『残魂微光』

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前編『絆魂光(はんこんこう)』

第二十四話『解放・後編』

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 その後、水星はようやく監禁が解かれた。水星は雲霧の元に行くため、金の國の石畳を進む。
 しかし、金の國ですれ違う僧侶たちは、水星を見て申し訳なさそうに頭を下げて去っていく。その中には、地獄谷で見た顔もあった。
 そんな中、一人の僧侶が水星の前に歩み寄ったと思えば、土下座をしだした。驚く水星だったが、顔に見覚えがある――焔尽を矢で討った男だ。
 彼はずっと水星が離れから来るのを待っていたのか、雪にまみれていた。雪を眺めれば、雪を投げてケタケタ笑った焔尽の笑顔が過ぎり、水星はため息を零した。
「申し訳ございません。私が浅はかでした」
 以前の水星だったら、剣を抜いて殺していただろう。しかし、水星はもう落ち着きを取り戻していた。
「……謝る相手を間違えていないか?」
 その言葉に、僧侶ははっとしたように顔をあげた。
「お前が矢を放った相手に謝るのが筋だ。俺に謝られても、俺はお前をどうすることもできない。罰が欲しいなら、千春様に声をかけろ」
 そう告げると僧侶は「申し訳ございません」と深々と涙を流しながら頭を床につけた。
 ふと浮かんだのは焔尽の言葉だ。『あの人たちは、仕事をしていただけだ』――消える前の言葉が、釘のように心に刺さって抜けなかった。
 だからこそ、水星は彼を罰することもできない。いや、そんなことをすれば、焔尽が帰ってきた時に怒ると思った。彼を悲しませることはしたくない。
「俺は行くぞ」
 ゆっくりと歩き出した水星の背に、僧侶は慌てて立ち上がると深々と頭を下げた。
 水星は木目の廊下を渡り、豪華な障子の部屋の前で立ち止まった。ここに雲霧が泊まっているらしい。そっと障子に手をかけ、横に開こうとした時だった。
「ねえ、元気だしてよ」
 千春の声だった。ぴたりと、水星の手が止まった。
「水星に嫌われただろうな」
「そんなことないよ。私も同じ立場だったら、雲霧と同じ事をした。君は悪くない」
 雲霧と千春の声だ。障子から影が伸びて、二人がテーブルを囲って話をしているようだった。
「だが」
「本当は雲霧も焔尽を守りたかったんでしょう? じゃなきゃ、あんな風に手紙を書かないよ。私に二人の護衛をしてほしいって」
「あの子が自分の宝玉を使えば、強い瘴気を持つ宝玉は無力化できると。私は……それを」
「しょうがないよ。あの子が人形の身体では三日も持たないって言ってたんでしょ? あなたは良くやったよ。帳を火の國に出した。そして、今、彼が生きていると解った。私は素晴らしいと思う。あの数時間の間で、君は良く考えたよ」
 弱々しい雲霧の声とは反対に、千春の声は酷く優しい。水星は扉にかけていた手をそっと離した。
「最後の時、焔尽は笑っていたか?」
「大丈夫。私が保証する。あの子は、あんたの弟である水星と出会えて、幸せだったよ。でも、諦めるには早い」
 千春の言葉に水星の瞳が潤んだ。部屋の中で、雲霧が「私は兄失格だ」と震えた声を漏らす。
 ――雲霧兄が泣いてる……。
 動揺した水星は一歩、また一歩と扉から離れた。障子の影が揺れ、燭台の炎が音を立てる。
「大丈夫だよ。安心して……」
「だがっ」
「焔尽はきっと大丈夫。水星がいるんだもの。それに雲霧……君もいるんだよ」
「俺は卑怯だ。卑怯者だ」
「責めないで。私がいるでしょう?」
 千春の柔らかな声に、雲霧は「俺はお前の手を離したのに……」と呟く。
「馬鹿ね。私、ずっとあなたのことを待ってたのよ。臆病者で、優しい貴方を」
 千春の影が、慰めるように水星の方へゆっくりと重なる。
 水星はその影に背を向け、目を拭った。耳飾りを握り、火の國の空を思った。






 水星は千春に連れられ、金の國の居酒屋にやってきていた。
 千春は「部屋に引きこもってたら、キノコが生えるよ」と笑ったが、どこか寂しげだった。先ほど、雲霧とすれ違ったのだろう。水星は自分の持っていた悲しみを隠し、彼女の申し出に応じた。
 二人は金の國の石段を並んで歩く。シャンシャンと鈴の音が響き、春を祝う祭りが始まる。梅の花が咲き乱れ、赤と白が交錯し、暗香疎影を思わせる香りが二人を包む。提灯の光が石段を照らし、遠くで花火が上がる。
 梅の花びらが石段に舞い、赤と白が提灯の光に揺れる。遠くで花火が夜空を裂き、鈴の音が金の國の春を歌う。
 石畳に屋台の匂いが漂い、水路の船が提灯を揺らす。祭りの喧騒が、たどり着いた二階席の静けさと対比する。一番奥に腰をかけ、街を見下ろした。梅の花と提灯の美しさに、水星は内心、焔尽にも見せたかったと思う。
「ささ、水星君。焔尽を助けるために一杯やりましょう!」千春が豪快に杯を上げる。
「千春さんが飲みたいだけだろ」と水星は笑うが、彼女の落ち込んだ様子を察する。雲霧と何かあったのだろう。
 探るような水星の視線に、千春は困ったように微笑む。
「君は雲霧の言う通り、察しがいいね」
「おどけてもバレバレだろ。千春さん、雲霧兄のこと、好きなんだな」
 千春の顔が真っ赤に染まる。
「何を言って……」
「バレバレだろ」
 千春は諦めたように笑う。
「好きだよ。でも、あの人は誰とも結婚しないし、恋もしない」
「だろうな。雲霧兄、何考えてるか分からない。だから、華代との婚約が俺になったわけだ」
「……華代って人のこと、雲霧から聞いたよ。根に持ってる?」
「まさか。ああいう事態は、華代を知ろうとしなかった俺のせいだ。雲霧兄のせいじゃない」
 水星は震える手を誤魔化すように酒を煽る。甘い酒だが、今は辛い酒が欲しかった。
「焔尽が好きそうな酒だ」
「はは、焔尽君、酒に弱そうだね」
「だろうな。飲むとすぐ顔赤くして、ふらふらになるんだ」
 水星は目を伏せ、笑う。考えるのは焔尽のことばかり。千春の気遣いも、気休めにしかならない。千春が続ける。
「君の傍なら、焔尽も安心だったろうね。雲霧と同じ気配だ」
「え……?」
「ち、違うよ! 私は雲霧一筋だから!」
 千春が慌ててまくしたて、咳払いして酒を飲み干す。赤い頬に、水星は目を細める。彼女の雲霧への愛に、心が温まる。
「焔尽君って、なんであんなに自虐的なの?」
「あいつ、俺が出会った時からだ。人を庇ってばかりで、使命感みたいに。自分が損しても、そうだった」
「もっと欲が出ればいいのに。君といれば、いつか……」
「だと良いけど。自分の幸せ、掴んでほしい」
 水星は千春の酒器に酒を注ぐ。鈴の音と梅の香りに、酒が空になる。
 千春が酒器を見つめる。
「私も、國と雲霧を天秤にかけて、選べなかった。卒業の時、桜の下で待ってるって言ったのよ」
 水星は焔尽が会いに来てくれたことを思い出す。雲霧と千春とは違う。震える手で酒器を握る。
「千春さん、待ってるだけじゃ、ダメだ」
 待っても来なかった焔尽。会いたいなら、行動しなきゃすれ違う。人と繋がるのは難しい。思いがあるから、傍にいられるのだ。
「自分が会いたいなら、会いに行かないと」
 千春は茫然とし、寂しげに笑う。
「もっと早く聞けばよかった……もう遅いかも」
 水星は席を立ち、口元に手を当てる。
「いや……諦めるには早いみたいです」
 視線を一階に下げる。そこには雲霧が、誰かを探すように駆け回っていた。必死な顔は、火の國へ向かう時の水星そのものだった。

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