私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

文字の大きさ
32 / 46

32

しおりを挟む
 屋敷へ戻ると、珍しくシルヴァンが応接室でお茶を飲んでおり、アレクサンドラに気づくと穏やかに笑みを見せた。

「やぁ、散歩に行っていたのか?」

「いえ、エクトルが来たので案内をしていたところですわ」

「そうか。エクトル、久しいな」

「殿下、お久しゅうございます。姉から殿下がこちらに滞在されていると聞き、驚きました」

「そうだな、色々あって君の“お姉様”には世話になっている。ところで、座ったらどうだ?」

「いえ、僕も姉も忙しいので……」

 エクトルが断ろうとするのを察して、アレクサンドラは慌ててその声にかぶせた。

「もちろん、ご一緒させていただきますわ!」

 そう言って、嫌がるエクトルの背中を押した。

「殿下、こちらに失礼いたしますわね」

 シルヴァンの向かいに腰を下ろすと、アレクサンドラはエクトルに視線を向けた。

「ほら、エクトルも座るのよ」

 エクトルは渋々とシルヴァンの斜向かいに腰を下ろした。

 シルヴァンは楽しげに微笑み、言った。

「エクトル、顔色が優れないな。何かあったのか?」

「いいえ、そんなことはありません」

 エクトルは無理に笑顔を作って答えた。

「そうか。ならいいが……しかし、君はわざわざモイズ村まで何をしに来たんだ? まさかアレクサンドラに会うためだけではないだろう?」

「まぁ、色々ありまして。姉にもまだ話していませんし、デュカス家のことなので詳しくは申し上げられません」

 その言葉にアレクサンドラは眉を寄せた。やはり何かあったのだと悟り、無言でエクトルを見つめる。エクトルは少しだけためらいながらも口を開いた。

「お姉様が驚くかもしれませんから、落ち着いた場でお話ししようと思っていたのですが……」

「心配しないで。わたくしなら大丈夫ですわ」

 そうは言ったものの、胸の奥には不安がよぎった。

「実は今、社交界でお姉様が殿下に婚約を断られたショックで田舎に引きこもり、その……複数の相手と関係をもったという噂が流れています」

 アレクサンドラは息を呑んた。シルヴァンは眉間に皺を寄せ、しばらく沈黙したあと、低い声でゆっくりとエクトルに確認するように訊いた。

「その噂の出どころは、まだ掴めていないのだろう?」

「はい。父も躍起になって探っていますが、市井から出た話らしく、突き止めようがないようです」

「そうか……。で、その噂が社交界でかなり信憑性をもって囁かれていると言うなだな?」

「はい。殿下は、このことをご存じだったのでは?」

 シルヴァンは静かに息を吐いた。

「まぁな。僕も城下を離れているから詳しい報告までは受けていないが」

 アレクサンドラは思わず身を乗り出した。

「まぁ! 殿下もこのことをご存じでしたのね? いつからご存じでしたの? なぜ仰ってくださらなかったのですか?」

「レックス、落ち着いて。中途半端な情報で君を不安にさせたくなかっただけだ」

「そう……ですのね」

 そう答えた瞬間、アレクサンドラははっとした。

「もしかして、殿下はその噂を聞いてわたくしを追ってこられたのですか?」

「いや、それは違う。君がモイズへ立ったと聞いた時からすぐにでも追いかけたかったが……いや、今はそれよりも」

 シルヴァンは咳払いをし、続けた。

「僕は君を信頼している。君が異性とふしだらな関係を持つはずがないことも、よくわかっている。それに、身分の低い者と交わることが悪いとも思っていない」

 それが本心なのかはわからなかったが、その言葉にアレクサンドラは少しだけ安心した。

「そうですの。ありがとうございますわ、殿下」

 微笑むアレクサンドラを見つめながら、シルヴァンの瞳が柔らかく細まる。アレクサンドラはその視線に戸惑い、頬が熱くなるのを感じた。

「殿下、今は真剣な話の最中ですよ?」

 エクトルがわざとらしく咳払いをして言った。

「ん? あぁ、すまない。レックスがあまりにも愛らしくて、つい」

 アレクサンドラの頬がさらに赤く染まった。エクトルは呆れたように小声で呟く。

「殿下がこんなに甘い方だとは。これは僕の誤算でした」

「ん? 何か言ったか、エクトル?」

「いえ、なんでもありません。ただ、少し出遅れたと思っただけです」

 シルヴァンはわずかに口角を上げた。

「そのようだな」

 二人の間に、ぴんと張りつめた空気が流れた。

 エクトルは気を取り直してアレクサンドラに向き直る。

「お姉様、僕も父もそんな噂は一切信じていません。ですから、すぐにその出どころを探るよう動きました」

「そう……ありがとう、エクトル。嬉しいわ」

 アレクサンドラが微笑むと、エクトルは少し照れたように視線を逸らした。

「と、当然のことです」

 その様子を見て、今度はシルヴァンがムッとしながら問う。

「で? 結局どうだった? 噂の出どころは掴めたのか?」

「酒場でその話を広めていた人物がいたことは突き止めました。ですが、そいつが何者なのか、何の目的でそんなことをしたのかまではわかっていません」

「なんだ、役に立たないな」

 シルヴァンの一言に、エクトルの表情が険しくなった。そして拳を静かに握り締め、唇をかみしめると、落ち込んだような表情でアレクサンドラに言った。

「お姉様……お役に立てず申し訳ありません」

「いいのよ、エクトル。きっとその人物は誰かに雇われているはず。目的がわかれば、誰の仕業かも見えてくるわ」

「なるほど、理にかなっていますね」

 そこでシルヴァンが口を挟む。

「それで、その噂を流していた男はどんな人物なんだ? それぐらいは掴んでいるのだろう?」

「はい。その男はどこからともなく現れ、酒場に居着いたそうです。身なりはみすぼらしいものの、動きは洗練されており庶民には見えなかったとか。影では“どこかの貴族が追放されたのではないか”と囁かれていたそうです」

「なるほど。素性の知れぬ者とはいえ、元貴族で追放されたのなら社交界の事情にも通じている。だからこそ、皆その噂を信じたのだな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

いや、無理。 (本編完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

処理中です...