私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー

文字の大きさ
33 / 46

33

しおりを挟む
 そこまで聞いて、アレクサンドラはひとつの疑問を抱き、口を開いた。

「待って、エクトル。ということは、わたくしについての噂を流していたのは、どこかの貴族だということですの?」

「はい、そういうことになります。お姉様を恨んでのことではなく、デュカス家の名誉を貶めるためだったのかもしれません」

「そう言うからには、なにか思い当たることがあるということなの?」

「えぇ。お父様が“アシューの土地を買う”と話していたことを覚えていますか?」

「もちろん覚えてるわ」

「あの話は、僕たちを嵌めるための罠でした」

 そこで黙っていたシルヴァンが静かに口を開いた。

「穏やかではないな。詳しく聞かせてもらおう」

「はい。この話はもともと、あの土地の持ち主サヴァン伯爵から使者が来て交渉が始まりました。周囲に騒がれず秘密裏に動きたいとのことで、サヴァン伯爵は一切関わらず、父は何度かその使者と交渉をしていました」

 それを聞いたシルヴァンが眉を寄せる。

「あんなに大切にしている土地を売るのに、秘密裏に動くとはいえ本人が一切関わらないのはおかしいだろう。あの土地は、サヴァン伯爵の亡き母が長らく居を構え眠る場所だ」

「そうなのです。それで、父も疑念をもち、土地の権利書を確認しました。ですが、それは本物でした」

「では、本当にサヴァン伯爵があの土地を売ると?」

 エクトルはゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。さらに調べてみたところ、とんでもないことがわかりました。サヴァン伯爵は現在病に倒れ、起き上がることすらできない状態だったのです」

「なんだって? 本当なのか?」

「はい。ですから、このことは隠しているようです」

 そこで今度はアレクサンドラが問う。

「ということは、それを知った誰かが、サヴァン伯爵のもとから権利書を持ち出したということになりますの?」

「そういうことだと」

「でも、おかしいわ。そんなことをしても、いずれはばれてしまうじゃない」

 そこまで言って、アレクサンドラはあることに気づいた。

「まさか……お父様にその罪を着せようとしたというの?」

「そういうことです。サヴァン家から権利書が紛失し、それを父が持っていたとなれば、どう弁明しようが疑われるに決まっています」

「そうね。無実を証明したとしても、犯人を見つけなければ、いつまでもサヴァン家とデュカス家の間には遺恨が残るでしょう」

 それを受けてシルヴァンが言った。

「なるほどな。サヴァン伯爵は今すぐに動けないことを見越し、その間にことを運んでしまおうとしたというわけか」

「はい、殿下。僕も父もそのように考えています」

「で、その犯人は捕まえたのか?」

「今はその実行犯を泳がせ、背後にいる主犯を探っているところです」

「そうか、わかった」

 そこでエクトルはシルヴァンをじっと見つめ、意を決したように言った。

「殿下、もしかしてなにかご存じなのでは? もしそうなら、姉を守るためにもお教えください」

 シルヴァンは深くため息をついた。

「僕に話せることは少ない。だが、どういう結果になるかは予想がついているとだけ言っておこう。とにかく最善は尽くしている」

 その説明を聞いていたアレクサンドラは、先日部屋を訪ねたときのシルヴァンの表情を思い出した。やはり、彼はなにか重要なことを知っていて隠しているのではないかと思う。

 アレクサンドラが黙り込むと、それに気づいたシルヴァンが優しく声をかけた。

「レックス、そんなに心配する必要はない。なにがあろうとも必ず君のことは我々が守るから」

 守るもなにも、わたくしを一番邪魔に、思っていたのは殿下ではないのですか? 本当にその言葉を信じてしまっていいのですか?

 アレクサンドラは胸の内に疑念を抱き、複雑な思いで頷いた。

 この夜、ダムの建設について新たな進展があった。

「トゥーサンからの報告で、ダムの建設は一の沢の上流の方がいいだろうって」

 夕食後のお茶を飲んでいるとダヴィドはそう言って、テーブルの上の焼き菓子を一つ手に取り頬張った。

「あの開けた土地のある場所よね?」

「そうそう、他の場所は色々と問題が見つかってさ」

 そこでシルヴァンが口を挟む。

「だとしたら道を整備しなければならないな」

 ダヴィドは頷く。

「ですね、まずそこから始めなければいけません」

「ところで、設計の方はどうなんだ?」

 するとダヴィドは自信に満ちた顔で革筒から設計図を取り出し、テーブルの上に広げる。

「これは……」

 シルヴァンは設計図をに視線を落とすと、驚いた顔でダヴィドを見つめた。

 ダヴィドはシルヴァンを見つめ返すとにやりと笑う。

「ただ水を堰き止めて、溜めておくだけじゃ洪水のときに困りますから、水門を可動式にしました」

「いや、しかしこの水門を支える歯車と滑車機構を作るのは、技術的に難しいんじゃないのか?」

「確かにそうかもしれません。ですが、ギルドの連中ならやってくれるはずです」

 ダヴィドはそう答えたが、シルヴァンはまだ不安が残る様子でさらに質問を重ねる。

「それに……この水門。耐久性は? 水に長く接するならすぐに腐食が進み耐えられなくなるのではないか?」

 すると、今まで自信に溢れた態度だったダヴィドは急速に勢いを失った。

「そ、それは……」

 そこでアレクサンドラが口を開いた。

「待って、それならわたくし少しだけ知恵を貸すことができるかもしれませんわ」

 ダヴィドとシルヴァンはその発言に驚いたのか、同時にアレクサンドラの顔を見つめた。

 そんな二人に頷いて答えると、アレクサンドラは話し始める。

「青銅合金を使えばいいんですわ」

 ダヴィドは首を傾げる。

「せいど……ごきん?」

「違うわ、青銅合金よ。つまり金属を混ぜて強くしたものよ。だから合金」

 今度はシルヴァンが尋ねる。

「それはどんなものなんだ?」

「銅をベースに錫やアルミニウム、えっとあと確かニッケル……ここではなんて言うのかしら、そう白銅、白銅を混ぜ合わせた金属ですわ。配合まではわたくしにはわからないけれど、それらを混ぜると腐食に強い青銅ができますの」

 アレクサンドラはこうして前世での、ロールプレイングゲームで得た知識を惜しげもなく披露した。

 こんなところで役に立つとは思わなかったが、攻略本の資料集まで読み込んでいた自分に感謝した。

 ダヴィドは慌ててそれらをメモに書き取ると、アレクサンドラを羨望の眼差しで見つめる。

「レックス、お前本当にすごいな! そんなことまで知ってるなんて」

 シルヴァンがそんなダヴィドの視線を手で遮った。

「ダヴィド、まさかお前……」

 ダヴィドは慌てて顔の前で両手を交互にブンブンと振ると答える。

「ち、違います! レックスに対してそんな気持ち俺はまったくありませんから!!」

 するとシルヴァンは一瞬動きを止め、落ち着きを取り戻すと咳払いをした。

「そ、そうか。ならいい」

 そんな三人をずっと黙って見ていたエクトルが呆れ顔で言った。

「僕のお姉様が素晴らしいのはわかりましたから、早くダムの建設について話を進めたほうがよろしいのでは?」

 シルヴァンはエクトルに冷たい視線を送ると、ムッとした顔で答える。

「この話の土俵に立てていないお前に言われるまでもない」

 するとお互いにじっと睨み合う。今度はダヴィドがその間に入った。

「と、とにかく、レックスの言った『せいごうき』の開発を急ぐようにギルドの連中に言ってみます」

「ダヴィ、『せいごうき』じゃないわ。『青銅合金』よ」

「そうだったな。それにしても、これでまたギルドの連中はレックスをさらに崇拝するんだろうな……」

「なんですのそれ、少し大げさですわ」

 ダヴィドはため息をつく。

「本人がこれだもんな」

 そうしてこの夜は更けていった。

 それからダムの建設について話を重ね、基礎部は石積みと粘土層で防水し、水門は鉄製ではなく、青銅合金を使用、その水門を支える歯車と滑車機構を進めることで話が進んだ。

 ここから一気にダム建設への動きが加速していった。

 そんなある日、アレクサンドラがエクトルとゆっくり過ごしていたときだった。久々にダヴィドが屋敷に訪ねてきた。

「ダヴィ、忙しかったの? とても久しぶりですわね」

「あぁ、ちょっと色々あってさ」

「なにかありましたの?」

「へへっ! 俺、男爵の位を授かることになった!」

 アレクサンドラは驚いて立ち上がると、ダヴィドに駆け寄り手を取った。

「凄いわ、こんなことめったにあることじゃないのよ? おめでとうダヴィ!」

 エクトルは目を見開きティーカップを持ったまま動きを止め、信じられないものをみる目でダヴィドを見つめていたが我に返ると言った。

「なぜ君のような人物に? 殿下は何を考えてるんだ?!」

 アレクサンドラはそれを聞いて、エクトルを睨みつけた。

「エクトル、なんてことを言うの!」

 そこでダヴィドがエクトルをフォローするように言った。

「いや、俺もそう思ってるぐらいだから、それが当然の反応だと思うぜ。あの王子、あとで他の貴族から反感を買うんじゃないかって少し心配しちまう」

「心配には及ばない」

 静かな声が背後から聞こえ、振り向くと部屋の入り口にシルヴァンが立っていた。

「殿下!」

 三人は慌てて頭を下げた。

「楽にしてくれ。それよりダヴィド、君は自分を過小評価している。リーダーの資質がありみなをまとめる力をもち、それにあんなダムを設計する能力も兼ね備えている。あの可動水門付き重力式ダムの設計は目を見張るものがある。本当に素晴らしい」

「いえ、レックスが考案してくれた青銅あってのことです」

 アレクサンドラは首を横に振った。

「いいえ、私はただ意見を言っただけでそれをちゃんとした形にできたのは、ギルドの人たちの努力の賜物ですわ」

「確かに、ギルドの連中は精一杯やってくれてる」

 ダヴィドはしみじみそう答えた。

「違うな、あのダムが完成すれば『人が水を制御することが可能』になるんだ。これは人間の叡智えいちを超えている。叙爵じょしゃくするに値するだろう」

 アレクサンドラはダヴィドが褒められたことが嬉しくなり、微笑むと肘でダヴィドをつつきながら言った。

「ですってダヴィ、もっと自信もっていいんじゃない?」

「お、おう。あ、ありがとうございます」

「あとは、その言葉づかいをなんとかしないとね。叙爵式じょしゃくしきに出なければならないんだもの」

「じょ、叙爵式じょしゃくしきだって?!」

「そうよ、楽しみだわ」

「そんな式があるのか、考えてもいなかったぜ……」

 そう呟くと、ダヴィドはふらふらと部屋を出ていった。そんなダヴィドの背中をシルヴァンとアレクサンドラは見つめた。

「これからダヴィには頑張ってもらわないといけませんわね」

「彼なら大丈夫だろう」

 そう断言するシルヴァンの横顔を見つめ不思議に思う。

 アレクサンドラは以前の記憶から、ディとしての彼なら公の舞台でも堂々と立てることを知っているが、それをシルヴァンは知らないはずである。

 なのに、なぜシルヴァンはそこまでダヴィドを信頼しているのだろうか? と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...