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シメオンの宝箱

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 アメリに初めて会ったのは、私がまだ八つか七つのころだった。メイドのステラがどうしても預かり先が見つからないと、仕方なくアメリを屋敷に連れて来たのだ。

 ステラの後ろをついて歩くアメリは、やっと言葉を話せるようになったぐらいだった。

 ステラのスカートに隠れて少しだけ顔を覗かせたアメリは、私と目が合うと屈託のない笑顔を見せた。

 それから母の許可があって、アメリはよく屋敷内の庭で遊んでいることがあった。私はアメリが可愛くて、彼女を見かけると必ず声をかけ遊び相手をしていた。

 他の貴族令嬢たちと違って、アメリは私に媚びることもなく純真でとても無邪気だった。彼女と一緒にいると気持ちが癒されるような気がした。

 ある日、父親と出かけて帰ってきたときのことだった。ふと庭を見るとアメリがいつものように遊んでいたのだが、その日は庭師のリコが息子を連れてきていてアメリの遊び相手をしていた。

 それを見た瞬間、私はなんともいえない怒りを覚えた。そして、いても立ってもいられずすぐに庭に飛び出すとアメリとリコの息子の間に割って入る。

 アメリは驚いた顔をしていた。それもそうだろう、突然声もかけずに私が割って入ったのだから。

「アメリ、ステラが呼んでいる。早くおいで」

 私はそう声をかけると、アメリの手を取り歩き始めた。そうして屋敷内に入ると私は振り向いて言った。

「アメリ、あまり私以外の男の子とは遊ばない方がいい。何をされるかわからないからね」

 それを聞いたアメリは、少し考えてから私に質問する。

「シメオンとは遊んでもいいの?」

「そうだよ、私は安全だからね」

 アメリは小首を傾げると頷いた。その仕草がとても愛らしかった。

 この時は、なぜこんなことをしたのか自分でもわからなかったが、今思えばこの時すでに私はアメリをそういう対象として見ていたのだと思う。

 アメリを誰にも渡したくないと思っていたのだから。

 そんな自分の気持ちに気づいたのは、アメリに養子の話が上がった時だった。

 ノポロから来ていた商人夫婦が庭で遊んでいたアメリを気に入り、ステラにアメリを養女にしたいと申し出た。

 なに不自由なく育てると言ってきたそうだが、私は怪しいと思った。何よりノポロは遠すぎる。そこへ養女に行ってしまったら、もしかするとアメリとは一生会えなくなってしまうかもしれなかった。

 彼女がいなくなる。そう思ったその時、自分が彼女をどうしようもなく愛していることに気づいた。

 当然、私は大反対した。そして、その商人を徹底的に調べあげるとどんな些細な問題も見逃さずにステラに教えた。

 だが、何よりもステラ自身がアメリを手放すつもりがなかったようで、商人にはすぐに断りを入れたようだった。

 私は胸を撫で下ろした。だが、またこんなことがないとは言いきれない。今度こんなことがあったなら、アメリを誰にもとられないように閉じ込めて隠してしまおうと思った。

 こうして私は自室の一角にアメリが生活できる部屋ほうせきばこを用意することにした。もちろん部屋ほうせきばこを使わずにすむならその方が良いに決まっているが。

 だが、アメリを失うぐらいなら憎まれてでも良いから、閉じ込めて自分の物にしてしまいたかったのだ。

 それからしばらく平和な時間が流れていたが、ある日ステラが仕事中事故に遭って亡くなった。

 ステラに駆け寄ろうとするアメリを引き止め小さな肩を抱いた時、自分の胸の中で泣く彼女を私は一生かけてそばで守ると誓った。

 だが問題があった。アメリがこの後自分の立場を気にしてか、私に対し一歩引いて接するようになってしまったのだ。

 しかも、母がアメリの面倒を見ると言ったのだから働かなくても良いものを、メイドになると申し出た。

 私はもちろん止めようとしたが、父にアメリの意思を尊重するようにと注意を受けた。

 私はアメリは努力家でとても真面目なので、頑張り過ぎてしまうのではないかと心配だった。

 更に問題だったのが、アメリが私のことを異性として見ずに、兄のように思っているということだった。

 だが、ずっとそばにいて自分を意識させればいつかは異性として見てくれるに違いないと考えた。

 こうして私は、アメリを自分の担当にすることにした。そばに置けば、アメリを好きなだけ甘やかすこともできる。

 この方法はとても上手くいっているように感じていた。

 そうして過ごしているうちに、今度はアメリの命が脅かされる事件が起きた。アメリが、私を庇って刺されたのだ。

 慌てて屋敷に連れて帰り、治癒魔法の使い手を呼び戻すよう手配したが、アメリはみるみる血の気を失いその命を終わらせようとしていた。

 治癒魔法の使い手は数日は戻ってこられず、屋敷内の者は全員が諦めたような顔をしたが、私は絶対に諦めきれなかった。

 あの時なぜ君は私を庇った? 私はなぜ君を守れなかった? 私が君をそばに置かなければ……

 そうして後悔しながら、アメリの冷たい手を握り話しかけた。

「お願いだ、逝かないでくれ、私はまだ君に愛していると伝えてない」

 そう言った瞬間だった。私の言葉に反応するかのようにアメリの体から光の粒が飛び出し、その粒が怪我に吸い込まれると一瞬にして怪我を自己治療した。

「信じられない、あの大怪我を一瞬で……」

 そう呟く私の後ろで母が言った。

「やっぱり、この子はテランスの娘なのね」

 どういうことだろうと思いつつも、とにかくアメリのことが心配だった私はアメリの様子を見た。

 傷は完全に塞がっているようだったが、体力が回復していないせいかアメリが目覚める様子はなかった。

 だが、とりあえずは命の危険はなくなり、あとは意識が戻るのを待つだけとなった。

 アメリが目覚めない間、母に先ほど言ったことの意味を問うと、母はゆっくり話し始めた。

 ステラは昔テランスと付き合っていたそうだが、ある日突然二人は別れてしまったそうだ。その直ぐ後、ステラは妊娠しアメリを出産した。

 そんな経緯で、当時から母はアメリがテランスの娘ではないかと疑っていたそうだ。

 そして、今回アメリが治癒魔法の使い手だと知った。テランスの母方の家は治癒魔法の使い手を輩出している。

 このことからも恐らくアメリは、テランスの娘であることは間違いないだろうとのことだった。

 私は心の底からそれを喜んだ。これでアメリが気にしている身分差という憂いがなくなるからだ。

 これで二人の婚姻になんの障害もない。母にはアメリが貴族令嬢と名乗れるようになったらすぐにでも婚姻契約をすると伝えた。

 すると母は少し呆れた顔をしたが、それを了承した。

 私は父にアメリとの婚姻の許しを得るために手紙を書き、母はテランスに娘がいると伝える手紙を書いた。

 母はそのやり取りの中で、どうやってアメリにそれを告げるかテランスと相談した。

 そして、突然本人に告げるのではなく知り合いになってから告げた方がよいだろうと、二人が自然に会えるようにセッティングすることにした。

 会う場所はちょうどバロー領とボドワン領地の中間にあるワカナイに決まった。

 こうして私とアメリは、視察という名目でワカナイへ向かうことになった。

 だが、ワカナイへ向かう道中、私の考えは変わっていった。

 私たちが思うよりもアメリは強い女性だ。騙して会わせるよりも、ちゃんと話して会わせた方が良いのではないかと思うようになったのだ。

 テランスがアメリ見たさにバッカーイで合流したため、そのことをもう一度相談した。テランスは私の考えに反対することはなかった。

「私よりも君の方が娘と長く一緒にいる。君の考えに従おう」

 そう言ってくれた。

 私はアメリにこのことを話すため、テランスの待つ森に連れ出した。と、その時アメリの背後に矢を構えた男がいるのが見えた。

 その瞬間、私はアメリを抱きしめ地面に転がった。腕には激痛が走り、すぐに息が苦しくなった。だが、今度こそ私は彼女を守ることができたのだ。

 すると、そばにいるアメリが治癒魔法をかけてくれた気配がし、一気に苦しみが消えた。心配して覗き込むアメリを慰めようとするが体が動かない。

 と、次の瞬間、私のアメリが横から飛び出してきたブランデ侯爵令嬢に突き飛ばされる。

 なんとか目線をアメリに向けると、アメリは額を怪我していた。幸いにもすぐに自己治療し治していたが。

 私はその極悪な令嬢に対し猛烈な怒りを感じ、体が動かせないことをこれほどもどかしく思ったことはなかった。

 この後は最悪だった。私はアメリと引き離され、動けず話すことが出来ないのを良いことに、ブランデ侯爵令嬢の滞在する屋敷に連れ込まれた。

 そこで思い出すのもおぞましい出来事があった。

 ブランデ侯爵令嬢は私が話しかけられてもなんの反応も返さないでいると、私に意識がないと思ったのか体を撫でまわした。

 そして、ねっとりとした視線を私に向けると言った。

「貴方は私のものよ。悪役令嬢のアメリになんか渡さないわ。私たちは結ばれるの……」

 お陰でどんなに世話をしてくれてもブランデ侯爵令嬢に対し良い印象はもてなかった。

 ベッドの上で横になっているしかないあいだ、私はアメリが命を狙われているのでは? と思い心配で一睡もできなかった。

 体が動けるようになったのは明け方だった。慌てて部屋を抜け出そうとするが、外から鍵をかけられでられず様子を見に来た使用人が鍵を開けてくれるまで待たねばならなかった。
 
 そしてようやく解放されると、慌ててアメリの元へ戻り、すぐにバッカーイを出ることにした。これ以上ブランデ侯爵令嬢に絡まれてはたまったものではないからだ。

 こうしてアメリにちゃんと話しも出来ないまま、テランスと会わせる日になってしまった。

 私は不安に思いながらも二人を会わせる。

 その後すぐにでもアメリと会って話を聞き様子を見たかったが、思わぬ報告がフィリップからあった。

 テランスのところに、早朝ブランデ侯爵令嬢が来たと言うのだ。そしてその時のことを会って話したいと言ってきているとのことだった。

 私もテランスからアメリの反応がどうだったのか話を聞きたかったし、ブランデ侯爵令嬢のことも大変気がかりだったため、まずはテランスから話を聞くことにした。

 そこで聞いたテランスの話しによると、昨夜テランスがワカナイへ到着したころ隣の屋敷にブランデ侯爵令嬢たちが来たそうだ。

 そして、ブランデ侯爵令嬢はテランスに挨拶に伺いたいと言ってきた。だが、遅い時間だったためそれを丁重に断ると、彼女は諦めず今朝挨拶に来たそうだ。

 ずいぶん丁寧な令嬢だと思っていたところ、ブランデ侯爵令嬢はとんでもないことを言い出した。

わたくし実はバロー家とお付き合いがありますの。それで使用人たちのこともよく知っているのですけれど、今後バロー家のメイドであるアメリという女性が、貴方の娘だと名乗り出てくることがあるかもしれませんわ。でもそれは真っ赤な嘘なのです」

 テランスはなぜブランデ侯爵令嬢がこのような嘘をつくのだろうと思いながらも、その忠告を信じたように振る舞ったそうだ。

 その後でアメリと話をしたそうだが、ブランデ侯爵令嬢の忠告とはことなり、アメリは自分が貴族の娘だと言うことを隠そうとしていたと教えてくれた。

「私はあの子が話したくないのなら、もう少し時間をかけて自分の正体を明かそうと思う」

 テランスがそう言うのなら、それに従うことにした。なによりアメリの気持ちを尊重したかった。

 最後にテランスは不安そうに付け加えた。

「あのブランデ侯爵令嬢という人物には注意していた方が良いかもしれないな」

「私もそう思う。バッカーイからワカナイまでわざわざ追いかけてくるなんて、尋常じゃない。私も彼女のことを調べてみようと思う」

「それが良いだろう。それと、バッカーイの森でのことなんだが。君が怪我を負ったあの後、矢を射った者をすぐに追いかけたのだが、逃がしてしまった。申し訳ない」

「いや、突然のことだったから仕方がないと思う。その犯人についても調べて必ず捕まえるから安心してくれ」

「そうか、ありがとう」

 テランスとはそんなことを話した。

 アメリの元に戻ると、アメリの様子が少しおかしかった。食事の時に『運命の人』と言ってみたり、何か少し落ち着かない様子だった。

 もしかしたら自分が貴族だと知り、少しは私との将来を考えてくれているのかもしれないと、私は少し浮かれた。

 そうだとすれば、遠慮することなくアメリに触れることができる。そんなことを考えていた。

 そうしてこの時、私はアメリがまったく逆のことを考えていたとは思いもしなかったのだ。

 本来の目的も終えたので、私たちは早々に屋敷に戻ることにした。

 屋敷に戻ると、アメリにはしっかり休むように伝え、こっそり護衛を付ける。もちろん護衛はすべて女性にした。

 護衛であっても、男がアメリのそばにいると思うと、それだけでも気分が悪いからだ。

 そして、私はすぐにブランデ侯爵令嬢のことを調べだした。社交界の噂でとんでもない我が儘令嬢だとは聞いていたが、あれは我が儘なんてものではすまされないだろう。

 ついでにブランデ侯爵についても調べてみる。彼は以前からあまり良い噂がなく、上手く立ち回り影で好き放題やっていると黒い噂の絶えない人物だった。

 そうして調べてわかったことは、ブランデ侯爵はまず、まつりごとに携わる者をおとしいれ、その証拠をつかむとそれを盾にゆすることで、まつりごとに深く干渉し好きなように操り、私腹を肥やしているようだった。

 なるほど、と思う。彼をつつこうとすれば秘密が暴露されかねないから、他の連中は彼を守るということなのだろう。

 幸いバロー家には一切後ろめたいことがないので、心置きなくブランデ侯爵について調べることができる。

 それに、バロー家は国境を守る役を担っている。当然、独自の情報網を待っており、私はそれを使い調べあげることにした。

 そのあいだに、ブランデ侯爵令嬢について国王に報告と言う名の探りをいれた。何かあるならそれなりの返事があるかもしれない。

 正直、こちらはそんなに期待していなかった。

 そして、私は城下へ魔法を使い手紙を送ると、それらの報告や手紙の返事を待っていた。

 ところが、そのあいだに信じられないことが起きた。ブランデ侯爵令嬢が屋敷に押し掛けてきたのだ。

 なんて図々しい令嬢なのだろう。

 そう思いつつも彼女の尻尾をつかむまでは、当たり障りなく接しなければならなかった。

 彼女がベタベタと触れる度に、私は鳥肌が立ちとても不快な気分になった。

 ある日エントランスで私を待ち伏せている彼女に遭遇した。媚びるような眼差しと、臭い香水の匂い。それだけでも吐き気がしたが、あろうことか腕を絡ませ、胸の肉を押し付けてきた。

 私はやんわりと言った。

「君は婚姻前の令嬢だ。極力ボディタッチなどの接触は避けて、清い関係でいたほうが良いのではないかな?」

 そう言って、ブランデ侯爵令嬢の手を振り払った。すると、ブランデ侯爵令嬢はなにを思ったのか瞳を輝かせた。

わたくしのことを大切にしてくださるのですね」

 とかなんとか言っていた。勝手に勘違いしてくれて助かった。

 だがこうしてブランデ侯爵令嬢の相手をしているあいだにも、アメリは屋敷を出る準備をしていたのだ。

 あの日、私は突然母から呼び出しを受けた。母曰く、アメリの様子がおかしかったから、ちゃんと見ていなさいとのことだった。

 私は不安になり、アメリの護衛チームに絶対にアメリから目を離さないよう命令した。そこで護衛から聞いた報告は、私に十分ショックを与えた。

  アメリが私を捨てて屋敷を出ていこうとしていたのだ。

 私は怒りや焦りを感じ、アメリを例の部屋ほうせきばこに閉じ込め二度と出さないことを決意した。

 アメリが出ていこうとしたその日、部屋の前で彼女が出てくるのを待ち受ける。報告によると明朝四時には市場を出るようなので、真面目なアメリなら余裕をもって屋敷をでるはずだ。

 アメリが寝た頃に、私は部屋の前に椅子を置いてその時を待った。と、部屋から物音がしたので、ドアの前で待ち構える。

 そして、出てきたアメリに声をかけ捕まえると、理由をつけて自室へ連れて行き部屋ほうせきばこに彼女を入れた。

 私はこうしてアメリを部屋ほうせきばこへ閉じ込めることに成功した。

 部屋ほうせきばこの中でアメリは混乱しつつもこの生活に順応してきているようだった。だが、さんざん彼女を甘やかしている中でそれでも拒否し続ける彼女を見て、私は次第に罪悪感が募った。

 そんな時、屋敷に来たブランデ侯爵令嬢が私の耳元で囁く。

「出ていったと思っていた卑しいメイドが、この屋敷の一角にいるって聞きましたわ」

 それを聞いた私が、驚いてブランデ侯爵令嬢の顔を見つめると、ブランデ侯爵令嬢はねっとりと視線を送り微笑んできた。

「責めているわけではありませんの。どうせ遊びなのでしょう? 側室として囲うなら文句ありませんわ。許して差し上げます」

 私はこの時、この発言によって屋敷内にブランデ侯爵令嬢の内通者がいるのだと気づき、アメリにとってここは安全な場所ではないのだと知った。

 私は苦悩した。アメリはいまだに屋敷を出たがっている。それに命の危険もある。それなのに自分のエゴで彼女を宝石箱に閉じ込め続けて良いものだろうか? と。

 そんな時デザイナーのファニーがバロー領を去ると聞いた。私はどうせ手放すなら、いっそもう二度と会えない場所に行ってくれればアメリを追いかけることもないだろうと、ファニーにアメリを託すことにした。

 こうして私はアメリを手放すことにしたのだ。

 この話をした時、アメリはなんとも言えない複雑な表情をしたが、これは私がそうあってほしいと思ったからそう見えたのかもしれない。

 そのあとのアメリは、出ていくことに関して前向きに見えた。

 そうしてアメリは屋敷を出ていった。

 アメリはしばらくファニーの屋敷で世話になるとのことで、それを聞いた私は嫉妬でどうにかなりそうだった。

 そんな中、王太子殿下からブランデ侯爵令嬢に関して返信の手紙がきた。

 手紙の内容によると、ブランデ侯爵令嬢は要注意人物だとのことだった。そして、なるべく関わらないことが得策であると書かれていた。

 それに、王太子殿下もブランデ侯爵令嬢をどうにかしたいようで、なにかあれば連絡がほしいとのことだった。

 私はアメリのためにもなんとかブランデ侯爵令嬢の尻尾をつかむために、王太子殿下との連絡を密にした。

 アメリと離れ半身をもがれ、泥沼の中をもがいているような日々の中で、アメリのことを心配していた母にはアメリが領地を出ることを話さなければと思い、暗い気持ちで報告した。

 すると突然母は焦り始めた。

「なんてことなの! シメオン、貴方はアメリに領地を出ていくように促したと?」

「はい。アメリが出て行きたいならそれを尊重するべきです」

 それを聞いた母は明らかに動揺した。どうしたのかと母を見つめていると、母は大きくため息を付いて言った。

「アメリは『地枯れ』なの。きっとあの子のことだから、貴方に領地を出ていくように促されて見放されたと思ったでしょうね」

 私は唖然とした。

「そんな、そんなわけない! 私はアメリに自由になってほしかっただけで……」

 母は頷くと言った。

「えぇ、わかっているわ。 私わたくしもアメリが自分から貴方に『地枯れ』だと話すまでは、誰にも言うつもりがなかったの。それに、貴方と婚姻すれば『地枯れ』については解決する話ですもの……。でもこうなるならもっと早くに貴方に言えば良かったわね。早くあの子を追いかけないと!」

 それを聞いて私は頭が真っ白になった。私がアメリに領地を出るように話した時、アメリは複雑な顔をしていた。

 当然、見捨てられたと思ったに違いない。だが、アメリは泣き言一つ言わずにそれを受け入れたのだ!!

 私は目の前が真っ暗になった。

 考えてみれば、私はアメリに直接向き合い気持ちを確認したことがない。
 
 いつも一方的に気持ちを押し付け、決定的な一言をアメリの口から聞きたくないばかりに、自分の思いをぶつけつづけた挙げ句、アメリの気持ちを優先するためだと自分に都合の良い解釈をして、彼女を切り捨てた。

 そのせいでアメリは今、命の危険にさらされている。

 アメリがどこにいるかは、ファニーに伝書鳩を持たせていたのでわかっていた。

 すぐにでも迎えに行きたかったが、王太子殿下とやり取りをしている最中であることと、バッカーイで弓矢を放った犯人の取り調べもしなければならない。

 私はすぐにテランスにアメリを連れ戻すようにお願いした。

 もちろん、ブランデ侯爵令嬢の件が片付けば、私もアメリの元へ駆けつけるつもりだった。なにより、アメリと離れて過ごし私が彼女なしには生きていけないと再確認していた。

 もしもアメリを迎えに行って拒絶されたら、彼女が私を愛してくれるよう努力する気持ちでいた。なにより、婚姻することはもう決めていた。

 そう、私は今度こそ二度とアメリを手放すつもりはなかった。

 私はアメリを早く迎えに行きたかったので、ブランデ侯爵についてもしっかり調べあげた。

 ブランデ侯爵について、彼が持っている他の貴族たちをゆする材料となる証拠の在りかをやっと突き止めると、ハニートラップを仕掛けそれを手中にした。

 ブランデ侯爵は自分が今まで他の相手にやっていたトラップに、自身がまんまと引っ掛かることになったわけだ。

 自分は引っ掛からないと油断していたのかもしれない。私は証拠を手に、今までブランデ侯爵に揺すられていた貴族たちから協力を得ることができた。

 こうしてブランデ侯爵のことと、ブランデ侯爵令嬢のことを王太子殿下へ報告すると、王太子殿下からブランデ侯爵令嬢に関しての処分が下された。

 これできっとブランデ侯爵は終わりだ。ブランデ侯爵家は誰かべつの者が受け継ぎ、令嬢ともどもどこか遠くへ幽閉されるだろう。


 その書状や、暗殺の実行犯から手に入れた証拠を大切に保管すると、私は急いでアメリの元へ向かった。

 向かっている途中で、私はアメリが倒れたと報告を受けた。焦る気持ちを抑えとにかく御者を急がせた。

 祈るような気持ちで領地の果てに在る別荘にたどり着くと、そこには青白い顔で横たわるアメリがいた。

 私が到着した時、アメリは倒れてから三日も目を覚まさない状態が続いていると、そばに着いてくれていたテランスは言った。

 私はアメリの回復を促すためにアメリの手を握り、彼女に自分の気を流し込んだ。そうすると彼女の血色が良くなったようだった。

 それでも、アメリが目覚めることはなくもしかしたらこのまま目覚めないのではないかと恐怖を感じた。

 それから毎日、眠れずにアメリのそばにいた。そして、毎日のように気を流し込んだ。テランスはこれだけすればいずれ目覚めるだろうと言った。

 命の危機は回避したと。それでも私はアメリのそばを離れなかった。その間、テランスとアメリのことについてあれこれ話し合った。

 私はアメリと婚姻する意思は変わらないと言った。だが、アメリ自身が私のことをどう思っているのかわからず、彼女が起きたらまずそれを確認したいとテランスに話した。

 テランスは微笑むと、アメリはステラに良く似ていて自分の本心を話したがらないから、本心を聞き出すのは難しいかもしれないと言った。

 もちろん、私たちのことを応援すると言ってくれて、アメリから本心を聞き出す手伝いをしてくれると言った。

 そうして不眠で四日ほどそばについていたが、テランスがそんな私を見て何かあれば必ず起こすからと言って、私に休むように言った。

 確かに私も体力が限界だった。だが、アメリのそばから離れることは考えられなかった。

 私はいつなにがおきても、すぐにアメリのそばに駆けつけられるよう部屋のドアに寄りかかりうたた寝することにした。
  
 部屋を出るとドアに寄りかかり、疲れきっていた私はすぐに眠りについた。

 どれぐらい寝ていただろうか。私はドアの向こうから聞こえるテランスの声で目が覚めた。

 寝起きで頭が働かず、しばらくぼんやりしているとドアの向こうからこんな会話が漏れ聞こえた。

「……君が『地枯れ』だったからだろう?」

 しばらくの沈黙が続き、テランスが続ける。

「本当に君たち親子はよく似ている。では、訊くが、なぜ『地枯れ』だからと拒否し続けた? なぜ、シメオンのそばにいることを拒む? それは愛情の裏返しなのだろう? 君は本当にシメオンが嫌なのか?」

 それを聞いていた私は、扉越しでアメリの様子がわからないのをもどかしく思いながらアメリの返事を固唾を飲んで待った。

「そんなわけありません! 愛しているに決まっています! 私は、私はシメオン様を心から愛しております。それは今も変わりありません。だから……」

 私はそこで我慢できずに部屋へ飛び込みアメリを思い切り抱きしめた。見るとアメリは泣いていた。

 それを見て胸が痛くなった。これから先、絶対に彼女を泣かせるようなことはしないと心に近い、今アメリがそばにいる幸せを噛み締めた。





 こうして私達はお互いの気持ちを確認し、やっと結ばれることができたのだ。

 私はとにかくアメリの体力が回復したら、すぐにでも婚姻することにした。この先アメリが正式に伯爵令嬢として社交界にデビューすれば、他の令息たちが放っておかないのも目に見えていたからだ。

 不安の芽は早く摘み取ってしまうに限る。

 そうして婚姻をすませてアメリを自分のものにしてしまうと、その次に厄介なブランデ侯爵令嬢を排除することに注力した。

 晩餐会を開きブランデ侯爵令嬢を呼び出すと、彼女は勝手に自爆してくれた。

 私は淡々と証拠を突きつけるだけですんだ。ただ心優しいアメリが傷ついたのではないかと、少し心配にはなった。

 そうしてブランデ侯爵令嬢を排除するついでに、大勢の前でアメリを自分の物だとさんざんアピールすることができたし私はとても満足だった。

 あれだけ見せつければ、他の令息たちも手を出そうなんて思わないだろう。

 それに、あの令嬢がのさばっていたらアメリが安心して過ごせないに決まっている。私は二人きりで穏やかに過ごしたいだけなのだ。

 ブランデ侯爵令嬢を排除すると、私は本当の意味で長年片想いしていた相手を心ごと手に入れることができたと実感することができた。

 自室にあった部屋ほうせきばこは、夫婦の寝室にすることにした。

 一度使用してみてわかったのだがあの部屋では、ずっと閉じ込めておくには狭すぎるだろう。私は新たにべつの宝石箱を建設することにした。

 そして、結婚式のあとその宝石箱をアメリに見せてみた。彼女もとても喜んでくれていた。アメリが私のそばを離れない限りは、この宝石箱は別荘として使用するつもりだ。

 だが、アメリを見ていて思う。彼女はきっともう二度と私のそばを離れないだろう。

 そんな彼女を私も死ぬまで愛し続けよう。
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