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アレクサンドラは戸惑いながらうなずき、再びソファへ腰を下ろした。そのとき、ふと思いついたように言った。
「ですが、殿下は私よりもシャトリエ侯爵令嬢とお話しされたほうが楽しいのではありませんこと? お呼びしてまいりましょうか?」
気を利かせたつもりだったが、それを聞いたシルヴァンは明らかに不機嫌な顔をした。
「なぜ僕が彼女を? それ以前に、シャトリエ侯爵令嬢と親しくしているのは君のほうだろう。僕は君に合わせているだけだ」
「えっ? ですが、殿下はシャトリエ侯爵令嬢に一目惚れしたはずですわ」
「は? そんなわけないだろう。なぜそんなふうに思うんだ?」
「ですが、二人が結ばれる運命のはずですわ」
「なんだそれは?!」
アレクサンドラは今こそ話さなければと思い、居住まいを正して驚くシルヴァンの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「前から話そうと思ってましたの。殿下はきっと私なんかと婚約したら、あとで後悔されますわ。それこそ私を亡き者にしたいと思うほどに」
「なんだって? 僕はあれほど君を救おうと努めてきたのに、今はそんなふうに思わせていたのか? 一体なぜ」
そう言ってシルヴァンは絶望的な顔をしたあと、文字通り頭を抱えて項垂れると呟いた。
「君がそんな思いをしていたなんて……やはり婚約すべきではなかったのか? 僕はいったいなにを間違えた?」
「殿下? あの、私たちは婚約していませんわ」
アレクサンドラにそう言われ、シルヴァンは慌てて顔を上げると力なく苦笑した。
「そうだったな……」
「殿下、大丈夫ですの? 顔色が悪いようにお見受けしますわ」
「大丈夫だ。それより君に言っておくが、僕はシャトリエ侯爵令嬢のことは好きではない。君がなぜか仲良くしようとしているようだから、そのようにしているだけだ。それだけはわかっていてほしい」
「ですが、これから好きになるかも……」
アレクサンドラがそう言うと、シルヴァンはぴしゃりと言った。
「それだけは絶対にない」
「困りますわ。それだと私の……」
続く『命が危ないですわ』という言葉をぎりぎりのところで飲み込んだ。シルヴァンは不思議そうに尋ねる。
「『私』がどうなると言うんだ?」
「なんでもありませんわ。とにかく、もしもなにかの間違えで私と婚約するようなことがあっても、いつでも婚約解消する準備があるということをお忘れなく」
そう言ってアレクサンドラが立ち上がると、シルヴァンがその手を掴み引き止めた。
「殿下?」
シルヴァンは真剣な眼差しで見つめて言った。
「僕はずっとただ一人しか見えていない。ずっとだ。それは変わらない。それを忘れないでほしい」
アレクサンドラは、シルヴァンにそんな相手がいたことにも驚いたが、それがアリスではないらしいことにさらに驚いた。運命の相手であるアリスと結ばれようが、そうでなかろうが、とにかく自分がシルヴァンと結ばれることが間違いだということは確かだろう。
その事実にショックを受けつつ、それを顔に出さないようにしながら答える。
「わ、わかりましたわ」
「わかっていない!」
シルヴァンが突然大きな声でそう言ったので、アレクサンドラは驚いて見つめ返した。シルヴァンははっとして手を離すと視線を逸らし、小さく呟いた。
「すまない」
「い、いえ。私も勘違いしていて申し訳ありませんでしたわ」
そう答えながら、アリス以外の人物をシルヴァンが選んだら自分はどうなるのかと考える。それに、わかっていたものの、こうもはっきりと愛していないのに婚約の申し出をしてきたと知って、アレクサンドラは少し気落ちした。
シルヴァンははっとして付け加えた。
「君は今もなにか勘違いをしている。僕がどれだけ君を大切にしているかは伝わっていると思うが」
「それは承知しておりますわ。ありがとうございます」
シルヴァンには愛する女性がいるが、それとは別にアレクサンドラも仲間として大切にしている――そう言いたいのだろう。アレクサンドラは気持ちを抑え、笑顔を見せた。
「とにかく、殿下のお考えがわかって、それだけでもここへ訪ねてきた甲斐がありましたわ」
諦めたように、シルヴァンは握っていたアレクサンドラの腕を離し、呟いた。
「君はなんにも、なんにもわかってないんだ」
「殿下?」
「いや、なんでもない。またなにかあれば。いや、なにもなくても気軽に部屋へ訪ねてきてほしい」
「はい、承知しました」
部屋を出ると、アレクサンドラは自分の中でシルヴァンの印象が以前とだいぶ変わっていることに気づいた。先ほどの『どれだけ君を大切にしているか』という台詞に、嘘偽りはないように思えた。確かに、モイズ村に来てからのシルヴァンはいつも手を貸し、そして疑うことなく信じてくれている。
そんなシルヴァンを知れば知るほど、邪魔になったからといって婚約者を残酷な方法で消そうとする、そんな姑息な手段を取るようにも思えなかった。
『君はなんにもわかっていない』。その言葉の真意はいったいなんなのか。もしアレクサンドラを見殺しにしようとしたのがシルヴァンでないのだとしたら、一体誰がアレクサンドラを消そうとしたのか。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
それから数日がたち、ダヴィドは組織をまとめることや交易で忙しいのか、屋敷に訪ねてくることがほとんどなかった。だが、村ですれ違ったときの明るい顔を見るに、母親の体調は回復しつつあるのだろう。
その逆でイライザは毎日のようにアレクサンドラの屋敷に押しかけ、シルヴァンに門前払いをされると、アレクサンドラにお茶に付き合うよう要求した。
アレクサンドラも流行病の後処理や父親に宛てた報告書、風土病に関しての調べもの、ダム建設の話し合いなどで忙しかったが、仕方なく、たまにイライザの相手をした。なにを言われるかわからなかったからだ。
この日も屋敷の中庭で、軽い軽食とお菓子をセバスチャンに準備させ、二人は庭を眺めつつお茶の香りを楽しんでいた。
「それにしても、こんな田舎でよく退屈な思いをせずにいられますわねぇ。まぁ、もともとこういう場所があなたの性分に合っているのかもしれませんわ。根っからの田舎育ち……ということかしら」
そう言いながら優雅にお茶を飲むイライザに、アレクサンドラはとりあえず愛想笑いを返した。
「ええ、私もそう思いますわ。いっそこのまま、ここで静かに暮らそうかと」
そう答えると、イライザは驚いた顔をした。
「アレクサンドラ、あなたそれ本気で言ってますの?」
「本気ですわ」
「ですが、殿下は私よりもシャトリエ侯爵令嬢とお話しされたほうが楽しいのではありませんこと? お呼びしてまいりましょうか?」
気を利かせたつもりだったが、それを聞いたシルヴァンは明らかに不機嫌な顔をした。
「なぜ僕が彼女を? それ以前に、シャトリエ侯爵令嬢と親しくしているのは君のほうだろう。僕は君に合わせているだけだ」
「えっ? ですが、殿下はシャトリエ侯爵令嬢に一目惚れしたはずですわ」
「は? そんなわけないだろう。なぜそんなふうに思うんだ?」
「ですが、二人が結ばれる運命のはずですわ」
「なんだそれは?!」
アレクサンドラは今こそ話さなければと思い、居住まいを正して驚くシルヴァンの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「前から話そうと思ってましたの。殿下はきっと私なんかと婚約したら、あとで後悔されますわ。それこそ私を亡き者にしたいと思うほどに」
「なんだって? 僕はあれほど君を救おうと努めてきたのに、今はそんなふうに思わせていたのか? 一体なぜ」
そう言ってシルヴァンは絶望的な顔をしたあと、文字通り頭を抱えて項垂れると呟いた。
「君がそんな思いをしていたなんて……やはり婚約すべきではなかったのか? 僕はいったいなにを間違えた?」
「殿下? あの、私たちは婚約していませんわ」
アレクサンドラにそう言われ、シルヴァンは慌てて顔を上げると力なく苦笑した。
「そうだったな……」
「殿下、大丈夫ですの? 顔色が悪いようにお見受けしますわ」
「大丈夫だ。それより君に言っておくが、僕はシャトリエ侯爵令嬢のことは好きではない。君がなぜか仲良くしようとしているようだから、そのようにしているだけだ。それだけはわかっていてほしい」
「ですが、これから好きになるかも……」
アレクサンドラがそう言うと、シルヴァンはぴしゃりと言った。
「それだけは絶対にない」
「困りますわ。それだと私の……」
続く『命が危ないですわ』という言葉をぎりぎりのところで飲み込んだ。シルヴァンは不思議そうに尋ねる。
「『私』がどうなると言うんだ?」
「なんでもありませんわ。とにかく、もしもなにかの間違えで私と婚約するようなことがあっても、いつでも婚約解消する準備があるということをお忘れなく」
そう言ってアレクサンドラが立ち上がると、シルヴァンがその手を掴み引き止めた。
「殿下?」
シルヴァンは真剣な眼差しで見つめて言った。
「僕はずっとただ一人しか見えていない。ずっとだ。それは変わらない。それを忘れないでほしい」
アレクサンドラは、シルヴァンにそんな相手がいたことにも驚いたが、それがアリスではないらしいことにさらに驚いた。運命の相手であるアリスと結ばれようが、そうでなかろうが、とにかく自分がシルヴァンと結ばれることが間違いだということは確かだろう。
その事実にショックを受けつつ、それを顔に出さないようにしながら答える。
「わ、わかりましたわ」
「わかっていない!」
シルヴァンが突然大きな声でそう言ったので、アレクサンドラは驚いて見つめ返した。シルヴァンははっとして手を離すと視線を逸らし、小さく呟いた。
「すまない」
「い、いえ。私も勘違いしていて申し訳ありませんでしたわ」
そう答えながら、アリス以外の人物をシルヴァンが選んだら自分はどうなるのかと考える。それに、わかっていたものの、こうもはっきりと愛していないのに婚約の申し出をしてきたと知って、アレクサンドラは少し気落ちした。
シルヴァンははっとして付け加えた。
「君は今もなにか勘違いをしている。僕がどれだけ君を大切にしているかは伝わっていると思うが」
「それは承知しておりますわ。ありがとうございます」
シルヴァンには愛する女性がいるが、それとは別にアレクサンドラも仲間として大切にしている――そう言いたいのだろう。アレクサンドラは気持ちを抑え、笑顔を見せた。
「とにかく、殿下のお考えがわかって、それだけでもここへ訪ねてきた甲斐がありましたわ」
諦めたように、シルヴァンは握っていたアレクサンドラの腕を離し、呟いた。
「君はなんにも、なんにもわかってないんだ」
「殿下?」
「いや、なんでもない。またなにかあれば。いや、なにもなくても気軽に部屋へ訪ねてきてほしい」
「はい、承知しました」
部屋を出ると、アレクサンドラは自分の中でシルヴァンの印象が以前とだいぶ変わっていることに気づいた。先ほどの『どれだけ君を大切にしているか』という台詞に、嘘偽りはないように思えた。確かに、モイズ村に来てからのシルヴァンはいつも手を貸し、そして疑うことなく信じてくれている。
そんなシルヴァンを知れば知るほど、邪魔になったからといって婚約者を残酷な方法で消そうとする、そんな姑息な手段を取るようにも思えなかった。
『君はなんにもわかっていない』。その言葉の真意はいったいなんなのか。もしアレクサンドラを見殺しにしようとしたのがシルヴァンでないのだとしたら、一体誰がアレクサンドラを消そうとしたのか。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
それから数日がたち、ダヴィドは組織をまとめることや交易で忙しいのか、屋敷に訪ねてくることがほとんどなかった。だが、村ですれ違ったときの明るい顔を見るに、母親の体調は回復しつつあるのだろう。
その逆でイライザは毎日のようにアレクサンドラの屋敷に押しかけ、シルヴァンに門前払いをされると、アレクサンドラにお茶に付き合うよう要求した。
アレクサンドラも流行病の後処理や父親に宛てた報告書、風土病に関しての調べもの、ダム建設の話し合いなどで忙しかったが、仕方なく、たまにイライザの相手をした。なにを言われるかわからなかったからだ。
この日も屋敷の中庭で、軽い軽食とお菓子をセバスチャンに準備させ、二人は庭を眺めつつお茶の香りを楽しんでいた。
「それにしても、こんな田舎でよく退屈な思いをせずにいられますわねぇ。まぁ、もともとこういう場所があなたの性分に合っているのかもしれませんわ。根っからの田舎育ち……ということかしら」
そう言いながら優雅にお茶を飲むイライザに、アレクサンドラはとりあえず愛想笑いを返した。
「ええ、私もそう思いますわ。いっそこのまま、ここで静かに暮らそうかと」
そう答えると、イライザは驚いた顔をした。
「アレクサンドラ、あなたそれ本気で言ってますの?」
「本気ですわ」
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