『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

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2.Born to sin.

第十六話

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 アレクセイ・メーガンは港町で生まれた。
 貴族の忌み子として生まれた彼は、すぐに母親と共に外へ放り出された。

 アレクセイの父は女遊びの酷い男だったらしい。そのせいで自分が生まれた。母親は父親そっくりなアレクセイを命いっぱい可愛がってくれた。
 だからこそ、アレクセイは父親に似た自分の顔が嫌いだった。

 しかしながら、そんなアレクセイが自分を好きになるぐらいにはグスタン国の人々は優しかった。
 戦争中、貧しくても誰もが助け合いながら生きていた。嫌いな貴族たちはお金を巻き上げ、戦争や兵隊にではなく、自分たちの贅沢品を買っていく。けれども、それが身を結ぶこともあった。
 その辺りに落ちていた空のワイン瓶を売れば、そこそこの金額にはなる。何本も売れば、一口サイズのパンを買うぐらいには。母親は針子の仕事ができ、字も書くことができた。だからこそ、貧しい国では重宝された。

「ねえ、母さん。俺、この街に来てよかった」
「そうね。ここなら、ある程度生きていけそうね」

 勉学を母から教えてもらっているアレクセイは船の仕事を手伝いながら、こっそり魚を分けてもらって食べていた。一人で生きていけない親持ちの子供が多いここでは誰もが漁師に助けられていた。
 アレクセイが思うにグスタン国の中では、人が生きていく環境としてはまだまともな方だったと思う。

「隣の国はおいしいものがいっぱいあるんだって。大きいパンとか、大きい肉も……お腹いっぱい食べれるんだって」
「やめろって。あっちにいったら俺たちは殺されるんだぞ」
「でも、ご飯をいっぱい食べたいなあ」

 網にかかった魚を分別しながら、隣の子供たちが夢を語る。
 アレクセイとしては今の生活でもいいやと思えるぐらいに人生に期待していない。正直、彼らの話はどうでも良かった。
 けれども、すぐに隣の子供たちの夢はかき消された。街にグスタン国の兵隊がやってきた。
 彼らはアレクセイたちが手伝っている船を奪うと、海の魚まで奪っていった。
 魔法兵器が生み出す汚染された魔力に魚たちは一斉にいなくなる。港町なのに海の仕事ができず人々は困惑した。
 そして、船を奪われたせいで漁にもいけなくなり、生活のできなくなった面倒見の良い漁師は首を吊ってしまった。子供たちも行き場を失って、海から針しかない釣り糸を垂らす。茫然としている人々をよそに、この街にも戦火がやってきた。

 結果はもう見えていた。子供のアレクセイでもはっきり分かっていた。
 見慣れた港町は煙があがって、漁師が使っていた船はすぐに魔法で追撃された。ごうごうと燃える船に子供たちは泣いた。
 避難先の崩れかけた建物の中。子供たちが集まるそこ。
 ガンッと扉を蹴り破られ、誰もが悲鳴を上げる。年上のアレクセイはみんなを守るために先頭にいた。なんとか身を張って守ろうとしたが、やはり恐怖が強かった。あまりの怖さに目を瞑ってしまう。

「ん、子供たちか。おい、そこの先頭のガキ。大人はどうした」

 ふと、そんなテノールで歌うような声を聞いた。一番先頭にいたアレクセイに声の主は話しかけた。

「子供たちがガリガリだな。ここは俺たちが占拠したんだが……困ったな。食料もないのか」

 優しく落ち着かせようとする声にアレクセイは目を開けた。そこには美しい人がいた。
 真っ白な髪に赤い瞳。女性かと思ったが、声質的には男性だった。彼は困ったなぁという。しかし、彼は優しく微笑んでいた。しかし、目は笑っていなかった。
 ファー付きの黒いコートに暖かそうなタートルネック。彼は子供たちを見下ろして、「大人はいるか?」と訪ねて来た。

 外に出れば、グスタン国の兵隊たちは全て殺されていた。よそ者の全てを奪った兵隊に同情するものなどはいない。漁師が自殺してから、街の人々は兵隊に対して憎い感情すら持ち合わせていた。
 街の人すら見向きもしなかったのに、白い人は彼らを大事に弔った。それが、酷く不思議だった。
 侵略してきた他国の兵隊たちの行動はアレクセイにとってわからなかった。占領といいながらも、街の人々を自由に行動させ、彼らは一番高い丘に基地を作っていた。
 アレクセイは彼らの人質として確保され、あれこれと領地のことを確認されていた。

「てか、そんな魚がお前らのご飯なのかよ。魔物ですら臭くて食わねぇぞ。国は何やってんだよ」

 事情をぽつぽつと話していけば、白い人は信じられないと肩を竦めていた。
 街の人々はもうほとんどが逃げ出したりしてしまって、五十人いるかどうかだ。お金の持っている人たちは北部に逃げていき、残っているのは移動できない老人やこの土地を大事にしている大人、移動もできない子供たち。もちろん、アレクセイの母親もその中にはいた。

「ユリウスさん、ちょっと考えたんですが……思っていたよりも、戦況は有利では?」
「んー。そうだなぁ。おい、持ってる種をよこせ。食料はいらねぇから。まあ、その後で畑に案内しろ」
「えっ」

 アレクセイは白い人に言われ、しぶしぶと母親や残っている大人と相談した。すると、大人たちは残っていた麦を手に取るとアレクセイに渡してくれた。彼らの強さは目に見えて知っていたから。逆らえはしないというのが、大人たちの見解だった。
 アレクセイが彼にみんなから預かった貴重な種を持っていけば、「ありがとよ」と言って受け取っていった。

「ふうん。港に近いのに普通に近い品種を使っているのか」
「ユリウス様、水持ってきたッスよー」
「きちんと飲めるやつだな?」
「はい! 確認しました」
「お前らは畑の水引きをやってこい。上流からひけよ! 下流から引いたら汚くて飲めねぇわ。上流から引いても、浄化の魔石を使っとけ。力仕事で街の奴は役に立たん。偉そうな老人いただろ。そいつを呼んでみててもらえ。変なことをしたら、しばいていいぞ。次は畑を作るぞ。そういや、国から持ってきた種の中に塩に強い品種があったろ?」

 白い髪の男はユリウスというらしい。ここ数日でアレクセイが知ったことだ。一番若いのに、様々なことを周りの人物たちに指示して動かしている。
 彼は手に魔力を込めると、土地一体を輝かせた。驚くアレクセイにユリウスが言う。

「種を一緒に撒いてくれ」

 アレクセイは言われた通りに種を撒く。彼は種を辺りへまき散らす。早いわりに彼は綺麗に植えていたらしく、丁寧に植えたと思ったアレクセイの方が雑だった。
 彼は種植えが終わったところで再び魔力を込めた。すると、どうだろうか。種たちは一斉に芽を出していき、次々と大きく伸びていく。みるみるうちに立派な麦が生まれだした。茫然と立ち尽くすアレクセイを前に、ユリウスはにやりと笑った。

「これは、俺の創造の力だ。俺は魔法でやれると思ったことはなんでも出来る。秘密だぜ?」

 アレクセイは思わず何度も頷いた。
 彼はどんな称号を貰ったのだろうと、幼いながらにアレクセイは彼に焦がれた。水属性や火属性など、祝福の称号がなければ魔法を使うことはできないからだ。
 彼は周りの騎士たちに麦を収穫させ、麦からパンを作った。
 それを街の人々に配っていく。街の人々の中には何日もご飯を食べれずにひもじい思いをしていた人もいた。食料を貰って泣き崩れた人もいる。

「これで一か月は持つだろ。あー疲れた」
「ありがとうございます」

 アレクセイは思わず頭を下げてしまう。彼はぴたりと動きを止めて、「別に」とだけ言った。
 彼の発想は狂気的だった。水資源のない土地に「なんとなく」と言って魔法で穴を掘り、水路や井戸を作ってしまった。塩田を作れと街の人々に命令をし、行動が遅いと言いながらも、一人で勝手に大きな塩田すら作った。
 しかも、海が汚染されていると聞けば、勝手に魔法で浄化したり。その海で取れた塩が後ほど貴族たちに高く売れてしまうのだから笑うしかない。
 人が集まって行おうとしても、人並みの魔力ではできないことをやり遂げてしまう姿に誰もが驚く。
 下水道にも口出しをし、生活用水と工場用水を分けはじめた。生活用水には浄化の魔石を半分に砕き、ある程度浄化した水を海に流し、完全には綺麗にしなかった。工業用水は魔石を組み込み完全に綺麗にしたものを流した。
 他にも錬金術で生成した鉄骨を海の底に落としたり、幼いアレクセイにはそれは良くわからなかった。
 魔法で浄化された海に戻ったことで、魚たちが戻ってきた。人々が驚き感謝する中、彼は「知るかよ。俺がここに居て飯を食うからしょうがねぇだろ」としか言わなかった。

 自国の兵隊は全てを持って行った。
 けれども、敵兵は大きな恩恵を持ってきたとなれば、やはり、人々に根付くのは国への不信感だった。

 アレクセイは白い髪を後ろから眺め焦がれていた。赤い瞳を見れば、とくんと心臓が波打つ。
 ここは絶望のどん底だった。灰色だった全てが彼の白さに塗りつぶされていくよう。あの白い髪を触りたい。白い陶器のような肌に触れてみたい。そんな淡い初恋だった。

「あの」
「なんだ、まだいたのか。俺たちはもうそろそろ移動するから、お前は解放だ」
「あの、好……あの! 大人になったら傍に置いてください!」

 女の子に告白したことすらないのに、言葉がするりと零れた。彼はきょとんとした。何をしても変わらなかった赤い瞳が、その時驚いたものに変わった。数ヶ月傍に居たアレクセイが初めて見る表情だった。

「戦争が終わったら、俺のところへ来いよ。その時に色々考えてやる」

 ふわりとほほ笑まれ、アレクセイは嬉しくなった。
 何度も頷いて、彼らが街からいなくなるまで捕虜として引っ付いて歩いた。彼が大好きだった。ぶっきらぼうな言い方だったが、捕虜のような距離感ではなかった。近所の優しいお兄さんがいれば、きっとこんな距離感なのだろうと幼いアレクセイは思った。
 どうしたら、もっと近くなれるだろう。どうしたら、もっと親密になれるだろう。どうしたら、自分をもっと好きになってくれるだろう。そんな事ばかりを考えていた。
 針子の仕事も増えて母親の笑顔も増えた。白い人が勝手に物品の流通経路を作った。しかも、戦争中の他国だ。白い人は身分の偉い人だったらしい。そのせいか、人々が娯楽を楽しめるようになった。
 街の人々の暮らしも豊かになっていった。兵隊はこの人を恐れてやってこない。
 それが、どれだけ嬉しいことだろうか。

 やがて、彼らは戦争の激化と共に北上していった。
 街の誰もが見送る中、アレクセイは白い髪にいつまでも焦がれた。どうしたら、彼の傍にいれるだろう。
 どうしたら、彼を傍に置けるだろうかと。
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