしますわ。でも、もし箱を開けて気が変わったら仰ってくださいませ」

 そう言って、その箱をゆっくりと開けると中に小さな布袋が入っており、それを開けて手のひらに中身を出したアレクサンドラは一瞬心臓が強く脈打つのを感じた。

「これは……」

「イヤリングか?」

「はい。ラブラドライトのイヤリングですわ」

 アレクサンドラはそう答えてそれを指でつまみあげると、陽の光で照らしてみた。

 それは腕輪とデザインが揃いのラブラドライトのイヤリングで、ピンクのシラーがとても美しいものだった。

「セバスチャンが準備したのかしら。シャトリエ侯爵令嬢が宝を見つけたら、わたくしの腕輪とお揃いになるところでしたわね」

 そう言って苦笑すると、シルヴァンは真剣な顔をして答える。

「いや、セバスチャンは君ならこの宝を先に見つけ出せると思ったに違いない。大切にするといい」

 アレクサンドラはそのイヤリングをそっと袋に戻すと、それを両手で包みこんだ。

「もちろんですわ」

 内心、アリスが先にこれを見つけてしまわないでよかったと思いながら、二人は手をつないでスタート地点まで戻った。

 スタート地点ではセバスチャンとダヴィドが待っていた。
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