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高校の入学式で桜舞う校門の前に立った時、櫤山瑛子は、自分が前世でやった『晴れた空のしたで彼方と』という乙女育成ゲームの世界に転生していたことに気づいた。
瑛子は物心ついたときから、前世の記憶を持っていた。だが、それはぼんやりとしたものだったので、それが自分の生活に影響する事はなかったし、その記憶も、大人になるにつれて曖昧になってきていた。なので、特に前世の記憶にこだわったことはなかった。
それが、高校入学の今日、全ての記憶が完全に呼び起こされた。
瑛子が転生したゲーム『晴れた空のしたで彼方と』略して晴れ彼は、高校に入学したヒロインの丹家栞奈を育成して、イベントを起こしつつ、攻略対象を落とすと言う内容のゲームだった。
「懐かしいな……」
瑛子は呟いた。そして思う。自分は主人公ではない。だからこそ、攻略対象を遠くから愛でるぶんには最高のポジションではないか。
ただのモブなのだし、今までのように普通に過ごして、無難にしていればなんの問題もないだろうし、ならゲームの世界観を楽しもう。そう思った。
校門をくぐり、校舎に入ると靴を履き替え、自分のクラスを確認し教室へ向かった。廊下を歩いていると途中、女子たちが黄色い声を上げているのに遭遇した。見ると攻略対象の神成緑がいた。成績優秀、スポーツ万能と言う文武両道のイケメンだ。
自分の顔の良さをわかっていて、女の子たちに愛想笑いを振り撒いている。そんなふうに瑛子には見えた。そつがなくて、紳士で、ゲーム内でも、すぐにファンクラブができてたっけ。そう思いながら目の前を通りすぎた。
その時、カン! と床になにかを落としてしまった、見ると自分のスマホだった。慌てて拾おうとしたが、たまたま通りかかった他の生徒に蹴られてしまい、スーッと廊下を滑って行く。
慌てて瑛子は追いかけると、誰かの足元で止まった。その人物がスマホを拾い上げる。
やな予感がする……そう思いながら瑛子が見上げると、スマホを持った神成緑が微笑みながら
「これ、はい。落としちゃうなんて、災難だったね。スマホ、壊れてない? 大丈夫だといいけど」
と、拾ったスマホを差し出してきた。流石攻略対象、素晴らしい微笑み。そして
「でも、そのお陰で君と知り合うことができたんだから、災難とも言いきれないかな?」
と言った。背後で数人の女の子たちが黄色い声をあげている。凄い殺し文句だ。だけど、と瑛子は思う。まだまだ社会に出てないボーヤの笑顔やお世辞なんて、社会に揉まれてうん十年、中身がアラフォーのこの私には通用しない。嘘か本当かの笑顔かなんてすぐにわかる。そっちがその気なら、本物の営業用スマイルってやつをお見舞いして上げましょう。そう思い両手でスマホを受けとると
「拾ってくださって、ありがとうございます! お優しいんですね」
とスマホを胸に抱き、とびきりの笑顔を向け
「彼方のような人と同じ学校なんて、嬉しいです。本当にありがとうございました」
と、一方的に丁寧なお辞儀をすると、更に微笑みを返し、相手の返事も待たずに足早に教室へ向かった。下手に話を長引かせて自己紹介でもされてはたまったものではない。
瑛子が実際に神成緑に会って抱いた印象は、やたら滅多愛想振り撒いて、軟派な人と言う印象だった。やはりゲームと実際では違うものだ。
「なんか幻滅」
瑛子は、そう独りごちた。
自分の教室へ入ると、教室の後ろの方の席に攻略対象が座っているのに気がついた。それは催馬楽学だった。無口で、真面目、打ち解けると柔らかく笑う。そんなシーンがあったのを思い出す。
確か勉強を熱心にしていると、落とせるのよね。まぁ、私は今生でも勉強に重きを置くつもりはないから、同じクラスだって関係ないけどね。そう思いながら黒板に書かれている席順を確認する。瑛子の席は窓際の一番後ろで、催馬楽学と一つ席を挟んで隣だった。その席に向かうと後ろから
「ちょっと、君!」
と、声をかけられる。振り向いて見ると、神成緑が教室の入り口に立っていた。ゲッなんなの? と、思いながら笑顔で
「はい? あぁ、先ほどの、どうされたんですか?」
と、返した。神成緑が手招きをするので、入り口まで行くと、少し恥ずかしそうに
「まだ、名前を聞いていないよね」
と言った。えっ? 教えないとダメですか? そう思いながら、断る口実を考えていると運良くチャイムが鳴る。ナイスタイミング、思わず瑛子は微笑むと、教室のスピーカーにチラリと視線を送って指差し
「鳴っちゃいましたね」
と言って
「また後で」
と席へ向かったが、神成緑に腕を捕まれる。しつこいわね。そう思いながら瑛子は振り向き
「あの、どうされました?」
と、やんわり言った。前世でクレーマー対応で培ったものが、こんなところで役に立った。瑛子にとってはこんなことはへでもない。さて、適当になだめてお引き取り願おう。そう考えていた。だが、端から見るとそうは見えなかったらしく、催馬楽学が突然
「嫌がってるみたいだが」
と声をかけてきた。瑛子は余計なことしないで、こじれるでしょう! と、若干怒りを覚えつつまずは神成緑をかばう。
「違うんです、この人はスマホを拾ってくれて、大丈夫か心配してくれてるだけなんです。ね?」
と神威緑に言ったあと、今度は催馬楽学に深々頭を下げて
「でも、心配してくださって、ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです」
と言っておいた。そして神成緑に向き直ると
「後で、ね?」
たぶんその“後で”は、一生来ないけどね。と思いながら言うと、神成緑は
「わかった、君がそう言うなら」
と、去っていった。やれやれ、である。初日からこんなに目立ってどうする。ヒロインどうした! そう思いながら自分の席に着くと、視線を感じそちらをみる。催馬楽学と目が合った。思い切り営業スマイルを発動し
「先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございます」
と、小声で言ってもう一度頭を下げた。催馬楽学は、照れ臭そうに前を向いた。
可愛らしいわね、と微笑ましく眺め瑛子も前を向いた。
担任となる教師が教室に入ってきた。なんと、これまた攻略対象の芦谷護であった。
瑛子はここでまたため息を落とす。流石乙女ゲーム、担任が無駄にイケメン。このクラスの女子は出席率高そうだわ。
そう思っていると、後ろの扉が開いて慌てたようすの女生徒が息を切らせて入ってきた。
「遅れてすみません、道に迷いました」
瑛子はその女生徒の顔を見て驚く、ヒロインの丹家栞奈だったからだ。驚いて見ていると芦谷先生が
「ちゃんと前日に確認をしておくことは、大切なことだ。今度から確認を怠らないこと。じゃあとりあえず空いている席に座りなさい」
そう言われて催馬楽学の隣に座ろうとする。
あぁ、これって催馬楽との出会いのイベントだ。そう思いながら見ていた。イベントではヒロインが座る前に『ここ良いかしら?』
と訊くと、催馬楽学は冷たく『勝手にしろ』って言う流れ。最初の出会いは最悪だが、その後徐々に打ち解けていく過程が良いのだ。そんなことを思いながら瑛子は前方の黒板を見つつ、横の会話に耳を傾ける。ヒロインが
「ここ座って良いかしら?」
と催馬楽学に訊くと、催馬楽学が
「そこはダメだ! 前にも空いている席があるし、僕の右隣も空いているのに、何故そこに座るんだ」
と言った。瑛子はそんなことをいった催馬楽学に驚き、思わず催馬楽学の方を見る。すると、また催馬楽学と目が合う。催馬楽学は恥ずかしそうにサッと目を反した。その様子に気づいたヒロインがこちらを振り向いて睨んだ。そんなふうに睨まれても、私のせいじゃないんですけど。と、思いつつ瑛子は居たたまれなくなり、ヒロインに小声で
「私が前の方に行くから、貴女はここに座ります?」
と訊いた。イベント上、ヒロインはここら辺の席の方が良いのだろうと思ったからだ。確か今後教科書を見せ合うとか、隣で寝顔を見るとかそんなイベントもあったはずだ。ヒロインは
「そうしてもらえる?」
と、さも当然のように言った。瑛子は子供だからしょうがない、と思い苦笑し荷物をまとめ始めた。すると催馬楽学が慌てて
「なんだその君の態度は、櫤山さんは動かなくていい、僕が隣に移動するから、そんなに後ろに座りたいなら、君は僕の席に座れば良いだろう」
と言った。瑛子は、催馬楽学は自分が私の隣に座るのは良いの? どういうことだってばよ? と、思い唖然とした。すぐに催馬楽学は隣の席に移動してきて座った。
瑛子は物心ついたときから、前世の記憶を持っていた。だが、それはぼんやりとしたものだったので、それが自分の生活に影響する事はなかったし、その記憶も、大人になるにつれて曖昧になってきていた。なので、特に前世の記憶にこだわったことはなかった。
それが、高校入学の今日、全ての記憶が完全に呼び起こされた。
瑛子が転生したゲーム『晴れた空のしたで彼方と』略して晴れ彼は、高校に入学したヒロインの丹家栞奈を育成して、イベントを起こしつつ、攻略対象を落とすと言う内容のゲームだった。
「懐かしいな……」
瑛子は呟いた。そして思う。自分は主人公ではない。だからこそ、攻略対象を遠くから愛でるぶんには最高のポジションではないか。
ただのモブなのだし、今までのように普通に過ごして、無難にしていればなんの問題もないだろうし、ならゲームの世界観を楽しもう。そう思った。
校門をくぐり、校舎に入ると靴を履き替え、自分のクラスを確認し教室へ向かった。廊下を歩いていると途中、女子たちが黄色い声を上げているのに遭遇した。見ると攻略対象の神成緑がいた。成績優秀、スポーツ万能と言う文武両道のイケメンだ。
自分の顔の良さをわかっていて、女の子たちに愛想笑いを振り撒いている。そんなふうに瑛子には見えた。そつがなくて、紳士で、ゲーム内でも、すぐにファンクラブができてたっけ。そう思いながら目の前を通りすぎた。
その時、カン! と床になにかを落としてしまった、見ると自分のスマホだった。慌てて拾おうとしたが、たまたま通りかかった他の生徒に蹴られてしまい、スーッと廊下を滑って行く。
慌てて瑛子は追いかけると、誰かの足元で止まった。その人物がスマホを拾い上げる。
やな予感がする……そう思いながら瑛子が見上げると、スマホを持った神成緑が微笑みながら
「これ、はい。落としちゃうなんて、災難だったね。スマホ、壊れてない? 大丈夫だといいけど」
と、拾ったスマホを差し出してきた。流石攻略対象、素晴らしい微笑み。そして
「でも、そのお陰で君と知り合うことができたんだから、災難とも言いきれないかな?」
と言った。背後で数人の女の子たちが黄色い声をあげている。凄い殺し文句だ。だけど、と瑛子は思う。まだまだ社会に出てないボーヤの笑顔やお世辞なんて、社会に揉まれてうん十年、中身がアラフォーのこの私には通用しない。嘘か本当かの笑顔かなんてすぐにわかる。そっちがその気なら、本物の営業用スマイルってやつをお見舞いして上げましょう。そう思い両手でスマホを受けとると
「拾ってくださって、ありがとうございます! お優しいんですね」
とスマホを胸に抱き、とびきりの笑顔を向け
「彼方のような人と同じ学校なんて、嬉しいです。本当にありがとうございました」
と、一方的に丁寧なお辞儀をすると、更に微笑みを返し、相手の返事も待たずに足早に教室へ向かった。下手に話を長引かせて自己紹介でもされてはたまったものではない。
瑛子が実際に神成緑に会って抱いた印象は、やたら滅多愛想振り撒いて、軟派な人と言う印象だった。やはりゲームと実際では違うものだ。
「なんか幻滅」
瑛子は、そう独りごちた。
自分の教室へ入ると、教室の後ろの方の席に攻略対象が座っているのに気がついた。それは催馬楽学だった。無口で、真面目、打ち解けると柔らかく笑う。そんなシーンがあったのを思い出す。
確か勉強を熱心にしていると、落とせるのよね。まぁ、私は今生でも勉強に重きを置くつもりはないから、同じクラスだって関係ないけどね。そう思いながら黒板に書かれている席順を確認する。瑛子の席は窓際の一番後ろで、催馬楽学と一つ席を挟んで隣だった。その席に向かうと後ろから
「ちょっと、君!」
と、声をかけられる。振り向いて見ると、神成緑が教室の入り口に立っていた。ゲッなんなの? と、思いながら笑顔で
「はい? あぁ、先ほどの、どうされたんですか?」
と、返した。神成緑が手招きをするので、入り口まで行くと、少し恥ずかしそうに
「まだ、名前を聞いていないよね」
と言った。えっ? 教えないとダメですか? そう思いながら、断る口実を考えていると運良くチャイムが鳴る。ナイスタイミング、思わず瑛子は微笑むと、教室のスピーカーにチラリと視線を送って指差し
「鳴っちゃいましたね」
と言って
「また後で」
と席へ向かったが、神成緑に腕を捕まれる。しつこいわね。そう思いながら瑛子は振り向き
「あの、どうされました?」
と、やんわり言った。前世でクレーマー対応で培ったものが、こんなところで役に立った。瑛子にとってはこんなことはへでもない。さて、適当になだめてお引き取り願おう。そう考えていた。だが、端から見るとそうは見えなかったらしく、催馬楽学が突然
「嫌がってるみたいだが」
と声をかけてきた。瑛子は余計なことしないで、こじれるでしょう! と、若干怒りを覚えつつまずは神成緑をかばう。
「違うんです、この人はスマホを拾ってくれて、大丈夫か心配してくれてるだけなんです。ね?」
と神威緑に言ったあと、今度は催馬楽学に深々頭を下げて
「でも、心配してくださって、ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです」
と言っておいた。そして神成緑に向き直ると
「後で、ね?」
たぶんその“後で”は、一生来ないけどね。と思いながら言うと、神成緑は
「わかった、君がそう言うなら」
と、去っていった。やれやれ、である。初日からこんなに目立ってどうする。ヒロインどうした! そう思いながら自分の席に着くと、視線を感じそちらをみる。催馬楽学と目が合った。思い切り営業スマイルを発動し
「先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございます」
と、小声で言ってもう一度頭を下げた。催馬楽学は、照れ臭そうに前を向いた。
可愛らしいわね、と微笑ましく眺め瑛子も前を向いた。
担任となる教師が教室に入ってきた。なんと、これまた攻略対象の芦谷護であった。
瑛子はここでまたため息を落とす。流石乙女ゲーム、担任が無駄にイケメン。このクラスの女子は出席率高そうだわ。
そう思っていると、後ろの扉が開いて慌てたようすの女生徒が息を切らせて入ってきた。
「遅れてすみません、道に迷いました」
瑛子はその女生徒の顔を見て驚く、ヒロインの丹家栞奈だったからだ。驚いて見ていると芦谷先生が
「ちゃんと前日に確認をしておくことは、大切なことだ。今度から確認を怠らないこと。じゃあとりあえず空いている席に座りなさい」
そう言われて催馬楽学の隣に座ろうとする。
あぁ、これって催馬楽との出会いのイベントだ。そう思いながら見ていた。イベントではヒロインが座る前に『ここ良いかしら?』
と訊くと、催馬楽学は冷たく『勝手にしろ』って言う流れ。最初の出会いは最悪だが、その後徐々に打ち解けていく過程が良いのだ。そんなことを思いながら瑛子は前方の黒板を見つつ、横の会話に耳を傾ける。ヒロインが
「ここ座って良いかしら?」
と催馬楽学に訊くと、催馬楽学が
「そこはダメだ! 前にも空いている席があるし、僕の右隣も空いているのに、何故そこに座るんだ」
と言った。瑛子はそんなことをいった催馬楽学に驚き、思わず催馬楽学の方を見る。すると、また催馬楽学と目が合う。催馬楽学は恥ずかしそうにサッと目を反した。その様子に気づいたヒロインがこちらを振り向いて睨んだ。そんなふうに睨まれても、私のせいじゃないんですけど。と、思いつつ瑛子は居たたまれなくなり、ヒロインに小声で
「私が前の方に行くから、貴女はここに座ります?」
と訊いた。イベント上、ヒロインはここら辺の席の方が良いのだろうと思ったからだ。確か今後教科書を見せ合うとか、隣で寝顔を見るとかそんなイベントもあったはずだ。ヒロインは
「そうしてもらえる?」
と、さも当然のように言った。瑛子は子供だからしょうがない、と思い苦笑し荷物をまとめ始めた。すると催馬楽学が慌てて
「なんだその君の態度は、櫤山さんは動かなくていい、僕が隣に移動するから、そんなに後ろに座りたいなら、君は僕の席に座れば良いだろう」
と言った。瑛子は、催馬楽学は自分が私の隣に座るのは良いの? どういうことだってばよ? と、思い唖然とした。すぐに催馬楽学は隣の席に移動してきて座った。
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