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 アメリは涙目でじっとシメオンを見つめ目で訴えたが、シメオンは動じる様子もなく言った。

「デザートも用意してある。何時間かかろうと私は構わない」

 そして、楽しそうにパンを小さくちぎると、アメリの顔に近付けた。

「ほら、アメリ、口を開けてごらん」

 そう言ってアメリの唇に手に持っているパンを優しく押し当てる。アメリはそんな強引なシメオンに気圧され、抵抗することを諦めて口を開けた。

 そうしてシメオンは、パンもスープもゆっくりと一口づつアメリの口へ運び、口元にスープがこぼれると、それを指で拭き取り自身の口へ運んだ。

「いけません、お願いですからそのようなことはなさらないでください! シメオン様、こんなことをして楽しいのですか?」

「うん、楽しいよ。食べるという行為を、こんなにもあでやかに感じたのは初めてのことだ」

「あ、あでやか?!」

 思わず声が上ずった。

「君はバロー家でしっかり教育を受けているだろう? だから上品な所作が自然と身に付いている。そういったことは、自分では気づかないものだから驚くのも無理はないかもね。さぁ、食事を続けるよ」

 シメオンは微笑むと、デザートの葡萄を一粒アメリの口に入れた。

 朝食が済んだ後も、シメオンがアメリを放すことはなく、アメリはずっとシメオンの膝の上で過ごした。

「シメオン様、今日のご予定は? ここにいらして大丈夫なのですか?」

「今日は君を探しに外へ出ていることになっているから、問題ない。君が屋敷を出ると置き手紙してくれていて助かったよ」

 アメリは責められているような気になった。

「も、申し訳ありません」

「なぜ謝る? 君が私を捨てようとしたから?」

「捨てるなんてそんな!」

「じゃあなぜ出て行こうとしたんだ?」

 アメリは黙り込んだ。その様子を見て、シメオンはアメリの頬を撫でて言った。

「君が非道な人間じゃないことはわかっている。なにか理由があるんだろう? いつか私にその理由を話してくれると良いんだが。まだそこまで信頼してくれていないのだね。そういった意味では私はまだ君を守りきれていないな……」

「ごめんなさい」

「君は謝ってばかりだね」

 そう言うと悲しそうに微笑んで、アメリを抱きしめた。

「君の母親が事故に合ったあの日、静かに私の胸の中で泣く君を見て思ったんだ。これからは、この世のすべての苦しみから君を守ろうと。だから、なにか悩んでいたり、心に抱えているものがあるなら私にすべて話してくれないか」

「シメオン様、ごめんなさい」

 そうアメリが呟くと、シメオンは優しくアメリの頭を撫でた。

 こんなにも優しいシメオン様に、心から愛する女性であるリディではなく、自分を愛して欲しいなんて言えるはずがない。

 アメリは、自分さえこの状況を受け入れ我慢すれば良いことなのに、邪な気持ちを抱えているばかりにみんなを不幸にしていると罪悪感を覚えた。

 それでもきっと、シメオンが目の前で他の女性と過ごしているのを見たら、きっとシメオンを恨むようになるだろう。

 だから離れなければならない。

 アメリはそう自分に言い聞かせた。

 そうしてアメリはシメオンと二人きりでその部屋で甘やかされ続けた。その間決心が何度も揺らぎそうになり葛藤しながら過ごしていた。

 シメオンの甘やかし方は相当なものだった。

 二人でいる時は必ずシメオンがアメリに食事を食べさせ、アメリの身の回りの世話は着替えも髪をとくことも、すべてシメオンがこなした。

 言っても無駄だろうと思いながらも、何度か今まで自分でやっていたことは、自分でやりたいと訴えてはいたが、当然聞き入れてもらえなかった。

「君は私から楽しみを奪うの?」

 アメリの訴えにシメオンは笑顔でそう返した。

 そんな日々の中、屋敷を出ようという決心がゆらいできたある日、窓の外をぼんやり眺めていると突然シメオンが背後からアメリを抱きすくめ、アメリを窓から引き離した。

「また出て行くことを考えてたのか?!」

「シメオン様、違います! 私はただ外の景色を眺めて考え事をしていただけで……」

「考え事? どうやったらここから出られるかってことを考えてた?」

 アメリは自分を抱きしめるシメオンの腕にてを添えた。

「本当に、そんなことは考えておりません。ただ」

「ただ?」

「もうそろそろ庭師のリコが、花壇に新しい花を植える頃だろうと見ていただけです」

「本当に?」

「本当です」

 そう言ってアメリはシメオンの頭を撫でた。シメオンはその手を取ると、頬擦りして手のひらにキスして言った。

「すまない」

 アメリは自分がこんなにもシメオンを不安にさせてしまっていることを、申し訳なく思った。

 これだけ大切に扱われて、なんの不満があるというのか。アメリは覚悟を決めて答えを出さなければと思うようになった。

 そんなある日、シメオンは部屋を出る前にドアの前で立ち止まると、振り向きつらそうな顔をしてじっとアメリを見つめた。

 どうしたのだろうかとアメリも見つめ返していると、不意にシメオンは言った。

「アメリ、愛してる」

 そうして悲しげに微笑むと、部屋を出ていった。

 その瞬間アメリの心臓は早鐘のように打ち始めた。もちろん、シメオンの言っている『愛している』という言葉がアメリの期待するものではないことはわかっている。

 だが、これだけ自分を思ってくれているのなら妹でも構わないではないか。シメオンが女として見てくれなくても、私たちは他の人とは違う絆のようなものがあるではないか。

 そう思うと、アメリは決心した。こうして求められる限り一生そばにいよう。

 シメオンが出ていったドアを見つめながら、アメリは自分の気持ちをすべてシメオンに告白することを決意していた。

 そう決めるとアメリは居ても立ってもいられず、室内をうろうろしながらシメオンがもどってくるのを待った。

 シメオンがもどってくる数時間がアメリにとっては数日のように感じられた。

 そして、ようやくシメオンが戻ってくるとアメリは笑顔で出迎えたが、シメオンはつらそうな顔をして目を逸らした。

 アメリは困惑しながらシメオンに尋ねる。

「シメオン様、どうかされたのですか? あの私、大切なお話があるのですが……」

「そうか、私も君に大切な話がある。きっと君にとって朗報だろう」

 朗報なのに、なぜつらそうな顔をしているのだろうと思いながら、シメオンに尋ねる。

「なんでしょうか?」

 するとシメオンはソファーに座るようアメリを促した。そうして並んで座ると、シメオンは口を開いた。

「実は君は何者かに命を狙われていたんだ」

「私の命を、ですか?」

「そうだ。覚えているか? バッカーイの森で私たちが毒矢に射たれそうになった時のことを」

「もちろんです」

「あの時確実に矢は君を狙っていた」

 なぜ?

 アメリは戸惑いながら自分にそこまで恨みを持つものがいるのかとショックを受けた。

 するとシメオンはアメリを慰めるかのように、アメリの肩をさすった。そして、話を続ける。

「それで君に外に出る時は報告するように言っていた。しかも、君が出て行こうとしたからこんな手荒な真似をした。本当にすまなかった」

 アメリはこの時、シメオンが決定的ななにかを言おうとしていると予感しながら尋ねる。

「では、その話を今するということは犯人は見つかったと言うことですか?」

「いや、まだだ。だからこそ君はここにいないで、出て行った方がいいと考えた。私は君を解放したい」

 その言葉にアメリは目の前が真っ暗になった。シメオンは、拒絶を繰り返すアメリに見切りをつけたのだろう。

 一介のメイドであるアメリを狙うものなど、いるはずがない。遠回しに言っているが、屋敷から出て行けということなのだ。

「そう、ですか」

「私も君には出ていってもらいたくないと思っている。だが、私は君の意思を尊重したい。君は出て行きたいのだろう?」
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