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 弟のタオを追いかけて一度家に帰りことの経緯を説明すると、ジャコウもサーシャも父のトーパも大喜びだった。

「すぐに役所に行きなさい」

 そう言われ、シーディは重い足取りで役所へ向かった。小さな町役場である。町の役人は全員がシーディを小さな頃からよく知っていた。

 それもあってか、役所の前で町役人のヤニがシーディを嬉しそうに出迎えてくれた。

「シーディ、よく来たな。凄いじゃないか!! さぁ、早く。リューリ中官がお待ちだぞ」

 そう言って嬉しそうに中へ通した。シーディはそこに立っている官服姿のいかにも役人らしい青年に声をかける。

「こんにちは、リューリ中官。シーディと申します」

 リューリはシーディを見つめると優しく微笑んだ。見た目は十七~八歳ぐらいに見えるが、役人ということはおそらく竜燐を飲み寿命を伸ばしているはずなので、もっと年齢が上かもしれなかった。

 竜族は二万年ぐらい生きる長寿な一族で、現に竜帝のユニシスは二千三百五十八歳だ。

 役人や寵姫になると、ユニシスより竜燐を賜りそれを煎じて飲むことで人間でも寿命を千年伸ばすことができた。

 竜鱗を飲むと飲んだ年齢で見た目が止まり、最後の百年ぐらいで見た目もゆっくり年をとってゆくのだ。

 そういったことで、リューリの実際の年齢は見た目ではわからなかった。

「緊張しなくていい。座りなさい」

 リューリにそう言われてシーディが椅子に座ると、リューリも向かいの椅子に座った。

「急なことですまないね。実は君と同じ年ごろの娘を今宮女として募集している。くわしいことはまた後宮に着いたら説明するから、君はすぐにでもこの村を出て帝都に向かってもらいたい」

「あの、これはお断りすることはできないのでしょうか?」

 リューリはそれを聞いて一瞬厳しい表情をしたが、すぐに微笑むとシーディに尋ねる。

「なにか困ることがあるのかな?」

「はい。あの、私は長女でまだ幼い妹と弟がいます。父は出稼ぎに出てしまうので、母が面倒を見なければならないのですが、母は足が悪いので一人では十分に生活ができないのです」

「そうか」

 そう答えるとリューリはしばらく思案し、シーディに言った。

「ではこうしよう。この村の役人を一人君の家族の世話人として付けよう。どうかな?」

「そんな、そこまでしていただく訳には」

「いや、我々もそこまでしてでも宮女を必要としているということだ。それに十分な手当ても出るはずだし、君の家族にとってもいい話だと思うが?」

 そこまでしてくれるのなら悪い話ではない。後宮に入ると言っても寵姫ではなく宮女とのことだし、これで安定してお金を稼ぐことができれば両親や弟妹も苦労せずにすむ。

「わかりました、お受けします」

「そうか、良かった。君に断る権利はないから、嫌がられれば無理にでも連れていかねばならなかった。納得してくれて助かった」

 そう言ってほっとしたように笑った。少し怖い印象を持っていたが、案外とても優しい人なのかもしれないとシーディは思った。

 それからシーディは着の身着のままで村を出ることになった。

 慌てて役場で筆と墨を借り、字が読める父に手紙を書いた。そこには他の家族に当てた言葉も添えた。

 役所までお見送りに来てくれた家族と軽く挨拶をする。サーシャは離れたくないと泣いたので、休みには必ず帰ることを約束し、タオにはジャコウを頼むと伝え父には手紙を渡し、母としばらく抱き合うと別れを惜しみながら馬車で村を出た。




 宮廷の馬車は竜石というユニシスの魔力を結晶化させた石が取り付けられている。

 そのお陰で乗り心地がすこぶる良くほとんど揺れないばかりか、他の馬車が三日もかかる場所を数時間で走り抜ける。

 シーディは昔、寵姫として後宮に連れていかれた時のことを思い出していた。

 初めてこの馬車に乗った時は大層驚き、ユニシスに馬車のことを詳しく質問したものだった。

「楽しそうですね。微笑んでいらっしゃる? この馬車は素晴らしいでしょう」

 リューリにそう言われて初めて自分が微笑んでいることに気がついた。

「はい。素晴らしいものばかりで、感心しておりました」

「そうですか、それは良かった。陛下のいらっしゃる後宮まではあと一時間ぐらいで着きますから、それまで質問があればなんでもお答えいたします」

 村を出てから、シーディは不思議に思うことがあった。

「あの、先ほどから思っていたのですがどうしてそのように私に敬語を?」

 するとリューリは苦笑した。

「今はまだ事情は話せませんが、貴女が尊い人かもしれないからです」

「そう、なのですか?」

 一瞬、自分の前世がばれているのかとも思ったが、寵姫であった頃でも『尊い人』といわれたことはなかったし、前世がばれたからといって自分がこんな扱いを受けるとも思えなかった。

 シーディは不思議に思いながらもとりあえず頷くと微笑んだ。




 宮廷は全てが美しい朱色で、防犯上なのか湖の上に建設されており、いくつもの橋や長い廊下が渡されている。それはまるで迷宮のようでもあり、案内なしには歩けなかった。

 懐かしく思いながらいくつかの小さな橋を渡り長い廊下を通り、シーディに割り当てられた部屋へ案内された。

 部屋はかなり広く、宮女に割り当てられるような部屋ではなかった。部屋の中には調度品や宝飾品から着物まで全てが取り揃えてあった。

 驚いて見ているとリューリに宮女を紹介される。

 同僚なのかと思いながら挨拶を交わすと、その宮女がシーディ付きの宮女だと聞かされ驚く。

「リンと申します。シーディ様のお世話をさせていただきますので、宜しくお願いいたします」

 少し戸惑ったが、おそらく少し年下のリンは可愛らしくにこにこと微笑んでいる。優しそうな子で良かったと思いながらシーディは答える。

「こちらこそ、不馴れなこともたくさんあると思いますから、宜しくお願いいたします」

「シーディ様、そんな、とんでもないです! 頭をあげてください」

 そこでリューリがなにかを思い出したかのように言った。

「シーディ様、今日は急なことでお疲れでしょう。ゆっくり休んで下さい。明日は午後から今回のことについて説明をさせていただきますから、それまでに支度をなさってください。それと、私もしばらくは後宮に居ますので、なにかわからないことがあれば呼んで下さい」

 そう言うとリンに向き直る。

「リン、くれぐれも失礼のないように。では、シーディ様の邪魔をしてはいけませんから、私はこれで失礼させていただきます」

 その後ろ姿が見えなくなると、リンが口を開いた。

「ではまずもっとゆったりしたお召し物に着替えましょう」

 そう言って微笑んだ。
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