『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

文字の大きさ
36 / 64
3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第三十四話

しおりを挟む
 船は波を受け、大雨の中を進む。
 街が見えてきているが、船は大きく揺れ、その度に船は傾く。デッキ前の扉の前。ユリウスはメアリの傍で次の街を眺めていた。メアリが、「ユリウス、あれがヘーデルだよ」と彼女は微笑んで言った。

「雨の街でしたっけ」
「ああ。物知りだね」
「そうでもないですよ。メアリさんの方が詳しいです」

 ユリウスは首を横に振る。
 ヘーデルは雨が多い街で、大きな山と海流のせいで年中雨が降り続ける街でもある。灯台の明かりが煌々と目的地を告げていた。
 やがて、船は大きな波を越え、やっとの思いで港にたどり着いた。アレクセイはすぐにこちらに近寄ってくると、額に突然触れてくる。不安そうな顔が、一瞬にして穏やかなものになる。

「なんだよ? 今まで傘も差さずに外で作業していたんだろ。風邪引くぞ。ちゃんと乾かせよ」
「俺は大丈夫ですよ」

 突然どうしたんだと眺めていれば、突然メアリが笑い出した。

「見ちゃいられないよ。ほら、あんたたち。上陸の準備をしな。明日にでもユリウスは帽子やコートを買おうか。ここはグスタン国よりも暖かいとはいえ、少し冷えるからね。アレクセイは炎の魔石で服や髪を乾かしておきな」
「メアリさん、俺を子供扱いしてねぇか?」
「私たちからみれば、あんたも子供みたいなもんだよ」

 メアリがユリウスの頭に手を置く。そして、ぽんっとレインコートを手渡された。

「これ羽織っていきな」
「メアリ、俺は?」
「ロンのはないよ」

 ロンが「ちぇ」と言うが、口元は楽しそうに笑っていた。彼はすぐに「この後打ち合わせを行い、各自しばらくの休暇とする。長い船旅ご苦労だった!」と大声で告げる。従業員たちは歓声をあげ、ある者は酒瓶を片手に、ある者は荷物を片手に楽し気に港へ降りていく。
 ロンは彼らを見送ると、メアリたちに視線を移した。

「俺たちも行こうか。あいつらは先に治安部隊の支部の方に帰ってるから、俺たちは宿を取ろうぜ。もう遅いからな。アレクセイたちは明日買い出しに行くか?」
「はい。服もぼろぼろになってきたので、新しいコートを買おうと思って」
「そうかい。二人で色々お話することもあるだろうしね。ユリウスにはお話したけど、私とロンも観光がてら、アルター国に行く事にしたから」
「本当ですか!?」

 メアリはほほ笑むと、「息子に会いに行くんだ」と頷いた。
 心底嬉しそうなアレクセイを眺め、ユリウスは少しだけ複雑な表情で彼を見つめる。メアリはぽんっとユリウスの頭を軽く撫で、「ほら、あんたも行くよ。あんまり目立つことはするんじゃないよ」と笑う。
 船を固定させ、ロンとメアリを伴いヘーデルの街に上陸した。ヘーデルの街は全体的に灰色で統一されており、傘を使うよりも、レインコートが主流のようだ。
 人々がレインコートで行き交う姿をながめ、なんとなく、メアリが己にレインコートを渡した理由をなんとなく察した。

「宿をまず取ろうか」

 ロンが近場にあった宿の扉に手をかけ、中に入っていった。中に入れば、暖かい空気が出迎え、ユリウスはほっと息をつく。ロンが宿の店員とカウンター前でやり取りする様子を茫然と眺めていれば、メアリがそっと肩を押してきた。

「ほら、アレクセイと部屋にいっておいで。大広間と小部屋を一つ取ってるから」
「ありがとう、ございます」
「アレクセイ、ユリウスを見てぼさっとしているんじゃないよ。早く荷物置いといで」
「はい!」

 やり取りをみていたアレクセイが慌てたように駆けてくる。その様子に思わず笑ってしまった。
 宿は三階建てで、そこそこ広さはあった。カウンター奥には風呂場もあるようだ。ロンが移動中楽しそうに話していた。
 大広間にいけば、ユリウスは感嘆した。木造づくりの暖かさを感じる部屋だった。
 大広間に入りメアリは荷物を壁にぴったりとつけられていたテーブルの上に医療道具などをおいて行く。
 ロンはハンモックに乗っかると、面白おかしそうに目を輝かせていた。少し奥にはベッドが二つ見える。アレクセイはというと、ユリウスの傍らでじっとこちらを見ている。

「アレクセイ?」
「ユリウスさんも休みましょうか。熱は大丈夫ですか?」
「雨に濡れるだけで俺が風邪をひくと思ってないか? 流石にそんなヤワじゃないぞ」

 そう伝えるが、アレクセイは優しい眼差しで見つめてくる。
 調子が狂う、とユリウスは思う。暖かな眼差しは正直苦手だった。レインコートを脱ぎ、テーブル横につけられていたハンガーにかける。下にきちんと水滴を取るための布が敷かれていた。

「先、お風呂に入っておいで。ご飯はそれからだよ。今日はゆっくり休みな」

 すべての荷物が下ろし終え、メアリは背伸びしてみせた。そして、アレクセイとユリウスへ向き直る。

「風呂ですか」
「ああ。ゆっくりしといで」

 メアリがウインクして言ってくる。なぜか、アレクセイが両手で顔を抑えていた。 
 部屋を出て、カウンター横の入り口を奥に抜ければ、すぐにお風呂場にたどり着く。
 服を脱ぎ、タオルで全身を包んだ。そして、アレクセイが先に入っていった風呂場へそのまま入っていく。風呂はとても広かった。アルター国にはない作りで、木造の四角い作りの風呂が出迎えてくれる。
 木の香りに、水の流れる音。湯気の先、ザパァンと音が響き、ユリウスは頭から水を被ったアレクセイに「何やってんだ」と声をかける。

「精神統一です」
「ふうん? そこそこにしろよ。体冷やしたら、風邪ひくぞ」
「はい」

 ロンが貸し切りにしたのか、そもそもお客さんがいないのかはわからない。アレクセイとユリウスしかこの場にはいない。
 ただ、ユリウスは困惑していた。ユリウスがアレクセイに一歩近づけば、彼はすすすと逃げていく。

「なんだよ」
「まったく……人の気を知らないで」

 ようやく、アレクセイが近寄ってきた。そして、額にキスを落として来る。

「さあ、体を洗って入りましょう」
「ああ」

 体を洗って、二人で木製の風呂に入れば、お湯は一気に溢れていった。木の和らぐ香りが後からついてくる。
 肩までお湯に入って浸かれば、じんわりとした温かさにユリウスはうっとりとする。アレクセイがこちらを見ており、ほっとしたように微笑んでいた。

「ユリウスさんはお風呂が好きなんですね」
「そう、なのかもしれない。気持ちいい」

 小さく息を零す。そのまま、小さく息を吐けば、アレクセイはなぜか顔を赤くする。

「さっきから、本当にどうした?」
「いえ。ユリウスさんって、本当に白いなって思って」

 彼がそっと手を伸ばして、頭を梳いてくれる。彼の手はぽかぽかとしており、ユリウスは目を細めた。

「暖かいな。アレクセイは、グスタン国だからお風呂は慣れているのか?」
「はい。幼い頃は良く入っていましたよ。アルター国ではあまり入る機会はありませんでしたが」
「そうか。なら、戻ったらお風呂でも作ってみるか」

 アレクセイはくすっと笑う。そして、嬉しそうに破顔して見せた。

「ユリウスさん、まずは源泉を引きましょう。詳しくないのですが、水を扱える魔法塚いであれば、探しやすいそうです」
「そうか。なら、俺もできるかもしれないな。知識がないから、少し色々調べてみてか」

 小さく息をつき、傍らのアレクセイの肩に頭をのせれば、アレクセイは小さく笑う。

「ありがとうございます」

 ここは暖かい。ユリウスは小さく息をついた。
 いつも、誰かを守らなければと思っていたのに、今回は逆だ。護られている、と思っている。それが酷く不思議だった。
 そのせいか、何かに気を使うこともない。緊張が緩み、うとうととしてしまう。

「ユリウスさん、そろそろ出ましょうか」
「ああ……」

 暖かくて、酷く眠たい。彼は心配そうに抱きかかえて来た。体を動かそうとしても、それが酷く億劫だった。

「ユリウスさん?」
「眠たい」
「風呂で寝ないでくださいよ。しっかりして」

 アレクセイに連れられ、ユリウスは脱衣所へ入る。簡単にさっと拭かれ、しろいバスローブを着せられた。髪を乾かしてもらう。
 アレクセイもすぐに着替えると、彼に連れられて部屋に戻る。メアリも風呂にいっているようで、ロンが航海日誌をつけていた。

「お、思ったよりも早かったな。ユリウスはお眠か?」
「はい。多分緊張が解かれたのかもしれませんね」

 何か答えなければと思うが、言葉にはできない。アレクセイがそっと布団の上に置いてくれ、触り心地の良い布団に手を伸ばした。

「おやすみなさい、ユリウスさん。今日は俺もここで寝ますね」
「ああ……」

 おやすみとユリウスは呟くと、傍らの体温に酷く安心し、目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓
BL
 受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。  人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。  しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。  二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……? ______ BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記) https://shinokaede.booth.pm/items/7444815 その後の短編を収録しています。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

もしも願いが叶うなら、あの頃にかえりたい

マカリ
BL
幼馴染だった親友が、突然『サヨナラ』も言わずに、引っ越してしまった高校三年の夏。 しばらく、落ち込んでいたが、大学受験の忙しさが気を紛らわせ、いつの間にか『過去』の事になっていた。 社会人になり、そんなことがあったのも忘れていた、ある日の事。 新しい取引先の担当者が、偶然にもその幼馴染で…… あの夏の日々が蘇る。

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

処理中です...