私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

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 風土病という名のとおり、おそらくモイズ村の食習慣や生活習慣が原因で発症する病なのだろう。

「ダヴィ、詳しくいつも食べる食事の内容と生活の習慣なんかを教えてくれるかしら」

「食習慣? 病気と関係があるのか? おふくろは最近お祈りや捧げ物が足りなかったと話していたが、」

 アレクサンドラは優しく微笑み返した。

「神様は、ダヴィやお母様が日頃どれほど努力をしているか知っているはずよ。天罰を与えるはずがないわ」

 そう答えると、ダヴィドは心なしかほっとしたような顔をしたように見えた。

 紙とペンを渡すと、ダヴィドはいつも食べているものや食習慣を書き出し、それをアレクサンドラに渡した。

 アレクサンドラはそれをしっかりチェックした。

 生活習慣に関しては特に問題は見受けられなかったが、食生活について引っかかることがあった。

「とうもろこしが主食なの?」

「主食っていうか、干ばつが続いたときなんかはそれぐらいしか食べるものがないからな」

 それを聞いて、アレクサンドラはモイズ村で起きている風土病の原因はこれではないかと思った。それが正しいのか知るため、ダヴィドに質問する。

「ねぇダヴィ、その風土病って、皮膚がただれたりはしなかった?」

「あぁ、確かに。皮膚が赤くなって痒がってたころがあったな。そのうち食わなくなって、錯乱するんだ」

「原因がわかりましたわ! 栄養不足よ。えっと確か、ペラグラだったかしら?」

「ペラグラ? なんだそりゃ」

「しっかり栄養を取らずに、とうもろこしばかり食べているのが原因の病気なの」

 前世で様々なダイエットを試みていたアレクサンドラは、知識としてこのことを覚えていた。

 ペラグラとは、ナイアシン欠乏症のことである。

 とうもろこしの成分はナイアシンの吸収を阻害する。それに加え、ナイアシンを多く含む食品である肉や魚、乳製品などを十分に摂取できなかったことが原因でなる病気だ。

「よくわからないが、それじゃどうすればいいんだ? おふくろは助かるのか?」

 ダヴィドはアレクサンドラにすがるようにそう言った。

「ダヴィのお母様は、今どんな症状なのかしら?」

「最近、体がだるいって。あまり食事も食べてくれない」

「そう……だったら、まだ間に合うと思うわ。わたくしの考えが間違っていなければ、だけど」

「本当か?!」

「食事を変えれば大丈夫だと思うわ。それにしても、モイズ村の食習慣を変えないとだめね」

「そんなことができれば、俺らだってもっと早くにやってるさ」

「そうよね。とりあえずダムが完成すれば、安定して水を得ることができるもの、とうもろこし以外の食物だって栽培できるわ」

「そうは言っても、ダムの完成まではあと数年はかかるだろ? それまでどうするかだ」

「そうね、今思いつく限りだと、交易で外部から他の食材を手に入れる方法しか思い浮かばないけれど」

「交易か。それなら俺がなんとかできるかもしれない」

「ダヴィ、どういうこと?」

「いや、今商人たちの組織を立ち上げる話があってさ。ほら、個人で各々がやってるとなにかあったときに困るだろう? だから組合を作ろうとしてるところなんだ。その伝手が使えるかも」

「すごいじゃない。いつの間にそんな活動をしていたの? 少し見直したわ」

「なんだよ、ちょっとかよ」

 ダヴィドがそう答えると、二人は声を出して笑った。

 アレクサンドラはモイズ村で何人同じ病気にかかっているのかセバスチャンに調査するよう指示すると、食物の支援をすることにした。

 これで当面はなんとかなるだろうと胸をなで下ろした、そのときダヴィドの組織の話を思い出した。

「ダヴィは殿下に報告したのだろうか?」

 アレクサンドラはシルヴァンに報告しておいたほうが良いだろうと思い、部屋を訪ねることにした。

 同じ屋敷内で過ごしているものの、こうしてシルヴァンのいる部屋をアレクサンドラの方から訪ねるのは初めてだった。

 シルヴァンが使っている部屋の前には、絶えず交代で兵士が立っている。

 突然訪ねたら取次いでもらえないかもしれないと思いつつ、その見張りの兵士に声をかけるとあっさりと通された。

「殿下から、デュカス公爵令嬢なら何時でも通すように申し使っております」

 笑顔でそう言われた。

 部屋へ通されると、シルヴァンは難しそうな顔で机に向かっていたがアレクサンドラが来たと告げられると、顔を上げ優しく微笑んだ。

「君の方から来てくれるなんて、一体どうしたんだ?」

「はい。少しお話ししたいことがありますの」

「そうか、とにかく座って」

 シルヴァンはアレクサンドラがソファに座るとその向かいに腰を下ろした。

 お互い向き合って座ると、アレクサンドラは部屋で二人きりの状況に気恥ずかしくなり、お茶が運ばれてくるのも待たずに口を開いた。

「ダヴィのことですわ」

「彼がどうかしたのか? そういえば、ブラウリーツから帰って来る前少し様子がおかしかったが」

「そうなんですの。それで今日話してくれたのですけれど、相談の内容は、彼のお母様のことでしたわ」

 そう言ってアレクサンドラは事のあらましを説明した。

「そうか。それでなにやら考え込んでいたのか」

「はい。ダヴィは気を使ってわたくしにお母様のことをずっと相談できずにいたみたいですわ」

「それで、なぜその話を僕に?」

「ダヴィは組織を作るって言っていましたし、その中で交易をするなら殿下にお話したほうがいいかと」

「そうか。実はダヴィから商人たちの組織化の相談は受けていた」

「そうでしたの? 知りませんでしたわ」

 確かにシルヴァンはダヴィドのことを仲間と言ってはいたものの、所詮ダヴィドは無位の者である。アレクサンドラはその言葉を本気だと受け取っていなかった。

 だが、ダヴィドがそんなことを相談するほど二人の仲が良いのだと知って、アレクサンドラは驚いた。

「レックス、そんなに驚いたか? ダヴィドは仲間だと言っただろう? それにダヴィドも勝手に組織を作るより、僕に相談して組織に問題がないことを言っておきたいという目的もあるのではないかな」

「争いを招きたくないのですわ」

「そのとおりだ。それにお互いに協力できることがあるかもしれないからな」

「なら、安心しましたわ。わたくしが心配しなくとも、ダヴィドはしっかり考えていたということですのね」

「そのようだ」

わたくし、余計なことをしてしまいましたわ」

「そんなことはない。話してくれてありがとう」

 シルヴァンはそう言って暖かい眼差しをアレクサンドラに向けた。

 アレクサンドラはドキリとして、思わず視線を逸らした。

「か、隠し事はしたくありませんもの。ダヴィにもわたくしから殿下にお母様の話をしたと伝えて構いませんわ」

「そうか、わかった。で?」

「で?」

「いや、なにかあるんじゃないのか?」

「いいえ。あとは特になにもありませんわ」

「では、そのことを僕に伝えるためだけに?」

「そうですわ」

 そう答えてアレクサンドラははっとした。

「申し訳ありません。こんな話で殿下の大切なお時間を無駄にしてしまいましたわ!」

 そう言って慌てて立ち上がると、シルヴァンがそれを制した。

「いや、そんなことはない。なんでも話して欲しいと言ったのは僕だ。そしてこうしてちゃんと君が話してくれたおかげで、僕たちは情報を共有できた。これはとても有意義な時間だったと思わないか?」

「本当ですの? そう言っていただけるとわたくしも報告した甲斐がありますけれど」

「本当だ。さぁ、とにかく座って。せっかく来てくれたんだ、少し僕の話し相手をしてくれないか?」
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