『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第三十四話

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 船は波を受け、大雨の中を進む。
 街が見えてきているが、船は大きく揺れ、その度に船は傾く。デッキ前の扉の前。ユリウスはメアリの傍で次の街を眺めていた。メアリが、「ユリウス、あれがヘーデルだよ」と彼女は微笑んで言った。

「雨の街でしたっけ」
「ああ。物知りだね」
「そうでもないですよ。メアリさんの方が詳しいです」

 ユリウスは首を横に振る。
 ヘーデルは雨が多い街で、大きな山と海流のせいで年中雨が降り続ける街でもある。灯台の明かりが煌々と目的地を告げていた。
 やがて、船は大きな波を越え、やっとの思いで港にたどり着いた。アレクセイはすぐにこちらに近寄ってくると、額に突然触れてくる。不安そうな顔が、一瞬にして穏やかなものになる。

「なんだよ? 今まで傘も差さずに外で作業していたんだろ。風邪引くぞ。ちゃんと乾かせよ」
「俺は大丈夫ですよ」

 突然どうしたんだと眺めていれば、突然メアリが笑い出した。

「見ちゃいられないよ。ほら、あんたたち。上陸の準備をしな。明日にでもユリウスは帽子やコートを買おうか。ここはグスタン国よりも暖かいとはいえ、少し冷えるからね。アレクセイは炎の魔石で服や髪を乾かしておきな」
「メアリさん、俺を子供扱いしてねぇか?」
「私たちからみれば、あんたも子供みたいなもんだよ」

 メアリがユリウスの頭に手を置く。そして、ぽんっとレインコートを手渡された。

「これ羽織っていきな」
「メアリ、俺は?」
「ロンのはないよ」

 ロンが「ちぇ」と言うが、口元は楽しそうに笑っていた。彼はすぐに「この後打ち合わせを行い、各自しばらくの休暇とする。長い船旅ご苦労だった!」と大声で告げる。従業員たちは歓声をあげ、ある者は酒瓶を片手に、ある者は荷物を片手に楽し気に港へ降りていく。
 ロンは彼らを見送ると、メアリたちに視線を移した。

「俺たちも行こうか。あいつらは先に治安部隊の支部の方に帰ってるから、俺たちは宿を取ろうぜ。もう遅いからな。アレクセイたちは明日買い出しに行くか?」
「はい。服もぼろぼろになってきたので、新しいコートを買おうと思って」
「そうかい。二人で色々お話することもあるだろうしね。ユリウスにはお話したけど、私とロンも観光がてら、アルター国に行く事にしたから」
「本当ですか!?」

 メアリはほほ笑むと、「息子に会いに行くんだ」と頷いた。
 心底嬉しそうなアレクセイを眺め、ユリウスは少しだけ複雑な表情で彼を見つめる。メアリはぽんっとユリウスの頭を軽く撫で、「ほら、あんたも行くよ。あんまり目立つことはするんじゃないよ」と笑う。
 船を固定させ、ロンとメアリを伴いヘーデルの街に上陸した。ヘーデルの街は全体的に灰色で統一されており、傘を使うよりも、レインコートが主流のようだ。
 人々がレインコートで行き交う姿をながめ、なんとなく、メアリが己にレインコートを渡した理由をなんとなく察した。

「宿をまず取ろうか」

 ロンが近場にあった宿の扉に手をかけ、中に入っていった。中に入れば、暖かい空気が出迎え、ユリウスはほっと息をつく。ロンが宿の店員とカウンター前でやり取りする様子を茫然と眺めていれば、メアリがそっと肩を押してきた。

「ほら、アレクセイと部屋にいっておいで。大広間と小部屋を一つ取ってるから」
「ありがとう、ございます」
「アレクセイ、ユリウスを見てぼさっとしているんじゃないよ。早く荷物置いといで」
「はい!」

 やり取りをみていたアレクセイが慌てたように駆けてくる。その様子に思わず笑ってしまった。
 宿は三階建てで、そこそこ広さはあった。カウンター奥には風呂場もあるようだ。ロンが移動中楽しそうに話していた。
 大広間にいけば、ユリウスは感嘆した。木造づくりの暖かさを感じる部屋だった。
 大広間に入りメアリは荷物を壁にぴったりとつけられていたテーブルの上に医療道具などをおいて行く。
 ロンはハンモックに乗っかると、面白おかしそうに目を輝かせていた。少し奥にはベッドが二つ見える。アレクセイはというと、ユリウスの傍らでじっとこちらを見ている。

「アレクセイ?」
「ユリウスさんも休みましょうか。熱は大丈夫ですか?」
「雨に濡れるだけで俺が風邪をひくと思ってないか? 流石にそんなヤワじゃないぞ」

 そう伝えるが、アレクセイは優しい眼差しで見つめてくる。
 調子が狂う、とユリウスは思う。暖かな眼差しは正直苦手だった。レインコートを脱ぎ、テーブル横につけられていたハンガーにかける。下にきちんと水滴を取るための布が敷かれていた。

「先、お風呂に入っておいで。ご飯はそれからだよ。今日はゆっくり休みな」

 すべての荷物が下ろし終え、メアリは背伸びしてみせた。そして、アレクセイとユリウスへ向き直る。

「風呂ですか」
「ああ。ゆっくりしといで」

 メアリがウインクして言ってくる。なぜか、アレクセイが両手で顔を抑えていた。 
 部屋を出て、カウンター横の入り口を奥に抜ければ、すぐにお風呂場にたどり着く。
 服を脱ぎ、タオルで全身を包んだ。そして、アレクセイが先に入っていった風呂場へそのまま入っていく。風呂はとても広かった。アルター国にはない作りで、木造の四角い作りの風呂が出迎えてくれる。
 木の香りに、水の流れる音。湯気の先、ザパァンと音が響き、ユリウスは頭から水を被ったアレクセイに「何やってんだ」と声をかける。

「精神統一です」
「ふうん? そこそこにしろよ。体冷やしたら、風邪ひくぞ」
「はい」

 ロンが貸し切りにしたのか、そもそもお客さんがいないのかはわからない。アレクセイとユリウスしかこの場にはいない。
 ただ、ユリウスは困惑していた。ユリウスがアレクセイに一歩近づけば、彼はすすすと逃げていく。

「なんだよ」
「まったく……人の気を知らないで」

 ようやく、アレクセイが近寄ってきた。そして、額にキスを落として来る。

「さあ、体を洗って入りましょう」
「ああ」

 体を洗って、二人で木製の風呂に入れば、お湯は一気に溢れていった。木の和らぐ香りが後からついてくる。
 肩までお湯に入って浸かれば、じんわりとした温かさにユリウスはうっとりとする。アレクセイがこちらを見ており、ほっとしたように微笑んでいた。

「ユリウスさんはお風呂が好きなんですね」
「そう、なのかもしれない。気持ちいい」

 小さく息を零す。そのまま、小さく息を吐けば、アレクセイはなぜか顔を赤くする。

「さっきから、本当にどうした?」
「いえ。ユリウスさんって、本当に白いなって思って」

 彼がそっと手を伸ばして、頭を梳いてくれる。彼の手はぽかぽかとしており、ユリウスは目を細めた。

「暖かいな。アレクセイは、グスタン国だからお風呂は慣れているのか?」
「はい。幼い頃は良く入っていましたよ。アルター国ではあまり入る機会はありませんでしたが」
「そうか。なら、戻ったらお風呂でも作ってみるか」

 アレクセイはくすっと笑う。そして、嬉しそうに破顔して見せた。

「ユリウスさん、まずは源泉を引きましょう。詳しくないのですが、水を扱える魔法塚いであれば、探しやすいそうです」
「そうか。なら、俺もできるかもしれないな。知識がないから、少し色々調べてみてか」

 小さく息をつき、傍らのアレクセイの肩に頭をのせれば、アレクセイは小さく笑う。

「ありがとうございます」

 ここは暖かい。ユリウスは小さく息をついた。
 いつも、誰かを守らなければと思っていたのに、今回は逆だ。護られている、と思っている。それが酷く不思議だった。
 そのせいか、何かに気を使うこともない。緊張が緩み、うとうととしてしまう。

「ユリウスさん、そろそろ出ましょうか」
「ああ……」

 暖かくて、酷く眠たい。彼は心配そうに抱きかかえて来た。体を動かそうとしても、それが酷く億劫だった。

「ユリウスさん?」
「眠たい」
「風呂で寝ないでくださいよ。しっかりして」

 アレクセイに連れられ、ユリウスは脱衣所へ入る。簡単にさっと拭かれ、しろいバスローブを着せられた。髪を乾かしてもらう。
 アレクセイもすぐに着替えると、彼に連れられて部屋に戻る。メアリも風呂にいっているようで、ロンが航海日誌をつけていた。

「お、思ったよりも早かったな。ユリウスはお眠か?」
「はい。多分緊張が解かれたのかもしれませんね」

 何か答えなければと思うが、言葉にはできない。アレクセイがそっと布団の上に置いてくれ、触り心地の良い布団に手を伸ばした。

「おやすみなさい、ユリウスさん。今日は俺もここで寝ますね」
「ああ……」

 おやすみとユリウスは呟くと、傍らの体温に酷く安心し、目を閉じた。
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